誘われて
「まさか、この人間がグレン様の子分だったとは」
とても納得出来ないが、やっと檻から解放される。
なんで俺が、グレンの子分呼ばわりされなきゃいけないんだ...。
自由を得るためとは言え、かなり癪だ。
「しかし、いくらグレン様の子分とは言え、人間を野放しにする訳にはいかない...くれぐれも、グレン様から離れぬように」
「......へーへー」
結局完全にフリーとはいかないわけだ...。
今、都では、キングスクイット討伐の祝いの宴が催されている。
キングスクイットの刺身と、楽しげな音楽がそこら中に溢れている。
水中では火が使えないため、あまり料理は発達していないようで、切り方の工夫はあれど、食べ方は刺身オンリーだ。
ていうか、食べようとすると海水も勝手に入ってきてしまうので、あまり食欲が湧かない。
グレンにいたっては、そもそも、生の海産物が食べられないので、宴と言っても音楽を聞くくらいしかすることがない。
しかし、水の中の音楽というのは、いつもと違う幻想的な音で、聞いているだけでもかなり楽しめる。
そんなわけで、別に退屈ということもなかった。
「奴らは何と言っていたんだ?」
「...俺はグレンから離れないようにってさ」
「まだ人間への警戒心は緩まないか...」
それはまあ、仕方ないんじゃないかな...とは思う。
長達の話を聞くに、きっと何度も人間に裏切られてきたんだろうし。
一度危機を救われたからと言って、完全に信じることは出来ないだろう。軽率に信用して、仲間を危険に晒す訳にもいかない。
それに、俺は結局なんにもしてないワケだし...。誰かさんのおかげで。
じと、とグレンを見遣れば、女性たちの羨望の視線を一身に受けている。
「グレンが方向音痴だからじゃない?」
「なにっ!?」
腹いせも兼ねて、冗談めかしてからかってやった。
もちろん、美しい人魚達が怯えずに暮らせるというのはめでたいが、できることなら、俺の手でイカを倒したかった。そしてチヤホヤされたかった…。
嫌味くらい言いたくもなるさ。
「グレン様〜!こっちで一緒に食べましょうよ〜」
「新鮮ですごく美味しいよ〜」
グレンは行く先々で、食事に誘われている。言葉が分からないので、その度に翻訳してやるが、生食を嫌うグレンの返事はいつも素っ気ない。
「結構だ」
断る度に、俺がそれを伝えて、訝しげな目を向けられた。
言外に「本当にそう言ってるの?」と。
本当だよ!こいつは元々素っ気ない奴なの!
なんで、こいつの為に俺が不名誉な視線を集めなければならないんだ。
「ねえ!」
呼び止められて振り向けば、そこにはユラとミラがいた。
ユラはミラに手を引かれ、おずおずと近づいてくる。
「あの...わたし......」
ユラは酷く気まずそうな顔をしている。俺たちが一時的とは言え、閉じ込められたことに、責任を感じているのかもしれない。
「...ユラさんって呼んでいい?」
「え?」
話しにくそうにしているユラに、思い切ってこちらから話しかけた。
「そ、れは、もちろん...」
「じゃあユラさん、俺はマサキって呼んで」
「え、ええ...」
「この子がアサヒで、こっちがグレンね。...俺たち、自己紹介もちゃんとしてなかっただろ?」
俺たちも無理に着いて来たわけだし、ユラにはあまり責任を感じて欲しくない。
そんなわけで、努めてにこやかに自己紹介した。
「ユラさん、あんまりお姉さんに心配かけちゃダメだよ?」
「お姉、さん...?」
「聞いたよ?ミラさん、双子のお姉さんなんだろ?」
「え?」
ユラは急に声を低くして、ミラを振り返った。
え、俺なんか地雷踏んだ?
「ミラ!お姉ちゃんは私だって言ってるでしょ!」
「違うわ!私がユラのお姉ちゃんよ!」
「私の方が先に産まれたんだから、私がお姉ちゃんよ!」
「いいや、先に生まれたのは私だっていつも言ってるでしょ!」
「なんでそんなこと分かるのよ!」
「そっちだって!」
ほ、微笑まし〜!
なんだその小さい子の喧嘩みたいなのは!
「双子なんだし、どっちでもいいんじゃないか?」
「「良くない!!」」
二人は勢いよく振り返って、息ぴったりに否定する。
それはもう、すごい形相で睨みつけられる。
「す、すみません...」
今度こそ地雷を踏み抜いたらしい。
しょぼくれて、縮んでしまった俺を見て、ユラが吹き出した。
あ、笑ってるとこ、初めて見た...。ツンとした表情しか知らなかったが、笑うと結構緩いな...。可愛い。
「...こっちこそ、いきなり閉じ込めてしまってごめんなさい」
「いや、それは...事情はだいたい聞いたし、仕方ないって!」
ユラは申し訳なさそうに笑った。
「...そうかもね。でも、結局助けて貰ったしさ。何かお詫びさせて欲しい」
「いいよ、そんなの!...って、言っても倒したのはコイツなんだけどさ」
一応聞いておくべきかと、グレンにユラがお詫びしたい事を伝えると、フン、と顔を逸らした。
「そんなものはいらん」
ホント、グレンってつっけんどんだよな。良い奴ではあるんだけど...。
「いいってさ」
「でも...」
「まあ、こういう時は、ありがとうって言っときゃいいんだって」
ユラって意外と気にしいだよな。今回のことは、ユラは全然悪くないのに。
「.........グレン、マサキ、アサヒも...ありがとう」
「...ああ」
「どういたしまして!...って、俺とアサヒはなんもして無いけどな」
俺たちに至っては、お礼を言われる理由もなくてなんだか気まずかった。
結局俺って、勝手に着いてきて、檻に入れられてただけの、ただの野次馬なんじゃ...。
そう考えると、あまりにも自分が情けなかった。
海底には、日の光が届かない。うっすらと発光している都の外は、ずっと夜みたいに真っ暗だ。
今、何時くらいだろう。
宴で騒ぎ疲れたのか、今まで気を張っていたせいか、人魚達は、酒も飲んでいないのに、道端で爆睡してしまっている。
大きな危機が去ったとは言え、ちょっと無防備過ぎないだろうか。
そこら中に上裸の美女が寝ているのは、正直目のやり場に困る。
っていうか...。
「お前も寝るのかよ...」
海底に座って、建物に背を預けて眠っているグレンを見て、呆れてしまう。
なんというか、この男はデリケートかと思えば、変に図太いというか。とにかくすごい順応力だ。普通、息ができるからと言って、水中で眠れないだろう。というか、結構海水を飲んでいるはずなんだが、なんでピンピンしてるんだ?エルフだから…?ペンダントのおかげ...?
「...グレンってちょっと変わってる」
人魚達には、グレンのそばにいるように念を押されてるしな...。仕方ない、グレンが起きるまで、俺もここで少し眠ろう。
俺はアサヒと一緒にグレンの近くに腰を下ろし、目を閉じた。
俺は師匠にあらゆる拷問...もとい、訓練を受けているので、例えマグマの中であろうと、三秒でグッスリだ。
さて、ゆっくりと眠りの底に落ちた頃、どこかから、いや、頭の中に聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。
聞き覚えがあるのは、メロディーだけではない。
...この音......この楽器は...!
ハッと目を開けた。音は頭の中だけではなく、都のどこから小さく聞こえている。
アサヒは音で目を覚ましたようだが、グレンや人魚達は気づくことなく眠っている。
「ちょっと確認するだけだし...いいよね?」
みんな寝てるし、と言い訳をして、そっと泳ぎ出した。
アサヒと一緒に、音の方へと、泳ぐ。
グレンを起こすことも出来るが、色々説明してる間に音が止む可能性もある。
何より、もしかしたら、と、気が早って身体が先に動いてしまった。
「ここは...」
音に誘われて辿り着いたのは、都の中心にある、正方形の小さな建物。
祭壇だった。
しかし、その見た目は、今までとは違っていた。
「入口...?」
今までまっさらだった面のひとつに、人が通れるような長方形の穴が、ひとつ空いていた。
空洞の中は真っ暗、と言うより真っ黒で、中がどうなっているのか何も見えない。
祭壇の中からは、美しい楽器の音色と、強い魔力が放たれている。
演奏しているのは、リザードマンに伝わる、龍語の曲。
わかってる...。こんなの怪しすぎる。
まるで俺たちだけを誘っているような、この音楽。
何かの罠かもしれない。危険が待っているかも...。
それでも、そんなこと、どうでもいいくらい、焦がれたこの音。
この目で確かめたい...。
俺は、躊躇わず、暗い入口へと足を踏み入れた。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!