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プロローグ2 あるいは失楽

 スレッジハンマーを倒した俺たちは、ウェルリアの城に招かれた。戦前は絢爛だった城内は、今や大理石の壁しか目に入らない。偉大なるウェルリア6代王は自らの限界まで血を抜き続け障壁術式(バリアエフェクト)を希望した国民や兵士に分け与えた。強烈な濃度を誇る王血であれば爪の欠片程度の量の輸血でも使用可能となるものの、限界まで命を削ったのは間違えない。のみならず、王家の私財、城の装飾、全てを戦費や戦備に回したのだ。全てが剥がれ落ち、真っ白になった城内は……しかし人の尊厳に満ちていた。一体誰が、みすぼらしいなどと口にするだろう?玉座へ向かう一歩ごとに、王への拝謁を誇らしく思う。直属としての権限を託されたこれまでの旅で、敬意を忘れたことは一度もない。玉座の扉を、自分にできるだけの忠義を込めて開いた。


「死地の奪還、神器の回収、魔銃の核たるスレッジハンマーの撃破、まこと大儀であった。うん、2年間おつかれさま、よくやってくれたね。」


「ありがたきお言葉。ここにいない仲間の分も、光栄に思います。」


「あっはは、王家の魔法もみんな使えるようになったし、大した装飾もないのに、みーんないい風に言ってくれるよね。」


 フリルだけが主張する白いブラウス、装飾ひとつないスラックスの足を組んで、王は俺たちを迎えてくれた。25人全員で拝謁したかったが、神殿で魔銃の足止めをしてくれたグループには負傷者も多かった。スレッジハンマー戦の仲間のみで伺うことにした。


「あなた様の献身を侮辱する者などいません。」


「血の補給って名目で毎日お肉食べるくらいはしてたしそんなに美化されてもな~、困るよぉ」


 そう口にする王の体はやせ細っており、以前の拝謁より細く見える。獣肉は魔銃の殺戮によって希少になっているが、その程度で王に叛意を持つ者はいないだろう。


「ねえ、どうやってスレッジハンマー倒したの?詩人に歌わせるから話してよ。書記、ペン準備。」


 あくまで無邪気に王は振る舞う。しかし4人で来たのは正解だった。どれほどやわらかに振る舞っていても、こけた頬は化粧でも隠せない。青白い肌は大理石の白い部屋と一体化するようだった。すこしでも慰めになるように、俺は戦いの記憶を語った。


「そうですね。まず無限の弾丸をカイウスの障壁魔法とリアの元素魔術・水でしのぎました。カイウスは同時に感覚強化で敵を見極め、エザリアの障壁と衝撃の術式を全力の硬度で行使し弾丸を反射。つくった隙を私が切り込みました。」


仲間の活躍を解説しながら、それぞれを紹介するように翻した腕で指す。仲間は名前が出ると一礼をする。なんだか座長になったみたいだ。リアは何故か胸を張ってから礼をした。MVPだがすこしは緊張してほしい。ここにいるやつじゃ最年少だろ。


「待った待った、無限強化できる君なら単独で勝てたんじゃないの。」


「敵と認識した相手がいないと発動できない。強化するたびにデュエルエフェクト、と口にしなければならない。という制約がありまして……」


「あ、銃弾の雨の中を突撃しながら口を開くと弾丸が口内に入りかねないのかぁ、なんだかおもしろい理由だね」


これも詩人に歌われるのか?王は心底楽しそうに笑う。


「いいね、そういうの含めて英雄譚(ティタノマキア)だよ。」


認められたと思った。真なる英雄はあなただと返答しようとして、媚びられると嫌がる王の性格を思いだした。賞賛など俺の語彙では王にとって聞き飽きたものしかでないはずだ。するべきは決意表明。兵士としての宣誓だろう。


「ならば次は必ずや完璧な英雄譚を聞かせましょう。死地の南下をさらに推し進め、わが力を存分に振るってみせましょう。犠牲を出そうとも再びこの大陸のすべてを王の手中に」


刹那、王の目が冷えた。口を開いた王が漏らしたのは、溜息……?


「いや、もういいよここまでで。直属騎士も解任ね。あと神器はここで国に納めて。」


唐突な空気の変化に俺たちは眉を顰めた。俺がいちばん面食らった。しかし予想できなかったことでもない。神器はそもそも命令で集めていたので、いつでも国に渡すつもりでいた。直属騎士も、旅の中で手続きを簡略化するための物だ。決戦で使わなかったものも含む回収可能な神器7つを集めた今ならはく奪されても理解できる。しかし……


「その言葉を頂くのは、てっきり全てが終わってからと思っておりました。」


思わず言葉にしてしまう。口が緩くなるくらい驚愕していた。それはすぐに落胆に変わる。


「ん、今の君はいらない。役割と住居は用意するから、いいね?」


「退役ということですか」


「実質クビだね」


「そう、ですか」


 よもや、こうなるとは想像していなかった。自分が切り捨てられる側だった事実にうなだれつつも、この程度で兵士としての自覚は失わない。背中に背負っていた『化合槍ウロボルク』『金銀双斧』『雷霆剣ケラウヌス』『雪の鉄槌』『黒竜爪』『不死鳥の籠手』『パンドラの箱』7つすべての神器を手渡す。最後に王に見せる姿が、無様であってはいけないのだから。


「なにしてるの?」


再び冷えた声が響く。しかし俺には思い当たることがない。間抜けな顔で王を見返す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()|。」


思考が停止し、真っ白になる。何も言葉が思い浮かばない。俺の、相棒を、ただ術式と魔力が染み込んだだけのただの剣を?それほど使い込んだ、大切な……ただの……。


「ちょっと待ってください!それがパーシルの大切なものであることはご存じのはず!命令されたのは神器だけじゃないですか!」


後ろにいたリアが俺のそばまで寄って叫ぶ。それは俺の本音だった。王の前でも彼女らしく、感じるままに言葉を話す。次いでカイウスも意見する。


「私はそもそもこのタイミングで彼が神器を手放すことに反対です。パーシルと神器の力は前線の兵士に強く覚えられていて、士気の向上につながっている。ここで御旗を捨てる必要はないかと。」


それがわからないはずがないと、カイウスは態度で訴えていた。軍師であり王血による盾兵の二重の役を持つため常に疲れている、素の性格が冷静な彼がこうも熱くなってくれるとは。いつも無茶ばかりで心労ばかりをかけていたのに。


「黙ってて。カイウスは特に。」


しかし王は酷薄な態度を崩さない。さっきまで清潔で広々と見えていた飾りのない王の間が、ひどく寒々しく思える。


「ちょっと!!!」

「いいんだ。」


 目を見開いたリアの怒りを、右手で制し、帯剣していたソウルティアを腰から外す。せめてもの意思の表明として、自ら玉座に近づく。一歩ごとにのどが渇く。それを放すなと体が訴える。これを失くした瞬間にお前は真に価値を失うぞと、キーキー幻聴がする。それらすべての拒否反応を忠誠でねじ伏せて、片膝になり、直接両手で差し出す。


「どうか、この剣にできるだけの誉れある戦いを。」


「わかった。」


 見上げた瞳からは何も感じられない。てっきり王には直属として気に入られていると勘違いしていた。武勲は自らを証明すると確信していた。だが王にとっての実態は、ただの駒の一つだったらしい。


「じゃあパーシルは出ていって。またね、ばいばい。」


「仰せのままに。」


 俺は立ち上がり、玉座に背を向ける。振り返ると、みんなの顔が見えた。何も言わなかったエライザは、俺と王のどちらも睨みつけているようだった。カイウスは俯いて拳を握っている。リアは光のない瞳で、信じられないものを見たかのようだ。リアに歩み寄り、肩を叩いてつぶやく。


「そういうことだ、みんなによろしく。」


 リアの瞳が正気に返る。すぐに通りすぎようとする俺の肩を今度は彼女が掴み、小さな震えた声で絶叫を伝えてくる。


「待って……待ってよ……本当にそれでいいの……?わたしは、こんなのだめだと思う……答えて、答えてください……私と町を出る前からの相棒だって……故郷の!家族の証明だって言ってたじゃないですか、これでいいんですか!?」


「いいさ。」


 旅の中で君が成長したことを、今この瞬間に確信できたのだから。こういう終わりも悪くないと、ぎりぎりで誤魔化せた。扉を開いて、惨めさを悟られぬように足早で王の視界から消える。

 さて、今日はどこで呑もうか。流石に今日は馳走にしよう。肉は王くらいしか食えないが、魚はまた話が違うはずだ。やたらと長い時間が過ぎたように感じたがまだ夜の帳も落ち切っていない。じっくり見て回って探そう。城下に出ると、ああなんだ、干し肉なら屋台がある。食べ歩きも悪くない。


「おかしいよ……」


玉座以外は何もない大理石の部屋でポツンと響く女の子の声。王も家臣も仲間にも、誰の耳にも聞こえていたけど、誰にも届いてはいなかった。


俺TUEEEEからの失墜で物語は始まる。

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