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1話

 日曜を迎え、春樹は白いパーカーとジーンズに着替えると、康夫がやっている恋愛相談所に歩いて向かった――恋愛相談所といっても受付や待合室があるほど大きくはなく、ちょっと動けば壁にぶつかるような狭い部屋に、木のテーブル一つと椅子二つがあり、お客と向き合って話せるように配置されているだけだった。


 そんな部屋だから完全予約制になっていて、時間も予め決められていた。春樹は今日のお客が女性と知っているからか、椅子に座りながら落ち着かない様子で足を揺らしていた。


「どんな感じの女性かな……年齢が近いのは嫌だな……あと美人とか可愛い人とか──あーもう……緊張する」


 春樹が机の上に置いたある時計をチラチラ見ていると――インターホンが鳴り響く。


「え!? もう来たの? 嫌だな……」と、ボソッと呟きながらも、ゆっくり立ち上がる。


「はい」と春樹がドアを開けると、「あ、こんにちは。私、予約をした石田 朱莉あかりです。今日は宜しくお願いします」と、朱莉は元気よくそう言って、ニコッと微笑んだ。


「こんにちは。父から聞いています。どうぞ上がってください」

「はい、お邪魔します」


 朱莉は艶のあるセミロングの黒髪をしていて、テレビCMに出てくる綺麗な女性のような整った顔をしていた。服装は大人っぽく、白のブラウスにネイビーのロングスカートを履いている。年齢は春樹と差ほど変わらないように見えるが、20代といった所だろうか。


 朱莉から香水のような匂いが漂ってきて、女性と二人っきりというのを意識してしまったのか、それともお互い向き合うように座っているのが恥ずかしいのか、春樹は朱莉と目を合わせることなく、恥ずかしそうに俯いた。


「――あの、お茶。机の上にある緑茶、どうぞ」

「ありがとうございます」


 朱莉は御礼を言って、緑茶の入った湯呑を手にする。コクっと一口飲むと、スッとテーブルの上に戻した。


 春樹はようやく顔を上げ、その様子を見ている。朱莉は視線に気づいたようで、春樹と目を合わせると、ニコッと微笑んだ。


「緊張してるの?」

「え?」

「お父さんから聞いたよ。初めてなんだって?」

「あ、はい。そうなんです」

「ふふ……私には弟が居て、気になる男性も年下だから、年下の扱いは慣れているし、緊張しなくても大丈夫よ」


 春樹はそれを聞いて安心したようで、安堵な表情を浮かべる。


「ありがとうございます」

「いえいえ」

「それで、石田さん。今日はどういった御相談で?」

「朱莉で良いわよ。それとも弟みたいに朱ネエにする?」と、朱莉はいたずらっぽくそう言ってニコッと笑う。


「えっと……慣れてきたら朱莉さんで」

「ふふ、分かった。相談っていうか、ちょっと話を聞いてもらいたいことがあって」


 ――朱莉が話した内容は本当に相談というより世間話に近かった。気さくに話す朱莉に安心したのか春樹は無理せず素直な気持ちで受け答えしているようだった。春樹の表情は歪むことなくずっと穏やかで、朱莉がお客さん第一号で良かったと思っているようだった。


「あの……ちょっと質問、良いですか?」

「なに?」

「今日の話を聞いて、ふと思ったんですが、石田さんから告白する事は考えていますか?」

「んー……」と、朱莉は口に指を当て、考える仕草をする。


「やっぱり男性からして欲しいから、待っちゃうかな」

「あー、やっぱりそういうもんですか」

「でも、どうしても気持ちが抑えられなくなったら、しちゃうかもね」

「なるほど……」

「――あ、もう直ぐ30分になるね」

「あ、本当ですね。すごく早く感じました」

「私も」


 朱莉は椅子に掛けてあった黒いハンドバッグを手に取ると、黒の財布を取り出す――お金を取り出すと「はい、これ」と、料金を差し出した。春樹は受け取り「ありがとうございます」


「いえ、こちらこそありがとうございました」と、朱莉は言って立ち上がり、そのまま玄関へと向かった――玄関から出ると、クルッと春樹の方を向く。


「また予約しますね」

「あ、はい。ありがとうございます。待ってます!」


 朱莉は春樹に向かって手を振り、ニコッと微笑むと、玄関のドアを閉めた。春樹は満足してくれた喜びと女性と話せた喜びに浸っているのか、ニヤニヤしてドアを見つめていた


「最初は嫌だったけど、親父の手伝いをして良かった」



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