シアンとショッピング
案内されたのは二階の隅にある部屋で、巨人族の利用者を考慮しているだけあってかなり広く、ベッドも大きい。
「一緒に寝られるね」とアサヒとイチャイチャした。
シャワー室やトイレも綺麗だし、ペット用のトイレまで貸し出してくれるという。至れり尽くせりだ。
驚いたのが、なんとここのトイレ、水洗トイレなのだ。カッツェヘルンでは上下水道がしっかり設備されていて、シャワーについても、コックをひねれば綺麗な水にありつける。
ここはとても進んでいる。トイレは、その地の生活の質を表すと、俺は思っている。
まあ、俺もアサヒも、師匠との修行で排泄を卒業してしまったのだけど。
でもさ、トイレが綺麗だと、テンション上がるよな!
アサヒと部屋の中を見て回っていると、コンコンとドアがノックされた。
「マサキ、いるか?」
「ライ?カギ開いてマスヨ」
「お、本当だ」
ガチャ、とドアを開けて、ライ、ビリウス、シアンの三人が部屋に入ってくる。
「マサキ。君は美人なんだから、ちゃとカギはかけないと駄目だよ」
やれやれ、とライに注意される。
美人と言われてもあまり嬉しくないが、確かにこの美貌は厄介だ。いくらこの服に男避けの効果があると言っても、油断はできない。
「き、気をつけマス...」
「よし」
「それで...今から、登録会の申し込みに行こうと思ってるんですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
登録会、そうだ。俺はこれが目的でこの街にやってきたのだ。ベッドボードに置いていたカギをとって、施錠してアサヒと部屋を出る。
カギは無くすと怖いので、受付に預ける。
路地から大通りに出て、入領手続きをした門とは反対方向に歩いていくと、白っぽい石造りの大きな建物が見える。
オレンジ色の屋根の両端には、冒険者ギルド特有の紋章が描かれた旗が掲げられている。
建物中央の大きな扉の上に「サウス・エンド」と書かれた看板が埋め込まれていた。
二階建てに見えるが、横幅も高さもかなりのものだ。
この時間帯は混むのか、扉を全開にして大勢の人が出入りしていた。
「なんだか、いつにもまして慌ただしいですね...」
「ああ...なにか、」
「なにかあったのか」ライが言うより先に、大柄のいかつい男がこちらに気づいて声をかける。
「ライ!ビリウス!帰ってたのか!」
「ブルガ!どうしたんだ?いった...」
「ちょうどいい!お前らも来てくれ!緊急の討伐依頼だ」
「え、ちょっと待...」
ブルガと呼ばれた男は、返事も聞かずビリウスとライを連れ去ってしまった。
取り残された俺は、シアンとアサヒと一緒にポカンと放心してしまう。
その間にも、全体的にいかつめの集団が、慌ただしく走り去っていく。
「と、とりあえず、入って見まショウか...」
「は、はい!そうですね」
俺たちはすっかり人が居なくなって、がらんとしたギルド内に入る。
中は意外と落ち着いた雰囲気で、受付と思しきカウンター奥の壁には、外にあったのと同じ紋章の旗がかけられている。
木製のカウンターは横に長く、紙やペン等が置いてある。
「こんにちは。サウス・エンドは初めてですか?」
キョロキョロと室内を見回していると、カウンターから声がかかった。
声のした方に目をやると、小さな丸い耳が可愛らしい鼠獣人の女性がカウンターの前に立っていた。ふわふわの真っ白な髪は一部が斑模様のように、黒髪になっている。真っ黒のつぶらな瞳が丸メガネの奥でパチパチと瞬いている。ライと同じように人間に近いタイプの獣人で、ライとは違って背がうんと低い。
服装はこのギルドの制服なのか、同じような格好の職員と思しき人が何人かいた。
パフスリーブのミルクティー色のシャツに、オレンジ色のネクタイ。明るいブラウンのベストと、同色のプリーツスカートにショートブーツ。鼠獣人の女性はそれに、ストライプの入った黄色いタイツと、茶色の手袋を合わせている。
「は、はい初めてで」
「わぁ!そのお洋服の袖、とっても可愛いのです!」
シアンはパフスリーブに食いついた。ふんわり丸いフォルムが気に言ったらしい。
女性の周りをちょこまかと移動して、制服を観察している。
「あ、あの...」
「はっ!す、すみません!つい...」
「い、いえ...その、本日は、どのような目的でいらっしゃいましたか?」
「ああ、エット、登録会の申し込みに...」
鼠獣人の女性は一瞬、目を丸くした後、すぐさま「かしこまりました」と、カウンターの中に入って何やら準備を始めた。
「そういえば、シアンさんも登録会に参加するんですか?」
「はい!冒険者になって、いっぱいお金を稼いで、いっぱい服を買うのです!」
「ナルホド...」
清々しいほど、ゆがみない。シアンは本当に洋服が大好きだ。
「本日受付を担当致します、ミチバです。よろしくお願いします。登録会ですが、本日の審査は終了していますので、明日以降の審査になります。明日参加していただくことは可能ですか?」
「はい!問題ないのです」
「俺も大丈夫デス」
「かしこまりました。では、登録会参加の同意書です。よくお読みになってから、サインをお願いします。分からないことがあれば、なんでも聞いてくださいね」
「はい!」
「ありがとうございマス」
同意書には、受験料が発生すること、審査結果に従うこと、冒険者が大変危険な仕事である事等、忠告分が記載されていた。
「あの...」
「はい」
「この子も冒険者登録出来マスか?」
そう言って、アサヒを抱っこしてみせる。
「動物はちょっと...」
「そうデスカ...」
アサヒとともに落胆しつつ、同意書にサインする。この世界では、姓があるのは貴族や王族だけなので、名前だけを書く。
ちょうどシアンも書き終わったようなので、二人分合わせてミチバに渡した。
「ありがとうございます。それでは明日、六の刻までにサウス・エンドにいらしてください」
この世界でも一日は地球と同じく二十四時間。それを二時間ずつ十二コマに分けている。零時から一時五十九分までが一の刻、二時から三時五十九分までが二の刻...と言うふうに呼ばれている。六の刻ということは、十時までにサウス・エンドに来ていればいいと言うことだな。
「わかりまシタ」
「では、お待ちしております」
ぺこりと会釈してサウス・エンドを後にする。
さて、どうするかな。
当初の予定では、ビリウスとライに近くを案内してもらうことになっていたのだが、二人とも連れ去られてしまった。
うーん、このまま宿に戻ってもいいけど...暇だな...。
「あの、マサキ様」
どうするか迷っていると、シアンがおずおずと声をかけてきた。
「よかった、一緒に近場を見て回りませんか?帰り道なら、精霊に聞けばいいですし...その...」
シアンはもじもじソワソワしている。
あー、なるほど、服を見に行きたいのね。
期待にキラキラと輝く瞳が可愛い。
「そうですネ。一緒にショッピングでもしましょうカ」
「...!はい!」
とりあえず、大通りの路面店を回ることにした俺たちは、目に付いた服屋に入って行く。
気になっていた、ガラス製のショーウィンドウのある店だ。
若者向けらしき婦人服が、所狭しと並んでいる。落ち着いた色からビビットカラーまで、色とりどりの服が目に楽しい。
「わあー!可愛い服がいっぱいです!」
「あ、試着もできるみたいですよ」
「え!着れるのですか!?凄いのです!」
小さいサイズのコーナーに行き、シアンは興味のある服を取っては、姿見の前で合わせて見ている。
どうやらシアンは可愛い系の服がお好みらしく、手に取るのは、全体的に淡い色のフリルの沢山着いた服が多かった。
「マサキ様、どうですか?」
「可愛いデスね」
「えへへ」
たまにシアンは服を当てて見せて、似合うか聞いてくる。美少女のシアンはなんでも着こなしてしまうらしく、どれもとてもよく似合っていた。
素直に褒めると、嬉しそうに照れるのがまた可愛らしい。
「そういえば、シアンさんお金持ってるんですか?」
「はい!お小遣いいっぱい持ってきました!」
お小遣いだって、可愛いなあ。まあ、足りない分は出してあげよう。
そんな事を思っていた俺は、会計を見て驚愕した。
「三点で十一万二千ラルフです」
金貨十一枚超...だと!?ここって特に特殊能力が付与されてるような装備屋じゃないよね?普通の服屋だよね!?
もしかして、高級ブランドに入っちゃったのか?いや...でも確かに、周りの建物と比べて、ここだけ異様に高級感あるのは否めない。
「これでお願いします」
「...十二万ラルフお預かりします...八千ラルフのお返しです」
しかしシアンは、金貨十二枚をサラッと出してしまった。サラッと。
シアン綺麗に包装された服を受け取って、とても嬉しそうだ。
「意外と安くて、ラッキーなのです」
と、こんな事まで言っている。
もしかしてシアンって...結構お嬢様...?
いや、薄々そんな気はしてたけど...。
「次は靴屋さんに行きましょう!」
その後もシアンは大通りの店が閉店するまで、気前よく買い物を続け、俺は亜空間を使って荷物持ちに徹した。
「ああ!もう閉まってしまいました...。もっと色々お買い物したかったのです...」
シアンは結局、この日だけで、金貨五十枚以上を使い込んだのだった。
「また一緒にお買い物しましょうね!マサキ様」
「う、ウン...」
俺、何も買ってないけどね...。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!