人魚と人間
特にすることも無いので、檻の中から都の様子を観察する。
少なくとも千年以上前に建造されて、なおかつ海の底に沈んでいるのに、建物はあまり風化しておらず、古代の遺物には見えない。
しかし、全体的を見渡してみると、街中の建物に真新しい傷がある。
魔物に襲われた跡だろう。
数が多いか、めちゃくちゃデカいかだな。
「おい、これからどうするつもりなんだ」
キョロキョロと外を見ていると、グレンが険しい顔で聞いてくる。
「んー、どうしたもんかねー」
「まさか、無策か...?」
「.........てへっ」
ガシッと胸ぐらを掴まれる。しかし、言いたいことが多すぎるのか、ぷるぷる震えるばかりで言葉が出てこない。
しばらく歯を食いしばって、俺を睨んだ後、諦めたように手を離した。
「ついて来るんじゃなかった...」
「グレンが勝手について来たんだからな」
俺は元々、グレンを置いてくるつもりだったのだ。そして人魚ハーレムを独り占め...なんて、現実はそう甘くなかったわけだが。
人魚が人間嫌いなんて、物語ではよくあるハナシだよな...。
「そういえば、グレンはエルフなのに人間と同じ扱いなんだな」
「何...?」
「亜人全般が嫌いなのかな」
グレンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「エルフを人間と同列の扱うなど...」
「まあ、エルフは引きこもり種族だし、知らなかったのかもな。耳が尖ってる以外、ほぼ人間だし」
「...貴様ッ」
怒っているというより、もはや驚いているような態度で、グレンが抗議の声を上げる。
エルフは他種族、特に人間を見下している者が多いと言うが、グレンもそのタイプか。
でも、本気で嫌がってるのとはまた違うような...虚をつかれた反応に見える。
まあ、怒りを通り越して、呆れているだけかもしれないが。
「あ、あのっ」
グレンが何かを言おうとしたその時、檻の外から声をかけられた。
振り返るとそこにはユラ...ではなく瓜二つの人魚がいた。
何もかもがそっくりだが、ユラの髪が真っ直ぐなのに対して、この子はふんわりとウェーブがかかっている。まだ警戒心を感じるが、表情も幾分柔らかい。む、胸もこの子の方がちょっと大きいかも...。
出来るだけ顔より下を見ないようにしつつも、大きさはちゃっかりチェックしてしまう。
「あなた達は良い人間なのですか...?」
「え?」
思ったより直球で、子どものような聞き方にキョトンとしてしまう。
「...まあ、そのつもりだけど」
「つもり...?...どうしてここに来たの」
「どうしてって...」
人魚に囲まれてウハウハ...なんて言う訳にもいかず、結局、ユラに聞かせたのと同じ理由を話した。出来るだけ真剣な顔で。
「...そんな事情があったのね。でも、ドラゴンなんて倒せるものなの?」
「倒すさ、いつかね」
これは、嘘じゃない。男に戻るためにも、絶対に師匠に勝たなきゃいけないんだ。
「そう...本気なのね......。ユラがあなた達を連れてきたのもわかるわ...」
「...人魚は、人間に酷いことをされたのか?」
人魚は難しい顔をした。
「ずっと昔、人魚の肉を食べると不老不死になれるって噂が、人間の間で流行ったの...」
はるか昔、人魚と人間はたまに交流していたらしい。
最初は、美しい歌声を持つ人魚に、人間はとても好意的だったし、新しい物をくれる人間に人魚も強く惹かれていたそうだ。
しかし、人魚と人間の寿命はあまりにも違いすぎた。いつまでも老いず、永遠とも思えるような長い時を生きる人魚を人間は恐れ、同時に憧れた。
いつからか、人間の間で「人魚の肉は不老不死の薬」だと言われるようになった。
そしてついに、人間は、人魚狩りを始めた。
元々生殖能力が低く、数の少なかった人魚は、百年ほどで絶滅の危機にまで追いやられた。
この星いる人魚は、もうここにいるだけだと言う。
なんか、地球にも似たような伝説があったような...。
「そう、聞いてるわ」
「聞いてる...?」
「私とユラは、その時代の後に産まれたの。こんなに近くで人間を見たのは初めてよ」
なるほど、と合点が行く。
ユラとこの子の警戒心が、ほかの人魚より低い理由はそれか。
実際にその時代を経験している人魚との、人間に対する印象の差は大きいのだろう。
彼女たちは、警戒しながらも、人間という存在に好奇心を抱いているようだ。
逆に、同胞を人間に虐殺されたのだから、俺達を嫌うのは当たり前だ。
でも、すまないと俺が謝るのは正しいことなのだろうか。
「...とりあえず、君の名前を聞いてもいい?」
「...え?」
「あ、俺はマサキ。このかわい子ちゃんがアサヒで、こっちの仏頂面がグレン」
「おい、今何か失礼な事を言っただろう」
「ベツニ」
なんでこういう時は、鋭いんだ。
俺達のやり取りを、キョトンと見ていた人魚は、クスと笑みを零す。
あ、可愛い...。
「私は、ミラ。ユラの双子の姉よ」
双子か、どおりで似ているわけだ。
「あ、ユラは今、長にお説教されてるわ」
「そっか...ユラさんには悪いことしちゃったな」
こんな事情があるなら、無理に着いてくるべきではなかった。
「でも、魔物を倒してくれるんでしょ?」
励ますようなミラの声音に、顔を上げる。
「戦っていいのか...?」
「そのくらい許してくれるわよ。それに、あなた達が魔物を倒してくれれば、長だってきっと認めてくれるわ。あなた達がいい人間だって」
そんな簡単にはいかないだろうが...こんな可愛い子に元気づけられて悪い気はしない。
ピュアというか、子どもっぽい考えだとは思うけど、前向きなのは嫌いじゃない。
ポジティブなのが俺の取り柄だからな。
「そういえば、ミラさんの話を聞く限り、人魚が嫌ってるのは人間だけだよな」
「...ええ」
「こいつエルフなんだけど、なんでこいつまで牢に入れられてるの?」
そう聞くと、ミラは驚いたように目を見開いて、グレンを見る。
「エルフ...?人間じゃないの...?」
ああ、ね。
これは、完全にエルフ見たことないやつだ。
「エルフって、実在するのね」
「...まあ、森に引きこもって暮らしてるからね」
海に住む人魚が知らないのも無理はない。
「おい、何か良くない事を言っているだろう」
「キノセイキノセイ」
本当、鋭いというか、ビンカンというか。
「それと、もうひとつ聞いていい?」
「何?」
これ以上突っ込まれる前に、次の話題に移る。
「すぐそこにある、箱みたいなのって、なんの建物?魔力を感じるんだけど」
「祭壇のこと...?」
ミラは、都の中心に位置する、正方形の小さな建物を見る。
「あそこは祭壇と言って、大昔にこの都に結界を張った時に使われた建物なんだって...建物の上面に術式が刻まれてて、少し前まで結界を発動する石が置いてあったから、魔力を感じるとしたら、その名残かしら...」
あそこが結界の発動場所なのか。
うーん、でも名残っていうより、内部から魔力を発しているように感じるんだけど。
ほかの建物と違って、壁に窓や出入口のような穴はなく、本当にに箱みたいだ。
「ミラ!何をペラペラ喋っている」
祭壇を観察しつつ、違和感に首を捻っていると、背後から厳しい声がかかった。
「長...」
「人間には近づくなとあれほど...」
その時、都に接近する強い魔力を感知する。
「......来る」
俺が言うのとほぼ同時に、遠くで、岩が崩れるような轟音が響いた。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!