楽器屋
バクサの外れにある楽器屋の外観は、楽器のマークの看板がある以外は、店らしいところは何もない。少し大きめの民家と言われれば、納得してしまいそうだ。窓も扉も締め切っていて、中の様子は全く見えない。
「看板があるってことは、ここだよな」
アサヒには外で待ってもらうよう頼んで、少しだけ扉を開けて、中を覗いてみる。
店の中には一切の仕切りがなく、広い床に通路を確保して、ズラリと楽器が並べられていた。
管楽器に弦楽器、打楽器と様々な種類の楽器がある。前世で見たことがあるような楽器もあれば、初めて見る独特の形の楽器もあって興味深い。
俺は好奇心を刺激され、ふらふらと店内に入った。
「ん?いらっしゃい」
奥の壁際に設置された作業台で、フルートのような楽器を磨いていたリザードマンが声をかけてくる。店主が一人で管理しているらしいので、おそらくあのリザードマンがここの店主だろう。ホンリンより一回り小さい、青緑の鱗のリザードマンだ。
「こんにちは」
ぺこりと会釈して、店内を歩き回って楽器を見る。
うーん、しかし、珍しい弦楽器と言われても、この世界ででんなのが普通でどんなのが珍しいのか良くわかんないんだよな。
「あの、すみません...珍しい弦楽器を探してるんですけど...あまり楽器には詳しくなくて」
「珍しい弦楽器ですか...」
ふむ、と顎に手を当てて、店主がこちらへ歩いてくる。
「エレカなんかどうでしょう?最近作られはじめた新しい弦楽器です」
そう言って店主が指したのはエレキギターのような楽器だった。
「このマジックアイムに繋いで演奏するんです」
そう言って箱状のマジックアイテムを見せてくる。
うん、完全にエレキギターだわ。電気が魔力に起きかわっただけだわ。
でも一応音は確認しておこう。
「少し、演奏してるのを聞かせて貰えますか?」
「ええ、もちろん」
ササッと準備をして、演奏してくれる。
...いや、音は予想どうりなのだが、演奏が予想以上に上手くてびっくりした。
「...すごくかっこいい音ですね」
「そうでしょう?新しい音楽が生まれる予感がしますよね!」
「は、はい」
すごい目がキラキラしてる。たぶんこの人楽器オタクだな。
「あの、もう少しクラシックな珍しい楽器は無いですか」
「クラシックですか...」
店主は一度バックヤードに引っ込み、しばらくして、雫のような形の楽器を持ってきてくれる。
バイオリンのように、弓を使って演奏する楽器のようだ。
弦は四本張ってあり、ネックが長くボディは小さい。
Fのような形の穴が空いたちいなボディは、光を反射して七色に輝いている。
「こちらはフィオーネという楽器です。この国でしか作れない弦楽器ですよ」
「わぁ...すごく綺麗ですね...」
「サウンドシェルという貝がらを使っています。この貝がらがテチュビジュンの海岸でのみ取れるので、この国でしか作れないのです」
「音...聞けますか?」
「はい。もちろん」
店主は椅子に腰掛け、脚でフィオーネを支えながら、弓を滑らせ演奏する。
バイオリンに似た、でも少し違う独特の音色だ。繊細で軽やかで、空気に溶けてしまいそうな美しい音。
「......綺麗な音ですね...」
「ええ。我が国の宝ですから」
この国でしか作れない珍しい弦楽器で、音色も素晴らしく美しい。
「その楽器を購入したいのですが...」
「ありがとうございます」
店主はフィオーネを丁寧に梱包し、持ち運び用のケースに入れてくれる。
俺はゼノンからあずかったお金を、亜空間から取り出す。
「お会計、八十万ラルフです」
「はい」
さすが、貴重なだけあってお値段もかなり高額だ。立て替えとかじゃなくて良かった...。
内心ドキドキしながら白金貨八枚を手渡す。
店主はちょうどある事を確認すると、領収書を書いてくれた。結構な大金を支払ったので、ありがたい。ちょろまかしていない証明になる。
「貴重な物を、ありがとうございます」
「いえ、私もこの楽器の良さがわかっていただけて、とても嬉しいです」
店主はそう言って、満面の笑みを浮かべた。
「この国は昔、人魚と交流があったと言われてるんです」
「人魚...?」
「ええ。人魚達は音楽が大好きで、私たちリザードマンに音楽を教えてくれたのだそうです。フィオーネも人魚からもらったと言われています」
人魚。その言葉のなんと魅力的なことか。
ポワワンと美しい女体の人魚が頭に浮かぶ。
人魚...人魚...。
「人魚にはどこで会えますか!?」
「へっ?」
突然デカい声を出した俺に、店主は驚いて後退る。
...人魚が気になりすぎて、思いのほかデカい声が出てしまった。
「いえ、この話はほとんど伝説のようなものですから...実際に人魚を見た者はいません」
「......そうですか」
人魚...いないのか......人魚...。
ガックリと肩を落とす俺を見て、店主はクスリと笑った。
「ふふ...私も小さい頃は、人魚に会いたくて、毎日海岸を覗いていました。結局会うことは出来なかったけど...人魚って女の子の憧れですよね」
「あ...ソウデスネ」
龍語なのにカタコトになる。
どとらかというと男のロマン的な理由というか、美しい人魚達に囲まれてみたいというか.........すみません邪な理由でした!
そんな、無垢な少女の憧れと並べられると、さすがに気まずい。
というか店主、女性だったのか...。
「人魚と言えば、海底のどこかに人魚の都がある、なんてことも言われてますね」
「海底...?」
「ええ。そこにはなんでも、とても美しい宝が眠っているとか...」
ん?なんかその話どっかで聞いたような...。
海底、都...人魚......宝......。
「あ、雫の宝......?」
「おや、ご存知だったんですね。この国では有名な歌なんですよ」
海の底の 忘れたれた都
人間が捨てた 悲しい都
今も水底で生きている
人魚と石が都を守る
石を置いたのは だぁれ だぁれ
海に沈んだ 音楽の都
人魚が拾った 綺麗な都
ずっと水底で待っている
雫の宝は都にねむる
次にならすのは だぁれ だぁれ
店主が軽やかに口ずさむ。この人、歌も上手いんか。昨日聞いた歌声とは違う、力強い美声だ。
ん...?でも、若干歌詞が違うような...。
「この雫の宝...楽器なのかもしれないですよね」
「え?」
「この歌詞、次の奏者を探してるでしょ?」
「...確かに」
店主はうっとりと宙を見つめる。
「もし本当に楽器なら...どんな音なんでしょう。死ぬまでに、一度は聞いてみたいです」
それはちょっと、俺も気になる。もしかしたら、その都に行けば...。
淡い期待を抱いて、いやいや、と首を振った。
そもそも、存在するかも定かではないのだ。
存在するにしても、誰もその場所を知らないのだから、行きようがない。
人魚の都、か。...もしかしたら、師匠は知ってたりするのだろうか。
師匠は、外の世界のことについてはほとんど何も教えてくれなかった。
教えてくれたのは、言葉と魔術、それから亜人の種類と特徴。文化や地理については、ほとんどビリウスとライが教えてくれた。
自分で冒険しろってことかな...。
「ま、帰る前に海岸を覗くくらいはしてみようか」
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!