行方不明者
無事、ゼノンのおつかいをやり遂げた俺は、バクサの街を海岸へと進む。
バクサはそれほど建物は密集していないが、飲食店や日用品店など、店はそこそこ充実している。
今や、それほど急ぐ必要のない俺達は、たまに買い食いをしながら、少しだけゆっくりと走っている。
あ、いや、シアンに終わったら追いかけるって約束したんだっけ...でもまあ、大丈夫でしょ。錚々たるメンバーだし、危険度はそこまで高くないみたいだし。
テチュビジュンを出たら、できるだけ急ごう。
「ちょっと聞いたかい?ユアンさんの旦那さん、水浴びに行ったきり帰って来ないって」
「またぁ?今月これで何件目よ」
「リザードマンがそう簡単に溺れるわけが無いし...気味が悪いわね」
どうやらこの国にも、井戸端会議なるものが存在するようだ。通りの隅の方で、中年女性らしきリザードマン達が、ヒソヒソと話している。いつの時代も、奥様方の退屈しのぎには、ウワサバナシがうってつけだ。適度な刺激と、ご近所さんとの一体感が得られる。
それにしても、水辺でリザードマンが行方不明か...。リザードマンは泳ぎが得意な種族で、溺れることなどほとんどない。それが水辺で行方不明、それも建て続けに、となるとかなり不自然なことだ。
...もしかして、昨夜水辺で聞いた歌声と関係があったりして。
あの時、水辺にいた者は、俺とアサヒ以外、全員正気を失っていた。それも、川下に向かって歩くように操られていたようだし。身体の制御が効かないのであれば、泳ぎが得意でも関係ない。
「でも、なんのために...?」
リザードマンに恨みがあるのか...?うーん、でも殺害が目的なら、やり方が回りくどいような。溺れされるだけでいいのなら、わざわざ川下に向かって移動させてたのはどうしてだろう。なんだか、腑に落ちない。
...昨日の声の主が犯人だった場合にはだけど。
「何をブツブツ言っている」
「ん?あ、そういえば、グレンは昨日の夜のこと覚えてるの?」
そう聞いた途端、グレンは白い顔を真っ赤に染めて、思いっ切り顔を逸らした。
「な、何を急に...!」
「は?」
「お前の、肌の感触など...私は何も覚えていない!」
え?肌?......あー。そういえばありましたね、そんなことも。
なんか、自分の裸で赤面されると、結構気まずいんだが。
ガブ、とアサヒがグレンの脚に噛み付く。
「ッ!おい、何をする!」
もちろん本気ではないが、しっかり歯型はついたであろう。本気ならグレンの脚はなくなっている。
アサヒは結構ヤキモチ焼きだからね。俺に近づく男には特に厳しいのよ。ビリウスに初めて会った時も、かなり威嚇していた。
文句を言うグレンに、アサヒはフンとそっぽを向いている。
「まったく、どんな躾をしているんだ」
「まあまあ、甘噛みだし、許してやってよ」
「甘噛みだと?しっかり血が出ているぞ!病にでもなったらどうする」
「あーはいはい、わかったよ。消毒しにいくぞ」
まずは傷を洗うため、昨日教えてもらった水辺浴びばへ向かう。
この時間は昨日と違って、大勢のリザードマンで賑わっていた。水浴びの後、日光浴をする者が多いようだ。
俺達は、できるだけ上流の川縁に腰掛ける。
「ほら、脚出して」
グレンはブーツを脱いで、ピッタリしたズボンをたくしあげる。グレンの白いふくらはぎには、くっきりとアサヒの歯型がついていた。
脚を水に浸して、傷口を優しく洗い流す。
亜空間から、タオルとゼノンが渡してくれた薬箱を出す。
タオルで水気を取った後、薬箱から浄化の魔法薬を取り出して、患部にふりかける。
この薬は霊障や魔障の浄化だけでなく、消毒薬としても使える優れものだ。
回復薬を少し染み込ませたガーゼを傷口に当て、包帯を巻いて手当完了。
「はい。これでおっけー!」
「...随分手馴れているな」
「昔は良く怪我してたからね...」
前世では生傷が絶えなかったので、いやでも手当には慣れてしまった。いつも人に頼むには頻繁すぎて心苦しく、いつもほとんど自分で処置していた。
まあ、生まれ変わってしばらくは、頻繁にミンチになっていたわけだが、自分でもビックリするくらい、勝手に元通りになるので、手当をすることはなかった。
...手当できるような道具もなかったしな。
「その割に痕は残っていなかったな」
「え?なんでそんな事知ってるんだ?」
「!!......そんな気がしただけだ」
もごもごと口ごもるグレンに、アサヒが尻尾で水をかけた。水はキレイにグレンの顔にヒットする。
水も滴るなんとやらになってしまったグレンは、苛立ちに震えながらアサヒを睨む。
「貴様......ッ」
アサヒはそっぽを向いたまま、フスと鼻を鳴らしている。
え?叱らないのかって?
アサヒは賢いから、理不尽なイタズラはしない。こういうことをする時は、必ず理由がある。
もちろん、納得しなければ俺も理由を聞く。
しかし今回の件は、俺も何となく邪なものを感じ取ったので、黙認だ。
したがって、話題を切り替えることにする。
「それで、結局、操られてた時のことは覚えてないわけ?」
「......操られていた...?」
「ほら、川下の方から歌声が聞こえて...」
グレンは訝しげに首を捻る。
その時、川下から、またあの歌声が聞こえ出す。
その音量が上がるにつれ、リザードマン達が虚ろな顔で、川下へと歩き出す。
昨夜と一緒だ。
「なんだ...?なぜ急に歩き出した...?」
グレンの声に、ハッとして振り向く。
「グレン...歌を聞いても平気なのか?」
「歌...?何を言っている」
あれ?まさか、この歌声が聞こえていないのか?
もしかして...俺が昨日、この歌声を聞くなと念話で命令したことで、歌声自体がシャットアウトされてるのか?
確かに、俺やアサヒの効かない念話なら、俺の命令の優先度が高くなるのは頷ける。
「とにかく、面倒事が増えなくてよかった」
「...どういう意味だ」
つまり、俺が聞くなと念話で命令すれば、ここにいるリザードマン達は止められる。
しかし、今回は数が多い。正直言って、全員と念話を繋ぐのは面倒くさい。
それに、ここにいる人は助けられても、今後また同じことが起きないとも限らない。
...別に、俺がそこまで気にする義理はないのだが、このまま放置するのも後味が悪い。
それに、誰が何のためにこんなことをしてるのか、ちょっと気になるってのもある。
「よし。大本を叩くか」
俺に今課せられているのは、冒険だ。
ここは素直に、好奇心に従うとしよう。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!