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ティータイム

----異世界転生検問所―----








フリーニックは純白の世界の中でのうのうとコーヒーを飲み干した。

純白の世界というのは別に言葉の綾というわけではない。

ここは本当に正真正銘何もない純白の世界なのだ。

そんな浮世離れした光景は360度どこを見渡しても地平線の限り続いている。

それどころか、空でさえ真っ白だ。一般人にとってはこれが『非日常』とやらと解くのであろう。

しかし、フリーニックにはその感覚がわからない。

なぜなら、生まれた時から今の今までフリーニックはずっとここで過ごしてきたのだから。

要するに、ここはフリーニックにとっての故郷なのだ。

そして、その横にいるスージンにとってもそれと同じことが言えるのであろう。

この二人はある使命のために、今日も殺風景の世界の中で過ごしているのだ。


「ねぇー。暇だよぉ~。スージンー」


身長の割には少し大きめの椅子をガタガタと揺らしながら、まるで子供のようにスージンにすがった。


「知りませんよ。勝手に暇をつぶしてください」


そんなフリーニックをスージンは無愛想な態度で振り払う。

しっかりと後輩押し付けておかないとなとフリーニックは改善点をスージンの方向に向けて、おもむろにため息をついた。

そのため息が引き金になったのか否かは知らないが、とにかくフリーニックの頭にはある考えが浮かんだ。


「そーだ!!チキンドリア食おう!」


発想の成り行きなんてどうでもいい。

フリーニックのモットーは思い立ったらやる。なのだ。

スージンはやれやれって感じの顔をしているが、別に何か注意するというわけでもなかった。


(もしかして、呆れられてるのかな?いいや、そんなわけはない。フリーニックは尊敬されてこそのフリーニックなのだから、呆れられるなんて地球の自転が止まってもありえないはずだ)


謎に変な自信を持ったフリーニックは悠然とした顔つきで目の前のアツアツのチキンドリアを生み出した。フリーニックにとってみれば、チキンドリアを出すことなんて朝飯前なのだ。

湯気が黙々と立ち上がっているチキンドリアにスプーンを入れ込んで、すくったチキンをいかにも、熱そうな口使いをしながら頬張った。


「うっーわっ!!うまっ!スージンも食う?」


「いや、いいです」


目にも留まらぬくらいの即答であった。

フリーニックにはなぜこんなにも美味しいものを食べたいと思わないのだろうかという疑念しか浮かばなかった。


「えー…こんなに美味しいのに…」


フリーニックは少し寂しそうにチキンドリアを覗きながら、また一口チキンドリアを食べるためにスプーンを進めた。

ただ、無言でひたすらにフリーニックがチキンドリアを食べていると、唐突にどこからか鐘が鳴った。


「客ですよ。フリーニックさん」


とスージンは言う。

そう、これはスージンの言うとおり、客が来た時の合図だ。

鐘の音は何回か反芻されて、澄み渡るように響いた。


「そうか…だるいな」


フリーニックはそう言いながら食べ進めていたチキンドリアをどこかに消した。

そして、とりあえず足を組んだ。

今から来るのは第639人目の客。全然、メモリアルでも何でもない客が来るのだ。

客が来る際の緊張感などはこの仕事をやっているうちにどこかに置いてきてしまった。

よって、今この場に残っているのはこの上ないめんどくささのみ。

だから、フリーニックは足を組んだのだ。

面倒くささを自分なりに体現しているのだ。

スージンは相変わらず同じ体勢で客を迎える。

と、ここで前ぶりもなく一人の男がこの純白の世界に現れた。

その男は目の前に起こっている現実に理解が伴っていないかのようにとても動揺している。

いつもここに現れた人々はそんな反応をする。

もう、飽きたんだよな。


「ようこそ、異世界検問所へ」


フリーニックは雑に歓迎の意を示す。

フリーニックにとって見れば、こんなもの形式的なものに過ぎないのだ。


「え…えぇっ!?」


男は先ほどよりも数段挙動不審の度数が上がった。

まるで、動揺の収束が見えないかのように-。


「はぁ、もうだから面倒くさいんだよ。この仕事は」


「フリーニックさん…客の前でそんなこと言わないでください」


スージンは小声でそう言いながらクリニックを睨んだ。


「どどど…どこなんですか?ここって…」


男は震えた声で二人に質問した。

これが正常に作動しない頭から生み出すことができる最高の質問の内容なのだろう。


「だから、さっき言ったでしょ?ここは異世界検問所なんだって」


「異世界検問所…」


この男にどうしても教えてあげたい。瞬きを忘れてるって事を…

それほど、ここがありえない場所だっていうことなんだけど。


「そ、異世界の検問所」


「もう少し詳しく言うならば、ここは現実世界と異世界の仲立ち、仲介をしています」


スージンは資料を読みながら情報を付け加えた。


「な…なんで僕がここに…」


男は何度も何度も首を振って、純白の世界を見渡した



「なんでって、君が望んだからに決まってるでしょ?」


フリーニックは指の体操に全神経を集中させた。

もちろん、男は目線にさえも入っていない。


「え?僕が…?」


「スージン、説明してやって」


フリーニックは説明は投げやりにして、スージンに押し付けた。


「誠に不本意ですが…分かりました」


スージンは男の方向に体を向けた。


「ここは、異世界にこれから行く人が来る場所です。そして、逆を言えばここには異世界に行く人しか来ないということになります」


男はこくこくとうつむきながらスージンの話を黙って聞いている。


「異世界に行く人の共通条件として、異世界に行きたいと思っているというものがあります。すなわち、ここに来る者は消去法で考えても、異世界を夢見てい

るものしかいないのです。」


「そう…なんですか…」


「はい。なので、あなたは少なからず異世界に行きたいと思っているはずです。何よりもここに来ているという事実がそれを裏付けてますから」


スージンは一通り話し終えると「以上です」とだけ置いてまた無表情を極めた。

それと相対するかのように、男はより感情的に俯いた。何かがそいつの心に刺さったのだろう。

フリーニックは真っ白な空を見上げた。

とても飽きたのだ。この空気が。


「で?何で来たんだよここに」


フリーニックは依然、空を見上げながら男にそう言った。

男は落ち着きを取り戻したものの、今度はずっと黙り込んで何も話そうとしなくなってしまっていた。


「チッ…なんだよ。スージン、プロフィールはどうなってんのか?」


フリーニックはスージンにそう言う。


「はい。資料を見る限り、この子は輝 順二。年齢は16歳。高校一年生くらいだと思ってもらえれば。そして、母親は料理教室の講師。父親はベンチャー企業の社長。みたところ、経済面ではあまり困っていなさそうです」


「そうか…」


すると、ここで順二がこぶしを握り締めながら、口を開いた。


「僕…強くなりたかったんです…」


「は?強く?」


フリーニックは頬杖をつきながら話を聞いている。

目線は順二の顔には向いていない。その順二が首からかけている半分ハートのネックレスに目線は向いていた。


「そうです……僕、彼女を奪われちゃったんです」


順二は下唇を噛んでとても悔しそうにしている。

心中お察ししたいところだが、クリニックには彼女という概念が元々ないので感情移入のしようがない。


「そうか…それは残念だったな」


よって、フリーニックは棒読みでそう答えた。

スージンは無反応のままでこの話をもう少し掘り下げようとした。


「詳しく教えてくれませんか?その話のこと」


「……分かりました」


順二は意を決したかのように事情を話し始めた。


「あれは…今年の4月のことでした」


「ちょ、ちょっと待って。4月っていつのこと?」


フリーニックは話に割り込んだ。

ここには物理的時間は流れていない。

例え、流れていたとしてもそれが現実世界と同じ感覚なのかと言われると全くの皆無なのである。

つまり、4月と言われてもフリーニックにとってはちんぷんかんぷんなのだ。


「そこを拾ったらキリがありませんよ。フリーニックさん…さぁ順二さん、先ほどの話の続きを」


「えーと…はい。その頃のある日、僕とその彼女は夜道を一緒に歩いていました。そこで少しいかつい男の人と出会ったんです。その男の人は僕に「お前のオンナをよこせ」と言ってきました。もちろん、始めは抵抗しました。ですが、僕はその男に殴られて気絶してしまったんです。そして、目が覚めた時には-」


「いなくなってたってことだな」


フリ-ニックはシャツのボタンで手遊びをしながらそう言った。


「…はい。とても悔しかったです。僕がもっと強ければ彼女を守れたかもしれないと思うと……この上なく胸が苦しくなるんです」


順二はほろりほろりと涙を流し始めた。

まぁ、そうか。そうなるのか。

最愛の人が前触れもなく奪われたのだから。それも半ば自分のせいで…


「あの日のことは今も鮮明に覚えています。周りを見ても誰もいないんです……居るはずの人がいなくて………僕が…………弱いがために…」


「OK !大体分かった。もういいよ」


フリーニックは髪の毛をいじりながら言った。

順二は止まらない涙を出来る限り拭っていた。

でも、やはり次から次に出てくる涙の洪水は止められない。

そんな順二を差し置いて、フリーニックは勝手に話を進め出した。


「強くなりたいんでしょ?君。なら、ラッキーだよ。よかったね、ここに来れて」


順二は目を丸くしている。

そんな順二にフリーニックはメニュー表を投げ渡した。

順二はかろうじてキャッチしたのだが、これまた不思議そうな顔をしながら順二はそのメニュー表を眺めている。


「これは異世界転生メニュー表です。ここの中から転生したい場所を選ぶことができます」


スージンの説明に順二は無言で反応した。


「でも、君強くなりたいんでしょ?」


フリーニックは順二にそう尋ねた。


「……はい…そうですが…」


「じゃあ、【俺TUEEEE!セット】で決まりでしょ」


「あの……まだ…転生するって実感わかないんですけど……」


順二はメニュー表に目を通しながら困った顔をしている。


「大丈夫だって。みんなはじめはそうだから」


「でも…」


「強くなりたいんじゃないの?」


フリーニックは先ほどまでの軽薄さをまるで感じさせないような冷たいトーンでそう言って、順二をギロリと見つめた。

順二は何かに気付いたようにはっとする。


「……そうです…そうですよ!僕は強くなりたいんです!」


フリーニックには分かる…

順二は心の奥底で貪欲に強さを求めているということを。


「よしきた。じゃあ、君は異世界転生して強くなるんだ」


「……分かりました!」


順二にはもう先ほどの動揺は見られない。

では、【俺TUEEEEセット】でよろしいでしょうか?

スージンは何も変わらないテンションで順二に言った。


「…いや…あの…。欲を言えば、元から強いのじゃなくて、どんどん強くなっていきたいんですけど…」


順二は申し訳なさそうに頭をかく」


「そうですか……でしたら、【魔界村人成長セット】はどうでしょうか?」


スージンの説明に合わせて、順二はメニュー表に目を移す。


「あ…メニュー表にありました。………いいですね、これ」


「まぁ、そうでしょう。2番人気の転生先ですからね」


スージンは少し得意げに言った。


「じゃあ……ここに決めます」


順二はキリッとした目つきで二人を見つめた。

初対面の時とは印象が全く違う。

もしかするとこの男は世界で無双するのかもしれないと思わせるほどだ。

どれもこれも、順二の後悔から生まれてきたものだ。即ち、後悔というものは成長する上でのスパイスなのだろう。


「分かりました。では、手続きに参りたいと思います」


「手続き…?」


順二は首を傾げる。


「はい、異世界に行くためには色々と準備が必要で…」


「そうなんですね…」


「はい」


「では、注文の確認をします。あなたのご所望は【魔界村人成長セット】でよろしいのですね?」


「はい」


順二はコクリと頷いた。


「わかりました…よろしいのであればキャラクター選択に移ります。キャラクターはこのセットだと、【主人公】、【ヒロイン】、【主人公の友人】、【モンスター】、【魔王】の中から選べます」


「順二は主人公でいいんだろ?」


フリーニックは革靴を磨きながら言った。


「はい!」


順二は雲ひとつない晴れた表情で返事をした。


「了解いたしました。では、次にリスポーン地点の設定を-。」


そのような調子で順二は細かい設定を済ませていき、やっとのことで手続きを終わらせることができた。


「ふぅ…結構やること多いんですね…異世界転生する前って」


順二は汗をぬぐった。


「そうでしょ?だから面倒くさいのこの仕事」


フリーニックは呆れ顔で両手を広げた。

そもそもあまりやりがいを感じないのだ。この仕事に。


「とにかく、手続きは終わらせましたのであなたはもう、今すぐにでも転生することができます」


スージンは順二にそう言った。

すると、順二は何か感慨深そうな顔をして言った。


「僕は……僕は絶対に強くなります!」


この言葉はフリーニックとスージンに向けて言った言葉ではないはずだ。そう、これは自分に向けた宣言なのだろう


もう、これ以上負けたくないから。

もう、これ以上後悔したくないから。

ここで自分を鼓舞したのだろう。

それを汲み取ったフリーニックははっきりとした口調でこう言う。


「男に二言はないよな」


順二はこれまで以上にきりりとした目つきで言い放つ。


「はいっ!絶対にですっ!」


こうして、第369人目の転生者は未開の地へ旅立って行った。


第1話 ~fin〜

「異世界転生検問所」を読んで下さり、ありがとうございましたー!

もし、この作品が面白いと思われた方がいれば、是非、評価、ブクマ登録お願いしますっ!

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