グレンの矢
「...こんな時に!」
長が苛立ったように声を荒らげる。
「お前たちは、ここで人間を見張っていろ」
護衛二名にそう指示を出すと、長と他の護衛達は音の方へと泳いで行ってしまう。
「おいっ!俺も戦うって!」
「黙れ!」
抗議してみるも、一蹴される。
見張りを命じられた護衛の男達は、俺達を出す気はまったくないらしい。
ま、そうだよな。人間の言うことなんて聞く耳持たないよな。
「でもさ、総出で戦ってギリギリなんでしょ?俺達なんかに人数割いて戦えるの?」
「黙れと言っている」
射殺されそうな目で睨まれる。
どの口が、とその表情が物語っている。
確かに、俺達がいなければ、見張りも必要なかったわけで...。
ゴメンネ!
「おい、さっきから何をごちゃごちゃ言い合っている」
「あー、例の魔物来たっぽいし、ちょっと出して貰えないかと...」
何とか出してもらおうと、見張りに話しかけていると、言葉が分からないグレンが問いかけてくる。
急に辺りが騒がしくなって、グレンは何か起きている事を察知したようだ。
「...あ!コイツは人間じゃなくてエルフだしさ、出してやれない?」
「エルフ...?」
そして、牢が開いた隙をついて脱出できないかと...。
エルフと聞いて、見張りの男達がグレンを観察するようにまじまじと見る。
やはりエルフを見たことがないようだ。
「......人間といる以上、信用することはできない」
ダメか〜〜!!
当たり前っちゃ、当たり前の対応だな。
ユラとミラ以外の人魚の説得は、そう容易くないようだ。
ドゴォッと、再び轟音が響いた。
かなり近い、もう戦闘が始まってるみたいだな。
目を閉じて、複数の魔力の動きを観察する、
なんだこの生き物...ムチ、いや、足か...?
巨大な魔物が、人魚達に襲いかかっている。
人魚達も必死に応戦しているが、やや押され気味だ。
「ここからでも援護出来ればいいんだけど...」
...俺の遠距離攻撃は、周囲も巻き込んじゃうからなあ...。
それに水中だと、どのくらい威力が出せるか分からない。
最初は、近距離で戦ってみて、威力や効果を確認しておきたい。
「あっ」
一際大きな衝撃が走って、人魚達は魔物の都への侵入を許してしまう。
隠れていた女性たちの悲鳴が上がった。
たった二人と言えど、少数精鋭の人魚達にとって、戦士が減るのはかなり痛い。
いつもより押されているのか、見張りに残った男達も険しい表情を浮かべている。
「お、見えそう」
そう思って目を開けると、遠くに魔物の姿を視認する。
それは、体長およそ三十メートルを超える、十本の脚を持った…
「ダイオウイカ...?」
いやいや、ダイオウイカにしてもデカすぎるだろアレ。
ノルウェーの海に潜む伝説のモンスター、クラーケンと言われても信じてしまいそう...。あれはタコなんだっけ。
うねうねと動く脚で、人魚を絡めとっている。
人魚達は槍や、水魔術で巨大イカを攻撃しているが、いかんせんデカすぎて、効き目が薄い。
...逆に今までよく追い払えてたな……。
脚で締めあげられていた屈強な人魚は、しばらくもがいて、ぐったりとしてしまう。
骨と内蔵がイッたのかと思ったが、かすっただけの男も、だんだん動きが鈍くなっている。
「毒があるのか...?」
ああ〜〜、俺ならあらゆる毒に耐性あるのにぃ。
ちょっとそこのお兄さん、そんな顔してイカ睨んでるくらいなら、いっその事俺のこと出してみない?
なんて、言ってみようかしら。
「なんだ。あいつを仕留めればいいのか」
隣でグレンがボソッとつぶやく。
その様はあまりにあっさりしていて、コイツは状況が理解出来ているのだろうかと疑ってしまう。
するとグレンは、長い金髪をひとつに縛り、腰紐に付いていた、弓矢を模した小さな飾りを外した。
木製の飾りにグレンが魔力を込めると、見る見ると大きくなり、二メートルを優に超える長弓へと変化した。
弓道で使うような、和弓に似た形をしている。
「高さは…ギリギリいけるか...」
「な...え...?」
「おい、貴様。何をしている!」
グレンが突然、大きな弓を出したことに人魚は驚き、少し距離をとって警戒する。
「武器をおろせ!」
槍を向けてグレンを睨む。グレンはそれを一瞥して、フンと鼻を鳴らすと、一枚、札のような紙を取り出す。何やら文字が書かれているようだが、達筆すぎて読めない。
「おい、マサキ。そいつらに邪魔させるな」
こいつ...!急に命令してきやがって!俺はお前の手下かっ!
ムカッとする俺をよそに、グレンは紙札に魔力を注いだ。
すると、紙に書かれた文字が光って、紙札は木製の矢へと姿を変えた。
「くっ、何をするつもりだ...!」
「とにかく止めるぞ!」
人魚のが槍を突き出して攻撃してくるが、グレンは我関せずといった態度で、その場に片膝をつき、矢を番えて弓を引く。
...はいはい、止めりゃいいんでしょ!止めりゃあ!
もう完全にイカしか見ていないグレンに呆れながら、襲いかかる槍をいなしていく。
折ってもいいけど、その場合更に俺達の印象が悪くなりそうなので、グレンの視界を遮らないよう配慮しつつ、槍をいなし続けた。
「なぜ当たらない!?」
あまりに一瞬の接触で受け流しているため、男達には勝手に槍がグレンを避けているように見えるのだろう。
その不気味な現象に、戸惑って攻撃が止む。
その刹那、弦を引き絞ってイカに狙いを澄ましていたグレンが、矢を放った。
「しまっ...」
水中にも関わらず、辺りに、リィーンと美しい弦音が響いた。
そもそも、水中で弓矢なんて使えるのか、命中以前に的まで届くのか、そんな懸念が無かった訳ではない。
しかし、それは全くの杞憂だと言わんばかりに、矢は加速して、水の中をまっすぐ進んで行く。
四百メートルは離れているであろう、巨大イカへと楽々と到達した矢は、イカの急所を撃ち抜いて大きな風穴を空けた。
すんごい威力...。弓矢と言うより、もはや魚雷では...?
「お、おおぉ...」
少しの間、巨大イカは苦しみに脚を蠢かせ、絶命する。
ピクリとも動かなくなったイカを、人魚は食い入るように眺めた後、方々から歓声が上がり始める。
最初は、信じられない様子で恐る恐る上がっていたそれも、すぐに都中を巻き込んだ大歓声に変わる。
「ついに!キングスクイットを仕留めた!!」
「やっと平和に暮らせるのか...!」
「一体誰が!?」
「キングスクイットを仕留めた勇者は誰だ?!」
あのイカ、キングスクイットって言うのか。
ザワザワと、喜びの声が上がる中、ポカンとしていた見張りの男が、ハッとして声を張り上げる。
「エルフだ...!こちらにおられるエルフの御仁が、弓矢でキングスクイットを討ち滅ぼしてくださったのだ!!」
人魚達の視線が、檻の中にいるグレンに集中する...。
「エルフ...?人間ではなかったのか…?」
「おお、我々を救ってくださったというのに、人間と同様に扱ってしまうとは...」
「我らはなんという事を...」
人魚達は初めて見るエルフに戸惑いながらも、ひとしきり懺悔の言葉を並べると、今度はグレンを褒め称えた。
「エルフとはなんと神々しい」
「まさに我らの勇者様だ!」
「美しくて強くて、素敵!」
「ありがとう!勇者様!」
「勇者様!万歳!」
勇者コールと万歳の波が、都中に広がっていく。
喜びに色めきたつ人魚たちの中、俺達だけが置いてけぼりにされていた。
いや、まず、檻から出して欲しいんだけど。
結局グレンがいいとこ全部持ってくし、やっぱり女性たちの視線もこいつが独り占めしてるし...。
てか、え?待って...?まさか、俺の出番...ない......??
こ、こいつ...ハーレムどころか、出番まで持ってきやがったーー!!
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!