デジャブな再会
俺はそれから七日間、シアンがいる時は修行をみたり、時間が開けば、近場で出来る依頼をこなしたり、リーニャとサッカーの練習をしたりして過ごした。
シアン達を見送って、二日後の朝。俺とアサヒはくすり屋に来ていた。
「おう、来たな。こっちに来てくれ」
ゼノンに手招かれ、バックヤードの階段を上り、二階へと通される。
ぎっしりと棚が並べられたそこは、どうやら、素材や魔法薬の保管庫のようだ。
「ここにある箱を、ポート・ラビリンスまで配達を頼む。とりあえず入る分だけで構わない」
薬ビンの入った平たい木箱が、何段も積まれている。
亜空間に入る分だけでいいって事か?何言ってるんだ?このくらい、全部入れてもまだまだ余裕があるぞ。
木箱をさっさと亜空間に詰め込んでいく。
「これダケでいいんデスカ?」
「...まだ入るのか...?」
「ハイ。この部屋にある物くらいなら、全部収納出来マスヨ」
それを聞いて、ゼノンはあんぐりと口を開ける。
「......じゃあ、もうひとつ配達先を増やしても、良かったりするか...?」
「え...?あー、ハイ。メチャクチャ遠くなければ」
うむ。と頷いて、ゼノンは別の木箱の山を指す。
「じゃあこの山を、隣国テチュビジュンのギルド、マーメイド・ラプスまで持って行ってくれ」
テチュビジュンのギルド「マーメイド・ラプス」...確か「ポート・ラビリンス」のエールちゃんが、ヴエルニットから近いギルドとしてあげていた。
「行ったことないので、チョット時間かかるかもしれマセンが...」
「ああ、構わない。そっちはそれほど急ぎでもないからな」
「ソウデスカ」
続いて、テチュビジュン行きの木箱を収納していく。
「それで、もうひとつ頼みたいんだが」
「?ナンデスカ」
「テチュビジュンで、一番珍しい弦楽器を買ってきてくれないか?」
なんだそれ、と思わず首を傾げてしまう。
「テチュビジュンは音楽の文化が発達していて、見たこともない楽器があると聞く」
「へー!...それで、珍しい弦楽器ナラ、どんなものでもいいんデスカ?」
「ああ、珍しくて、音色が美しければいい」
なんか、めんどくさい注文だな。
...でも弦楽器か...それはチョット俺も気になる。
「分かりマシタ」
「ではとりあえず、これを渡しておく」
そう言って渡されたのは、白金貨十枚。
初めて見た白金貨に目をむく。白金貨が、じゅ、じゅうまい...。
あまりの大金に、胡乱な目を向けてしまう。
くすり屋ってそんなに儲かるのか...?
「なんだ?ちょろまかすなよ?」
「しませんヨ、そんなコト」
とりあえず、怖いのでこれも亜空間にしまっておこう。普通、こんな大金あっさり渡すか?本当にちょろまかされたら、どうする気なんだろう。
「それじゃあ、イッテキマス」
「おう。たのんだ」
商品を詰め終わった俺は、さっさとくすり屋をでる。
しかし、少し行ったところで、シマに呼び止められた。
「奥たまぁ!」
完全に定着してしまっている「奥たま」呼びに、ギクシャクと振り返る。
「...ナンデショウ」
「これ、今朝焼いたので、お昼にどうぞ」
「ワァ...!ありがとうゴザイマス」
いい香りのする温かいパンを包んで、シマが手渡してくれる。
「道中お気をつけください。奥たま」
「あ...あの、往来で奥たま呼びは、チョット」
「...え?どうしてですか?」
え、えー?嘘だし、あんまりひとに知られたくないから。とは言えないし...。う、うーん...マジで言いたくないが......これしか、ない、のか...?
こてんと首を傾げている
「...て、照れてシマウノデ」
「!!そうでしたか!奥た...マサキさんは、とても奥ゆかしい方なのですね...!」
シマの方が照れたような顔で、呼び方を改めてくれる。どうやら、納得してもらえたようで、ひとまずホッとする。
俺はもらったパンを、亜空間に入れて今度こそくすり屋を後にした。
「それじゃあ、行ってキマス」
「行ってらっしゃませ!奥たまサキさん!」
まざってるまざってる。
いつも通り、行列に並び南の門をくぐって、エテロペの森へ走った。
森に少し入ったところで、アサヒを元の大きさに戻す。
「ヴエルニットか...」
ついこの前まで、その遥か先にある迷宮に住んでいた。
まだひと月も経ってないのに、なんだか懐かしく感じる。
大きくなったアサヒと、森を駆け抜ける。
せっかくヴエルニットに行くのだ、港町でしか食べられない海鮮料理でも食べようか。
着いた時の事を考えながら、若干上の空で走っていると、ふいにアサヒが立ち止まった。
「ん?どうした」
アサヒを見ると、その視線はまっすぐ一点に固定されている。
その視線をおって行くと、草むらから、白い手が伸びていた。
「!!」
まさか、シアンじゃないよな、と焦って駆け寄るが、近づくとその手はかなり大きい。
シアンでないことに少しホッとして、いやいや、まずは人命救助だと草むらをかき分けた。
「そもそもシアン達は、二日前に森に入ったんだから、こんな浅い場所にいるわけないよね」
それに、彼女達が入ったのは、西の門に面した森だ。
草むらをかき分けると、うつ伏せになっているらしい肩が見えて来た。
まずは肩に軽く叩いて声をかける。
「大丈夫ですか...?」
「.........う、」
どうやら、意識はあるようだ。ぷるぷると震えながら腕に力を入れ、ゆっくりとあげたその顔は。
「...て、あんたこの前の」
なんとこの前、森で遭遇した迷子のエルフ、グレンであった。
なぜまた森に...?この前ちゃんと外まで連れてったよな?
「は...」
「は?」
「はらが、へった...」
そう言って、今度は仰向けに倒れてしまう。
なんだこのデジャブ。
どこかでやったようなやり取りに、若干呆れつつ食べものを出してやる。
エルフっていったい...。
エルフには、動物性のものが食べられない者もいると聞いたので、俺は一応、シアンにあげたように、紅桃を力尽きたグレンの口元に持って行ってみる。
すると突然、グレンの目がカッと見開き、紅桃にかぶりついてきた。
「うわっ」
ワニか。俺はあまりの勢いにびっくりして、思わず手を引っ込める。
もうそんなに残っていない紅桃を、木箱ごと出して渡すと、次々に手を伸ばした。
グレンは丸呑みにするような勢いで、紅桃を完食すると、こちらを見た。
「もっとくれ」
なんだこいつ、ふてぶてしッ!
むっつりとして、図々しくも催促の手を出してくる。
しかし今回は、俺とアサヒだけだと思って、ほとんど食料を持って来なかった。
いま他に出せる食べ物と言ったら...。
しかたなくシマにもらったパンを差し出す。
いや、まあ動物性の材料も使ってるだろうし?食べられないなら無理しなくていいからね??ホンットにマジで無理だけはしないようにね!!
しかしグレンはなんの躊躇いも無く、温かいパンがを頬張る。
俺はガックリとうなだれた。
「うむ。美味だったぞ」
そりゃあ、よかったですね。
結局全てのパンを食べ尽くされ、俺とアサヒはガッカリした。
一緒に食べたかったよね...。
それとは裏腹に、グレンはすっかり元気になっている。
「それで...なんでまた森にいるんですか...?」
「それは...」
グレンは少し口ごもる。
「街道を歩いていたはずなのだが...いつの間にか、また森の中に...」
「は?」
え、ちょっと待って?あのシンプルな街道を歩いてて、どうやったら、いつの間にか森にいた、なんてことになるの...?ただ、道にそって歩くだけだよ??
「それで...持参した食料が尽きてしまい...」
「..................」
それで、俺が気づかないほど、瀕死になっていたと...。
もしかしてこの人、とんでもない方向音痴なのか...。
「はァ、いったいどこかに行きたいんですか?」
「カッツェヘルンという街まで...」
まさか、こんな近場で何日も迷子になるやつがいるなんて。
「...今は、仕事の途中なので、帰りで良ければ送りますよ」
「本当か...!」
放置して野垂れ死なれても、後味悪いからな。
「じゃあ、俺たちヴエルニットまで配達に行って来るので、ここで待っててくださ」
「私も行く」
食い気味に言って、グレンはすくっと立ち上がった。
「...いや、急いでるので」
「そこの獣に運ばせれば良い」
こいつ...。むちゃくちゃ図々しいやつだな。
アサヒを獣呼ばわりとは、ふてー奴だ。
よーし。一度、男としてのプライドをへし折ってやろう。
「わかりました...特別に俺が運んであげます」
「...?」
訝しげな目をしているグレンの膝に、腕を差し入れ横抱きにして持ち上げる。
「なっ」
「さあ、参りましょうか。お姫様サマ」
秘技!女の子にお姫様抱っこされる成人男性の図!
どうだ〜?これはかなり屈辱的だろう?男ととしてのプライドがズタズタだろう?
「おい、おろっ」
「行こうかアサヒ」
「ぶべらっ」
屈辱に顔を赤らめるグレンが抵抗できないように、一気に加速する。
無理に飛び降りようものなら、常人は一発でミンチだ。
正面を向いていたグレンの美しい顔が、風圧でリアクション芸人ばりに崩れる。
もちろん俺は、鍛え抜かれた表情筋で踏ん張っているので、そんな無様な姿は晒さない。
「あっひゃっひゃっ!変な顔ぼろばらばば」
あっしまった、笑うと表情筋が!!
表情筋の踏ん張りがきかなくなった俺は、あっさり顔面崩壊してしまった。
「ハッ!ほまぇの方が酷いかばばば」
負けじと言い返して来るが、正直面白いだけだ。ダメだ、ツボに入った。
イケメンの顔が崩壊してるのって、すっごい気分いい!
結局俺は、森を抜けるまで笑いを止めることができず、頬の肉をびらびらさせ続けることになった。
それにしても、森で迷って風に翻弄されるなんて、グレンってエルフとしてどうなんだろう。
偏見とは思いつつ、つい胡乱な目を向けてしまう俺だった。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!