第五十二話 覚醒と暴走
病院のすぐ近くで変異体騒動があったせいもあり、別棟はばたついていた。急患の搬送の為にエレベーターが長時間拘束され、結局三人は一時間ほどロビーで時間を潰してから、一瞬の隙を狙ってエレベーターに乗り込んだ。
「はぁ、結構被害がデカかったみたいだな……」
明人はロビーで待っている間に次々と搬送される怪我人を見て、肩を落としてそう呟いた。
「あんな急に現れたんだもん。仕方ないよ」
朝美は二人を慰めようとそう言ったのだが、言った後に、仕方ない。じゃ済まされない事なんだろうと思い、ごめん。と一言謝りを入れて黙り込んだ。
「良いんだ。朝美は悪くない。俺の気が緩んでただけだ」
明人がそう言うと、丁度エレベーターが地下に到着した。三人はエレベーターを降り、それぞれ木椅子を選んで重い腰を下ろし、そして大きなため息をついて頬杖をついた。
「はぁ、それで、朝美はなんであそこにいたんだ?」
「はぁ、そうよ、あさみんもあの戦闘を最初から見てたってこと?」
「はぁ、そうですよ。病院を出て廃工場に向かおうと思ったら、郷間博士を見つけたの」
「郷間博士を!?」
明人はその名前を聞いて立ち上がった。
「そうよ。郷間博士。それで彼を追ってたんだけど、人が多くて見失っちゃって……。そしたら新種の変異体が現れたの」
「そうだったのか……。じゃああの新種は本当に郷間博士なんだな」
「その可能性は高いかもね……」
朝美は相槌を打つようにそう言った。
「とりあえず、郷間博士のことは伏せて記事を書くね」
朝美は続けてそう言った。明人と瑠璃は力なく頷いた。今日一日で相当戦闘を重ねたことにより、特に明人は疲れ切っていた。
「少し眠るよ」
明人は朝美に頷いてからそう言うと、開発室の隅に置かれているベッドに横たわった。
「ふわぁ~あ。あたし、コンビニでお弁当でも買ってくるよ」
「あ、ありがとうございます」
「良いの良いの。明人は疲れてるし、壱夜さんは新しい開発に没頭してるし、あさみんは記事を書かないと。それに、今日中には仕上げて、さっさとあの危険分子の存在を知らしめないと」
「そうですね。確かに奴は危険すぎます。無作為に人を殺す危険性が高すぎる……」
朝美はそう言って俯いた。
「とにかく、あさみんはその危険性をいち早く伝えなきゃいけないんだから。そのためにもご飯ご飯」
瑠璃は笑顔でそう言うと、朝美も忽ち笑顔になった。そうして瑠璃はエレベーターに乗り、ロビーに向かった。
ロビーに着くと、急患の親族や看護師が視界溢れた。その中には萌もいて、彼女は懸命に親族を励ましていた。そこに看護師の一人が現れ、萌に何か耳打ちをした。瑠璃はそれを見ながら別棟を出て行こうとすると、萌がそれを引き留める。
「あ、あの!」
「はい?」
瑠璃は取っ手に手をかけながら振り返った。
「今、休憩を貰って、その、少し聞きたいことがあって、お時間よろしいですか?」
「あぁ~、良いですよ。でも、これからちょっとコンビニに行く予定があって」
瑠璃は申し訳なさそうにそう言うのだが。
「ありがとうございます! ご一緒します」
萌は礼を言いながら頭を下げ、ニコリと笑ってそう言った。しかし瑠璃にはその顔が疲れ切っているように見えた。
瑠璃はなるべく萌に歩幅を合わせ、病院内のコンビニに向かって歩き始めた。聞きたいことがある。と言われたものの、萌は世間話ばかりでなかなか本題に入ろうとしない。少し聞きづらい内容なのかな。と思いながら瑠璃は世間話に相槌を打っていた。
病院内のコンビニを利用しても良かったが、あまりにも混んでいたので二人は病院の外に出た。そして病院を出るや否や明るく話していた世間話が止まった。
「その、変な話なんですけど……」
少し間を開けてから、萌がゆっくりと話し出した。
「はい、今のあたしなら、大抵の話は受け止められますよ」
瑠璃はジョーク交じりにそう言うと、萌は少し表情を緩めて話を続ける。
「私にも、皆さんほどとは言えませんが、何か力があるように思えるんです」
萌はおずおずと言った。瑠璃はその言葉を受け、少しびくりとした。
「つい先ほど、変異体の攻撃を受けて大けがをしていた患者さんがいたのですが、私がずっと寄り添っていたら、いつの間にか傷が消えていたんです。綺麗さっぱり無くなっていたんです。もしかしたら私の力じゃないのかも知れませんが、その場には私しかいなかったので……少し気になってしまったのです」
萌はそこまで言い切ると、瑠璃の横顔を覗いた。瑠璃はそれに気付き、努めて冷静な表情をキープした。
「な、なるほど……。そ、それでその患者さんは?」
「傷は癒えましたが、完全に治ったとは言い切れませんので、ゆっくりとベッドでお休みになっていただいています」
「そうなんですか。また不思議な現象に立ち会いましたね~、あはは」
「……私にも何かが住み着いている。とかは無いですよね?」
「無い無い! 無いと思いますよ」
核心を突かれ、瑠璃は思わず大きな声と身振りで全否定してしまう。
「ふふっ。ですよね。変なこと聞いてごめんなさい。一応平刃さんにも聞いてみます」
萌は屈託のない笑顔でそう言った。瑠璃はそれに対し、「それが一番早いかもですね」とすべてを平刃に押し付ける形で会話は途切れた。
……その後二人はコンビニで買い物を済ませ、別棟に戻った。瑠璃は地下施設に戻り、萌はナース室に戻って行った。また力の話になったらどうしようと思っていた瑠璃は少しほっとしてエレベーターのボタンを押した。
「ただいま~」
瑠璃は明人を起こさないように声を潜めてそう言った。
「あ、おかえりなさい」
朝美は作業の手を一度止め、瑠璃の方を見た。瑠璃は朝美に笑顔を向け、その後に時計を見た。時刻は午後八時過ぎであった。明人はまだぐっすりと眠っていた。
「はいこれ、あんまりいいの売って無かったから適当に選んできちゃった」
瑠璃はそう言いながら、コンビニ袋を実験台に置いた。
「うわー、ほんとだ。全部のり弁当。クスッ」
朝美は笑いながら弁当を取り出し、実験台の上に並べながらそう言った。
「へへ、別のものにすると喧嘩するかなって」
瑠璃も笑いながら答えた。
「そんなくだらないことで喧嘩しますかね~?」
「するする。特にあたしはね」
「ふふ、なるほど、瑠璃さんが。なんですね」
二人は談笑しながら弁当を全て実験台に並べ、コンビニ袋を端に追いやった。
「さーてと、食べよっかな」
瑠璃は席について弁当を一つ自分のもとに寄せ、そして割り箸を割って食事を始める。朝美も弁当を自分のもとに寄せ、少し作業をしてから食事を始めた。
「新種の変異体。またあさみんが命名するの?」
「命名って言って良いのかな? 私としては勝手につけちゃって申し訳なかったんですけど」
「え、そうだったの? 誰も文句言わないからみんな気に入ってるのかと思ってた。もちろんあたしは気に入ってるよ」
瑠璃はそう言い終えると、白身魚のフライをかじった。
「ありがとうございます。それなら本格的に考えちゃおうかな~」
朝美はそう言うと、のりで巻いたご飯を頬張った。
「あいつが最後の切り札なのかな」
「あいつって、今日あった新種のことですか?」
「そーそー」
「だと良いですけどね。郷間博士となるとまだ何をするか分かりませんよ」
「だよねぇ~」
「それに、まだ牧田さんが残ってます」
「あ、そーじゃん。あの人厄介なんだよな~。周りを強化して自分は逃げるんだもん」
「あの人はそう言う人なんですよ」
朝美はそう言うと、少し不機嫌そうにしてから揚げをかじる。
「そっか、あさみんの元上司だもんね。嫌なところも知ってるわけか」
「その分良い所も知ってるつもりだったんですけどね……」
瑠璃は返す言葉が見つからず、その後二人は黙々と弁当を食べ続け、ほとんど同じタイミングで食事を終えた。
「ご馳走様でしたっと。あたし壱夜さんにお弁当渡してくるね」
「はい、私は新種の名前でも考えておきます」
瑠璃は弁当を持って立ち上がり、朝美は再びノートパソコンに向かった。
「壱夜さ~ん、お弁当買ってきたよ~」
瑠璃は鋼鉄の自動ドアをノックしながらそう言った。しばらくすると自動ドアが開き、平刃が現れた。
「ありがとう。ついでに何か飲み物を貰っていいか?」
「うん、お茶で良いかな?」
「あぁ、なんでもいい」
瑠璃はついでに買ってきていた緑茶を平刃に手渡し、自動ドアは閉まった。瑠璃は自動ドアが閉まったのを確認すると、再び朝美の前の席に戻った。
「どう、何か浮かんだ?」
瑠璃は子供の様に無邪気な瞳で朝美を見つめてそう言った。
「う~んなんか模様が螺旋っぽかったから、Spiralから取って『スパイル』とかですかね」
「なかなかいい名前になっちゃったわね」
「ふふ、そうですね。敵なのに」
朝美はそう言いながらも、既にその手は動き始めていた。
「よし、完成しました!」
「これであいつの存在が世に知れ渡り、それを助けたアーデスの評価は上がること間違いなしね!」
「はい!」
その後朝美と瑠璃は出来上がった記事を読み直し、朝美は所々細かい点を修正して、ノートパソコンを閉じた。
「明日の朝、動画と一緒に投稿したいと思います」
「うん、楽しみね」
朝美と瑠璃は顔を見合わせ、笑いながら頭をうんうんと縦に振った。
「ふぁ~あ、うるさいな~。目が覚めちゃいましたよ」
明人は大きな欠伸をしながら上体を起こし、そしてうんと両手を天井に向かって伸ばした。朝美と瑠璃は笑いながら明人に謝り、弁当があることを伝えた。明人はそれを聞くとすぐにベッドを下り、瑠璃の横に座って弁当を食べ始める。
目覚めた明人に記事が完成したことを報告していると、そこへエレベーターが到着し、萌が開発室に戻って来た。
「すみません、お邪魔します」
「おかえりなさ~い」
「おかえりなさい」
「おはへりなはい」
萌が戻ってくると、三人はタイミングをずらして挨拶をした。
「お仕事の方は落ち着いたんですか?」
朝美は四人分のコーヒーを注ぎながらそう聞いた。
「はい、なんとか。でもその……」
「でも?」
瑠璃は先ほど聞いていた話が引っ掛かり、すぐに問い返す。
「やっぱり変なんです。運び込まれた半数の人の傷がもう治っちゃったんです」
「じ、実はまだかすり傷とかが残ってるんじゃない?」
事態を把握している瑠璃は、明人と朝美が何か言う前に答えた。
「いえ、完全に治ってるんです。患者さんも痛みがないって……。それに、杖をついていたはずのおじいさんは杖無しで歩き始めちゃって。もう何が何だが……」
萌はそう言って俯いた。
「はぁ、疲れて幻覚でも見てるんですかね……」
誰も答えることが出来ず、萌は独り言を呟いて顔を両手で覆った。明人と瑠璃はコーヒーを取りに行くフリをして朝美のもとへ向かい、小声で話し始める。
「力に気付いてるんじゃないですか?」
明人は二人の顔を見てそう言った。
「力が発動しているのは確かね……」
瑠璃は渋い顔をしてそう言った。
「もう少しの辛抱です。ここは隠しきりましょう」
明人はまたも二人に顔を見ながら言った。
「もう少しって何?」
朝美は明人の言い方が気にかかり、すぐさま突っ込む。
「それは……。平刃教授が今開発している器械のことだ」
明人は何とか誤魔化した。しかし器械のことも事実なので、嘘を言ったわけでは無い。と自分に言い聞かせ、明人は朝美の瞳を見つめた。
「あっそう、なら隠し通す方針で良いのね?」
朝美の問いに明人と瑠璃は頷いた。そして何事も無かったかのように実験台の方へ戻り、それぞれがコーヒーを啜った。
その後萌は力についての話はせず、弁当をささっと食べ終えると仕事に戻って行った。それをきっかけに朝美と瑠璃も着替えやらお風呂やらを済ませるために朝美宅に帰る。と言って研究室を出て行った。明人も一人でここにいてもすることが無いので、自宅に帰って休むことにした。
そして翌日。朝の報道はどこも変異体騒動で盛り上がっていた。
「今朝未明。火澄町でビュースに酷似した青紫色の変異体が発見されました。現在はインターネット上で様々な動画が上がっており、変異体は原笠公園に入って行った切り出てきていないとのことです」
「クソ、朝美の記事よりも前に暴れだしやがって」
明人は急いで出掛ける準備を済ませ、テレビの電源をオフにして原笠公園を目指して家を飛び出した。




