真夜中の来訪者
成り行きとはいえ、女湯に入ってしまった俺の脳内では、よろこびと罪悪感がせめぎ合っていた。
今も、周りから視線を感じるし、やっぱり考えが顔にでてるのか。
休憩室のベンチに座って頭を抱えていると、ビリウスがやってきた。
ビリウスは首に手ぬぐいを引っ掛けて、ラフなシャツとパンツに着替えている。
かく言う俺も、寝巻きにと買っておいた、紺色のスウェットっぽい上下を着ている。
「おや、マサキさん早いですね。私も長風呂は苦手で、すぐ上がってしまうんですよね」
「ハイッ、イイエ!十秒で上がりましたッ」
「えっ、十秒...?」
若干疑心暗鬼になってしまっていて、今はかけられる全ての言葉が、暗に俺を責めているように聞こえる。
ビリウスは、マサキって結構頻繁に挙動不審いなるよなあと思ったが、何も言わなかった。
「ライはああ見えて、結構長風呂なんですよ」
「ソッ、ソウナンデスネ」
ライの名前にギクッとしてしまう。
いや!違うんです!ホントにあれは不可抗力で!けしてワザと見たワケでは!!いや!もう!ハイッ!眼福でした!!
「私がどうかしたか?」
前方から声をかけられてビクッとする。
湯あがりのライは、黒のタンクトップに短パンという、かなり露出度の高い服装で、濡れた髪をタオルで拭っている。
小麦色の肌は火照っていて、大変目のやり場に困る。
「今日は早かったんですね」
「マサキに置いてかれてしまったからね。まったく、恥ずかしがり屋なんだな」
ライはどうやら、俺が裸を見られるのを恥ずかしがったと勘違いしたようだが、自分の裸なんてどうでもいい。
そもそも迷宮では服を着てない時も、多かった。
いや、最初は着てるんだけど、いつも修行という名の拷問の最中に、弾け飛んでしまうのだ。
まあでも、ライがそう勘違いしてくれているのなら、俺の邪念には気づいてないということだろう。
今日入った女湯の景色は、心の奥に閉まっておこう。
「さあ、宿に戻りましょうか」
もう外は真っ暗で、屋台も店仕舞いを始めている。人通りもまばらになった通りを、宿へと歩いていく。
空を見上げたが、提灯の明かりで星が見えにくい。
俺は今、本当に外にいるんだな...。
「あー。十五年ぶりのベッドだ...。」
アサヒと一緒に、狭いベッドにぎゅうぎゅうに寝っ転がる。
対して柔らかい訳でもないが、今まで寝てきた場所に比べたら、断然柔らかい。
ちなみに、今まで寝てきた場所の例をあげるなら、岩、ゴツゴツの岩、熱された岩などがある。
シーツに頬ずりする。
「これが、清潔な布団...」
楽園だ。今日はぐっすり眠れそうだ。
まあ、いつも結局ぐっすり寝てるんだけど。
こういうのは気分だ。俺はまた一つ、人間としての権利を取り戻したんだ!
「アサヒ、元の姿に戻って床で寝る?」
変身したままだとスッキリしないだろう。
床なら、アサヒがギリギリ入る広さがある。伏せて寝る分には問題ないだろう。
アサヒはベッドから降りずに、俺に擦り寄って頬を舐めてくる。
「...一緒に寝るか?」
アサヒは尻尾を振って、俺の横に伏せた。
その様子が可愛くて、アサヒはぎゅうぎゅう抱きしめて背中を撫でた。
アサヒの真っ白な毛並みは、ふわふわで手触りがいい。
アサヒは気持ち良さそうに目をつぶっている。
「ふふ、おやすみ」
枕に頭を沈めて目を閉じると、俺はすぐに眠りについた。
真夜中、なんだか寝苦しい。
背中の方が暑い。寝返りをうとうしたが身体がうまく動かない。
「うぅ...あづい」
「どれ、服を脱がしてやろう」
ズボンを引き抜かれ、ゴソゴソと服がたくしあげられる。
頭を優しく持ちあげて、上も脱がされると少し涼しくなった。
「これも苦しかろう。取ってやる」
パチンという音と共に、胸の締め付けが消える。腕を紐が通ったあと、上半身に何もつけていない状態になった。
あー、解放感。
寝ぼけつつ、寝返りを打つと温かい壁にぶつかる。
ん、壁にしては柔らかい...。
壁から伸びた腕が俺を包んで、一定のペースで背中を撫でた。
「んー...気持ちい...」
「そうかそうか」
懐かしい感じだ。いつも誰かがこうしてくれていたような...。
......ん?壁から、腕...?
俺はパチッと目を開けて壁を押し返す。
「なんだ、もう起きるのか?まだ朝ではないぞ?」
目の前に寝ている男に驚愕して、声にならない叫びをあげながら、ベッドから転げ落ち、そのまま壁際まで避難する。
「なっ...しっ......!」
なんで師匠がここにいるんだよ!
と言いたかったが、動揺して言葉が出ない。
というか、なんでベッドに寝てるんだよ!
アサヒは??
部屋を見回すと、アサヒが床の隅っこの方で眠っていた。
「なんでアサヒが床に!?」
「我が娘と同衾する不届きな獣なら、どかしてやったが?」
いやあんたの娘じゃねーし!仮に娘だったとしても、十五の娘の布団に勝手に入って服脱がしてくる父親ってヤバいだろ!
キモイっつかコワイわ!!
「フン。睡眠中に油断するとは、まだまだだな」
「ッ!!」
油断していた訳では無い。子どもの頃からの生活で、一定の距離に何者かが近づけば自動的に目が覚めるようになった。
しかし、師匠は別格で、近くにいることすら気づかない。
いや、影が薄いって意味じゃなくて。
気配の消し方が尋常じゃなく自然で 、空気と見分けがつかないのだ。
いや、存在が空気って意味じゃなくて。
とにかく、師匠にだけは今でも背後を許してしまう。
現にアサヒだって、移動させられたられたことに気づいてないし。
一旦落ち着いて、服を着よう。
散らばっている寝巻きとブラを、高速で拾い集めた。
とりあえず下着からと、ブラジャーをつけ始めたはいいが、ホックをはめるのにもたついてしまう。
なんでこんなにはまりにくいんだ。
「どれ、つけてやる...ほら」
「ああ、ありが、ッ!」
いつの間にか背後にまわっていた師匠に驚愕する。
俺はそのまま、向かい側の壁まで走って、ビタンと背中を張り付かせた。
「なんだ、服を着るのはやめたのか?」
こいつ...!
師匠の前では、俺は今だに赤子同然だ。生殺与奪の権を簡単に掌握されてしまう。
倒したいと思うのに、一向に差がつまらない。
「まあ、そう焦るな。お前はやっとスタートラインに立ったのだ」
「...?」
「そうだ、この服、我が色に染めといてやったぞ」
そう言って師匠は壁にかかっている服を指す。
そこにあったのは、昨日かった真っ白なローブなどではなく。
「な...!黒?」
「いい色だろう?」
服の白い面が真っ黒に染められていた。
「なんで勝手にこんなことするんだよ!」
「お前は白より黒が似合う。我が娘だからな」
「意味わかんねえよ!」
せっかくアサヒとおそろいだったのに。
「なんだ?餞別だと言うのに」
「これのどこが餞別なんだよ!」
「男避けになる!」
ズガアァン!と雷に撃たれたような衝撃だった。
男避け、だと...!?そ、そんな効果......、
「ありがとうございます!師匠!!」
「分かれば良い」
いやあ、確かに最近自分の美貌に若干、危機感を覚えていたのだ。
こんなに美しくては、男にモテてしまうかも...と!
この服を着ているだけで男避けができるのは、かなりありがたい。
俺周りに男はいらな...、あ。
「な、なあ。それって男はみんな対象になるの?」
「...?どういう事だ?」
「えっと...みんなって言うのは、ちょっと困るかなって...」
「!!まさか!!マサキよ、好きな男がおるのか!!?」
師匠が血走った目で詰め寄ってくる。
え、なに急に。必死過ぎて恐いんだが。
「結婚なんて許さんぞ!!」
「いや!違うって!...友達できないのはちょっと困るし...」
俺はビリウスを思い浮かべた。
あいつは良い奴だ...。こんな怪しい俺を、何も聞かずに庇ってくれた。
久しぶりの美味い飯を作ってくれて、俺が役に立つと言ってくれた。
初めて友達になれそうなんだ...。
ビリウスには嫌われたくないな...。
「ほう...ビリウスというのか......ちょっと暗殺に」
「だから!違うって!!」
「どうした、ちょっと手に掛け...声をかけてくるだけだぞ」
今物騒な単語出かけただろうが!!
まずい、このままではビリウスが殺されてしまう。師匠は他人のことなんて、虫けら同然にしか思っていない。
殺ると言ったら確実に殺る。
止める方法は......なくはないが............。
.........うー。やりたくない。
とてつもなくやりたくないが.........。
うぅぅ!仕方ない!
ここは人命優先!!
俺は覚悟を決めて、師匠に抱きついた。
「お願い!やめて!ぱ、パパ!!」
「!!」
師匠が動きを止める。
くそう、こんな事でしか師匠を止められないなんて情けない。
屈辱でちょっと涙が滲む。
そのまま上目遣いと師匠を見つめた。
しばらくフリーズした師匠は、ぎこちなく俺から距離をとった。
そう。師匠はこうして「パパ」と呼ばれると、嫌悪感からか、しばらく俺から離れてしまうのだ。
急にグイグイ来られると引いてしまうアレだろう。
これは昔、社長から教わったワザなのだが、自分の精神にもダメージを食らうので、どうしてという時以外は使わない。
師匠は焦点のあっていない目でなにかブツブツ呟いている。
「...師匠?」
そう呼ぶと、師匠は何故か眉を下げる。
「なんだよ...?」
「...ああ、いや。......服の件だが、お前の容姿に気付きにくくするのと、不届き者がその服を脱がそうとすると、発火する」
「発火!?」
思ったより物騒なんだが!?
「邪な意思がなければ反応はしない。容姿も一度認識されたら効果は無くなる」
それはかなり優れものじゃないか?友達も作れるし、不届き者は払える。
うん。非常に助かる。
「師匠!ありがとな!!」
思わず満面の笑みが出てしまった。
師匠は何故か、また固まっている。さっきのダメージで、まだ本調子じゃないのだろう。
「では、我はもう行く」
「え?一緒に来るんじゃないのか?」
お互いにぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「なんだ...さみし」
「いや全然」
「......フン。言ったろうが、餞別と」
「あ、そっか」
確かに言ってたわ。
じゃあ俺はしばらくのびのびできるって事だ。
うぇーい!
「時が満ちたら、再びお前のもとに現れよう」
厨二くさい言葉を残して、師匠は掻き消える。
相変わらず患ってるなあ...。
月明かりの差す薄暗い部屋。寝静まった町に明かりはなく、良く星が見えた。
昼間の喧騒が嘘のように静かだ。
「......寝るか」
服を着て、アサヒを抱えてベッドまで連れて行く。
アサヒは俺に対しては安心しきっているため、まったく抵抗せず眠っている。
「おやすみ...」
俺は再び、目を閉じた。
危機感もっててこの隙の多さ...恐ろしい子!!
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!