空戦の天使
少し疲れた中型補給船が簡素な港に着く
突き刺すような太陽の光と、粘りつくような空気が南国に来たことを知らせた
「ふぁー、やっと着いた!」
ここは南の島ニューガイヤ
我が軍の最前線基地がある島だ
「船旅は疲れるな、やっぱり空を飛びたい」
本国から輸送機で飛び立ち、途中の基地からこの中型輸送船に乗り換え、数日ぶりに揺れる船底から安定した大地に解放された
ボクは河田のぼる
空を飛びたくて兵役学校では戦闘機乗りを選んだ
先月卒業して入隊したばかりの新人だ
この最前線基地では連日のように戦闘が繰り広げられているという…
いきなり実戦となると、弱気が頭をよぎる…
「と、とりあえず、この基地の中隊長殿にご挨拶しなきゃ…」
最前線基地と言っても、想像してたのとは違い、港のすぐ横は南国の木々ばかり
まるで本で見たリゾート地のようだ
「えっと、基地はどっちだ…」
同乗していた補給船の乗組員たちは、物資を降ろすのに忙しそう
自分の荷物だけ持って、どうしたらいいか分からずドギマギしていると、忙しく積荷を降ろす乗組員たちの向こうから、軍服をまとうイカつい男が歩いてきた
背が高く、真っ黒に日焼けしている
太い眉毛、あごには無精ヒゲ
胸の階級章を見ると、兵曹長殿…
見た目は鬼上官のようだ!
乗組員たちは兵曹長殿を見ると敬礼をしている
ボクもすかさず敬礼をした
「よう、新入り、船酔いはしなかったか?」
兵曹長殿はボクの前に来ると、見かけと違いフランクに話しかけてきた
「は、はい!へ、兵曹長殿!」
敬礼をしながら答える
でも…
やべぇー、顔こぇー…
「俺は空戦隊員の山城だ」
ヤマギ?、ヤマギと言えば…
確か、先の大陸内戦でも実戦経験のある、有名なベテランパイロットじゃないか!
撃墜数は30機を超える、我が軍屈指のエースパイロットだ!
空戦隊員にとって、敵機の撃墜数は勲章になる
ヤマギさんのようなエースパイロットは、ボクたち訓練兵にとっては、あこがれの存在だ!
訓練中に言われたことを思い出す…
「1機や2機撃墜できたからって、いい気になるな、明日は我が身だぞ!」
そう教官に言われたっけ…
ヤマギさんほどの実績の持ち主なら当然、先任搭乗員として小隊の1番機だが、なぜか今は中隊長殿の2番機を担当しているらしい…
「は、初めまして!河田のぼる、二等兵曹です!」
あこがれのエースパイロットを前に、緊張しながらご挨拶した
「うむ、さすが内地で叩き込まれただけはあるな、礼儀正しくて大変よろしい!」
ホッ、よかった…
軍隊は上下関係がとても厳しい、階級がひとつでも違ったら、命令は絶対だ!
「だかな新入り」
ん?
「我が中隊長殿は、そういうのが嫌いだ」
へ?
「何か意見があれば、きたんなく言うがいい」
「は、はい!分かりました!」
ビシッと敬礼しながらハッキリと答えた
「…、まぁいい、最初はみんなそんなものだ」
あれ?ちょっと違ったかな…
「じゃあ、基地内を案内するから、着いてこい」
「え?兵曹長殿が案内を?」
「実はな、我が中隊長殿からの直々のご命令だ」
「ち、中隊長殿から…?」
「カワタさんを案内して、早く馴染ませてほしいってな」
「か、カワタ…さん…?」
何で、ボクなんかにさん付け?
「ちなみに、我が中隊長殿は少尉だ」
少尉殿!
ボクにとっては雲の上の存在だ…
「でも、実際にお会いしたら、面食らうぜ」
ど、どんな人なんだろう
もっと怖いのかな…
「でもな、本当に驚くのは、その飛び方だ」
と、飛び方?
「多分、最初は付いてこれないだろうな」
いったい、どういうことだ??
木々でよく見えなかったが、港から基地まではすぐだった
開戦して4ヶ月
我が軍は快進撃を続け、本国から遠く離れた、このニューガイヤ島まで占領地を拡大した
基地自体は木造の平屋建ての小屋が何棟も建ち並び、決して立派なものではないけど
司令室、士官宿舎、食堂、兵士宿舎、病院に雑貨屋、床屋、はてまたバーまである
生活に困ることはなさそうだ
「これが我々の職場、我が軍の戦闘機だ」
開戦前に実戦配備された新型戦闘機
通称「01」がズラリと並ぶ
本国で見かけたことはあるけど、ボクたち訓練兵は搭乗させてもらえなかった、あこがれの01
列強諸国と対等に闘えるように設計されているそうだ
空冷式14気筒のエンジンは燃費が良く、格段に航続距離が伸びている
旋回力もすぐれていて、格闘戦になれば列強諸国の戦闘機以上の実力を持つ
まぁ、ウデがあればの話だが…
「でも、意外と数が少ないですね…」
実戦で飛べそうなのは10機くらいか…
こんな戦力で大丈夫なんだろうか?
「我が中隊は少数精鋭だからな、これで充分なのさ」
少数精鋭…
「でも今回補充されたボクは実戦経験のない新人です」
本国でのウワサを思い出した
快進撃を続ける我が軍とはいえ、敵国は我が国の国力の30倍以上はある超大国
撃破しても撃破しても、すぐに補給が来て体制を整えてくる
それにひきかえ、我が軍は勝利しても徐々に軍備を失い、補給もままならない
今回、僕が指名されたのも、他の部隊から回す余裕がなかったため、新人が指名された…
「心配するな新入り、我が隊は連戦連勝だ!」
確かに、もうこんな地の果てまで来たんだ
今さら四の五の言っても仕方がない
実戦経験は無いけど、すぐに戦果をあげて、ヤマギさんみたいなエースパイロットになるんだ!
「ま、基地内はこんなものだ、今日は着いたばかり、長旅で疲れただろう」
「いえ、大丈夫です!」
「まぁ、リラックスしろ、お前は20歳超えてるだろ?」
「は、はい!22歳です!」
「じゃあ、飲めるな、そろそろ開いてる時間だ、バーにでも行こうや」
「は、はい!ありがとうございます!」
ん?なんで歳なんか聞いたんだ?
兵役学校卒業なんだから、20歳は超えるだろ…
バーも木造の平屋建てだが、店内はそれなりに工夫してあって、南国調の雰囲気にあしらってある
まだ早い時間だが、そこそこ飲みに来ている人がいた
「兵曹長殿、こんな最前線でも、女性隊員がいるんですね」
我が国でも、男女均等法により軍隊にも女性が入隊している
通常、女性隊員は通信、整備などの裏方を担当することが多く、兵士として戦闘することはない
本国なら女性隊員はたくさんいたが、まさかこんな最前線に女性が配属されているとは思わなかった
「あぁ、中隊長殿のご希望だ」
中隊長殿の?
どんだけ女好きなんだ…
「お前は多分、どこかの小隊の3番機になると思う、いきなり実戦だが、まぁ我が中隊なら、そう簡単には戦死しないさ」
いきなり実戦か…
やっぱり、もう訓練じゃないんだ…
「えっと、3番機ということは…」
通常、小隊は3機
1番機に先任搭乗員、
そのサポートに2番機、3番機が付く
その小隊が3つ、つまり9機で中隊だ
1番小隊の1番機に中隊長殿
中隊長はボクたち兵役学校とは違い、士官学校の出身者がなる
「はい!わかりました兵曹長殿!」
「ところで新入り」
「はい!なんでしょうか」
「我が中隊長殿は、そういう階級で呼ばれるのが好きじゃない」
え?
「だから俺のことはヤマギさん、と呼べ」
「は、はぁ…」
「それと中隊長殿も名前で呼ぶように」
な、名前で…?
カランカラン
あ、誰か入って来た
また女性だ
女性…というよりも、女の子、か?
ずいぶん若そうだ
肩までのショートカットの黒髪
真っ白いワンピース
けっこうかわいい
いや、めっちゃかわいい!
雑貨屋、とかの店員さん、とかかな
やべぇー、毎日雑貨を買いに行っちゃおうかな!
「お、中隊長殿がいらっしゃった」
え!中隊長殿?
どこに?どこだ?
辺りをキョロキョロ見渡すが、それらしい人はいない…
「ヤマギさん、ここいい?」
さっきのかわい子ちゃんが、ヤマギさんに話しかけてきた
「もちろんです、どうぞおかけください」
ぷぷぷ、ヤマギさんもかわいい女の子には目がないんだナ…
「ビールでも飲みますか?」
「ヤマギさん、からかってるの?あたしまだ飲めませんよ?」
まだ未成年か、いいなぁ、かわいいなぁー
「じゃ、いつものように紅茶ですか?」
「うん、アイスティー」
しかし、ヤマギさんやけに親しげだな、もう27歳のオッサンのクセに!犯罪だ!
「で、コッチが今日配属された新人のカワタです」
「あなたがカワタさんですか」
え?雑貨屋の店員さんなのに新入りの僕を知っているのか!
「河田のぼるです、戦闘機のパイロットをしています、よろしくお願いします!」
ふふふ、ちょっとカッコつけて言ってみた
「ねぇ、ヤマギさん」
「なんですか?ひかりさん」
ひかりって言うんだ、ひかりちゃんかぁー、かわいいなぁー
「カワタさんに、あたしのこと、説明してないの?」
「すいません、ひかりさん、驚く顔が見たくて」
ん?何のことだ?
「もう、ヤマギさん…」
ひかりちゃんが頭をかかえてる
なんだ?
「ひかりさん、今から説明しますよ」
説明?
ヤマギさん、ニタニタしてる…
「カワタくん、この方が我らが中隊長殿の、ひかりさんだ」
「…………え?」
「天草ひかりです、河田のぼるさん、よろしくお願いします」
「……え???」
「ほらどうした内地で叩き込まれた礼儀は!少尉で中隊長殿だぞ!」
えええぇぇえーーーー!!!
天草ひかり
18歳
士官学校を飛び級で卒業
現在、少尉で中隊長
た、確かに士官学校卒業したばかりの隊長が、ベテランパイロットよりも歳下ってのは、よくあるけど…
18歳でもう卒業?
少尉?
中隊長殿?
女?
飛び級って、どんだけ飛ばしたんだ!
ありえない!
「とりあえず、カワタさんは、あたしの小隊の3番機にしましょう」
「え、ひかりさんいいんですか?追いつけませんよ」
「たぶん、あたしの小隊が1番安全だから」
「いやそうですけど…」
「ヤマギさんもいるしね」
安全?
どういうことだ?
中隊長殿だし、女の子だから戦闘しないのか?
「じゃあ、あたしは戻るから、カワタさんに基本の作戦を教えておいてください」
「はい、分かりましたひかりさん」
「じゃあ、カワタさん、これからよろしくお願いします」
「は、はぁ、よ、よろしく…」
カランカラン
「驚いただろ」
は!
「ヤ、ヤマギさん、これ、ドッキリじゃないですよね!」
「まぁ、そう思うよな、だからさ、事前に説明するより、百聞は一見にしかず、ってな」
ほ、ホントなんだ…
開いた口が塞がらない
「でも、中隊長殿の3番機が1番安全って言うのは?作戦って?」
「あー、とりあえず敵機が見つかったら、ひかりさんを追いかけろ」
「はぁ…」
「で、基本ひかりさんが戦闘するから、我々は上空で待機だ」
「は、、はぁ???」
中隊長殿が戦闘??
「で、ひかりさんが追い切れない、逃げ出すヤツをやっつけるのが、俺たちの仕事だ」
「?????」
もう、わけわかんない……
「とりあえず今日は飲んで寝ろ」
「は、はい……」
「本当に驚くのは、ひかりさんの飛ぶ姿、格闘戦を見た時だから」
もっと驚くことがあるのか…
もう勘弁してくれ
ほろ酔いで兵役宿舎に行くと、先輩パイロットたちから歓迎された
「どうだ、驚いただろ」
「ひかりさんはかわいいけど、中隊長殿だからな、手を出すなよ」
ハハハ、面食らって、もうそれどころじゃない…
南国の蒸し暑さの中、疲れが出たのだろうか
すぐに眠りに入ってしまった
戦闘服に身を包み、土をならしただけの簡素な滑走路の脇に整列した
他の先輩パイロット達は昨夜のリラックスした表情とは違い、前に立つヤマギさんを真剣な目付きで見ている
まだ午前10時だが、すでに太陽は高く昇り、突き刺すような陽射しがボクの肌を焼くのがわかる
ヤマギさんが隊員の前で命令を伝える
「前線のラウルより敵機機影の情報が入った」
いよいよ実戦か…
暑さだけじゃない汗が背中を滴る
「これより出撃して発見し次第、迎撃する」
すると司令室から中隊長殿もやってきた
昨夜のワンピースとは違い、戦闘服をまとっている
まだヘルメットはかぶっていない
肩までの黒髪が風にゆれる
中隊長殿はヤマギさんの横に立つと、隊員達に話し始めた
「じゃあ、みなさん、命令を伝えます」
ゴクッ
息を呑む
「必ず生きて帰ってくること!」
間髪入れず、ヤマギさんが叫んだ
「ヨシ!みんな出撃だ!」
ボクにあてがわれた01に搭乗しようとすると、肩を叩かれた
「カワタさん、初陣は緊張するだろうけど、大丈夫だから、肩の力をぬいて」
中隊長殿から声をかけられた
「新入り、とりあえず俺のあとを付いてこい」
ヤマギさんにも
「はい!」
元気よく返事をしたけど、
緊張で膝がわらう…
バババババ
レシプロエンジンのつんざく音
コクピットに自分の体をおさめ、操縦桿を握る
見たところ訓練機とほぼ同じだ
飛行技術は兵役学校でも優秀なほうだった
全機離陸すると、隊列を組みながら上空へ
今日は風も雲もない晴天
先輩達を待たせることなく、無難に付いていけている
何度も深呼吸をするが、高鳴る鼓動がおさまらない
「大丈夫、大丈夫…」
何度も自分に言い聞かせる…
「ボクも早く1機でも2機でも撃墜して、認めてもらうんだろ!」
必死に自分を奮いたたせ、中隊長殿とヤマギさんの後を追った
『小隊ごとに分かれます、敵機を発見したら、あたしに報告してください』
無線で中隊長殿から指示が言い渡されると、各小隊ごとに3手に分かれ始めた
ボクは1番小隊の3番機
前には中隊長殿とヤマギさんの機体
雲ひとつない青い空
海の色がやけに濃く見える
こうして3機で飛んでいると、まるで上空に浮かんでいるような錯覚になる
「このまま敵機が見つからなければ…」
そんなわずかな希望と弱気を、中隊長殿からの無線が打ち消した!
『10時の方向に敵機発見、これから迎撃します』
どこだ!
心拍数が上がり、息が荒くなる
しかし、必死に目を凝らしても、敵機なんてどこにも見当たらない…
中隊長殿が旋回しながら上昇をはじめた
「ど、どこですか?」
『いいから新入り、とにかく付いてこい』
ヤマギさんはそう言うと、中隊長殿の後を追って上昇して行く
わけも分からず2人について行く
あ!いた!見えた!
やっと敵機の機影がボクにも見えてきた
中隊長殿は、あんなに遠くから見えていたのか?
どんな目をしているんだ…
それにしても敵機はかなりの数だ…
数えてみると、3、6……12機!
なんてことだ…ウチは全機合わせても9機しかいないのに…
と、とにかく
「他の小隊に早く連絡しましょう!」
みんなで闘えば、あるいは互角に…
『いや、俺たちだけでやる』
え?ヤマギさん?
3機対12機ですよ?
『ヤマギさん、カワタさん、行きます!じゃあ、無線は切りますね』
『新入り、俺に付いてこい!』
え???
中隊長殿が急降下して、迎撃体制に入った
そのあとにヤマギさんが続く
「くっ!」
必死についていこうとするけど、2人に追いつけない
バババババ
最初の一撃が中隊長殿から放たれる
敵機が火を吹く
「マジか!中隊長殿は女の子なのに、先頭切って行くのか!」
早く応援に行かないと!
でもヤマギさんは降下をやめて、上空で待機している
最初の一撃で3機を失った敵は、蜂の子を散らしたように隊列をみだし、ちりじりになる
格闘戦が始まった
やっとヤマギさんに追いついたボク
とりあえず言われたとおり、ヤマギさんのあとを飛んでいるけど
9機対1機だぞ
最初の一撃で3機撃墜したとはいえ…
中隊長殿は女の子だぞ
1人でやらせてていいのか?
でもヤマギさんは応援に行くそぶりがない
しかし、上空から見ていると…
「すごい…」
ボクは目を疑った
中隊長殿は縦横無尽に飛び、ちりじりになる敵機を確実にしとめていく
信じられない…
「あ、あれは…ひねり込みだ!」
訓練のとき、教官が見せてくれたワザ、ひねり込み
ひねり込みとは格闘戦の技術のことだ
戦闘機は前に機銃が装備されているので、正面に敵がいないと撃墜できない
つまり逆に言えば、後ろを取られたら終わり
ひねり込みとは、特殊な旋回方法で敵の後ろに回り込む技術
なかなかできる技術じゃない
しかも普通は右か左の片方しかできない
操縦桿を右手であやつる右利きなら、普通は左ひねり込み
なのに中隊長殿は…
どっちのひねり込みも駆使している!
「こんなの、ありえない!」
これじゃ、敵が何機いたって、中隊長殿はきっと撃墜されない…
あれよあれよという間に敵機が撃墜されていく
そのうちの1機があらぬ方向へ飛び出す
ヤマギさんが動き出した
逃げ出す敵機を追い始めたんだ!
は!どうしよう、ボクもヤマギさんに付いて行くべきか…
すると、もう1機、逃げ出すヤツがいた
「よ、よし!ボクはアイツを!」
ボクは旋回し降下しながら敵機を追う
「早く撃墜するんだ」
狙いを定めて引き金を引いた
バババババ!
しかし
「あ、当たらない…」
距離がありすぎたんだ…
逃げ出した敵機はボクの機銃に気づいたようだ
高度が敵機と同じになると、ヤツは旋回してきた
逃げ出すのをやめ、ボクと闘う気なんだ
ボクは降下をやめて、旋回するために操縦桿を力いっぱい倒した
グルグルと旋回しながら敵機の後ろに回り込もうと必死に操縦桿をたおす
ボクと敵機は、いわゆるドッグファイト、格闘戦に入った
ありえないくらい首を後ろに向けて、目の端で敵機をとらえる
見えているウチは後ろに回り込まれていない
強烈なGとガマン比べ
しかし…
「クソ!見失った!」
後ろに回り込まれてしまった!
右へ左へ旋回し、必死に振り切ろうとするが
「ふ、振り切れない!」
真後ろに敵機
ダメだ!撃たれる!
……死ぬ……
その時!
バババババ!
機銃音とともに後ろの敵機が火を吹いた!
「は!」
『カワタさん大丈夫?』
無線から中隊長殿の声が聴こえてきた
敵機を全て撃墜した中隊長殿が、応援に来てくれた!
「ち、中隊長殿…」
半べそかきながら答えるボク
『新入り、大丈夫か!撃たれてないか?』
ヤマギさんも来てくれた
「だ、大丈夫です…」
『よかった!じゃあ、基地に帰りましょう』
戦場で聴いた中隊長殿の声
死を覚悟した時に聴いた声
その優しい声にボクは
涙が止まらなかった…
「ボクは、ボクは、何の役にもたたなかった…」
「そう落ち込むな新入り」
バーでヤマギさんがなぐさめてくれる
「す、すいません、足でまといで…」
ボクの判断が、みんなを危険にしてしまった
カランカラン
中隊長殿がやってきた
うすい水色のワンピース
まるで大空のよう…
「ヤマギさん、相席でもいい?」
「もちろんですひかりさん、どうぞおかけください」
「じゃあ、アイスティーを」
結局、中隊長殿1人で11機、ヤマギさん1機撃墜
当然、ボクは0だ…
それどころか、みんなを危険にさらしてしまった
きっと、中隊長殿に叱られる
1人で敵機を追ったこと…
「カワタさんどうしたの?具合でも悪いの?」
「いや、コイツ落ち込んじゃって…」
「す、すいませんでした…」
「どうしてあやまるの?」
「ボクの判断で、みんなを危険にしてしまいました…」
あの時、ヤマギさんのあとを追うべきだったんだ
「そんなことない、初陣なのに、よくやったわ」
え?
「それに、あたしが行くまで、敵機を足止めしてくれたじゃない」
足止め?
「あれで、ちょうど100機目だったの」
「ひゃっき、め…?」
「そう、あたしの撃墜数」
へ!?
「それに、カワタさん、ちゃんとあたしの命令を守ったわ」
めいれい?
「ちゃんと生きて帰って来た!」
は!
「カワタさん、上出来よ!」
「ま、あんな遠方から機銃撃ったって、意味ねぇがな」
ヤマギさん、格闘戦中だったのに、見てたのか…
初心者ほど恐怖で早く機銃を撃ってしまう
敵機はそれが分かって、ボクが初心者だと分かって格闘戦に入ったんだ…
実際、敵機はボクを撃ってこなかった
確実にしとめるために、ギリギリまで撃たなかったんだ…
「相手の技量を見極めるのも技術だぜ、新入り」
「じゃあ、あたしはもう寝るね、今日はお疲れ様!」
「ひかりさん、お疲れ様、コイツのフォローは俺がしておきますよ」
肩までの黒髪をなびかせて去っていく中隊長殿、いや、ひかりさん…
ボクは立ち上がり、敬礼をした
「あ、ありがとうございました!」
ひかりさんは振り向き、敬礼をして応えてくれた
ワンピースのスカートがふわりとゆれる…
店を出るまで、敬礼しながらひかりさんを見ていた
「新入り、ひかりさんに見とれてんなよ」
見とれるな?
何を言っているんですかヤマギさん
戦場に天使がいたんですよ
見とれないハズがない…
空戦の天使
おしまい
このお話しはフィクションです
人物、団体、国はすべて創作です