調査依頼
「チョット、なんでハッキリ否定しないんですか...」
勘違いしたまま、嬉しそうに店番に戻ってしまったシマをチラッと見ながら、不機嫌にゼノンを小突く。
「いや、俺もいきなりのことで混乱してたんだって...」
それについては自分も同じなので、あまり強く言えない。
「...どうするんデスか?シマの中では俺と婚約してる事になってマスよ」
「それなんだが...そのままでも良いかと思ってな」
「は?!」
どういう意味だ??まさか本当に結婚する気じゃないだろうな!嫌だぞ?俺は男と結婚なんて絶対嫌だ!!
「実はアイツ、結構前から所帯持てってうるさかったんだよ。このままお前と婚約してるフリをしておけば、しばらく大人しくなるだろ」
ああ、そういう...。ハァー、良かったあ!
「じゃあ、本気で結婚するワケじゃないんデスネ?」
「ああ。俺はまだ自由でいたいし。お前どーせ恋人いないだろ?ならしばらく名前だけ貸してくれよ」
ぐっ、なんかムカつくな。だが、恐らく師匠の「男避け」が効いているんだろう。カッツェヘルンに来てからも、変に注目されることも無くなったし。
そうでなければ、こんな美女に向かって、そんな失礼な口をきけるはずがない。今の俺の見た目は、神もお墨付きの、絶世の美女なのだから。いや、自画自賛とかではなく。
「お前が気に入らない縁談断る時にも協力してやるからさ!なっ?」
「...まあ、そういう事なら別にいいデスけど。......あんまり言いふらさないでクダサイよ」
「ああ。わかってる」
本当だろうな。
でも確かに、強引に迫られた時とか、婚約者がいると言って断った方が、事を荒立てずに住むかもしれない。
俺、口下手だから、最終的には物理でお断りすることになるからな。
「依頼については、当日に詳しく説明するから、七日後の朝、またここに来てくれ」
「分かりマシタ」
話を終えた俺は、シマに温かい視線を送られながら、くすり屋を出る。
「ん?どうしたアサヒ」
なんだか元気がないアサヒを覗き込むと「結婚しちゃうの?」と寂しそうな目を向けてくる。
「するわけないよ。...それに、俺の一番はずっとアサヒだよ?」
キュウンと鳴くアサヒの首を抱きしめた。ちょっとシマにデレデレしてしまったせいで、アサヒを不安にさせてしまったみたいだ。
大丈夫、猫も好きだけど、俺は犬派だよ。はあ、アサヒが可愛すぎて彼女作るどころじゃないな。いや、モテない言い訳とかじゃなく。
そもそも、まずは男に戻してもらわないと。
その後俺は空地を覗いて、リーニャと少しサッカーの練習をしてから、宿に帰った。
「マサキ様っ!おかえりなさいませ」
自室に戻る途中で、シアンに捕まった。ぐいぐいと腕を引っ張って、シアンの部屋に引きずり込まれる。アサヒも後ろについて、部屋に入る。
シアンの部屋は本当に服だらけだった。型くずれしないよう、整然と並んだ木製のトルソーに、ワンピースが着せられている。服の日焼けを防ぐためか、分厚いカーテンを締め切っていた。
しかし部屋の中はホコリっぽくなく、空気が澄んでいる。シアンは風の魔術が得意だし、空気を綺麗に保つことは、容易いのかもしれない。
「今日のルーシュ様のご依頼について、お話したいのです」
「ああ、やっぱり依頼だったんデスネ」
「はい。実は、今日のロックボアの討伐で活躍したシアンたち四人に、エテロペの森の調査を依頼したい、とのことでして」
「へぇ〜!ギルドマスター直々に依頼されるなんてスゴい事じゃないデスカ」
素直に褒めると、シアンはえへへ、と頬を緩めた。しかしすぐに、ぶるぶると顔を振って切り替える。
「それで、必要ならシアン達が任意で追加人メンバーを選んでもいいと言われたのです」
「ナルホド、それデ俺に?」
「はい。ライ様には、まだ調査依頼だから、追加メンバーは無しでいいと言われたのですが...シアンはマサキ様が一緒の方が、もっと心強いと思ったのです」
う、あんまりキラキラの目で見つめないでくれ。なんでも頷いてしまいそうだ...。
「それはいつ行くんデスカ?」
「五日後に出発して、一週間ほど歩いて調査する予定です」
「五日後から一週間...」
しまったな。それだと配達依頼と被ってしまっている。危険度は低くはないが、ライにビリウスにアゼルミリアまで一緒なら、俺がいなくとも大丈夫だろう。
うん、今回は断ろう。
「スミマセン。その日程だと、先程受けた依頼と被っていまシテ...」
「そんな...どうしても無理なのですか?」
うう、無垢な瞳が眩しい...!
「...う、じゃあ、依頼が終わり次第追いかけマス。範囲がエテロペの森ダケなら、すぐに皆さんヲ見つけラれると思うノデ」
「ほ、本当ですか?」
「はい...そのかわり、こっそり見守るコトにシマスから、シアンさんもできるだけ、自分で頑張ってみてクダサイね」
「はい!ありがとうございます!」
こくんとシアンが可愛く頷く。きっとシアンは、俺だけ仲間はずれのようになっているのを気にしているのだろう。
「じゃあまずは、明日の朝カラ、一緒に修行を開始しまショウ」
「は、はい!頑張るのです!」
「デハ明日は、三の刻半ばに、宿の玄関に集合です」
「さ、三の刻半ばですか...?」
シアンが、エッと言う顔をする。この子は意外と朝が苦手だ。
「頑張りマショウね」
「は、はいぃ...」
早朝の空気はひんやりしていて、気持ちいい。
「ふぁあ...マサキ様、アサヒ様...おはようございますぅ...」
「オハヨウございます」
だいぶ眠そうなシアンが、ふらふらしながらやって来る。眠気で重たいまぶたが、幼げで可愛らしい。
まだ半分眠っている状態のシアンを連れて、西の門をくぐる。西の門は他の門に比べて往来が少なく、特にこの時間ならほぼ並ばずに外に出られる。
「さ、まずはウォーミングアップです。森まで走りマスヨ」
「うぉーむ?み?」
「行きマスヨ!」
「は、はいぃ!」
西の門はエテロペの森に近く、一キロ程しか離れていない。ウォーミングアップに走るには、もってこいの距離だ。
シアンのペースに合わせて、ゆっくりとジョギングする。
すると、だんだん目が覚めて来たのか、シアンがキョロキョロと当たりを見回した。
「わぁ...朝の空ってこんな色なのですね」
シアンは感動したように、目を見開いて朝日照らす空は見上げた。
わかるわかる。朝のジョギングって、やり始めるまでめちゃくちゃ腰が重いんだけど、やってみると、景色は綺麗だし、空気が良くて、すっごい気持ちいいんだよな。
六、七分くらい走ると、森の入口につく。シアンそれほど息が上がっている様子もなく、スッキリした顔をしている。
冒険者にしては運動能力は低くと言うだけで、運動音痴という訳ではないようだ。
「さて、では息を整えながら少シ森を歩きまショウ」
「はっ、はい」
シアンは、じんわりかいた汗を拭いながら、森の中へと歩き出す。
朝露に濡れた草の香り、優しい風にさわさわと揺れる枝葉。静寂の中にある自然が心地いい。
「ココまで来ればいいデショウ。地面に座ってクダサイ」
「わかりました」
地面にに座ってあぐらをかくと、シアンも真似した。
「目ヲ閉じテ、呼吸を落ち着けて...自分の内側に集中シテください」
「...はい」
シアンがすぅ、とゆっくり鼻から息を吸うのが聞こえる。
森は静かで、エネルギーに満ちている。こういう場所はリラックスして、集中力を高めやすい。
まずは、魔力の核を意識して...
見えたら、次に全身に巡っている魔力の流れを意識して...
慣れて来たら、意識の輪を少しずつ外へ広げて...
「わ...!」
シアンは、小さく感嘆の声を上げる。
目を瞑っているのに、眩しいほどのエネルギーの流れを感じたはずだ。
シアンは筋がいい。普通、最初は自分の魔力の核すら見えない。さすがにそのくらいは、既に出来ていたのかもしれないが、それにしても飲み込みが早い。
素直ゆえか、才能か。
「ではそのまま、この前のようにシルフさんを呼んでみてクダサイ」
シアンは、言われた通りに魔力を集中する。
「シルフ様、シアンのもとに...」
そう呟いて、祈ると、シアンの魔力を媒にして、風の大精霊シルフが顕現する。
「あ...!」
精霊召喚時の、自分の魔力の流れを、初めて客観的に見たのだろう。
ぱち、とシアンが目を開ける。
「わかりましたか...?」
「......はい」
「シアンさんの魔力は、まだまだこんなものジャナイ」
シアンは、自分の中に眠ってい魔力の大きさに、しばらく唖然としていた。
「これから俺と、ソノ魔力をコントロールする練習をしまショウ」
自分の魔力の強大さに、不安と期待を織り交ぜたような目で、シアンは俺を見上げる。
「きっとシアンさんナラ、世界一の精霊魔術師になれマスよ!」
「世界一...」
その瞳の中に、キラキラの輝きが増していく。
シアンは、わくわくを隠しもしないで、にっこりと頷いた。
「はい!シアンは、世界一の精霊魔術師になります!」
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!