迷いエルフ
「ひょっ!」
俺はびっくりして、変な声を出してしまう。慌てて顔を背けた。
ま、まさかこんなところで美女エルフが水浴びをしているとは。
ちら、とエルフを見ると、険しい形相でこちらに向かってくる。
「いや!誤解です!!決して覗いてたワケでは!!」
自分がいま女だということも忘れて、慌てて弁解する。しかし、エルフは聞く耳持たずで、サバッと音を立てて躊躇なく水から上がった。
えええええ!!そんな見えちゃう、見えちゃうぅ!!
そう言いつつも、つい気になって見てしまうのが、男の性。
エルフは思った通りかなり長身で、百九十センチ近くありそうだ。
うわ...すっごいスレンダー美人...て、アレ?随分控えめな胸に、なんてご立派な......ご立派な.........。
けたたましい象の鳴き声が聞こえた気がした。
「...はァ、チッ」
ため息に舌打ちまで勝手に出てしまった。期待しただけに、余計にげんなりする。
俺は見なかった事にして、泡蜜花の採取を始めた。
泡蜜花の花びらは破れやすいため、専用の小ビンに一株ずつ、慎重に入れる。
手のひらサイズの小ビンを五十個預かっている。無傷で最低二十個は納品して欲しいとの事。それだけ、移動中の些細な衝撃でも花びらが割れてしまうらしい。優しく水からすくって、小瓶に詰めたらすぐに亜空間に収納する。こうしておけば、割れてしまうこともない。
そりゃ採取する人が憧れるわけだよね...空間術。
しかし、現実逃避を兼ねて採取に勤しむ俺に、エルフが飛びかかってくる。
ったく、いま慎重な作業してるってのに...。
ビンを動かさないように、背後からの攻撃を避ける。
アサヒが「やっつけようか?」と俺を見てきたが、「このくらいなら問題ない」と片手で制した。こんな攻撃、眠っていても避けられる。
しかし、しつこく攻撃されて、採取に集中出来ない。鬱陶しいなあ。しかたなくビンを亜空間にしまって、採取を一旦中断する。
一旦伸してから採取するかと、エルフに向き直る。
すると、すぐ眼前に迫るブツに、再び脳内で象が大きく鳴き声をあげた。
「服着ろよ!!!!」
思いっきり頬を張った。エルフは雨降草の草むらへと吹き飛んだ。
あーびっくりした。完全に変質者だったわ。
でっかいもんブラブラさせやがって、自慢か?
いや別に?俺も前世ではあのくらいあったけどね?...たぶん絶対、あのくらいあった気がする!
......うん。そんなことより採取しよ。
若干項垂れつつ作業を再開すると、アサヒが慰めるように頬を舐めてきた。
ありがとうアサヒ...。
アサヒに癒されつつ、黙々と作業を進める。
「よし!これでおしまい!」
最後のひとビンを亜空間に収納すると、膝をはたいて立ち上がる。
この服ほんと汚れなくて便利だなー!
アサヒは俺の足もとくるくる走り回って「終わったの?」と俺を見上げた。
「うん!終わったよ!散歩しよっか」
帰ろうと振り返ると、またもやエルフが立っていた。今度はちゃんと服を着ている。頬にはくっきり俺の手形が。
「まだなんか用?」
投げやりに聞いてみたが、返事はない。
なんだよ立ってただけか?
まあいい、用がないのならさっさと行こう。
「おい、娘」
再び歩き出したところを、精霊語で呼び止められる。あ、もしかして。ずっと龍語で喋ってたから、伝わってなかったのか?そういえばアサヒと二人だったから油断してた。
「なに」
精霊語で返事をすると、エルフは驚いたように目を見開いた。
ふっふっふ、驚いたか!実は俺、精霊語は人語より話せるのだ!
「なぜ、話せる」
「勉強したから」
というより「勉強しないと殺しちゃうぞ☆」な師匠にスパルタ講習を受けたからである。いや、あれは講習なんて言うのも烏滸がましい。ただの拷問だった。
俺の中で師匠と拷問は、切って離せない存在である。
「お前のためだ」と笑いながら、何度すり潰されたことか...。
「まあいい。娘、私も一緒に連れて行け」
「え、嫌ですけど?」
「...!待て!」
腕をつかもうとするエルフを避ける。エルフはそのことに、屈辱を感じているような表情になりながら、俺を睨む。
「............迷ったのだ」
「.........は?」
エルフの言葉が意外すぎて、ぽかんとしてしまう。迷った?エルフが、森で?エルフって森で迷うの?
エルフは居心地悪そうに、顔を極限まで逸らしている。
「......意外とポンコツ?」
「ぽん、こつ?」
「あー、いや、なんでも」
つまり彼はエルフだけど森で遭難しているわけだ。アサヒが「どうする?」と首を傾げている。
そーだなー、さすがに遭難してる人ほっとくのは罪悪感あるな...。めんどくさいけど。
「まあ、着いてくるだけなら、いいですよ...」
「...本当か?」
「でも、森出るまでですよ」
「ああ、構わない」
少し歩いて、雨降草の草むらを抜けたところで、アサヒに元の大きさに戻ってもらう。エルフは驚いて、後ずさった。
「とりあえず、俺たちお散歩して帰るんで、乗ってください」
「散歩...?」
エルフは首を傾げつつも、言う通りにする。
「振り落とされないよう、しっかり掴まっててくださいよ」
「...?ああ」
「よし、行くぞアサヒ!」
珍しくアサヒが吠える。よっぽどお散歩できるのが嬉しいのだろう。
次の瞬間、風を切って走り出す。
「!!」
エルフが声をあげた気がした。木々の隙間をビュンビュン走って、木の枝を次から次へと飛び移って、森の中をひたすら駆け回った。
アサヒと思い切り「散歩」するのは久しぶりだ。
メロ・フィエーモ大迷宮にいた時は、毎日、迷宮内を一緒に走り回っていた。ココ最近、ずっとアサヒには大人しくしてもらっていたので、大分我慢していたのだろう。
ここで少し発散してやりたい。
迷宮から出られなかった時は、それはそれで窮屈に感じたけど、人目を気にしなくていいのは楽だった。
それでも、外に出てからの生活はとても楽しい。アサヒにはちょっと我慢させてしまうけど、またこうやって散歩に付き合うから、それでも許してくれ。
結局、二時間ほど走り回って、森を出た。
「今日は納品の時間もあるから、また今度いっぱいお散歩しようね」
しゃがんで、小さくなったアサヒをわしゃわしゃと撫でてやる。
「はぁ、はぁ...貴様らどんな体力だ...おかしいぞ」
何故かアサヒに乗っていただけのエルフが、一番疲労困憊の体だった。軟弱だな。
「そういえば、名前も聞いてませんでしたね。俺はマサキ。あんたは?」
「...グレンだ」
「グレンね。あ、こっちはアサヒ」
アサヒの手を持ち上げて、肉球を見せながら紹介した。されるがままなのがまた可愛い。
「じゃあグレン、俺たちは急ぐんでこれで」
「え、ああ...」
「ここから北東に向かって歩けば、すぐ街道にぶつかるので」
そう告げて、カッツェヘルンへと走り出す。
簡単な道だから、さすがにもう迷うことはないだろう。うーん、しかしエルフ...エルフ...なんか大事な事忘れてる気がするような......ま、いっか!
今日はいっぱい走れて、アサヒも嬉しそうだ。
早く帰って、ギルドに納品しよう。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!