カッツェヘルン
交代で見張りをしつつ睡眠を取った後、俺たちは再び、アサヒに乗って旅路を行く。
「精霊様が仰るには、アサヒ様の歩であれば、あと半日もあれば森を抜けられるようです」
「やった!アト少しデスね!」
「さすがアサヒだ!」
俺とライが無邪気に喜んでいると、ビリウスが呆れたように苦笑した。
「馬がこの森を突っ切れたとしても、三日はかかると言われてるんですがね...」
「そこはまあ...アサヒですカラ...」
アサヒをそんじょそこらの馬なんかと一緒にしてもらっては困る。アサヒは「えらい?」と言うようにフス、と鼻を鳴らしている。
その様子がなんとも愛らしくて、えらいえらい、と抱きついてなでなでした。
早朝に出発して昼過ぎには森を抜けた。森を抜けるちょっと前にアサヒから降りて、アサヒには目立たない大きさに縮んでもらった。
アサヒさん、お勤めご苦労さまです。
森からほど近い街道に入り、一時間ほど歩くと、大きな塀が見えてくる。さらに近づくと二十メートルはありそうな塀の下には、たくさんの人が並んでいる。まるで、遊園地のアトラクション待ちのような行列の先にが、だいたい五メートル四方くらいの両開きの鉄門が全開になっていた。
鉄門の両脇には門番らしき兵士が、甲冑に槍のような武器を持って立っている。
「すごい行列デスね...」
「カッツェヘルンは地方都市の中でも、かなり栄えてますからね」
「私たちもならぼう」
「シアン、とってもワクワクするのです!」
俺たちも行列の最後尾に並び、人々を監査していた。大きな荷物を背負っている人、荷車を引いている人、馬車に乗っている人もいる。他にも大きな武器を背負っている人や、いかにも荒くれ者と言った感じのいかつい人まで多種多様だ。
それに前の方に並んでいる馬車は、シンプルだが、いかにも上等な造りで、もしかしたら偉い人が乗っているのかもしれない。
カッツェヘルンがあるカルツロッペ領は、ワンウァレンィア王国の西端に位置する。ワンウァレンィア王国は人間の王が治める国で、王国と名のつく通り、国王を中心に王族や貴族が国政を取り仕切っている。
いわゆる階級制度がある国なのだ。
と言っても、師匠からそう教わっただけで、実際にどういう感じの国なのかは見たことがないので分からない。階級制度と言われても、前世は現代日本人として生きてきたため、正直ピンと来ない。
黙って最後尾に並んでいると、後ろから複数の馬の蹄と、車輪の音が近づいて来る。
振り返って見ると、ゴテゴテと派手な装飾がほどこされた馬車が近づいて来る。
馬車は俺たちの後ろまでやって来て、じっと並んでいたが、十分ほどして、馬車の中から身なりのいい壮年の男性が出てきた。
「おい、そこの娘。門番を呼んでこい」
男性は、俺に向かって急に命令してきた。突然の事にポカンとしてしまう。
「へ...?俺デスカ?」
「お前以外に誰がいる。さっさと呼んでこい」
いや、若い娘なら、俺以外にもたくさんいますけど。ていうかなんかムカつくな...。
ムッとしたが、身なり的に偉い人かもしれない。下手に抵抗して騒ぎになっても面倒だと思い、大人しく兵士を呼びに行く。
「あの、スミマセン」
列から一旦出て、門の前に行き兵士のひとりに声をかける。
「どうした」
「あそこの方に兵士を呼んでこいト言われテ...貴族の方でしょうか...」
「用件分かるか」
「スミマセン...そこまでハ...」
「そうか」
兵士は「仕方ない」と言うようにひとつ息をついて、あの偉そうな男の方へ歩いていく。
兵士のあとをついて行き列に戻った。
「マサキ、大丈夫だったか?」
「ハイ。ちょっとパシられただけなノデ...」
「パシ...?」
兵士が壮年の男性に話しかける。
「いかがなさいましたか?」
「いかがなさいましたか、だと?」
男性が兵士をギロリと睨みあげる。
「ここに来てどれだけ時間が経っていると思う!一体何時まで待たせるつもりだ?早く中に入れろ!」
「お待たせしてしまい申し訳ありません。ただいま順次入領手続きを行っておりますので、順番まで今しばらくお待ちください」
激高する男性に向かって、兵士が淡々と返答する。そのにべもない姿に敬意を表したい。
だいたい、この偉そうな男性が来て、まだ十五分も経っていないのだ。もういい歳なんだから、順番待ちくらい大人しく守ってほしい。
「私を誰だと思っておる!ドルトイン子爵であるぞ!馬車の中では、レイバーノ伯爵もお待ちなのだ!早く道をあけんか!」
「カッツェヘルンでは身分に関係なく、お並びいただいた順番で、入領手続きを行っております。混みあって大変だご迷惑をおかけしますが、何卒お待ちいただきますようお願いいたします」
身分を明かしてもなお、動じず、淡々と受け答えする兵士に、ドルトイン子爵と名乗る男はさらに苛立ちを募らせる。
すると、俺たちのだいぶ前の方に並んでいた上等な馬車の扉が開き、中から童話の王子様顔負けの金髪碧眼の美青年が降り立つ。
美青年は悠然と、兵士とドルトイン子爵の方へ歩いていく。
「こんにちは、ドルトイン子爵。なにかお困りですか?」
青年に優美な声で話しかけられたドルトイン子爵は、急に勢いを無くしカチコチに固まってしまう。
「リ・カルロット伯爵...!」
僅かに声を震わせながら、美青年のものであろう名前を呼ぶ。
「いやあ、ありがたい事に我が領は今日も盛況のようです...もしや、子爵をお待たせしてしまいましたかな?」
「あ、い、いえ...私は...」
「ははは!私も今しがた旅行から戻ってみてば、この行列ですから...一刻ほど、家族でカードゲーム等して暇をつぶしていました」
「...............」
「もし、暇を持て余されているようなら、お貸ししますよ」
そう言ってリ・カルロット伯爵は、ドルトイン子爵にカードケースを差し出した。
多分これは、遠回しに「俺の領のルールになんか文句あんのか?」と言っている気がする。あとは「領主の俺も黙って並んでんだから、お前もトランプでもやって大人しくしとけよ」とも聞こえる。
ドルトイン子爵が、カードを受け取ることも返すことも出来ずにいると、馬車の窓が開いて、これまた王子様のようなブルネットの美青年が顔を出す。おそらくレイバーノ伯爵とやらだろうが...なんなんだ?貴族って美青年しかいないのか?激しくコンプレックスを刺激されるのだが。
「そのカード、ありがたく貸して貰うよ。まさに、暇を持て余していたんだ」
「おや、これは、レイバーノ伯爵。我が領へようこそ」
「はは、馬車からですまないね」
「かまわないさ。私と君の仲だ」
「ああ。久しぶりだね、我が友よ」
窓から顔を出したレイバーノ伯爵と、リ・カルロット伯爵は和やかに談笑している。こっちは特に裏はなく本当に仲がいいようだ。
ドルトイン子爵は所在なさげに、小さくなってしまっている。
「いやあ、私はのんびり昼寝でもしようと思ってたんだが、ドルトイン子爵はカードゲームがしたかったようだ」
「そうか。ならばちょうど良かった」
なるほど、これはあれか、先走ったドルトイン子爵を、レイバーノ伯爵がフォローしているという感じか。
貴族社会も大変そうだ。
すぐ後ろでゴタゴタはあったが、大きな騒ぎに発展することなく収められた。
その後は特に問題もなく、一時間ほど並んで入領手続きを済ませた。
「わぁあ!人がいっぱいなのです!」
カッツェヘルンは、まさに都市と言った感じだった。ヴエルニットも栄えていたが、規模が違う。
かっちりした大きな建物が並び、地面には石畳が敷かれている。広い通路には屋台や路面店がずらりと並んでいる。中には、ガラス製のショーウィンドウを使っている店まである。
現代日本には及ばないが、ここは都会だ。
「まずは宿に行こう。それからゆっくり街を見て回るといい」
「はい!」
シアンがウキウキで返事をしている。
大通り通りから、路地に入って少し閑散とした裏通りに案内される。
この二人のおすすめは、若干閑散としたところにあることが多いな。
まあ、人気すぎて混んでるよりは、知る人ぞ知る、隠れ家的な場所の方が好みだ。
前世でも、流行りの店なんか行ったことなかったもんな。
「着きましたよ!」
そこには、思ったよりずっと大きな建物が建っていた。
三階建ての赤いレンガ造りの宿で、横幅も奥行も広く、部屋数も結構ありそうだ。
入口らしき両開きの黒っぽい木製のドアには、上の方に肉球のような形の小さい窓が一つずつついている。
ドアの向かって右横にかかっている看板には「大虎屋」と人語の文字で書いてある。
扉を開けるライに続いて中に入ると、新しくは無いが、清潔感のある広々としたエントランスが広がる。天井がかなり高い。
「母さん!帰ったよ」
人がおらず静かな、エントランスでライが声を上げる。
え、今、母さんって...。
するとライと同じ赤い髪をお団子にした、三メートルはありそうな大きな女性が現れる。
「あら、おかえりライ。ビリウスさんに...そちらのお嬢さん方も、いらっしゃい」
にっこりと柔和な笑みを浮かべる顔は、どことなくライに似ている。なるほど、ライのお母さんは巨人族だったのか。巨人族と言っても何十メートルもあるわけではなく、だいたい三メートルから大きくても五メートルくらいの大きさだと本で読んだ。
小麦色の肌も母譲りのようだ。
「なんだライ、帰ったのか?」
奥からにゅっと出てきたのは、恰幅のいい虎獣人だ。虎獣人と言ってもライと違って顔は完全に虎そのもので、身体もモフモフの体毛に覆われている。
「父さん、いたんだ」
「いたんだってなんだ!俺の家なんだからいるに決まってんだろ!」
プンプンと怒る姿は、太った虎がじゃれているみたいで可愛いが、身長は俺より高く、百八十センチは超えていそうだ。しかし、その分横幅もあるので、背が高いというより単にデカいという印象だ。
ていうか、お父さんなんだ...。
「お、えらく別嬪なお嬢ちゃんを連れてるじゃねえか」
「ああ、道中で出会ってな。気があったので連れてきた。マサキとシアンだ」
「よろしくお願いします!」
「お世話にナリマス」
「おう!マサキちゃんにシアンちゃんだな!俺はここの店主でライの父親のヨッカイってんだ!よろしくな」
「母のラーヤです。ゆっくりしていってね」
ライの両親は、カッツェヘルンで宿屋を営んでおり、巨人族でも泊まれるようになんでも大きめに作っているのだそうだ。
一階には食堂や大浴場、ライ達一家の部屋等があり、二、三階が宿泊客用の部屋になっているらしい。食堂や大浴場は外からも直接入れるようになっていて、大衆向けのレストランや銭湯としても賑わっているようだ。各部屋には、トイレとシャワー室まで着いているらしい。
宿泊費は、一泊銀貨一枚で食事が三食つく。
ヴエルニットで泊まった宿は素泊まりだが、一泊大銅貨三枚とかなり安かった。
しかしここはヴエルニットよりずっと都会で、部屋自体のクオリティも高いので、妥当な値段だろう。
「二十日以上泊まるんなら、月初だし、一月金貨二枚で一日二食付きってのもできるわよ」
にこやかにラーヤが提案する。
んん?それはもしや、結構お得じゃないか?
いや、確実に美味しすぎる気がする。
ここをアパートように使っている人も結構いるらしく、そういう人には割安にしてくれているらしい。
「食堂や湯屋の売上もあるから、ちょっとくらいまけても採算取れるのよ」
生活能力のない人や、長期滞在の冒険者等が主な利用者らしい。一日一回掃除が入るので、完全なプライベートはなくなるが、家事をしなくていいというメリットがある。また普通のアパートよりは、少し高めの金額設定なので、アパート代わりの利用者で溢れかえるという事もなく、いい割合なのだそうだ。
ふむ、迷惑でないというなら、何も迷うことは無い。
「じゃあ、一月金貨二枚、一日二食付きでお願いします」
正直、家事は苦手なのだ。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!