一回目の人生
降ろしたてのスーツに、ピカピカの革靴、合格祝いに兄ちゃんがくれたちょっといい腕時計、春休み中ずっと練習して、朝から一時間かけてキメた髪のセット。
今朝五度目になる身だしなみのチェックをして、うんと頷く。
俺、真堂 蒔紗希十八歳。
辛い受験を乗り越え、今日、晴れて大学生になる。
今まで、彼女も友達も無く、暗い人生だった...。
だが!それも今年でおしまい!
今日から始まる夢のキャンパスライフ!
俺は大学デビューしてやるんだ!
気の合う仲間で集まって、楽しそうなサークル入って、合コン行って!
可愛い彼女をゲットするんだ!
フッ...サラバ童貞...。
なあんて、気の早いことを考えながら、俺は呑気に電車を待っていた。
駅のホームに通過列車のアナウンスが流れた次の瞬間、薔薇色のキャンパスライフを夢見て浮き足立つ俺の身体は、背後からの衝撃でホームを出て、空中に投げ出される。
まるで宙に浮かんでいるかのようにゆっくりと時が流れる。
スローモーションで線路が近づく視界の端で、ゆっくりとこちらに向かってくる特急列車。
あ、避け無きゃ。
しかし身体は動かない。
そうか、これ、死ぬ直前の...。
嫌だ...まだ死にたくな、
そこまで考えたところで、魔法が解けたかのように時は加速し、痛みさえ感じぬほどの凄まじい衝撃で俺の意識は吹き飛んだ。
最期ってのは突然くる...。
そんな事、あの時学んだじゃないか。
めちゃくちゃ元気でピンピンしてたじいちゃんが、餅を喉に詰まらせて急死したあの時に...。
思えば小さい頃から、怪我の耐えない人生だった。
注意散漫なのか、不運なのか。
治ったそばから怪我をした。
打撲、擦り傷、切り傷、捻挫、脱臼、骨折。
通り魔に刺されたり、強盗に巻き込まれて銃で打たれた事もあった。
家族の中でなぜか俺だけが、怪我をする日々が続いた。一般家庭で平和に生きて来たのに、俺の身体は死線でも潜り抜けて来たかのように傷痕だらけ。
父さんも母さんも兄ちゃんも、みんな優しかったのに、俺のせいで虐待を疑われることもしばしばあった。
それでも今まで死ぬことは無かったから...。
はあ、油断したな…。
父さん、母さん、兄ちゃん、苦労や心配かけてばかりだったな。
最後まで悲しませてごめん。
俺、今回は死んじゃうみたいだ...。
結局、友達も彼女もできないままか.........。
「死ねるかあああああああ!!」
死後の世界らしき場所で目を覚ました俺は、めちゃくちゃに暴れまくった。
魂だけになっているのか、手も足もなかったけど、追いかけてくる職員さんっぽい人達から逃げ回ったり、タックルしたりして駄々を捏ねた。
「こら!待ちなさい!」
「早く転生の列に並びなさ、ぉぐうっ!」
「やだやだ!死にたくないぃ!」
「君はもう死んでるんだってのに...ッなんでこんなに元気なんだ!」
確かに生きていた時より、心なしかパワーもスピードも上がっている気がする。
よし!あっちがもう帰ってって言うまでこの調子で暴れまわってやれ!
仕事なのに迷惑をかけてしまっている職員さん達には悪いと思うが、こればっかりは譲れない。
なんとしても生き返って、キャンパスライフを満喫するんだ!
「絶対に!!大学デビューするんだあああああああああああ!!!!」
思い切りタックルをカマそうとしたその時、
一何事ですかー
静かな声が響き渡った。
優しいのに、恐れを抱いてしまうような、綺麗で不思議な声。
俺は突然身体中を優しく包まれたかのように、その場から動けなくなった。
死後の世界らしき場所は瞬時に静まり帰り、職員さんっぽい人達はその場で膝をつく。
雲の上にいるような、もやのかかった美しい光の庭の中にいつの間にかその人はいた。
優しげな笑顔を浮かべ、優雅に佇む神々しいその人物は、
ゆったりした真っ白な貫頭衣のような服を着た、艶やかな長い黒髪に白い肌が眩しい...
「チッ、イケメンかよ!!」
女神降臨的なアレを若干期待してしまったが故の落胆と、イケメンへの妬ましさから思わず叫ぶ。
あ、動けるようになった。
いけないいけない。魂だけになったせいか、本音が漏れやすくなっている気がする。
職員さん達が頭下げてるって事は、あのイケメンは上司的な感じか?まさか社長?
あーあ、イケメンで高収入とかさ!やんなるよな、ったく!
一聞こえてますよ一
「ぅお!!」
いつの間にか近くまで来ていたイケメンに、思わず飛び退く。てか今心読んだ...?
イケメンは少しだけ驚いたような顔をしていた。なんであんたが驚く。
ーお前は、動けるのですかー
何言ってんだこの人。
つうかさっきからなんだこれ。直接頭に響くみたいな。なんか気持ち悪いから普通に喋って欲しいんだけど。
「......矮小なる魂の分際で無礼なものいいですね」
「うわっ、また心読まれた?!」
なんとなく居心地が悪くてさらに距離をとる。
イケメンは特に追って来るでもなく、じっとこちらを見つめていた。
何コレ、熱視線ってやつ?
「ふむ...お前に少し興味があります」
「!?...待て!俺にそっちの趣味はない!!」
いくら美形とはいえ、俺は男は範囲外だ!
ちょっと寒気が...トリハダたってない?コレ...。
あ、肌無いんだった。
「何を愚かなことを言っているのです。......まあいいでしょう。そこなる者よ、特別にお前の願いをひとつ叶えてあげましょう。」
イケメンは、菓子をひとつ買ってやる、くらいの気軽さでそう言い放った。
「...え、えっ?」
「さあこちらに来なさい」
なんだこのイケメン...石油王みたいな事言ってるぞ...。まさか本当に石油王なのか...?
これぞ財の成せる技...!?
しかしやったぞ!遂にあちらさんが折れた!
これで夢のキャンパスライフが...
「それじゃあ俺を生き返らせてくれ!」
「無理です」
「即答かよ!!」
嘘つき!なんでも叶えてくれるって言ったくせに!
「なんでもとは言ってませんよ」
「ぐぅッ...」
「他の望みになさい」
他の望みと言われても...それ以上に叶えて欲しい願いなんて無い。
死を受け入れたくなくて、今まで暴れてた訳だし...。
「.......どうしてもダメか?」
それまでずっと優しげな笑みを浮かべていたイケメンの顔が、別人のような無表情へと変わった。
ゾッとするほど冷ややかに俺を見下ろしている。
なんだこれ、怖い。急に、生命としての格の差を見せつけられたみたいだ。
嫌だ、怖い、逃げたい!
今すぐここから逃げ出したい!
「......蘇生は禁忌。遺された者にとってお前は既に亡き存在。お前が帰るには歴史を書き換えなければいけない。無理に書き換えれば矛盾を呼び、宇宙全体の流れに歪み生む。その混乱はセカイの崩壊をも招く」
ただ淡々と諭されているだけなのに、心臓を握られてるみたいだ。
苦しい...早く、早く逃げなきゃ...!
本能的に距離を取ったその時、ふいに空気が緩んだ。
恐る恐るイケメンを見ると、何故か嬉しそうに微笑んでいた。
えっどう言う情緒...?
......ハッ!まさかそう言う嗜好が...?
「ははは!お前は本当に愚かでおかしな奴だ!」
「なっ!失礼な!あんたに言われたかない!」
マニアックな変態のくせに!
「妙な勘違いはよしてください」
「あっ、また...!勝手に心読むなよ!」
「.............ふん」
「何だその間!」
「とにかく、.........お前が今無理に蘇生すれば、遺して来た大切な者にも災厄が降りかかるのですよ。それはお前の望むところなのですか?」
ハッとした。
父さん、母さん、兄ちゃん。
辛くて、死んでからあまり考えないようにしていた家族のこと。
「.............ふぅ。そうだな...俺は、みんなを不幸にしてまで、生き返りたい訳じゃない.........」
やっと掴んだキャンパスライフ。
諦めるには惜しいけど、家族には替えられない。
ただでさえ悲しませてしまった.......もうこれ以上、辛い思いはして欲しくない。
「イケメン!気づかせてくれてありがとな」
俺はイケメンに、ニカッと笑った。
魂だから顔ないけど。
「...私はイケメンという名ではありません」
「じゃあ石油王?」
「.......................」
「...なんだよ、やっぱり社長なのか?」
「やっぱりとは...ハァ、もうそれで良いです.........まあお前は少し不憫なので大サービスで三つまで願いを叶えてあげましょう」
なんかさっきからこの人太っ腹すぎない?
イケメンだから?イケメンだからなの?
「三つ?......なんで三つ?」
「元々叶えててやる予定だったひとつプラス、今までの不憫な人生ポイントと一番の望みを叶えられないポイントです」
なんだその変なポイント制。
...不憫な人生って......ちょっとフクザツ。
まあいいや!せっかくみっつ叶えてくれるってんだから、お言葉に甘えるとしようじゃないか。
こうなった以上、トコトン前向きに行こう。
うーん、そうだな...
「じゃあまずは、俺の人格のまま転生させてくれ!」
うん。やっぱせっかくだし俺としてもう一回生きるチャンスは欲しいよな。
「いいでしょう」
「よし!ふたつめは...うーんと......すぐ死なないような丈夫な身体にして欲しい...とか、できる?」
やっぱ、生き返っても病弱とか虚弱体質とかで、すぐ死んじゃったら困るからな。
またいっぱい怪我するかもしんないし。
「できますよ」
「まじか!助かります...!じゃあ......あとは...その」
「...なんです?」
そう、これが一番大事だ。
「だから、その...可愛い女の子に......」
なんか、改めて考えると面と向かって言うの恥ずかしいな。
「ああ、なるほど。分かりました。」
「でっできるのか......!?」
「容易い事です」
「本当か...!うぅ!ありがとう!ありがとう!!」
あまりの嬉しさに号泣。目ないけど。
夢のキャンパスライフは儚く散ってしまったが、イケメン社長のおかげで二度目の人生薔薇色だ...!
「では、お前を転生させます。こちらへ」
「イェッサー!」
「............」
若干呆れた様子の社長の掌の上に乗っかると、魂全体が眩い光に包まれる。
あー、なんかあったかい…...風呂に浸かってるみたいだ...。
「ひとつ...私の頼みも聞いてくれますか?」
「社長の頼み、ですか...?」
「はい」
ふむ、いろいろ良くして貰ったしな...。
なんだろう、俺にできる事かな?
まあでも、できる限り叶えてあげたい。
「分かりました!俺にできることであれば力になりますよ!短い間ですけど、お世話になりましたし。」
「ふふ、ありがとう」
「いえいえ!あっ!でも!俺のできる範囲のことでお願いしますよ!」
世界平和とか言われても、多分無理だしな。
「........ええ。お前ならきっとできると信じていますよ」
社長は笑みを深めて頷いた。
刹那、魂を包んでいた膨大な光が一気に俺の中に吸い込まれる。社長の手から力の波が魂に流れ込んで来るみたいだ。
一ほう、人間しては器が丈夫だ一
「え?」
「いえ...やはりお前は面白い.........さあ準備が整いましたよ」
「ぅおお!ありがとうございます!」
魂の内側がポカポカして力が溢れて来るみたいだ...。これが社長パワー!
「お前の望みはもう叶えてあります」
「マジですか!!?」
そうか...そうか!ついに俺は...!むふふふ。
これでもう思い残す事は無い。
我が人生に一片の悔いなし!
まあ今からセカンドライフ始まるんだが。
「ええ。では...」
「次は社長の番ですね!」
約束通り社長と頼みとやらを聞かせてもらおう。
社長は一瞬キョトンとして、すぐににっこりと微笑む。
「......私の願いはひとつ。生まれ変わったら様々なところへ行き、色々な生き物や人間に会ってください。そしてたくさんの有意義な経験をして.........強く、なってきてくださいね」
...ああ。なんだ、そんな事か......。
頼むなんて言うから、身構えてしまったじゃないか。
.........社長...あんたいいひとだ。
「お易い御用です!きっと強くなります!」
「さあ、そろそろ行きなさい」
時間だ。
魂が社長の手から離れて、ぽうっと輝き出す。
父さん、母さん、兄ちゃん、何も返せないまま居なくなってごめん。
生まれ変わったら、こっそり恩返しに行くから......少しだけ待っててくれ。
今までありがとう。
「社長!いろいろとありがとうございました!社長がくれた念願のモテモテライフ、絶対にエンジョイして見せます!」
「......え、あっ」
「ん?どうし...っ!...........ぁぐぅうッ!!」
その時、俺の内側から何かが盛り上がってきて、身体を突き破られたような激痛が走り、俺は再び意識を手放した。
ーまあ、なんにせよ。無事に転生出来ればの話ですがね一
俺はまだ知らなかったんだ...。
この男が決していいひとでは無い事を。
初投稿です!よろしくお願いします!
出来しだい、随時更新致しますので
読んでくださると嬉しいです!
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えてくだされば^^
できる限り対応致します!