ヴエルニットの夜
日没に差し掛かった港町は、ちょうどご飯どきで、あちこちからいい匂いが漂ってくる。丸い提灯が下がった屋台街は、たくさんの人で賑わっていた。
海が近いこともあって、新鮮な魚介類が豊富だ。その上、屋台で売られている食べ物はどれも安く、量も多い。
この世界で使われている通貨は主に五種類で、価値が低い順に、軽銀貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨がある。その上に白金貨なんてものもあるが、高額すぎてほとんど使われることはない。
一番一般的な通貨単位はラルフで、ドワーフの国ギウンボドロが発行している。
恐らく物価がかなり低いので、そのまま日本円にするのは難しい。俺には分からん。
とりあえず、一ラルフが軽銀貨一枚で、貨幣の価値は種類ごとに十倍ずつ上がっていくと考えておけばいい。
「イカ焼き二つくだサイ」
「あいよー!4ラルフね」
さっきビリウスに両替してもらった、軽銀貨を四枚渡す。
「はい」
「まいどー!」
顔よりデカいこのイカ焼きが、一つ二ラルフ。よく分からんけどめっちゃ安い気がする。
アサヒに一つイカ焼きを渡して、自分もかぶりつく。
「うまぁ」
ジューシーなイカに醤油っぽいタレが良く合ってる。まさにお祭りの出店って感じだ。
その後も俺は、野菜と魚介が入った炒め麺と、タコの唐揚げ、デザートに紅桃という真っ赤なフルーツを買って、ビリウス達との待ち合わせ場所に向かった。
海に面した通りには、テーブルと椅子が設置されてる広場がある。屋台で買ったものを、そこで食べることができるのだ。
ライが席をとってくれていて、俺とビリウスで食べ物を買いに行く係だ。
さっきのイカ焼きはつまみ食いだ。
「ライ。お待たせしまシタ」
「おかえり!何を買って来たんだ?」
俺は得意気に買ってきた食べ物を広げる。
「美味そうだな!」
「はい!...ビリウスさんはまだですか?」
「ああ、一回酒を買って戻って来て、また買いに行ってしまった」
食事を前に、二人して早く食べたくてうずうずする。
早く帰って来ないだろうか。
「皆さん、お待たせしました」
そう言ってビリウスが持ってきたのは、板に乗った刺し身盛りだった。
「ど、どうしたんです?ソレ」
「選んだ魚をその場で捌いてくれる店があったんですよ。...あ、生食、抵抗あったら無理しないでくださいね」
薄くスライスされた白身魚が、綺麗に並んでいる。既に刺し身全体に、醤油っぽいソースかかっているスタイルだ。
ビリウスが座ったのを確認して、俺は手を合わせた。
「いただきます」
食卓につくと、この挨拶が出てしまうのは日本人ならしかたない。
二人は頭上にハテナを浮かべながらも、なんとなく同じようにしてくれる。
基本この世界はフォークやスプーンなどの洋食器で食事をするらしいが、俺はやはり使い慣れた箸が好きだ。
そんな訳で、イカ焼きが刺さっていた太めの串を二本取り出す。
いえーい、即席箸!
おもむろに二本の串を取り出した俺に、二人はさらにハテナを浮かべた。
俺は気にせず刺し身を箸で掴み、そのまま口に持っていく。
「!うんまい!!」
ぷりぷりの身に、ちょっと酸味のある醤油っぽいソースが、食欲を増進させる。
珍妙な食べ方をする俺に首を傾げつつも、二人は嬉しそうにする。
「生食がいけるなんて、なかなか通だな」
「仲間が増えて嬉しいです」
二人も刺し身を食べて、酒を煽る。
「っかァ!やっぱ生食は酒が進むな!」
「至福ですね...」
二人とも久しぶりの酒に、感動している。
「マサキにも、ジュースを買って来てるので飲んでくださいね」
「ありがとうゴザイマス」
ここ、ワンウァレンィア王国では、十六歳から飲酒が認められている。俺は多分、まだ十五歳なので、お酒はやめておいた。
ぶどうジュースのような色だが、飲んでみるとオレンジジュースの味がした。バイオレット オレンジという果物のジュースらしい。
甘酸っぱくて美味しい。
続いて、炒め麺に手をつける。
「はふ、最高」
ぷりっとした小エビとカットされたイカやタコ、アサリなどがたっぷり入っている。野菜もみずみずしくて、塩ベースの味付けがその甘味を引き立てている。ちりちりの麺に豚の脂がよく絡んでいて...。
そう!これはまさに!塩焼きそば!
これ好きだなー。いっぱい買って亜空間に入れとこ。
次にタコの唐揚げを摘む。
これも美味い。サクサクの薄い衣とほくほくのタコ足。吸盤のコリコリした食感がまた、楽しい。味付けも塩と香味でシンプルながら、やみつきになる。
食べる勢いはとどまることを知らず、三人と一匹、あっという間に机の上の料理を平らげてしまう。皆五人前ずつは食べているのに、ケロッとしている。
こりゃ、食費がかさむな。
俺は亜空間から、一口大にカットされた紅桃と取り出して、机の空いたスペースに置いた。
「デザートにどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
少し小皿に取り分けて、アサヒの前にも置いてやる。
この辺は温かい気候なので、冷たいフルーツは、クールダウンにもうってつけだ。
みんな、美味しそうに食べている。
俺も一口食べてみると、苺と桃を合わせたような味がした。桃の甘さに苺のような香り高さが加わって、二つの大人気フルーツを一気に楽しめるようなお得感がある。
美味い!これも箱で買って帰ろう。
食事を終えた俺達は、宿に帰る...と思いきや。
「湯屋に行って帰ろう」
「えっ」
「いいですね」
そのまま流れるように、湯屋に連れてこられたのだが、
お、俺は今、身体的には女なわけだから、女湯に入るんだよな...?
入って良いのか!?心は男なんだぞ...?
「私は、防具をクリーニングに出して来るから、先に行っててくれ」
ビリウスはさっさと行ってしまうし、ライはクリーニングとやらに行ってしまったしで、俺は一人になってしまい、余計ぐるぐるする。
な、なんかめっちゃ見られてる気がする...。
まさか俺の思考が読まれてる??はわわどうしよう犯罪者予備軍だと思われてたら!違うんです、自発的に女湯を覗きに来たんじゃないんです!これはそのっ不可抗力で!いや確かに入りたいか入りたくないかで言えばそれは入りたいんだけど!そうじゃなくて!
「なんだマサキ、まだここにいたのか?」
ぐるぐるしている間にライが戻って来る。
防具を外したライは、ピッタリとした黒の薄いインナー姿だった。しなやかな筋肉の着いた長い脚に、引き締まったウエスト、それらとは対照的に柔らかな曲線を描く、胸と臀部。
え.........女...?
「さあ、入ろうか」
ライに肩を抱かれ、そのまま女湯の暖簾をくぐってしまう。
目隠しの衝立を曲がると、目に入るのは、惜しげも無くさらけ出される、女体。
バッと慌てて下を向く。
衣服を入れておく籠の前まで来ると、隣でライが躊躇なく服を脱いだ。
いや、ここは女湯なのだから、当たり間のことではあるんだが。
見てはいけないと思いつつ、チラりと見てしまう。
普段は鎧に隠されている、身体の凹凸。健康的な小麦肌がとてもえっっ、なんでもないです。
邪念を振り払うように、俺も服を脱ぐ。
やっぱり罪悪感がすごいから、できるだけ見ないようにしよう。
服を全て脱ぐと下着姿になる。そう、俺は今女物の下着をつけている。
中身を思うと、かなり変態くさいが、身体は女なので仕方ない。
服と一緒にお姉さんが選んでくれた、フロントホックのブラジャーをはずす。
後ろ手にブラホックをつけたり、はずしたりするのは、俺にはハードルが高いので、フロントホックのものを、いくつか見繕ってもらった。
「うわぁ!マサキって身体も綺麗なんだな!」
ライはサラッと恥ずかしいことを言ってくる。
うっ、やめてくれ!俺の心は邪な念で溢れてるんだ!
目のやり場に困ると思いつつ、ライを見る。
俺の手を引いて歩くライの背中は、滑らかだが、たくさんの傷があった。
治って痕になっているものから、真新しい擦り傷まで、よく見たら全身傷だらけだ。
デーモンアントを一人で百匹近く倒していた事からもわかるが、ライは恐らくかなり強い。
それでも、これだけの傷を負ってるんだ。強くなるまでも、強くなってからも、かなり無茶をしてきたのだろう。
無茶をしてきたというのは俺も一緒なので、なんだか親近感がわく。
て言うのはおいといて、
まじまじ見てすんませんでしたァ!!
罪悪感が限界に達した俺は、女湯を駆け抜ける風となって、十秒で風呂から上がった。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!