冒険者ランク
「この後、説明会がございますので、会場までご案内します」
青年がカウンターから出ようとすると、するりとアサヒが飛び出してきた。
「アサヒ!」
アサヒを抱きしめて頬ずりする。待たせてごめんね。
「アサヒも連れてッテいいですカ?」
「...大丈夫ですよ。行きましょう」
青年は若干無愛想だが、悪い人では無さそうだ。特に話すこともなく黙々と歩いて行く。
「あの...」
前を歩いていた青年が、不意に話しかけてくる。
「ハイ...?」
「...もしかしてですが、戦闘能力テストの相手は、ギルドマスターではなかったですか?」
「え、どうしてワカルんですか?」
青年は、少しだけ振り向いて、驚いた顔をした。
え、予想してたんじゃないの?
しかし青年は、すぐに前を向き、俺の疑問には答えずに「そうですか...」と小さく呟いた。
そこからはまた、黙って歩き出す。
「では、こちらの部屋にてお待ちください。」
「ありがとうゴザイマス」
礼を言うと、青年は左胸に手を当てて、軽く会釈のような仕草をした。この国の挨拶の作法だろうか?師匠はこういう事はほとんど教えてくれなかった。他人への興味が薄いし、単に知らなかったのかもしれないが。
部屋へ入ると六人がけの四角いテーブルが、四つ設置されていて、奥の壁には黒板がついている。
扉から向かって右側は、ガラスがはめ込まれら木枠の窓になっていて、陽光が差している。
俺は、黒板前の窓際の席に座った。やっぱり日本人は、隅っこが落ち着く。アサヒが膝に乗ってきたので、そのまま抱っこした。
「ふー。とりあえず合格できたね」
若干問題を起こしたことには、目を瞑ろう。
アサヒの純毛に頬ずりしつつ、じっと待つ。
暇だ。こんなことなら、暇つぶしになるものでも持って買っておけばよかった。お菓子とか、本とか。
特にすることがないせいが、机の置いた指が動き出す。カタン、カタタタン、とリズミカルに机の上を跳ねる。
頭の中の音楽に合わせて指が動く。否、指に合わせて頭の中に音楽が流れる。
似たような楽器ないのかな、この世界にも。色んなところを旅して、探してみるのもいいかもしれない。せっかく思い通りに動く指があるのだから。
十分ほど待つと、ドアが開いた。しかし、入って来たのはひとりだけ。
魔力測定の時、隣の列にいた美女だ。
真っ直ぐな黒い髪を揺らしながら、俺とは対角線上の、ドア付近の席に腰を下ろす。
前髪の隙間から除くのは、冷たいブルーグレー瞳。艶やかな髪は、左側を花のような装飾の銀のピンで上げている。ピッタリとしたオフショルダーの、白と青の丈の短いワンピースからは、紺色タイツに包まれた脚がスラリとのびる。靴は膝まである白いロングビーツだ。冷たそうだが、すごい美人である。
あの子も受かったんだ。
盗み見ていると「見るな」とでも言うように、ギロ、と睨まれて、俺はそそくさと視線を逸らした。
ひとりでいた時より気まずい思いをしながら、結局二時間近く待たされた。死ぬほど暇だった。美女の方は準備がよく、優雅に読書をしながら、時間を潰していた。
合格者達がチラホラと見え始めても、なかなかシアンが姿を表さないのでヒヤヒヤした。
結局シアンは、フラフラしながら一番最後に入ってきた。
「マサキ様〜。なんとか合格しました〜」
「おつかれサマ」
シアンは俺も向かいに腰掛けるなり、ペタンと机に突っ伏した。余程疲れたらしい。
合格者は全部で、二十人くらいだった。結構落ちるんだな。二人とも受かってよかった。
シアンと一緒に入ってきた、ギルドマスターのルーシュが黒板の前に立つ。
「登録会、お疲れ様でした。そして、合格おめでとうございます」
ルーシュが左胸に手を当て、会釈する。
「ではこれより、冒険者登録後の活動について、注意事項等の説明会を致します」
ルーシュは注意事項を、黒板を使いつつ説明していく。
冒険者にはFからSまでのランクがある。Fランクが一番低く、E、D、C、B、Aと上がって行って、その上にSランクがある。ランクに応じて、受けられる依頼が変わり、ランクが上がれば上がるほど、危険な仕事が受けられるようになる。危険な仕事はそれだけ報酬も上がるので、高ランクの冒険者を目指す者が多いという。一定の実績を上げるか、ギルドの推薦があれば、昇格試験を受けられる。登録したばかりの者は最高でもCランクまでで様子を見つつ、実力がある者にはギルドから昇格試験の推薦が出される。
また、上位ランクの冒険者に同行する場合は、自分のランクより上の依頼も受けられる。
さらに、Bランク以上になると、一般には立ち入り制限がある場所でも、入ることができるようになる。Sランクまでいくと、出入国もほぼフリーパスらしい。
それから、冒険者登録証には仕事の成果に応じて、ポイントが加算され、一定以上のポイントを貯めれば、指名依頼を受けたりすることもできるようになる。ポイントは二年以上活動がないと、リセットされる。
冒険者登録証は身分証明書としても利用出来る。冒険者登録証を紛失した場合は、再発行もできるが発行料と時間がかかる。
「本日から、皆さんはプロの冒険者として、依頼を受けることができます。低いランクの依頼と言えど危険が無いわけではなく、また依頼をキャンセルする場合、キャンセル料がかかることもあります。依頼を受ける際は、量と難易度を慎重に見極めるようにお願いします。」
と最後に注意喚起し、締めくくった。
「それでは冒険者登録証をお渡しします。名前をお呼びしますので、受け取った方からご退室ください。...マサキ様」
どうやら合格順のようで、真っ先に呼ばれる。立ち上がって受け取りに行くと、ルーシュからSDカードのような、小さな赤い金属の板を渡される。板の角にはひとつ穴が開けられていて、真ん中に「マサキ」と名前が刻んである。
これが冒険者登録証...?どうやらデータを保存出来る魔道具のようだ。
俺は登録証を受け取って、ペコリと会釈して扉へ向かう。
「アゼルミリア様」
黒髪の美女とすれ違う。アゼルミリアって言うのか。俺のすぐあとに来たってことは、あの子も相当やるんだろうな。
チラリと流れる黒髪を見ながら、部屋を出た。
受付まで戻った俺は、壁際にあるリクエストボードを物色しながらシアンを待つ。
モンスター討伐に、採取、隊商の護衛等、様々な依頼がある。依頼書にはほとんどBやD等、丸で囲まれたアルファベットの判が押されていた。このアルファベットはおそらく冒険者ランクのことだろう。たまになんのアルファベットも押されていない依頼もあるが、どれも簡単で報酬も低い。
なるほど、そりゃあみんなプロになりたいわな。
リクエストボードを見ている間にも、続々と合格者達が出て来るが、疲れているのか、依頼を受けようとする者はいなかった。その代わり、酒場スペースへと雪崩込んでいく。きっと祝杯をあげるのだろう。
黒髪美女、アゼルミリアはさっさと帰って行ったが。
さて、まずはどれを受けてみようか。今、俺が受けられるのは、Dランクまでだよな。
「うーん.........おっ」
エテロペの森の森の採取依頼がある。ランクはD。
エテロペの森ならついこの前行ったし、移動の休憩中に、ビリウスが色々と素材について教えてくれた。というか一方的に聞かされた...。
「...うん!どれもビリウスさんがウンチク言ってたやつだ」
せっかくだ。この依頼を受けてみることにしよう。
リクエストボードから依頼書を剥がして、受け付けカウンターへ持っていく。
カウンターにはミチバが立っていた。依頼書と、貰ったばかりの登録証を渡す。
「お願いしまマス」
「はい。拝見します......こちらはおひとりで行かれますか?」
「ハイ...あ、アサヒも一緒デス」
「こちらの依頼は、Dランクの方でしたら、三人以上での採取を推奨しております」
「エッ、ひとりじゃ受けられナイんデスカ」
「いえ、受けられますが...危険ですので」
なるほど、一概にDランクと言っても、複数人での行動を推奨するものもあるのか。
「大丈夫デス!お願いしマス」
「納品期限は明日までですし、達成出来なかった場合キャンセル料がかかりますよ?」
「平気デス!間に合わせマスノデ」
ミチバは、胡乱な目で俺を見て「忠告しましたからね」とでも言いたげに肩を落とすと、依頼を受け付けてくれた。
「では明日の営業時間内に、ギルドにて素材の納品をお願いします」
「ハイ!」
初めての依頼にワクワクしていると、シアンがやってきた。
「マサキ様!お待たせ致しました」
シアンも同じく赤い金属の板を手に持っている。
「何か、依頼を受けられたのですか?」
「ハイ!シアンさんも何か受けていきマスカ?」
「いえ...シアンは少し、疲れてしまったので...」
それもそうか。
ぐったりしたシアンは、直後、バッと顔を上げて登録証を突き出して来た。
「...それよりマサキ様!知っていましたか?登録証のこの穴、チェーンや金具を通してアクセサリーにすることができるのですよ」
「そうなんデスか?」
「はい!ルーシュ様に教えて頂いたのです!ネックレスやブレスレット、ピアスにして身に着ける方もいるのだそうですよ」
シアンは疲れているのも忘れて、生き生きと話した。
微笑ましいな…。
「じゃア、帰りにアクセサリー屋さんにでも寄って見まショウカ」
「はい!そうしましょう!」
シアンとともに、ギルドを出る。
まだまだ駆け出しではあるが、プロの冒険者になることができた。
とりあえず、探したいものもできたし、色んな場所に行ってみよう。
生まれ変わって十五年とちょっと、マサキの冒険が、やっと始まった。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!