海岸の人魚
まずは犯人の居場所を特定する。念話に使われている魔力を探ってみると、水中を伝って命令を発信していることがわかる。
これを辿れば、発信源にたどり着ける。
「俺は今から、この歌声の主に逢いに行くけど、グレンも来る?」
大人しくしてるなら、ここで待っててもいいけど。
「行くぞ」
グレンは、ついて来る気満々だ。状況もイマイチわかっていないだろうに、意外と好奇心旺盛なのだろうか。
「じゃあ、急ぐから、乗って」
「...わかった」
グレンをおんぶして立ち上がる。
「飛ばすから、しっかりしがみついてろよ」
「......ああ」
やや間があったが、グレンは指示通り俺の首元に腕を回し、がっしりと捕まった。
グレンの腕にしっかり力が入っている事を確かめて、俺とアサヒは川下に向かって駆け出した。
「うっ!」
バンッと衝撃波がなって、グレンの呻き声が聞こえる。さらに腕に力を込めて、グレンは必死にしがみつく。
発信源まではそれほど離れていないので、音速を超え、一気に距離を詰めた。
俺達はものの数秒で、目的地にたどり着いた。
やってきたのは、バクサに面する海岸。
とりあえず、グレンをおろす。
海岸には、おそらく近くにいたであろうリザードマン達が、虚ろな顔で集まって来ていた。
「なんなんだこれは...」
そのあまりに異様な光景に、グレンが息をのむ。
海岸は切り立った崖になっていて、このまま進めば、二、三十メートル下の海面に叩きつけられてしまう。
人間ならただでは済まないだろうが、リザードマンはどうなんだろう。なんとなく、人間よりは頑丈なイメージあるけど。
「まあ、落ちないに越したことはないか」
海岸を見渡しても、一見、犯人らしき人物は見当たらない。
しかし、俺の魔力感知を侮るべからず。
どうやら、水魔術を応用した蜃気楼を使って上手く姿を隠しているようだが、姿が見えなくとも、この距離なら魔力でどこにいるか丸わかりである。
魔術を使っているなら、丸見えも同然だ。
「ていうか、普通に声に出して歌ってないか?」
念話だと思っていたが、肉声で歌っているので、ちょっと耳がいい者なら、音で位置を特定できるだろう。
念話なら、声に出して喋る必要はないのだが、また別の魔術なのだろうか。
そもそも、念話に言語は関係ない。相手の頭に直接考えやイメージを伝えるので、受け手側で、一番わかりやすい言語に変換される。
俺の場合は、日本語に自動翻訳される。
この世界では、日本語を喋ることはないが、やっぱり俺の中で一番しっくりくるのは日本語だ。なにかを考える時など、自然と日本語を使っている。
地球との繋がりのひとつでもあるし、日本語を忘れたくないって気持ちもある。
少し脱線してしまったな。今は、そんなことより、歌うのをやめさせないと。
「じゃあ行ってくる」
「?おいッ」
崖の淵を蹴って跳躍し、目標へ急降下する。
そのまま蜃気楼の中に突っ込んで、目を閉じて、犯人の魔力を頼りに水面を走る。
え?忍者かって?神になるのだから、このくらいは出来て当然だ。
さて、ここで問題がある。相手が女の子かもしれないということだ。いや、声を聞く限り完全に女の子だろう。
結構ヤバい事をやらかしているとはいえ、多分、自分より弱い女の子に手をあげるのは抵抗がある。
俺より強いなら、話は別だけど。この世界では、男女に関係なく、強い者は死ぬほど強い。文字通り、手加減や遠慮なんかすれば、死ぬほど。
「とりあえず、歌えなくすればいいんだよな」
蜃気楼の中、一際強い魔力を放つ犯人に急接近して、腕を片手で一纏めに拘束し、もう片方の手で口を塞ぐ。
「ぅんっ!」
すると、美しい歌が止んだ。
魔力感知に集中するために瞑っていた目を開ける。
「へっ」
目の前で驚いたように目を見開くのは、水色の長い髪と瞳の、美しい少女だ。
ここは結構深いはずなのに、日焼けを知らない滑らかな真っ白な肌の上半身が、水面から伸びている。
その体には、一切の布を纏っておらず、柔らかな膨らみを、長い髪が隠しているだけだ。
「わわっ」
あまりの際どさに、俺は慌てて顔を逸らしたが、その時に手が緩んでしまい、するりと水中に逃げられる。
「あっ待て!」
すかさず後を追って海に潜るが、たった数秒でかなりの距離がひらいていた。
え、尾鰭...?
それもそのはず、先程も少女の下半身が、魚のそれだったのだ。
人間とは比べ物にならないほどの速度で泳いでいる。
...人魚だったのか...。
しかし困った、なんとかこれ以上離されないようにするのが精一杯で、一向に追いつけない。
やっぱ、水中では追いつけないか。
俺は再び目を閉じると、水中から飛び上がった。水面を走って人魚を追いかける。
「平面的な距離は詰められるけど、深く潜られたら厄介だな」
やはりここは話し合いが必要だ。
少し意識を集中して、海中を泳いでいる人魚に、念話を繋ぐ。
ー待って。手をあげるつもりは無いー
ーッ!!ー
いきなり頭の中に話しかけられた人魚が、ビクッと驚いて頭を抱える。
ー人間!何をした!ー
ー君と念話を繋いだだけだ。害はないよー
ーそれを信じろと...?ー
人魚の警戒心は高い。
まあ、いきなり頭の中に話しかけられて、害はないとか言われても信じられないよな。
俺も最初、社長や師匠に念話で話しかけられた時、めちゃくちゃ気持ち悪かったもんな。
ー...わかった。信じなくていいから、そのまま聞いてくれー
ー何を勝手なことを...!ー
ーなぜリザードマン達を海岸に呼び寄せたんだ?ー
反論に構わず質問するが、やはり答えは帰ってこない。抵抗のつもりだろう。
ここで、無理やり吐かせることも、勝手に心を読むことも出来なくはないが、余計拗れそうな予感がするし、そういうのは好きじゃない。
ー恨みでやった訳じゃないんだろう。殺したいなら、こんな面倒なやり方はしないはずだー
人魚は沈黙を貫いている。
ー俺にできることがあれば、手を貸すー
ー......手を貸す?ー
ーああ、訳も分からないまま、こんな事を続けられたら、リザードマンたちも不安になる。それに、小さな子供なら、命も危ないー
ーふざけるな!!ー
突然、人魚から強い感情をぶつけられる。
俺が地雷を踏み抜いてしまったのか、堰を切ったように彼女の怒りが流れ込んでくる。
ーさっきから勝手ことばかり言って!理由が分からなくて不安?命が危ない?全部自業自得でしょ?!ー
ー......自業自得?ー
ー石を盗まれて、私達が今、どんなに危険な目にあっていると思うのよ!!ー
石...?どういうことだろう。
ー石って何だ?ー
ーとぼけないで!!都を守る特別な石よ!!それをリザードマン達が盗んだせいで、結界が保てなくなって......怪我人も、死人だって出たわ!!ー
都を守る石...?それってあの歌詞にあった...。
ー待ってくれ、なんでリザードマンが盗んだとわかるんだ?ー
ー私たち以外に、リザードマンしか都の場所を知らないのだから、他に誰が盗めるって言うのよ!!ー
リザードマンが都の場所を知ってる...?
ーリザードマンは、誰も都の場所を知らないと言っていたがー
ーそんなの嘘よ!ー
え〜、う〜ん。俺には嘘をついてるようには見えなかったけどなあ。でも、もしかしたら、彼女が知らないだけで一部のリザードマンは知っているのかもしれない。
ー...じゃあ、その石を取り返せばいいのかー
ーえ......、それは...ー
ー......何だ?盗んだ犯人を痛めつけた方がいいか?ー
「違う!!」
ザバッと、勢いよく人魚が水面から顔を出す。
とっさの反論は、やはり龍語だった。
彼女は、慌てたような、泣きそうな顔になっていた。
「そんなのいらない...!」
「じゃあ、探してくればいいか?」
「......探して、くれるの?」
迷子の子供みたいな顔で、人魚の少女が見上げてくる。
その潤んだ瞳に、鼓動が速くなる。
「ああ、納得するまで手伝うよ」
美しい人魚に会えたのだ、多少の道草くらい付き合おう。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!