ハウル
汗が舞い上がる。
熱が伝わる。
匂いが立ち込める。
そして男達が舞い踊る。
あぁ、………男臭い。
扉を開いた俺は立ち止まり、その光景に動けずにいた、タンクとしての技を得るためにこの場に来たはずだ、それが何故こうなった?
マジェ、カッチェ、そしてじいちゃん、俺、今日大人の階段を上がるかもしれません。
目の前の現実を受け止める事が出来ずに立ち尽くす俺に誰かが近づいて、声をかけてきた。
「ようこそ~! 男達の鍛錬所へ! はじめての方でしょうか~?」
その声を聞き、現実へと意識が戻った俺はすぐ近くに女性が立っている事に気づき、質問をされたのだと思いだし、返事をする。
「あ、すいません! ちょっとぼっとしてました、来るのは初めてです、ギルドカードを提示すると初回は無料だと聞いてるのですがあってますか?」
大事な事だ、金に汚いと思われるかもしれないが今の俺には死活問題なのだ、確認は必要だ。
「はい、初回の方は無料とさせて頂いています! 確認しますのでカードの提示をお願いします!」
袋の中からカードを出し手渡すと、女性はカードの裏を確認した後、いちど頷きカードを返してくれた。
「確かに確認しました、ではまずは中へどうぞ、担当者をご紹介させていただきますね!」
女性はそう言うと手をかざして歩き出し、大勢の男達が集まる場所へと先導する、どうやら担当者がその先にいるという事なんだろう。
熱気が湧き上がる男達の間を触れない様にゆっくりと歩いた先には一人の年配の男性が立っていた、肩幅に足を開き、腕を組み、その目は真っ直ぐに俺を見ていた。
「ご紹介しますね、コウさんの担当者、サイモンさんです! サイモンさんは上級冒険者のタンク職で、クエストやダンジョンの遠征以外の時に指導してくださっています、サイモンさん! こちらはコウさんで、今日初めてここに来た方です! 指導の方お願いしますね!」
女性はそういい歩いて来た道を戻っていった。
この場に残された俺をまだ正面から見続けるサイモン。
どうしたものかと考えようとしてまだ自分から挨拶すらしていない事を思いだし、まずは話す所からはじめてみた。
「はじめまして、駆け出しの冒険者ですが名前はコウといいます! ご指導の方よろしくお願いします!」
「はじめまして、私はサイモンだ、今日一日君の指導をさせてもらう、まずはじめに、呼び方だがコウと呼ばせてもらうがかまわないかな?」
「はい、大丈夫です!」
「うん、では次にコウはタンクの技を学んだ事はあるか?」
タンクの技、俺は町につき、なんとなくで選んだのがタンクという職種だ、何もわからないし知らないのだ。
「いえ、すいません、ありません」
「そうか、わかった。ではまず基礎から始めよう、タンクの中でも大切なこと、仲間を守り、敵を倒す為の技の基礎、ハウル! まずは叫ぶことだ!! さぁ私と共に叫べ! 逝くぞ!!」
え!?ちょっと待って!まだ心の準備が……!!
「あさ、叫べ! あああああぁぁぁぁ!!!」
「あああぁぁ………」
「声が小さい! もっとだ! もっと声を出せ! 腹からだ! さぁもう一度だ! ああああぁあぁ!!!」
「あああぁぁぁ!ゲホゲホ……、喉が痛いです」
「喉が痛いのがなんだ! いいか!! 敵に囲まれた時に痛みのせいで出せなくて、仲間を死なせたらどうする!! 仲間を守れないタンクなぞいる意味はない!!」
確かにそうだ、仲間を、マジェや、カッチェを守る、その為にここに来たんだ!この程度では終われない!
俺は息を限界まで吸い込み全力で叫ぶ!
「あああああぁぁぁぁ!!」
「まだまだ全然足りないぞ! そんなものでは敵を押さえる事なんてできん!! 貴様は喉が痛いと言いながら死ぬつもりか!? そうなった場合貴様の墓標には喉チンコ痛くて死んだ者と刻まれる事になるぞ!」
その言葉を聞き創造して見ると、なんとも情けない墓標が出来上がる、さすがにそれは嫌だな……
「それだけじゃないぞ!! そんな理由で死んだタンクなぞこの場所の恥だ!! そんなもの容認出来ん! 貴様の墓石に刻まれた文字の喉の部分だけを削りとってやるからな! 覚悟しろ!!」
「ふざけんなぁぁぁぁ!!!」
人の墓石になんて事してくれるんだ! 死んでもからも恥をかき続けるなんて流石にごめんだ!
「出せるではないか! さぁもっとだ! もっと叫べ、そしてよく聞け! ハウルとはタンク職の基本技で大声を出して敵の注意を引く為の技だ! 声に闘気、殺気を込め、自分はここにいる! と、俺を見ろ! と相手にぶつけ、敵意を自分に向けさせる。今貴様が行っているのは基礎の基礎! だが基本とは重要なもので、駆け出し冒険者が使うとただの大声でうるさいだけだが、上級にもなると練度が違う! 上級者が使うハウルとは、闘気、殺気だけではなく、怒気、覇気、鬼気を相手に感じさせ威圧し、その場の空気を、空間を支配する! しかし駆け出しが使えば回りからはうるさい! と苦情が出るだろう、だがそこでやめてしまえば終わりだ、回りからは、ただうるさいだけ、大声出して意味があるのか? 目障りだ! といろんな意見が出るだろう、しかし!! 基礎を疎かにする者に先はなし、この言葉が示すとおり、積み重ねた先にこそ、この技の本当の姿はある!」
「そして今から言う言葉をよく覚えておけ! その声天を突き、地を走り、風を震わせ全てを制す、友には力を、敵には死を、その身には不屈の精神を与え、戦いを終焉へと導くだろう」
サイモンさんから伝わってくるハウルという技の説明がこの技の重要性がよく解る、それほどにこのハウルという技が大事なものなんだろう、そのままこの技の修行をしている俺は言われるがままに叫び続け、………力尽きた。
サイモンさんにはこれが身につかない限り他は教えないと言われた、中途半端に手を出しても身には付かないからだそうだ、力尽きた俺に出来ることはなく、今日は帰り、宿で自主練をするように! と言われたことで、初めての修行は一旦終了した。
喉が枯れ、話すことも出来ない俺は言われた通りに宿に戻り、自主練をはじめる、もちろんサイモンさんに言われた言葉を思いだしながらだ。
まずは座禅を組む、目を閉じ、両手は胸の前で合わせる用にし、腹の底から力を全身に巡らせる用にし、体を包み込むイメージ、その状態を留めた後は全身から一気に溜め込んだ物を放出する。
言われた通りにやってはみるが実際は体から何かが出るわけでもなく、見えるわけでもない。
意味があるのか? と疑問を抱きながも続けることしか出来ることがない俺は黙々と一人修行を続けた。
こんな姿は人には見せられない、もし見られでもしたら完全に痛い人だと思われてしまう!
誰も来ませんように!! そう願いながらも続ける修行により今日も夜が更けていく。




