表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

今まで意識していなかった幼なじみと、ずっと意識していた幼なじみ

作者: むい


「南条くんってさ」


「うん」


「六郷さんと、付き合ってるの?」


 クラスメイトの野原さんに、そんなことを訊かれた。


 ただそれは、取り立てて珍しい質問ではなくて。


 過去、今までに何度も、色んな人に訊かれてきたことだ。


「ううん。付き合ってないよ?」


 なので俺の答えも、全く同じものになる。


 彼女が名を挙げた相手――六郷唯は、俺の幼なじみである。


 昔から一緒にいるという贔屓目を抜きにしても、彼女はもの凄く可愛い。


 性格はおとなしく従順で、三歩後ろを付いてくるタイプ。


 控えめで家庭的な子なので、そこらへんの美人などよりも、ある意味で圧倒的に男受けする子だったのだ。


 ただ、俺は唯とずっと一緒にいたからか、どうにも幼なじみ以上の感情を抱けない。

 それはたぶん、唯も一緒で。


 だから昔から、仲良しの家族のように振る舞ってきた。


 野原さんは云う。


「ふぅん……。じゃあ南条くんは、六郷さんが他の男子と付き合っても、何とも思わないんだ?」


 クイクイと指を指す先には、今まさに男子に告白される唯の姿があった。


「……唯は、お断りすると思うよ?」


「信頼してるんだ?」


「いつものことだからね」


 遠目に見える幼なじみは、控えめでも、しっかりと首を振って拒絶をしていた。


「ほらね?」


「成程。彼女のこと、よく見てるんだ? ――ついでに訊くけど、あの子、もの凄くモテるのに、どうして彼氏を作らないの?」


「…………はて? 何でだろう?」


 云われるまで、気付かなかった。

 そういえば唯は、どうして恋人を作らないのだろうか?


 クラスメイトは微笑する。


「六郷さん、案外、好きな人でもいたりしてね?」


「――――」


 野原さんの言葉に、何故だか胸が詰まった。


「ねえ、南条くん」


「何、野原さん?」


「貴方は、好きな人はいないの?」


「…………」


 俺は少し考えて。


「いないよ。そんな人」


 そう答えた。


「――そう……っ」


 野原さんは何故か口元をほころばせたけれど、俺の視線は、唯に向いていた。




※※※




「こーくん。今日は耳掃除をするね?」


 あの後、校門で待ち合わせしていた唯と一緒に家に戻ってきた。


 両親が不在な我が家の平和は、小学校高学年の頃から、唯が守ってきた。


 掃除も、洗濯も、朝夕のご飯だけでなくお昼のお弁当も。

 全部唯がやってくれている。

 有り体に云って、俺は寄生虫だった。

 唯がいないと、まともに生きていけない身体なのである。


 今俺は、幼なじみの太ももに頭を乗せている。


 細いのにむっちりとした、魅惑の太ももだ。

 唯に『そういう感情』を持っていない俺でも、この太ももと、そして学年で一番大きいと噂されている一部分には、どうしても目が行ってしまう。


 耳掃除をされながら、俺は先程の野原さんの言葉を思い出す。



 ――六郷さん、案外、好きな人でもいたりしてね?



 もしもそうなら、俺が今、当たり前だと思っている環境も、いずれ全て無くなることになる。


 唯の性格だと、仮に彼氏が出来ても俺の世話を焼こうとするかもしれないが、そうなったときはちゃんと断らないといけない。


(そうすると、唯の『全部』は、その男に向けられるのか……)


 美味しい料理も。

 お日様のような笑顔も。

 この、ぬくもりも。


「……なあ、唯」


「……ん~? どうしたの、こーくん?」


「お前今日さ、告白されてただろ?」


「え、う、うん……」


 ちょっと云い淀む幼なじみ。

 片目を開けると、嬉しくもなさそうな顔が見えた。


 俺の視線を受けると、唯は何故か必死になって云う。


「あ、あの……っ。わ、私、ちゃんと断ったから……っ! そ、そういうの、全部断るから……っ!」


「ああ、うん。知ってるよ。唯は今まで、そうしてきたことを。――告白されるのって、やっぱ面倒?」


「えと……。『面倒』って云うのは失礼だけど、断ることが決まっているから、時間がもったいないなとは思う、かも……」


 断ることが(・・・・・)決まっている(・・・・・・)


 それはつまり、野原さんの推察通りに、『好きな相手』がいるということなのだろうか。


「唯」


「なぁに、こーくん?」


「唯って、好きなヤツいるの?」


「――っ」


 息を呑む気配がした。


 見上げる顔は、真っ赤になっている。


「そうか……。いるのか」


「う、うん……。いる、よ……?」


 絞り出すかのように、彼女は答える。


 何だか、胸がザワザワとした。


「わわっ!? こーくん、いきなり起き上がったら、危ないよっ!?」


 身体を起こした俺は、幼なじみを見る。


 ずっと一緒にいたこの子は、もうとっくに、恋をしているのだと思い知った。


「こ、こーくん!? どうしたの、お胸を押さえて!? も、もしかして、どこか具合が悪いの……!?」


 心配そうに見つめてくる唯。


 こんな表情も、いずれ他の男のものになるのか。


「こ、こーくん……? 大丈夫……?」


「ああ、うん。唯に好きな男がいるって知ったら、何だか胸が苦しくなった」


「――ふぇっ!?」


 ぽろりと、耳かきを落っことす唯。


 その顔は、不思議に赤い。


「こ、こーくん、ま、まさかそれって――」


「ちょっと待って」


 俺は手で制す。


 胸のざわつきも幼なじみの言葉も気にはなるが、その前に確認したいことが出来た。


「唯、ちょっと頼みがあるんだけど」


「う、うん……。何かな……?」


「えとさ……。『彼氏が出来た』って、云ってみてくれない?」


「え? えぇ……っ? ど、どういうことかな、こーくん?」


「ちょっとした実験だ。――そうだな。今日告白されたのが、唯の思い人と仮定して、それを俺に報告する感じで」


「それ、設定的に色々おかしいよ……」


「え、おかしい? 何が? どこが? どうしてさ?」


「あ、ううん。何でもないっ。何でもないよ……っ」


 唯は赤い顔でブンブンと手を振って。


 それから、上目遣いに俺を見る。


「えと、じゃあこーくんに、私が好きな人から告白されたって云えばいいんだね?」


「うん。お願い」


「うん……」


 唯は咳払いをし、それから瞳を閉じた。


 再び、幼なじみの頬が朱色に染まる。


 好きな相手を思い浮かべているのか、花のような笑顔になった。


(唯に、こんな顔をさせるヤツがいるのか……)


 やっぱり胸が、とても苦しい。


「あのね、こーくん……」


「う、うん……」


「私、今日、告白を受けたの……っ。ずっと好きだった人に、告白して貰えたの……! 私、恋人が出来たんだよ……?」


「――――っ」


 ズキンと、胸が痛んだ。


 同時に、ポロポロと涙がこぼれる。


「こ、こーくん……っ!?」


 唯に、恋人が出来た。


 そのことが、とてもショックだった。


(ああ、そうか――)


 今気付いた。


 俺、唯のことが、好きだったんだ。


「こーくん、どうしたの……!? 大丈夫……っ!?」


「だ、大丈夫……。いや、やっぱ、ダメかも。予想以上に、ダメージでかいわ……」


「え? だ、だって、これ、嘘の報告だよ……!?」


「でも、唯には好きなヤツがいるんだろう? 俺、それが悔しいみたいだ……」


「こーくん、それって――」


 俺は泣きながら頷いていた。


 情けなくて、恥ずかしい。


「俺、お前のことが好きみたいだ……っ」


「――――っ」


「でも、お前には、もう好きなヤツがいて……。急にこんなこと云われても、迷惑、だろうし、気持ち悪いだろうし……っ。だけど……っ。だけど……っ」


 言葉が上手く続かなかった。


 こんな思いをするくらいなら、もっと早くに自分の気持ちに気付けたら良かったのに。

 失恋で自殺する人がいるっていうのを、理屈じゃなくて感覚で理解できた。


「こーくん」


 ふわりと。


 俺の頭を、幼なじみは抱きかかえた。


 柔らかい感触が、暗く荒れた心を包み込んでいる。


「こーくん。私、確かに好きな人がいるよ? この世で一番――ううん。ただひとりだけの、大好きな人」


「…………っ」


「私は、その人以外と生涯付き合うつもりはないし、その人以外の思いに応えるつもりもない」


「――――」


だから(・・・)、安心して? こーくんが泣く必要なんて、どこにも無いんだよ?」


「……え」


 顔を上げた。


 そこには、耳まで真っ赤にした幼なじみが、ジッと俺を見つめていて――。


「じゃ、じゃあ、まさか――」


「えと……。そういうこと、です……」


 やっぱり恥ずかしいのか、唯は俯いてしまう。


「俺の、こと、が……?」


「鈍すぎだよ、こーくん……」


「…………」


 腰が抜けた。


 もう座っているのに、腰が抜けてしまった。


 そんな俺に、唯は這うようにして近付いてくる。


 そこにあるのは、いつものほんわりとした顔じゃなくて。

 もっと別の、大人な顔で。


「こーくん?」


「は、はい」


「こーくんは、自分の気持ちに気付きました。私の思いも知っちゃいました。――その上で訊くよ? こーくんは、どうしたい(・・・・・)のかな?」


「ど、どう、とは……?」


「私との関係。幼なじみのままで良いの? それとも――もっと親しくなりたい?」


 これは、本当に唯なのだろうか。

 いつもよりも、ずっと艶っぽい。

 こんな表情を、この子は出来たのか。


「幼なじみのままだと、いずれ誰かに、盗られちゃうかもしれないよ?」


「い、イヤだっ!」


 反射的に答えていた。


 唯は、くすりと笑う。


「なら、大切な言葉を、云って欲しいな? それとも、私からのほうが良い?」


「――――」


 選択肢なんて、どこにもない。


 息を大きく吸い込んだ。


「唯」


「うん」


「お、俺と……。俺と、付き合って下さい……っ」


「はい……っ」


 その言葉に、幼なじみは花のような笑顔で頷いた。


 それはついさっき嫉妬を覚えた、あの笑顔だったのだ。


「やっと、こーくんと恋人になれた……。幼稚園の時から、ずっとだったよ……」


 そんなに前から。


 唯は泣いていた。

 泣きながら、俺に抱きついていた。


「ちなみに、こーくん」


「う、うん……」


「もしもこーくんが『幼なじみのままが良い』って云っても、私は誰にも盗られなかったから、そこは安心してね?」


「え? で、でも――」


「云ったでしょ? 付き合うつもりがあるのは、生涯ただひとりだって。私、こーくんに選んで貰えなかったり、他に彼女が出来たら、ずっと独り身でいようって決めてたんだよ」


「何で、そこまで……」


「それだけ好き――なんだよ。こーくんのこと。……こーくん以外は考えられないし、考えたくない。私の――六郷唯の人生は、それだけで良いんだって、心の底から思ってる。そう思えるだけの『想い』を、こーくんには貰っているの」


 へにゃっと笑う唯の顔には、それでも明確な決意があって。


 俺は自分の情けなさに、泣きそうになった。


「こんな風に思ってくれてる子の気持ちに気づけなかったなんて、俺はバカだ……」


「こーくんは鈍いからね。でも私は、そんなこーくんも好きだよ?」


「こんな良い子に、俺は――」


「それは違うよ、こーくん」


 唯は、真顔になった。


「私、全然良い子じゃないよ?」


「……え?」


「私ね、とってもやきもち焼きで、独占欲が強いんだよ。だから今まで、こーくんの周りに、女の子がいなかったでしょ?」


「それって、まさか……」


「うん。私が『排除』してました。こーくんって、自分が思っているよりずっと、色んな子にモテてるんだよ?」


「本当に……?」


「うん。たとえば中学の時の先輩とか、美術部の同級生とか、図書委員の後輩とか」


 それは、俺が仲良くしていて、ある日を境に急激に疎遠になった人たち――。


「こーくんは、こんな私を軽蔑する?」


「い、いや……。そこまで思って貰えて、嬉しいよ……」


 でも、だったら唯は、何でもっと早くに告白してこなかったんだろう?


 そんな胸中の疑問を読んだかのように、唯は苦笑する。


「こーくんが『自分の気持ち』に気付いていない段階で私が告白したら、きっと失敗したから……」


「…………」


 云い返せなかった。

 

 まさに、その通りだと思った。


 もしも『今日以前』の告白であったら、


「幼なじみとしか見れない……」


 そんなふうに、断ってしまったかもしれない。


 そうなっていたら、俺たちの関係はどうなっていただろうか?


 唯はそれでも俺を愛してくれたかもしれないが、俺のほうが、きっと距離を置いてしまったことだろう。

 そして、いずれそのことを後悔したに違いない。


「敵わないな……。何もかも、唯の掌の上か……」


「絶対に、欲しい人だったから」


 唯は笑った。

 清々しいくらいに、恋愛に貪欲な子だったなんて、知りもしなかった。


 ただの幼なじみから『恋人』になった少女は、俺の瞳を、ジッと見つめる。


「これからは、もう悩まなくて良いんだよ。私も、こーくんも」


「…………っ」


 そっと。

 唯は身体を俺に預けてくる。

 温かいぬくもりと、甘い香りが鼻孔をくすぐった。


(唯って、こんなにエロい身体してたんだ……)


 思わず、喉を鳴らしてしまう。


 今までも魅力的だと思っていたが、『意識』してからだと、よりいっそう、スタイルの良さが際だって見える。

 大きな胸も、細い腰も、むっちりとした脚も。

 そのどれもが、蠱惑的だった。


「こーくん、学校の男子たちと、同じ目をしてる」


「わ、悪い……っ」


「ううん。良いの。嬉しいから」


「う、嬉しい……?」


 声がうわずってしまう。


「だって『そういう目』をするってことは、私を魅力的だと思ってくれているってことでしょう? こーくん以外に見られるのは凄くイヤだけど、こーくんに見られるのは、とても嬉しいの」


 誘うような視線を向けてくる俺の恋人。


 手を出してしまって、良いのだろうかと葛藤する。


「こーくん」


「う、うん」


「こーくんは、今日意識してくれたみたいだけど、私は『ずっと』だよ? 何年もお預けを喰らってたから、私のほうが、我慢できそうにないの……」


 だから、と唯は潤んだ瞳を向けてくる。


 俺はそっと、幼なじみを抱きしめた。




※※※




「こーくん。耳かきの続きするね?」


 そうして、夜になった。


 今俺は、耳かきの続きをされている。


 けれども数時間前とは、『関係』がまるで違って。


「ねえ、こーくん。私に要望があれば、何でも云ってね?」


 耳かきをしながら、そんなことをいう。


 非の打ち所のない幼なじみに、云うことなんて無いのにさ。


「やって欲しいこと以外でも、だよ?」


「たとえば?」


 幼なじみは、自分の髪を触る。


「外見とか。私ってセミロングだけど、もっと長いほうが良いっていうなら伸ばすし、逆に短いほうが好みなら切るし。髪色だって、今までは全くいじってなかったけど、染めたり脱色するほうが好みなら、そうするよ?」


「そこまでするか?」


「するよ。大好きな人の要望だもん。女の子は、彼氏が出来ても自分のスタイルを崩さない人もいるけど、私は逆。好きな人の望む姿になりたいと思う。こーくんの色に、染められたいって思うかな……?」


 今までも散々尽くしてくれていたけど、まだ本気を出していなかったのか、唯は。


「服装だってそう。こーくんの望むままだよ? たとえば、もっとスカート短くしても良いし」


 制服の裾をつまむ幼なじみ。

 思わず、目を閉じてしまう。


 誤魔化すようにして、俺は呟く。


「ゆ、唯はどうなんだ……? 何か俺に、望むことはないのか?」


「そうだね、あるよ?」


「あるのか? どんなことだ?」


「それはね、えへへ……」


 ちょっと照れくさそうに、彼女は云う。


「今までは、『ただの幼なじみ』だったから。だからこれからは、誰かに私たちの関係を訊かれても、胸を張って『恋人』だって、云って欲しいかな?」


 それは、今まで冷やかされてきた言葉。


 唯はそこに、明確な答えを出したかったのだろう。


「――わかった。というか、俺もそうしたい。もう、唯が誰かに告白される姿を見たくない」


「それは、私もかな?」


「おいおい。俺は今まで、誰かに告白されたことなんて無いぞ?」


「私が守っていたからね? でも、それだけじゃ不足だから」


「不足?」


「うん。明日、野原さんに云ってあげるんだ。――私のこーくんに、近付かないで下さいって」


「え? 野原さん? 野原さんって――」


 遮るようにして、唯は俺に口づけをする。


 呆然とする俺に、彼女は笑った。


「云ったよね? 私、独占欲が強いって。こーくんのことは、誰にも渡さないんだから!」


 この先もずっと、きっと俺は、唯には敵わない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろいです! 唯の策士ぶりがたまらなく良いですね
[一言] すごく....いいです.... 何と言いますか刺さってきます....
[良い点] たまには駄々甘系もいいですねー [一言] いつの野原さんが後ろから現れるかヒヤヒヤした(ホラー系ヤンデレ慣れ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ