酒場の朝定食
昨日は散々だった。
ダメエルフは拾うわ、恋バナ捏造させられるわ、グレンに裸で密着してしまうわ...厄日かな。
そんなわけで、朝から俺はげっそりしている。
とりあえず、ベッドだけは絶対に譲らなかった。この時ばかりは、レディファーストを活用させてもらった。
グレンは意外にも、それに対しては文句を言わず、大人しく床で眠っていた。
「おはようございます!」
ノックが聞こえたあと、扉越しにホンリンが大声で挨拶してくる。朝から元気だな。
どうぞ、と返事をすると、扉を開けて顔を出した。
「酒場で朝食が食べられるので、良かったらどうぞ!」
「ありがとうございます」
俺は、ローブを羽織って、すぐに酒場へ向かった。アサヒとグレンも後ろを着いてくる。
酒場には、仕事前の冒険者達がいて、カウンターで手続きをしていたり、朝食を食べて行く者も結構いるようだ。
適当な卓に座って、カウンターに貼ってあるメニューを眺める。
メニューと言っても、「日替わり定食」と、「季節の刺身定食」「季節の焼き魚定食」の三種類だけだ。
昨日は疲れて、何も食べずに寝たので知らなかったが、夜はつまみになる料理が豊富にあるらしいが、朝はこれだけだという。
それでも十分だけどな。
「アサヒ、どれにする?」
アサヒはちゃんと文字が読める。だから、メニューを見てどんな物が出てくるか、想像出来るのだ。それでもアサヒは「マサキと一緒がいい」と俺を見つめる。なんでもおそろいにしたいらしい。愛いやつめ。
「じゃあ、また日替わりにしてみよっかな」
「おい、読めんぞ」
しかしここに、龍語が読めないエルフが一名。そうだった。この人精霊語しか分からないんだった。
グレンに何があるか教える。が、生魚と言う単語が出た途端、説明を遮った。
「焼き魚定食にする」
「...はいはい。すみませーん、日替わり定食ふたつと、焼き魚定食ひとつ」
「かしこまりました」
ホール担当の職員に伝えると、五分も立たずに、料理が出てくる。はやっ!
「ごゆっくりどうぞ」
運ばれてきたのは...なんと。
「か、海鮮丼...だと?」
どんぶりに、三種類の刺身、魚卵、そして、海老が乗っている。
刺身をめくると下にあるのは、香ばしい玄米。
「こ、米だあ〜〜!!」
あまりの嬉しさに涙が出そうだ。こっちに来てからというもの、一度たりとも米を口にする機会がなかった。
言葉を習った時に、本で絵図を見たけど、本当にあったんだ、米!
「どうした?何を、驚いている」
「ん?ああ、ワンウァレンィアでは、米は食べられなかったから」
「何...?米がない?では何を食べているのだ」
「パン...昨日食べたでしょ...」
「ああ、あの美味なものか」
つまり、エルフの国では普通に米が主食ってわけか。まあ菜食主義者が多いなら、パンより米だよな。
「いただきます!」
まずは海鮮丼を一口。
「......うんまい!」
魚がめちゃくちゃ新鮮だ。嫌な生臭さが全くない。刺し身にかかっているのは、醤油系の甘辛のソース。ソース自体にも出汁がきいていて、舌を刺激する唐辛子の辛味がやみつきだ。
一度リセットのために汁物を一口。魚のアラが入った吸い物だ。魚の出汁がよく出ているので、シンプルな味付けが逆にいい。温かくてほっこりする味だ。
「母なる森よ、大地の父よ、今日の恵に感謝を」
シアンと同じ所作で挨拶をして、グレンも焼き魚定食を食べ始める。やっぱりエルフの国特有の挨拶なんだな。
グレンが食べている、鯖のような見た目の肉厚な焼き魚も美味そうだ。油が乗っていて、焼き加減も絶妙だ。
だがしかし、それでも今は目の前の海鮮丼に集中だ。
「いよいよだな...」
ほんのり赤く色付いた海老を持ち上げる。
ぷり、とハリのある身の輝きに、ゴクリと喉がなる。
意を決して、その身にかぶりついた。
「ん!!」
口の中で海老が弾ける。ぷり、ぷり、と音をたてて噛み締める。
う、美味い!!これを求めてた!!ヴエルニットでも出会えなかった甲殻類。やはり甲殻類は最高だ。
特に俺は海老には目がない。ぶっちゃけ海産物の中でダントツに好きだ。
「はぁ...やっと会えた...」
「.........何を言っているんだ」
グレンが訝しげに見て来るのも、まったく気にならない。ていうか今は海老に集中したいから、意識の中に入ってくんな。
おいじぃー!うまぁー!
「もうここに住みたい」
堪能しながらも、瞬く間に海鮮丼を食べ終え、大満足の朝食だった。
「いい。私が払う」
会計を済ませるべく、カウンターで金を払おうとしたところ、グレンに手で押し戻され、そう告げられた。
特に理由を話す訳でもなく、黙って俺とアサヒの分まで支払ってくれる。
「ありがとう、グレン」
その言葉に返事はなかったが、俺の中で少しだけグレンのカブが上がった。
それまでかけられた迷惑からすると、さすがにチャラとまではいかないが、まあ、もう少しだけ丁寧に扱ってやってもいいかな。
「あ、そうだ。ホンリンさん、珍しい弦楽器を探してるんですが、どこかいい楽器屋さんありませんか?」
「うーん、俺も楽器はそんなに詳しくないけど、知り合いがやってる店が、品揃えが良いって評判ですね!外国や首都から買いに来る人もいるそうですよ!」
首都から?ここ国の端にある街だ。それを、楽器を買うためにここまで来るというのは、期待できるかもしれない。もし、それでもピンと来なかったら、店の人にも聞いてみよう。
「バクサの中でも内陸の方にある店なんですよね!ここは海岸付近だから、店の裏手側に二刻も歩けば着くと思います!」
そう言って、また、簡易的な地図を描いて渡してくれる。それほど建物がたっていないこともあって、道は地形に沿っていてシンプルだ。
ギルドを出て少し歩いたところで、グレンに尋ねる。
「グレン、体力に自信ある」
「当たり前だ」
「じゃあ、合わせるから、長く走れるいちばん早いペースで走って」
「...わかった」
走り出すグレンに合わせて、俺とアサヒも並走する。
なんだ結構早いじゃん。これなら、そうかからずに着くだろう。
しかし...。
「いや方向逆なんだけど!今までどっちに歩いてたかも分かんねえの?」
「...うるさい、早く前を走れ」
少し目を話しただけで、はぐれそうな危うさがある。
グレンの腕を引いて、方向転換させる。
「はあ...絶対よそ見すんなよ」
なんというか、迷子防止のリードが欲しい。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!