ビリウスの部屋
冒険者登録を終えた俺たちは、アクセサリー屋に寄ったあと、一旦宿に戻ることにした。
そろそろ十三時を回ろうとしている。
「昼食にしましょうカ」
「はい。そうしましょう。もうお腹ペコペコなのです」
シアンと連れたって食堂に行くと、一際大柄な二人が目に入る。
「ライ!ビリウスさん!戻ってたんですネ」
ビリウスとライは急遽討伐依頼に駆り出され、昨日は宿に戻って来なかった。
「ああ、報告を終えて、さっき帰ってきたところだよ」
「大変だったみたいデスネ」
「ええ...まったく、私は討伐は得意ではないと言ってるのに...」
「おふたりともお疲れ様です」
二人と合流して、四人がけの席につく。この時間はお昼時という事もあって、かなり混んでいた。この宿の食堂は結構メニューが豊富で、安くて味もいい。ここいらで人気の店なのだ。居酒屋のように壁にかかったメニューを見ながら、どれにするか考える。
お!お昼には日替わりランチなんてのもあるのか。
小さな黒板に「今日の日替わりランチ 鴨肉のスパイス焼き 黒パンと日替わりスープ付き」と書いてある。
鴨...美味そうだ。
アサヒを見ると「同じのにする」と頷いた。
「みんな決まったか?」
「はい!」
「決まりまシタ」
「では、注文しましょう」
ウェイトレスを呼び、各々注文する。
俺、アサヒ、ライが日替わりランチ、ビリウスが白身魚のクリーム煮、シアンが麺のトマトソース和えをたのんでいた。シチューとパスタに似た料理だ。
「そういえば二人とも、登録会は終わったのか?」
「はい!シアンもマサキ様も、もうプロの冒険者なのです」
「よかった...おめでとうございます」
ふふん、と胸を張るシアンにみんなでほっこりする。
「それで?ランクはどうなったんだ?」
「Dランクなのです」
「俺もデス」
「Dか!やるなあ」
ライに褒められて、俺とシアンはちょっと得意な気持ちになる。
「でも、マサキもDランクなんですね?Cでも良いと思いますが」
「それどころか、いきなりAでも納得するけどね」
「今はいきなりB以上での登録はやってませんよ」
「わかってるけどさ」
どうやら昔は成績次第では、いきなり高ランクでの合格もあったそうだ。それで最初から危険な依頼を受けて、命を落とす者が後を絶たなかったため、初回登録時は最高Cランクまでに変更されたのだそうだ。訓練と実戦は違うということだろう。
「でもシアンも、マサキ様はCランクで合格したのだと思っていました」
「ハハ...魔力測定散々でシタし、妥当だと思いマス」
「魔力...?マサキは魔力高いですよね」
「う...いや、力んでしまっテ」
まさか魔力で測定器粉々にしたとは言えないしな...。いや、言ってもいいのかもしれないが、正直説明が面倒くさい。
というわけで、ちょっと強引だが、俺は依頼書を取り出して見せた。
「ソウイエバ!早速依頼受けてきたんですよ、素材採取の」
「素材!?」
想定通りビリウスが食いついてくれる。この時ばかりは、ビリウスの素材オタクに感謝だ。
「ビリウスさんって素材採取が得意なんデスヨネ」
「いや...そんな、得意だなんて...好きなだけですよ」
ビリウスは照れて謙遜している、素材に対する造詣の深さといい、丁寧で的確な仕事ぶりといい、彼はかなり腕の立つ素材採取家と言えるだろう。
「ソレで、ちょっとビリウスさんにお願いしたいことがあッテ...」
「なんですか?素材採取のことなら何でも言ってください」
ビリウスの勢いに若干気圧される。
「ハイ...えっと、素材について書いてある、オススメの本を教エテ貰えませんか?」
「そんなことでいいんですか?」
「ハイ」
拍子抜けしたような、ちょっと残念そうな顔をした後、ビリウスは本を思い浮かべているのか考え込んで、納得したように頷いた。
「それだったら、私がお貸ししますよ」
「良いんデスか?」
「はい。後で、私の部屋へ来てください」
「ありがとうゴザイマス」
ありがたい提案に礼を言う。これで、本を探す手間が省けた。
ホクホクしていると、ライとシアンがつまらなそうに俺たちを見る。
「なんか二人だけ仲良くして、ずるいなあ」
「ビリウスさん、マサキ様を独り占めはずるいのです」
「独り占めって...なんですか二人とも」
ライは元々女の子好きな感じはしてたけど、いつの間にこんなにシアンに懐かれたのだろう。
...しかしまあ、こんな風に女性に拗ねられるのは悪くないな。
俺が鼻の下をのばしている間に、料理がやってくる。
脂の乗った鴨肉に、スパイスのいい香り。とても美味しそうだ。
「...ひとまず、食べましょうか」
目の前の温かい料理より大事なものはない。
昼食を終えた俺とアサヒは、ビリウスの部屋にお邪魔していた。
いやあ、今日の料理も美味しかった!柔らかくてジューシーな鴨肉に程よい塩気とスパイスの香り...。トマトベースのスープも美味かった。こんなに美味いメシが毎日食えるなんて、ここは天国か?
迷宮での食事は、魔物の生肉か、良くて丸焼きだったからな。比べるのも烏滸がましい。
「これ、全部素材の本ですか...?」
「全てではないですが、ほとんどそうですね」
三階にあるビリウスの部屋は、壁が一面、丸々本棚になっていた。本棚には隙間なく本が並べられていて、千冊近く有りそうだ。部屋には珍しい素材が飾られていて、まさにコレクターの部屋という感じだ。とは言え、几帳面なビリウスらしく、部屋はキチンと整理されていて、物が多い割にごちゃごちゃした印象を感じさせない。
「これをどうぞ」
物珍しさに、キョロキョロと部屋を見回していると、ビリウスが単行本サイズのハードカバーの本を一冊差し出した。
「この本は絵図がたくさん入っていて、初心者の方にもわかりやすい本です。それぞれ採取方法なんかも書いてありますので、役立つと思いますよ」
「...!ありがとうございます!助かります」
「いえ、私もマサキが素材に興味を持ってくれて嬉しいんです」
ホント、ビリウスは紳士だよなあ。サラッと気配りできるからすごい。
「にしても...素材の本ってこんなにたくさんあるんですね」
「ええ、素材の使い方、育てかた、生態など様々な専門書がありますね」
一概に素材と言っても、鉱石、植物、動物と採取方法も活用方法も様々だ。素材の世界は深いなあ。それに、地球にはない珍しくて不思議な素材は、確かにワクワクする。
「...ん?これ、魔族語だ」
魔族語で「サンク・チェトリィの生態系」と書いてある本があった。
魔族というのは、この大陸とは別の大陸に住む、魔力の強い亜人のことだ。この星には二つの大陸があり、ひとつは人間の大国ワンウァレンィア王国があるウル・ナ・マイア。もうひとつは魔族が住むサルメノィ・グウァン。ウル・ナ・マイアでは、魔族は知性ある魔物と言われていて、魔族と関連のあるものは忌避されるらしい。
「魔族語なんて珍しいですね。ビリウスさん読めるんですか?」
「...ええ、素材のために勉強しました」
「へぇー!すごいパッションですね」
という事は、ビリウスは、龍語、人語に加えて、魔族語も解するわけか。トリリンガルだな。
「本ありがとうございました!さっそく部屋で読んでみます」
「はい。お役に立てて良かったです」
なんだかビリウスには助けられてばかりだな。服貸して貰ったのにボロボロにしちゃったし、なにかお詫びとお礼になるものないかな...。
「そうだ...!」
「どうしました?」
俺は思いついて、亜空間の中を漁る。
「これ、珍しいかわかりませんけど、どうぞ」
俺は、ビリウスに青白くひかる拳台の石を渡した。迷宮の地底湖にたくさんあったのを取っていたのだ。かなりびっしりあったし、特別珍しいものでも無いかもしれないが、とても綺麗で気に入っている。
「こ、これは...!」
「もう持ってました...?」
「い、いえ、そうじゃなくて」
「...気に入りませんか?」
「そ、そんな!気に入らないなんて...滅相もない!」
食い入るように見ているとこを見ると、嘘ではなく気に入ってくれたようだ。
「良かった!ビリウスさんにはお世話になりっぱなしなので、お礼です。本、ありがとうございます、じゃあ」
「え、ちょっ」
俺は自分の部屋へ戻る。
その日は部屋で、依頼書の素材について調べ、明日、採取に行くことにした。アサヒとベッドに寝そべりながら、本を読む。
ビリウスから借りた本は、その素材がどんな場所にあるか、どう採取すべきか、どんな特性でどういった物に使われるのか、丁寧に分かりやすく説明されていた。
「明日の採取が楽しみだな」
調べ終えて、一旦、本を閉じると、サイドテーブルに置く。
俺は亜空間から、今日買った袋を出す。紙袋の中には、アクセサリー屋でピアスに加工してもらった登録証が入っている。
「アサヒ、これ、アサヒが持っててくれる?」
アサヒに登録証のピアスを見せると「なんで?」と首を傾げる。
「アサヒと俺はいつでも一緒だろ?その証に、アサヒが持っててよ、登録証」
パチ、とアサヒの左耳にピアスを着ける。
アサヒは嬉しそうに、尻尾を振って飛びついてくる。
俺の服の色がおそろいじゃなくなって、アサヒはかなり落ち込んでいたので、何かプレゼントしたかったのだ。銀色の上品な金具が、真っ白で美しいアサヒに良く似合っている。
喜んでくれたようで良かった。ぎゅ、とアサヒを抱きしめる。
「明日は初仕事。頑張ろうね」
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!