襲撃者
殺気の方を振り返ると、一キロほど先の飛び抜けて高い木の枝に、弓を引き絞る人影が見える。
普通ならそうそう気づかないだろうが、俺の感知能力を舐めてはいけない。
まあ、師匠にはいつも負けっぱなしだけど。
そのまま観察していると、魔力を帯びた矢が放たれた。矢は魔力で加速しながら、こちらに向かってまっすぐと飛んでくる。
矢が俺達に到達する直前、ライも危機を察知したらしく、ビリウスとシアンを引っ張って地面に伏せた。やるなあ。
やっぱりライは中々の猛者らしい。
俺は飛んできた矢を右手で掴むと、そのままぐるりと円を描くように回転して、遠心力と多少の筋力で矢を投げ返す。
矢はまっすぐ飛んできた道を引き返し、射手に命中...とは行かず、すんでのところでところで避けられた。まあ急所を避けて腕を狙ったから、簡単に避けられるよね。
俺は今のところ、人間は殺したことがないので、出来ればこのまま殺さない方向でいきたい。
「なんだったんだ?今のは」
「私達を狙っていたみたいですが...」
ビリウスとライは起き上がると、すぐさま当たりを見回して警戒した。
シアンは呆然と座っていたが、一瞬、悲しそうな顔をした後俯いて黙り込んでしまった。
さて、どうするべきか。射手は先程の俺の反撃で力量を悟ったのか、気配を消して隠れてしまった。と言っても師匠に比べれば月とスッポン。どこにいるかはバレバレである。
アサヒも居場所はわかっているようで、一点を見つめている。
正直、大した脅威は感じないが...。
「捕まえマスカ?」
一応捕まえて置けば安心ではある。動機とかも聞けるし…。
それに、さっきからシアンの様子が変だ。何か心当たりがあるのかもしれない。
「うーん。今後も狙われないともかぎらないしな...」
「しかし、探すにしても、ここでは死角が多すぎますね」
うむ。ここで「楽勝ッス」とか言って悪目立ちするのもなあ...。となれば。
「じゃあ、逃げマスカ!」
「えっ」
「アサヒ!」
アサヒは「分かった」と言うように頷いて、本来の大きさに戻る。
「ええ!!」
「さあ、みんな乗ってクダサイ!シアンさんも!」
突然巨大化したアサヒに驚いているシアンを、アサヒの背中に乗せる。
「わあ...ふわふわなのです...」
「よしきた!」
「......はぁ、よっこいせ...」
続いてライが待ってましたとばかりに、ビリウスは渋々と言った感じでアサヒの背に乗った。
さて、シアンは小柄だが、ビリウスとライがデカいので、俺が乗るとちょっとギチギチになるかな...。アサヒをチラ、と見る。
イケそう?あ、重さ的には余裕?
うん...じゃあ乗ろっかな。
お伺いを立てて、先頭に失敬する。
「よし!出発!!」
合図と同時に風のように走り出す。アサヒは大きな身体で、器用に木々の間を駆け抜ける。
「ハハハハ!やはり速いな!」
「あ、あの...アサヒ様は、どちらに向かって走っていらっしゃるのですか?」
「え...」
「そりゃあ、カッツェヘルンだろう?」
アサヒとチラ、とアイコンタクトする。
うん、そうだよね...。適当だよね。
だってどこにカッツェヘルンあるか知らないもんね...。
「すみません...カッツェヘルンってどの方角デスカ...」
「............」
「.........ですよね。知りませんよね...」
三人でなんとなく気まずい空気になる。完全に、皆してうっかりしてた。
ビリウスが恥ずかしそうに方位磁針を取り出した。
「西に向かって走っていれば、いずれ着くでしょう。こっちです」
ビリウスの指す方へとアサヒが走り出す。森なので大した地図もなく、大雑把な方角に進んで行くしかない。GPSも無いこの世界では仕方ないとはいえ、いつ出られるかも分からないってのは不安だよな...。
すると、おずおずとシアンが話し出した。
「あ、の...良かったら、シアンが道案内致しましょうか?」
「え、シアン、この森に詳しいのか?」
「いえ...詳しいというか、聞けば分かるのです」
「聞く...?」
シアン以外の三人の頭上に疑問符が浮かぶ。
どういうことだ?聞くたって、道を教えてくれそうな人なんてどこにも...。
その時シアンのがふわりと光った。いや、光の粒がシアンに集まって来ていると行った方が正しいか...。
シアンはその光を受け止めるように、軽く腕を広げている。美しい容姿も相まって、その姿は宗教画の天使のように神秘的だ。
「この森にお住いの精霊様...どうか、シアン達をカッツェヘルンまで案内してくださいませ」
シアンが美しい声で、話したのは精霊語。エルフをはじめ、精霊と共に生きる種族が使うとされる原語だ。シアンは流暢な人語を使うので忘れていたが、エルフはプライドが高く、基本的には精霊語しか話さないと師匠から教わった。
シアンを見ると真逆のように感じるのだが...。
「綺麗だな...」
「ええ、とても幻想的です...」
俺たちがシアンに見蕩れていると、シアンに集まっていた光の粒が散らばって、木々の間に一列にのびていく。まるで「こっちだ」と導いているようだ。
「この光の線に沿って行けば、カッツェヘルンに着くのです」
シアンが言うや否や、アサヒは光に沿って走り出す。
「凄いですね!シアンさんは精霊魔術師なんですか?」
「はい!シアンは精霊魔術師なのです」
「精霊魔術か...初めて見たよ」
「使い手が少ないですからね...」
精霊魔術は適性がなかったのであまり詳しくは教わっていないが、確か精霊に好かれる者で、なんだか小難しい契約が必要だと聞いている。
俺はどうも精霊に怖がられてしまうようで、本当に全く精霊が寄り付かない。姿は見えるが、いつも遠巻きに見られているような感じだ。まあ、師匠も同じような感じだったし、そういう人もいるってことなんだろうが。
でも、精霊に怖がられるってちょっとショックだよなあ。だってなんか性格悪いみたいじゃん?こんなにも心優しいのに...。
ちょっと感傷に浸っている間に、半径五キロまで広げていた感知の円から、襲撃者の気配が消える。とりあえず、撒いたと判断していいだろう。
アサヒもそう判断したのか、スピードを少し緩めた。
「ココまで離れれば、ひとまず安心デショウ」
「そうか...ありがとう、アサヒ」
ライがアサヒに礼を言う。俺も労うように首を撫でた。アサヒは気持ち良さそうに目を細める。
「さて...シアンさん、先程の襲撃者について、そろそろお話して頂けますか?」
「...!」
緩やか空気の中、ビリウスが切り出す。それは俺や、おそらくライも気になっていた事だった。
皆の視線が集まる中、ひとつ息を吸って少女は話し出した。
「はい。皆様はシアンの恩人...襲撃者、私の兄についてお話致します」
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!