筋肉という名の美
ギルドから北に移動して鍛錬所の建物にある両開きの扉その扉に手を当てて押し開いたが、しかしそこで俺にはひとつの疑問があった、昨日の叫び声が全く聞こえなかったのだ。
不思議に思いながらも開いた先を見ると昨日いた男たちは誰一人いなかった、今日は休みか?
「いらっしゃいませ! 昨日来て下さったコウさんでしたよね?」
声の方を見ると初めて来たときにサイモンさんを紹介してくれた女性が立っていた、そういえば客として来たとはいえ、担当をしてくれたんだ、礼ぐらいは言うべきだと思いとにかく挨拶をした。
「昨日はありがとうございました、それで今日も鍛錬をお願いしたいのですが」
「いえいえ、気にしないでくださいね~仕事ですから! 鍛錬ですね、コウさんは2回目でハウルまでですので銅貨3枚になりますがよろしいでしょうか?」
事前にラミアスさんから聞いていた通りの額で内心ほっとしながらも大丈夫です! と答えた俺は手持ちの銀貨1枚を俺に託してくれた二人に感謝をしながら手渡した。
「お釣りを持ってきすので少々お待ちくださいね~!」
そういいながら移動しようとする彼女に俺はあの人の居場所を先に聞いてみた、戻って来るまでに挨拶ぐらいはしたいと考えたからだ。
「すいません、サイモンさんはどちらにいらっしゃるのですか?」
「サイモンさんですか? 彼ならあちらに……」
そういいながら指を刺した彼女なのだがなぜか少し困ったような顔をしていた。
「なんだあれ?」
指のさした方を見ると何もないようにはじめは見えたのだが、昨日と違い何故か像が5体あることに気がついた。
あんなもの昨日はあったか? などと思いながらも近づきながら像を見ると、上半身裸のその5体の像は中央にいる者を称えるように4人の像が片膝をつき、手を伸ばし、中央の像は両手を上に上げ、視線は天を見ているようだったが目は閉じていた、どこか見覚えがあるようなその像達はとても神々しく見え、何故か引き込まれるようだ。
特に中央の像、その像はとてもすばらしかった。
鍛え上げられた筋肉。
自身の存在を主張するかの様な気品さ。
見る者を魅了するような美しさ。
あぁ………あれは………
サイモンじゃねぇか。
何やってんだこの人……話しかけてもいいのか? と思いながらも像達は微動だにしていないのだ、声をかけなければ先には進まないと声をかけた。
「サイモンさん、昨日はありがとうございました! 今日も鍛錬をお願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言った俺の声を聴き、サイモンさんは薄目を開き、俺を見ると。
「貴様のハウルをわれらに捧げよ」
そう一言言うとまた目を瞑り、黙ってしまった。
ハウルを捧げよとはおそらく昨日鍛錬したハウルの出来を見せてみろ、ということだと判断する。
万全ではないにしてもある程度までは声も戻っている、なら言われた通りにやるしかない! と俺は腰を落とし、腕を脇に添え、大きく息を吸いあらんかぎりを叫んだ。
「あああああぁぁぁぁ!!!!!」
喉に痛みが走る。
当然だ、万全ではないのだ、しかしやれ!と言われれば今の俺はやるしかない。
息を吐ききった俺の声は徐々に細くなり止まってしまった。
全力のハウル、それなりに声は出たはずだ!そう思いながらも像を見ると、中央の像は相変わらず天を見ていたが、両脇にいる4体の像が先ほどの中央を称えるかのような態勢から変わっていた。
こちらを見ながら座り込み、くだらないものを見たという表情で鼻をほじりながらあきれているようだった、おそらく話にならない! そう言いたいようだ。
確かに万全の状態ではない、でもそれなりに声は出ていたはずだ、なのになぜ……そんな少し困った俺の様子を薄目で見ていたサイモンさんは再び口を開いた。
「貴様は宿で何をしていたのだ? 確かに我は伝えたはずだぞ」
宿でしていたこと……? 確かにサイモンさんから言われたことをしていたけど、あれって意味あるのか? でも今の言葉はそれをハウルに加えてやれ! と言ってるように聞こえた、このままでは鍛錬なんてできないし、やってみるしかないか。
そう決めた俺は、先ほどハウルを出した態勢のまま目を閉じる。
腹の底から全身に力をみなぎらせていき、体を覆うようにとどめる、そして一気にすべてを解き放つ様に声も出す、いくぞ!!!
「はああぁぁぁぁ!!!!!」
先ほどと同じ様に喉に痛みが走るがやめるわけにはいかない、二人が待ってくれているんだ、ここで止まっている時間はないのだから。
出していた声がやがて息をすべて吐きだし、細くなっていき、声は止まった。
喉の痛みを我慢し、閉じていた目を開け像を見ると両脇にいる4体の像は立ち上がり、腕を組み、うんうんとうなずいていた、そして中央の像は上げていた手を胸の前で組み、上げていた視線を下に戻し俺を見ると口を開いた。
「いいハウルだ、やればできるではないか! よし、鍛錬を始めるぞ! そして……私がサイモンだ!」
「いや知ってます、結局あの宿でやれと言ってたあれはなんだったんですか? ハウルもあれを混ぜてやると合格と言ってくれてましたけど?」
像の真似事をしていたサイモンさんは2回目のハウルに合格点を出し俺の前まで来ていた。
他の取り巻きの4人はサイモンさんが動き出すとどこかえと行ってしまって現在この場所には俺とサイモンさんしかいない状態になっている、何故像の真似事をしていたのかなど聞きたいところではあるが、気になるのはやはりあれだろうと思いサイモンさんに聞いてみた。
「ふむ、自身で感じ取れるようになるのが一番いいのだが、今はまだ無理なようだしな、いいだろう説明してやる! 宿でやっていろと言ったあれはな、気功を扱う時の基本動作、というかまともに感じとれない初心者用のものだ、 目を閉じ自身の力の流れを掴み、それを操る、その為の訓練であり、すべての技の基礎ともいえる」
すべての技の基礎、だが技は別に気功が無くても使える、なのに何故そんな事をする必要があるんだろう? ある特殊な行動や動作、そういったものが技と呼ばれるもの、なら別になくてもいいのではないのだろうか……? そんな俺の疑問は続けて説明をしてくれたサイモンさんの言葉で解決する。
「いいか、技に気功を混ぜることはその技の力を引き上げる為の行為だ、コウが1度目に使ったハウル、あれ自体でも技と呼べるものではあるが、私から言わせればあんなものはただ叫んでいるだけだ、気とは目に見えるものではないが感じ取ることはできる、先ほどの像がいい例だ」
とそんなことを言い出すサイモンさんだがあの像に意味があったようには思えなかった。
気というものがあったとしても、像となんの関係があるっていうんだろう?
「コウ、先ほどの像を見てどう思った。」
「どうって……なにやってんだ? とか??」
「ふむ、言い方が悪かったか、両脇にいた4人と、中央にいた私、その違いだ。何かを感じなかったか?」
4人とサイモンさんとの違いそういわれて先ほどの事を思い出す、両脇にいた像とサイモンさんとの違い、それは……
存在を主張するような気品さ。
見る者を魅了するかの如くすばらしい筋肉……
すばらしい………
あぁ……すばらしい………
やっぱりサイモンじゃねぇか。
しかし言いたいことはなんとなくわかったような気がする、サイモンさんが気を使っていたとした場合、4人と比べて存在感、力強さが全然違う。
「どうやらわかったようだな」
俺の様子を見ていたサイモンさんはそういい説明を続けてくれた。
「今回コウに見せたのはただ単に気を体にまとわせたものだ、それを技に組み込むともちろん威力も上がる、そして冒険者として歩み続けるなら必要になるものだ、なにせ敵が弱いのはトリーア周辺だけだ、中級冒険者が集まる町である交易都市エストア、その周辺はこことは敵の強さが全く変わってくる、覚えておいて損はないだろう」
中級とかはまだまだ先の話だろうが今から鍛えておけとそうゆう事なんだろう、それなら俺のやらなければならない事は鍛錬がないときや、宿で休む時に基礎を、気功を鍛えることだろうな。
しかしそうなってくると今日もハウルの修行かな。
「サイモンさん、これからも気の修行は続けていきますね、それで今日も鍛錬をお願いしたいのですが、ハウルでいいのでしょうか?」
「いや、ハウルに関してはもう教えることはない! あとは練度を自分自身で上げていけばいい! 今日はタンクとして最前線に立つ際に役に立つ技、シールドバッシュを教える! 準備はいいか!!」
すごい気合だ、俺も気合を入れてついて行かないと!
「はい!! いつでも行けます!!」
「よし! でははじめるぞ!!! 盾を構えろ!」
「ありません!!!!」
「ん?」
「ん??」
「――――」
「――――」
重い沈黙が二人を包み込み、その状態を離れたところから見ていた鍛錬所の女性はそこだけ時間が止まっている様に感じていた。




