神様の内緒話
「どうやら、早とちりしてしまったようですね...」
彼は魂を見送ってひとりごちる。
辺りが静かになると、部下の神官達がわらわらと近寄って来た。
「やっと行きましたか」
「騒がしい奴でしたね。まったく、偉大なる神の御前だと言うのに...」
皆一様にやれやれと言った顔で、少し愚痴をこぼす。
「.........神よ、人間ごときにあれほど干渉されて良かったのですか」
社長こと神は、クスリと唇の弧を深くする。
「いえ、転生すれば彼はもうただの人間ではありません...無事に転生出来れば、ですが」
「それはどう言う......?」
「...!まさか、あの者に種を...?」
神官達に緊張が走る。
「なんと無茶な事を!」
「魂が砕ければ、完全に消えてしまうのですよ?」
慌てる神官達をよそに、神は楽しそうに歩き出す。
「たかが、人間の魂ひとつです。失敗しても大した痛手ではないでしょう」
ゾッとするほど悠然と、彼は笑っていた。
神官達は目の前の存在の強大さに、畏れと共に止めどない喜びが湧き上がって来るのを感た。
彼にとっては、あの者も、そしてきっと我らでさえ、道端の小石にすぎない。
「まあ、誰でも良い訳ではありませんよ。彼には素質を感じましたし、私との相性も悪くない...」
先程のやり取りで、神は何度かマサキを試していた。
自分の威圧の中で動けるか、自分の力に耐えうる器か。
「彼は及第点...と言っても賭けには変わりないのですが」
「はあ...」
「...しかし何故、突然こんな事を?」
随分長い時を彼に仕えてきたが、今まで彼が人間に積極的に関わる事は無かった。
良くも悪くも、非情で無関心という印象を、神官達は常々彼に抱いていた。
「別に突然と言う訳でもないのですよ。...宇宙は今も広がり続けている。今はまだなんとかなっていますが、そう遠くない未来、天界は深刻な人手不足になるでしょう。ですから、後進育成はずっと考えてた事なんです︎」
天界の仕事は宇宙の管理。宇宙は勝手に大きくなるが、人手は勝手に増えてくれない。
「なるほど...しかしそれならば、然るべき修練を積んだ者の方が良いのでは?」
普通ならばそうするはずである。
その方がリスクが低く、成功率も高い。
修練には時間がかかるが、探せば準備の整っている者はいくらでもいるだろう。
「もちろん、その方法を主として実施していくつもりですよ。でもまあ、そうですね......今回彼を選んだのは、その方が面白そうだから、ですかね」
くすくすと優雅に喉を弾ませる、残忍で美しいその姿に、神官達は皆、見蕩れていた。
「さあ、そろそろ結果が出る頃ですよ。皆で少し見物に行きましょう」
神と神官一同はほどなく、小さな泉に到着する。
この泉を覗けば、見たいものの様子をいつでも知る事ができる。
泉の中では光輝く魂が、不安定に形を変えながら器となる肉体を形成し始めていた。
「今のところ壊れてはいないようですね」
「ですが、酷く不安定ですな。どちらへ転ぶやら...」
神官達はあれこれ、感想や予想などを交わしながら泉を注意深く覗いていたが、傍らの神はと言えばどこ吹く風。のほほんと長閑な景色でも眺めているようだ。
「皆は、あの者の人生を見ましたか?」
「...あの者の人生、ですか?いえ、見ておりません。生前については、ここの管轄外ですから...」
「神はご覧になったのですか?」
天界にも役割分担があり、ここにいる者は皆「還す者」主に魂の転生を行っている。
生前については「裁く者」の担当であり、基本的にそれ以外のものが魂の記憶を覗く事はない。
「ふふふ...恵まれた土地にいながら、なかなか酷い人生でしたよ。余程災厄に好かれていたようです」
「ふむ...確かに、強い魂は災厄を引き寄せると言いますな...」
「...しかし神よ......」
そのような者は今までにもいたはず...。
珍しい存在ではあるが、特別と言えるほど事例がない訳ではない。
「私が注目しているのは彼の魂の状態ですよ」
それほど気になるような所があっただろうか?
彼の魂は特に転生に支障のない良好な状態。
特段美しい訳でも、目立って傷ついていた訳でもない、一般的な...
そこまで考えて、はたとした。
「そう、彼は生前、散々苦痛を受けていながら魂が傷ついた様子がないんです。ねっ、面白いでしょう?」
誰もが黙り込んでいた。
それは異常な事だからだ。
苦痛を受ければ魂は傷つく。
力ある魂は災厄を引き寄せるが故に、大抵が傷ついてやってくる。
今まで、苦痛を受け続けた魂が、あそこまで綺麗な状態でここに戻ってきたことは無かった。
これは、もしかすれば………
「神よ、あの者の魂はどちらへ?」
「古馴染みの龍が住む星にしました。当分の世話は彼に頼もうかと...」
「ラル・ブランテですか」
「ふむ...経験を積むには、良い場所かもしれませんね」
その時、泉が一際強く輝く。
「おや、時間のようですね」
神官達は今、期待し始めていた。
新たなる神の芽吹きを。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!