見えない依頼書
「ちょっとお願いしたいことがあるのよ...ついて来て」
そう言うと、ルーシュは踵を返してスタスタと歩き出す。それに続いて一同も歩きだす。
俺もついて行こうとしたのだが、アゼルミリアによって止められた。
「待ちなさい。あなたは呼ばれてないわ」
アゼルミリアは腕を組んで、俺より少し低い位置から冷ややかに睨みあげる。
「でしゃばって来ないで。どうせ、足手まといになるだけよ」
ピシャリと言い残して、さっさと歩いて行ってしまった。
確かに呼ばれてなかったけどさ......そんなズケズケ言うことないじゃんよ。俺そろそろ傷ついちゃうよ…?はあ、なんか俺、どうも嫌われてるよな...。美女に嫌われるってのは、結構堪える。
「はぁ...なんか仕事でも探すか...」
じっとしていると辛くなってくるので、現実逃避も兼ねてリクエストボードを物色する。
今度はどんな仕事に行こうか。
まずはDランクの仕事を探してみるが、これといってパッとするものがない。ここ数日でめぼしい依頼は、ほとんど受けてしまったからなあ。ひとつ下げてEランクの依頼を見てみようかと思った時、一枚、変わった依頼書がある事に気づいた。
「ランク不問、配達依頼。この依頼書が見えた方は、依頼書を持ってくすり屋へ」
見える?ハッキリ見えるが、どういう意味だろう。それに、受付じゃなくて、直接くすり屋に持っていくのか?
うーむ。なんか怪しいけど...ちょっと気になる...。
...物は試しだ!行ってみて考えよう!
好奇心に負けた俺は、ビリ、と依頼書を剥いでくすり屋へ向かった。
「コンニチハー」
扉を開けて入ると。陳列棚の前に猫が立っていた。グレーの毛並みに、青い瞳の猫獣人だ。身長は人間の子供くらいで顔は完全に猫だ。ゆらゆら揺れる尻尾と、くりくりの目に、思わずきゅうんとしてしまう。
「いらっしゃいませ」
猫獣人は愛想良く挨拶をする。うう、可愛い。この子、ここで働いてるのかな?
「あの、依頼書ミテ来たんデスケド」
「依頼書?」
猫獣人は丸い小さな手を頬に当てて、コテンと首を傾げる。ああっ!可愛い!
「ちょっとご主人たまに聞いて来ますね」
そう言って、トコトコとバックヤードに走って行く。
ご主人たまって...まさか...。
少しして、猫獣人はゼノンを伴ってバックヤードから出てくる。
「おー、マサキだったか。よく来たな」
「ドウモ...」
ご主人たまって......この人そう言う趣味だったんだ...。
じとっとゼノンを見る
「...?なんだ?」
「イエ...」
「?まあいい、とりあえず入ってくれ」
この間と同じくバックヤードに通される。
イスに座ると、ゼノンは猫獣人に声をかけた。
「シマ、お茶を頼む」
「はいはい」
シマと呼ばれた猫獣人は、やれやれと言う感じで仕方なくお茶の準備をしに行った。
その小さな背中には、なんだか苦労が滲んでいる。
「それで、依頼書と言ったな...」
「はい」
「そのことなんだが...」
ゼノンが急に真剣な顔になる。何を言われるのだろうと、俺は身構えた。
「依頼書ってなんだっけ?」
ガクッと力が抜ける。どういうことだ?この人は知らないのか?とりあえず、と依頼書を渡す。
「ん?...あー。そう言えば何年か前に貼ったわこんなの。すっかり忘れてた。ずっと貼りっぱなしになってたのか?」
...なるほど。この男はかなりテキトーな性格をしているようだ。なんにせよ、忘れるほど昔の依頼ということは、この依頼書は無効だろう。はあ、と息をついて立ち上がる。
「まあ待て、誰も依頼を取り下げるとは言っていないだろう?」
「え...」
「実は優秀な配達員を探していたんだ。...今は遠くへ商品を運ぶ時、荷馬車を利用しているんだが、どうしても揺れ等で入れ物のビンが割れてしまってな...それで条件に合う者に配達を頼もうと依頼書を貼ったのだ。条件に合う者にしか依頼書が見えないよう、呪いをかけてな」
なるほど。だから「この依頼書が見えた方」と書いてあったのか。
「ソノ条件って何デスカ?」
「足が速くて、空間術が使えること」
「あー」
そら見えるわな。めちゃくちゃ当てはまってる。
「お前ヴエルニットまでどのくらいで行ける?」
「えーと...」
ヴエルニットからカッツェヘルンまで、この前はアサヒがゆっくりめに走って一日半。全速力なら...。
「一日あれバ」
「何!?」
「...往復出来マス」
「往復!?!?」
...正直に答えると、目をむいて驚愕された。
「日帰り出来るということか...?」
「はあ...」
日帰りってそんなにやばいのか?今からでもなんとか誤魔化そうかな...。
「じゃあ...とりあえず、七日後にヴエルニットまで配達頼めるか」
「え、ハイ...いいですケド...」
「本当か!」
頷いて了承すると、立ち上がって喜んだ。
「あの...信じるんデスカ?」
「何?嘘なのか...!?」
「いえ、本当デス」
「っは!そうだろうな!俺は自分のかけた呪いを信じている!」
今ちょっと慌てたよね...。本当にテキトーな人だな。再び呆れていると、シマがお茶を持ってきてくれた。紅茶っぽいな香りがする。
「アリガトウございます」
「いえ」
お茶を注いでくれるシマに礼を言うと、にっこり微笑まれる。か、可愛い...。
デレ...と鼻の下を伸ばしていると、アサヒがフスンと鼻を鳴らす。
どうした?と見ると、プイと顔をそらされた。
も、もしや…もちを焼いてらっしゃる...?え、かわ...。
「おう、マサキ。コイツはシマ。店の手伝いをしてくれてる」
「シマです。ご主人たまのお世話と、店の手伝いも、しています」
「アハハ」
こりゃ、相当ストレス溜まってるな。にこやかなのに圧を感じる。
「マサキです。この子はアサヒ」
「マサキさんにアサヒさんですね」
俺たちにはたまをつけてくれないのか...ちょっとガッカリ。
「おー、そうだシマ。マサキには商品をタダにしてやってくれ」
「え?」
「いやー、実はこの前コイツにスゲーもんもらってよぉ。その礼にせめてここの商品くらいはタダにしてやろうと」
「コラー!」
バシーン!とシマが肉球をゼノンの頬に叩きつける。ちょっと羨ましい。
しかし貧弱なゼノンは、その衝撃でイスから落ちてしまった。
「あなたはいつもいつも勝手に...!そう言うことはまず僕に相談してくださいって何度言わせるんですか!」
「でも、ここ俺の店」
「誰が赤字にならないよう、やりくりしてると思ってるんですか!」
「ス、スミマセン...」
突然修羅場になってしまった。まさかシマのストレスがここまで爆発寸前だったとは...。
シマは、フン、と鼻を鳴らしながら長いしっぽを地面にてしてし叩きつけている。真面目に怒っているのに、その仕草につい癒されてしまう。
一方、ゼノンは情けくも、小さくなっていた。
「まったく!いったい何を貰ったんです?」
「それは...」
ゼノンがちら、と俺を見る。俺はブンブンと顔を振った。
「......一生かけても返せないような、その、スゴいもの...?」
「え、一生...スゴい?」
本当の事を言えないせいで、もごもごと詰まりながらゼノンが答える。
それを聞いたシマは、俺とゼノンを交互に見て、突然「はわわ」とほっぺたを抑えた。
え、可愛いけど、どうした?
「い、一生って...結婚するってことですか?」
「は」
「そ、そうならそうと、もっと分かりやすく言ってくださいよ!」
「え、ちょ」
ひとり納得したように頷くと、シマは俺の手を取った。アッ肉球が...。
「だらしない人ですけど、これからどうぞよろしくお願いしますね、奥様」
「え、おく?」
「バカ。そう言う時は奥たまだろうが」
「ソウソウ、奥たま...は?」
え、えええ?
「そうでした!ではこれからは奥たまと...!」
えええええええええええええええええええ!?!?!?
どうしてそうなった??
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!