氷の華
うーん。それにしても、俺の周りって戦闘能力バグってないか?
てっきりみんな、ひとり一頭は倒すのかと思っていたが、ほとんどは三人から十人のパーティを組んで、ロックボア一頭を仕留めている。
ひとりで一頭仕留める者もいるが、単騎で何頭も仕留めているのは、ライ、ビリウス、シアンくらいだ。
たまたま今は強い人がいないだけかもしれないが...。
そう思っていたのもつかの間、視界の端で、見覚えのある黒髪の美女が動き出した。
アゼルミリアは、ついさっきまで、様子を伺っていたのかほとんど動きがなかった。
彼女には強者特有の存在感があるため、ここまで動いていないのが逆に気になっていたのだ。
腰に下げたレイピアを抜き、走り出す。
「氷槍」
アゼルミリアが静かに呟くと、いくつもの鋭く尖った氷塊が、空中に出現する。
魔力を纏ったレイピアで、アゼルミリアが空を切った瞬間、宙に浮かんでいた氷塊の一部がロックボアに襲いかかった。
「時雨」
アゼルミリアのレイピアに動きに合わせて、次々と氷塊が降り注ぐ。
指揮棒のように空を切るレイピアと、ひらりと翻る長い黒髪が、戦闘中だと言うのに見蕩れてしまうほど美しい。
氷塊は、ロックボアの表皮に突き刺さると、そこからじわじわと身体を凍らせていく。ロックボアそのまま、ろくに抵抗もできず氷漬けにされてしまった。
しかし、ほとんどのロックボアが氷漬けになる中、一頭、特段俊敏なものが氷塊を全て避け切り、アゼルミリアに接近する。
ロックボアは、雄叫びをあげてアゼルミリアに突進した。
「危ない!」
誰かがそう叫んだ。
それは違う。彼女にはまだまだ余裕があった。
ギリギリまでロックボアを引き付けて、ひらりと身を翻して横に交わすと、そのまま横腹にレイピアを突き刺した。
魔力を帯びたレイピアは、ロックボアの硬い表皮をあっさりと突き破る。
「氷華」
そう呟いて、レイピアを抜き去る。
刹那、ロックボアの内部から、身体を突き破るように、いくつもの氷柱が飛び出る。
縦横斜めに突き出したそれは、まるで花びらのようで、まさに神秘的な氷の華と言えた。
ロックボアはパタリと倒れ、絶命する。
アゼルミリアは息ひとつ乱すことなく、ロックボア十頭近くをあっという間に倒してしまった。
「ごめんなさいね...」
そう呟いてロックボアの鼻先を撫でる彼女の瞳には、やるせなさが浮かんでいた。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに切り替えたように、辺りを見渡した。
「あ、」
目が合う。数秒間冷ややかに見つめられ、すぐに無言でそらされた。
そっけない美人というのは、どうして目で追ってしまうのだろう。
それにしても彼女の魔術は、ここにいる者の中でも飛び抜けている。先程の戦闘でも、詠唱がだいぶ省略されていた。詠唱を一部省略して魔術を発動できるということは、それだけ魔力コントロールと、発動のイメージ力が優れているということだ。
「マサキ様?」
ぼんやりとアゼルミリアの後ろ姿を見ていたら、背後からシアンに呼ばれた。
「どうかしたのですか?」
「いえ、ナンデモ...」
「そうですか...?あそこにいる方々が討伐しているので最後みたいですよ」
シアンに言われて指さす方を見ると、男性五人組のパーティが、丁度最後の一頭と思われるロックボアを仕留めたところだった。
接敵してまだ十五分ほどしか経ってないのだが、緊急討伐は完了してしまった。
主な原因は、ライ、ビリウス、シアン、アゼルミリアがひとりでさっさと、何頭も狩ってしまったからである。
ライとビリウスもこちらへ戻ってくる。
「マサキ、君、サボってただろう」
「ライが我先に飛び出すから、シアンさんを見ててくださったんですよ」
「ビリウスだって、一緒に来たじゃないか」
「私は、あなたが無茶しすぎないよう、見張ってたんです!」
ニマニマと俺をからかうライを、ビリウスが諌める。
実際、サボっていたと言われればそうなので、気にしていないのだが。
「マサキ様、シアンのせいでここから動けなかったのですか?」
シアンが申し訳なさそうに見上げてくる。
「い、イエ!ちょっとゆっくりしてただけデスヨ!...イヤー!みんな討伐早くテびっくりダナー!」
シアンに気を使われたくなくて、慌てて取りつくろう。
純粋なシアンはそれを真に受け、ほっと息を吐いた。
「さ、報告に戻ろうか」
ギルドは、緊急討伐完了の報告に来た冒険者達で賑わっていた。
「今日の討伐はあっという間だったな!」
「ロックボアはデカいだけで、それほど手強い相手じゃない」
「よく言うぜ!そんな怪我させられて」
「なんだと!」
髭を生やしたゴツイ男達がいがみ合う。
「まあ、この前の奴らよりやりやすかったのは本当だが...」
「今回はライとビリウス以外にもやべぇ奴らがいたからな...」
そう言って、男達の視線が、シアンとアゼルミリアに集まった。
「あんなキレーな顔して恐ろしい女達だ...」
「このギルドにはバケモンみてぇな女しかいねえのか?」
......バケモン言われてますよシアンさん。
そんな視線をまったく気にぜず、シアンはニコニコ顔で列に並んでいた。報酬が楽しみでしかたないらしい。
それもそのはずだ。シアンは最終的に、ロックボアを五頭倒したのだから。初依頼にして金貨五枚の報酬を獲得したのだ。
ちなみにライは九頭、ビリウスが三頭を狩っている。本人に確認したわけではないが、俺が見た限りでは、アゼルミリアは七頭は仕留めていた。
...そりゃ、四人で三分の二以上を仕留めたら、バケモン扱いされてもしかたないよな。
バケモンと言った男たちも、畏敬の念はあっても、忌避するような視線は感じられない。
街を守るための、いざと言う時の戦力に、心強く思っているのかもしれない。
「お疲れ様です。この水晶に手をかざして、お名前と討伐数をお教えください」
「はい」
そんなことを考えている間に、ビリウスに報告の順番が回ってくる。
「ビリウス。討伐数は三頭です」
ビリウスが答えると水晶が青く光った。それを見て頷くと、ザックは紙にビリウスの名前と討伐数を書き記し、印鑑を押した。
「はい。ありがとうございます」
ビリウスに紙を渡すと「次の方」と呼びかける。続いて出てきたライにも同じ質問をしている。
あの水晶はいわゆる嘘発見機だ。鑑定のマジックアイテムの一種で、手をかざした相手が嘘をついていると赤く光り、真実であれば青く光る。
このマジックアイテムのおかげで、虚偽の報告を防ぐことが出来るのだ。
...お、いよいよシアンの番だ。
「シアン。討伐数は五頭なのです」
シアンの申告に水晶が青く光る。現場に来ていなかったザックは、驚いた顔をした。
「シアンさん、五頭も討伐したんすか...?」
「はい!」
「ひえー!すごいっすねー!」
シアンとも印鑑を押した紙を渡しながら、思わずといった感じで話しかけていた。
そして後ろに立つ俺に目を向けた。
「お、マサキさんも参加したんでしたね!いったい何頭狩ったんすか〜?」
どうも登録審査依頼、ザックには注目されているらしく、ワクワクしているのを隠そうともせずに討伐数を聞いてくる。
「いえ、俺は一頭も倒してマセンよ」
「え?」
「のんびりシテたら討伐終わってましたカラ」
「そうなんすかぁ?」
ザックは露骨にガッカリした声を出す。
「俺はちょっと身体が丈夫なだけデスヨ」
「ええ〜」
不満そうな声を出すザックに苦笑していると、後ろから舌打ちが聞こえた。
「終わったなら、はやく退け」
「アッ、すみません!」
慌てて場所を空けると、ザックは俺たちにすまなそうに目配せをした。自分が引き止めてしまったと罪悪感を感じているようだ。
後ろに並んでいたのは見覚えのある男。
確か、登録審査の時も後ろに並んでた...。よく列が一緒になるなあ。いつも待たせて申し訳ないです。
気を取り直して、シアンと紙を持って換金しに行く。
「うふふふ...お洋服」
受け取った報酬を見ながら、シアンはどこか遠くに意識を飛ばしてしまっている。
うん...良かったねシアン...。でもお兄さんは、ちょっと色々君が心配だよ...。
服好きというか、シアンはもう完全にオタクの域に入っている。シアンには報酬が既に洋服に見えているのかもしれない。
「シアン!ちょっと来てくれ」
ライがシアンを呼ぶ。ライの声で我に返ったシアンと共に、声の方向に目を向けると、ライの横には、ビリウスとアゼルミリア、そしてギルドマスターのルーシュが立っていた。
「ちょっとだけお時間良いかな?」
ルーシュはにっこりと微笑んだ。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!