スイカとおばさんと指パッチン
逃げられると思うなよ
「本当にごめんなさい~もうしません許してくださいお願いします~!」
蒸し暑い8月の夏の夜、俺はスイカ泥棒のおばさんに泣きつかれている。
いくらスマート農業、見える化、IoPなんて世間が騒ごうとも、結局みんな農業なんて他人事だと思ってる。そういう態度がだんだん農業とヒトを隔てて、農家や村を孤立させる。そんな狭い世界で生きている人のSOSをキャッチするのが「阿久里事務所」ってワケ。強風でビニールハウスが全壊してしまった農家、飼っている乳牛を痛めつける羆に悩む酪農家、それに急増中の野菜泥棒に嘆く農家、相談内容は多岐に渡るけど、共通しているのはここが最後の砦だという点なんよね。今日も俺、種子島 林根は依頼を受けて現場で張り込んでたんだけど…
「おばさん、もう見つかっちゃったしここの畑持ってる農家さんとこ謝りに行こか、山中さんっていうんだけど、すごく困ってたからさ、謝らないと」
「だから本当に申し訳ないと思ってるんです~お金今払います!どうかばらさないでくださいお願いします家族にばれたらこの村にいられんようになってしまうんです~!」
「そういう問題じゃないってことは分かるよね、ちゃんと誠意を持って謝れば許してくれるかもわからんからさ、」
こんな問答をかれこれ10分は繰り返している。幸い誰にも見られてはいない(と思う)が、お互いこれ以上長引かせてもマズいのでここは強引にいかせてもらおう。
パシャッ!!
「えっ!?」
「今顔写真取らせてもらいました。バッチリ映ってます。このままここで愚図り続けるっていうんなら、これを山中さんに見せるか、あるいは…」
そう言いかけた時、俺はおばさんの顔を見て正直恐怖を感じた。追い詰められた人間は何をしでかすか分からないと言うが、俺は彼女の瞳の奥に獣のような「保身」を見た。
「おばさ…」俺が言い切る前に彼女は泣きそうな顔を強張らせ、手に持っていたまだ未熟な小玉スイカを俺に投げつけるとそばに置いてあった原付で逃亡を図ろうとする。顔写真を撮られてしまった今、どうにもならなことは分かるはずなのに、パニックになっているんだろうな。
「…あまり人に向かってこれは使いたくないんすけどね…」俺はグローブをはめた右手を原付に向け、狙いを定める。ブルルン、とエンジンが鳴ったその瞬間、
パチンッッッ
俺は指を鳴らした。
おばさんは俺に気を遣う余裕もなかったのかそのまま走りだそうとするが異変に気付く。
「えっなんで動かないの!?」パニックに陥り状況が呑み込めていない様子だが、傍から見ればその原因は一目瞭然だ。後ろについているリアボックスに入れたスイカの中から大量の蔓が生え、蓋を突き破りタイヤに絡みついているのだ。
「さあ、来てもらいましょうか」
二作目になります。前作に引き続き楽しんでいただけると幸いです。よろしくお願いします!