初めての採取依頼
一夜明けた朝、俺は早くから行列に並び、街の外に出た。ゆっくり歩いて一時間ほどかかる森も、走ってしまえばすぐだ。
森に入るなり、アサヒが元の大きさに戻る。
「よし!到着!まずは何から探そっか」
アサヒに話しかけつつ、依頼書を見る。
今回の依頼は、回復薬の材料となる植物素材の採取だ。どれも、結構奥まで入らないと採取でなさそうなものばかりだった。
とりあえず奥進むとして、最初はやっぱりアレだろうと木に登り、てっぺんに立って森を見渡すと遠くに一本だけ飛び出した、背の高い木を見つける。
そう、シアンの兄ちゃんが襲撃に使った木だ。
木々の枝を飛び移りながら、目的の木へと向かって進む。アサヒも俺の後ろを付いてくる。森の生き物達を驚かさないよう、できるだけ気配を薄め、静かに移動した。
目的の木に着くと、甘い香りがしてくる。そのままするすると頂上へと登って行くと、頂上付近の枝にヤドリギのようなものが点々と着いている。その青々とした葉の隙間に、空を固めたような真っ青な苺がなっている。
「あった、青苺!」
青苺は、その森で一番高い木に寄生すると言われている。
優れた疲労回復効果があり、回復薬に使われるほか、ジュースやジャムなどに加工して食べられることもある。
めちゃくちゃ青いな...どんな味なんだろ。
ちょっと気になってしまって、アサヒと一粒ずつつまんでみる。
すっぱ...!けど味は苺だ!
アサヒもすっぱかったのか、目をキュッと瞑っている。可愛ええのう。
甘味はほとんどなく、レモンくらいすっぱいが、強い苺の香りがする。レモネードみたいにしても美味しいかも。
これを、指定されたカゴいっぱいになるまで収穫する。渡されたのは深さが十五センチくらいの、蓋付きの四角いカゴ三つで、俺の顔がすっぽり入るサイズだ。
えっさほいさと木の枝を飛びまわり、どんどん苺を収穫していく。しっかりと青く色づいたものが、よく熟している目印だ。
「よし、こんだけあればいいよね」
苺は潰れやすいので、あまりぎちぎちには入れられないため、意外とすぐにいっぱいになってしまった。最後のカゴを亜空間に収納する。
そして、地上から百メートル以上ある木の上から、森を見渡した。木が密集している場所。逆にぽっかりと生えてない場所。きらりと陽光を反射する、小さな泉。
方位磁針と照らし合わせ、森全体の地形を把握していく。
目的の素材がありそうな場所を、ここから近い順に回る事にした。
まずは、ここからほど近い、森の中心部にある鬱蒼とした場所へ向かう。幹を軽く蹴って飛び、目的地へ向かって落下する。木を傷つけないように、何度か回転して勢いを殺し、枝の隙間を縫って着地した。途中で身体を小さくしたアサヒも着地する。アサヒが小さくならないと着地出来ないほど、ここは鬱蒼としている。森林と言うより樹海に近いな、ここは。ひんやりした空気が気持ちいい。
「さあーて、探すぞー!」
地面は苔むし、空が全く見えないほど葉が生い茂った木々の間を、下を向いて歩く。
しかし、肝心の素材はなかなか見つからない。よく生息している場所の特徴はわかっていても、これだけ広いと探すのも大変だ。
うーむ、魔物とか動物と違って、植物や鉱石系統は簡単には見つけられんな。
だが、この地道な創作も宝探しのようで、それはそれで楽しかってりする。結局一時間ほど歩き回って、群生地を見つけた。
「睡眠草...やっと見つけた...」
木の根元に、背が低く小さい、白い草が一面に生えている。木々が生い茂る暗い森に生息する睡眠草は、嗅いだものを眠くさせる香りを出す。
これは毒ではないため、大抵の毒に耐性のある俺でも、吸い込めば眠ってしまう可能性がある。採取時は吸い込まないように注意が必要だ。
...とは言っても、今の俺に呼吸は必要ないので、息を止めれば万事解決だ。
こちらも指定されたビンを一本満たせばいい。香りがもれないように、しっかりした栓の付いた五百ミリリットルの縦長のビンだ。
根っこは抜かず、短い茎を根元からパキリと折る。詰めすぎないように注意しつつ、ビンに入れていく。さっきの苺より、格段に量が少なくていいため、採取自体は早く終わった。
「よし、行こうかアサヒ」
そう振り返ると、アサヒは地面に伏せて眠ってしまっていた。揺すってみるが、一向に起きない。
あらら、アサヒちゃん。匂い嗅いじゃったの。
すぴすぴと眠るアサヒを抱っこして、次の目的地に向かって走り出す。枝から枝へ飛び移ったり、地面をかなりのスピードで走ったり、高く飛び上がって現在地を確かめたりしたが、アサヒは全く起きる気配がなかった。
アサヒがここまで起きないとは、睡眠草の香りはかなり強力らしい。
しばらく走ると、急に木が少なくなって開けた場所に出た...と思ったが、俺の胸くらいの高さの草が生い茂っている。
ひまわりのような立派な葉をつけたその植物は、葉の裏側からぽたぽたと水滴を降らしている。
「雨降草、発見」
雨降り草のは空気中の魔素を取り込んで水を生成することが出来る。葉の裏から出る水滴は魔力を帯びていて、魔法薬の溶媒としてよく使われる。根っこは生薬として利用される。
葉の裏から出る水を、さっきの五百ミリリットルのビンで十本。根っこを二十本採取する。
これはかなり時間がかかった。ビンを一本満タンにするのに十分くらいじっとしていないといけない。
じっとしてるって、動き回るより辛いんだよな...。
ビンが全部いっぱいになったら、今度は根っこを掘り出す。傷つけたり折れたりしないように、素手で慎重に掘っていく。土を軽く払って、麻袋に入れる。
採取が終わって、土で汚れた手を、葉の裏の水滴で洗う。次の採取に、汚れは厳禁なのだ。
俺はアサヒを抱え直すと、そのまま草をかき分けて奥へと進んで行く。
おや、誰か先客がいるな。
向かう先に人間の気配がした。
同業者かな?独り占めとか、邪魔するタイプじゃないといいな。
ん?この気配どこかで...。
すると、腕の中でアサヒが身じろいだ。
「アサヒ、起きたの?」
パッチリと目を明けたアサヒをひとなでして、地面に下ろしてやる。
「もう次で最後だよ」
アサヒは俺の言葉にちょっとしょんぼりした。一緒に歩いてまわりたかったのだろう。俺はもう一度アサヒの頭を撫でた。
「終わったら、少しお散歩しながら帰ろうか」
アサヒはそれを聞くと、尻尾をブンブン振り回した。可愛いね。
まずは仕事を終わらせるべく、目的の場所へと進んで行く。きっとこの奥にあるはずだ。
草をかき分けて進んで行くと、かすかに水音が聞こえてくる。
音のする方へ歩くと、小さな泉が姿を表す。
透き通った綺麗な水面に、透明の水泡のようなものがたくさん浮かんでいる。
「これが...泡蜜花」
あぶくのように見える透明の丸いものは、この水上花の花びらで、中には中には琥珀のように澄んだ蜜が溜まっている。
丸い花びらの中いっぱいに蜜が詰まっているものを採取する。
それにしても、すごく幻想的の景色だ。この泉の水は、雨降草の水が染み出して溜まったもので、魔力が豊富だ。そのため、この泡蜜花にもその力が反映されている。
泡蜜花の蜜は驚くほど回復力を高め、小さな傷であれば、一瞬のうちに治してしまう。
「しかし、人の気配がしたんだけどな...」
ここには誰もいない。すれ違ったのか...。
いや、近くに気配は感じる。まさか、水の中にいたり...なんてね。
そっと水中を覗いたその時。
ザパン、と水から何かが飛び出した。
なんだ、と目を向けると、プラチナブロンドの美しい髪を湛えた、人間の後ろ姿が見えた。
泉はさほど深くないらしく、白い背中が半分ほど水面から覗いている。
上背はあるがほっそりとした白い肩に、肩甲骨辺りまである長い金髪。
ふと、俺に気づいたのか、こちらに顔を向ける。
覗いたのは、燃えるような赤い切れ長の目に、真っ白な肌が対象的な美しいエルフだった。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!