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第四十九話 ミックスブラッド

 あれから数日が経った。明人は平刃の研究結果を待つ他にすることが無く、しかし研究室に行くのもどこか気が引けたので、ここ数日はブラブラと街中を巡回する毎日を送っていた。


「あの雨の日から、何か静かになったな……」


 明人は信号待ちで、歩道を歩く小学生たちを見てそう呟いた。


「あ、そう言えば、影司の奴はどこに行ったんだ?」


 ふと、あの日影司がいなかったことを思い出し、明人はパトロールと共に影司を探すことにした。

 と言っても闇雲に走るとガソリンが無駄なだけなので、とりあえず電話をかけてみる。……影司は出なかった。


「んだよあいつ。毎回出ねーな」


 明人は携帯電話を鞄にしまい、瑠璃に影司のことを聞くために渋々原笠病院に向かうことにした。


 病院の別棟に着くと、エレベーターに乗って暗証番号を打ち、明人は地下施設に到着した。研究室で一人になりたいらしく、朝美と瑠璃は開発室に閉め出されていた。


「お、明人」


 暇そうにしていた瑠璃が一番に気が付いた。それに続いて朝美もちらりと明人の顔を見る。


「どうしたの? ここ最近来なかったけど、ロージョンと戦ってた?」

「いや、全然」

「あっそう。まぁ騒動があったら駆け付けるから、一人で無理しないでよね」


 朝美はそう言うと、すぐにノートパソコンに目を戻し、作業を再開する。

 明人は気を取り直して開発室に踏み込み、瑠璃の前に座った。


「瑠璃さんに聞きたいことがあるんですけど」

「なに? 彼氏ならいないわよ」

「いや、そう言うことじゃ無くて」

「……影司くんのこと?」

「あ、はい。そうです」


 瑠璃は頬杖をつきながらも、鋭い視線で明人を見てそう言った。明人は思わずかしこまって答えた。


「あの日、火澄町に入ってすぐ、車を降りちゃったの」

「え? 降りた?」

「うん、自分が危険だ。って言って」

「自分が危険?」

「そう。それに、力が暴走しそうだって」

「力が、暴走……」


 明人は考え込み、影司の言葉の真意を探る。しかし結論はすぐに出ない。


「あたしが思うに、柴神山の麓で何かあったに違いないわ」

「見つけたとき影司は?」

「倒れていたわ。気を失って。それで、影司くんの横に日場友介が倒れてた」

「じゃあ二人は戦って、そして影司が勝った。でもあの傷は影司がつけたとは思えないし、それに影司も気を失っていたとなると、第三者が……?」


 明人は友介の胸にぽっかりと空いていた傷を思い出しながらそう呟く。


「なんにしても、あたしには影司くんの居場所は分からない」

「そうですか……。ありがとうございます」

「ちょっと待って、あたしも探しに行く」


 立ち上がった明人を見て、瑠璃がそう言った。


「でも俺原付ですよ?」

「あたしも運転できるっての」

「え、そうだったんですか?」

「そうよ。あんたが来なかった昨日か一昨日に、やっすい原付買っといたのよ。毎回壱夜さんに頼るのもアレだしね」


 瑠璃は微笑みながらそう言った。そして。


「ほら、そうと決まればさっさと行くわよ!」

「いてっ」


 瑠璃はそう言いながら明人の肩を叩いて先にエレベーターに向かって行った。


「いってらっしゃーい」


 朝美は作業を続けながら、エレベーターに乗った二人に向かってそう言った。

 明人と瑠璃は朝美に返事をするとエレベーターでロビーに向かい、新棟を抜け、駐輪場にたどり着くと各々乗って来た原付に跨って行き先を相談する。


「どこに行きましょうか」

「もう結構日も経ったからね。正直すぐ戻ってくると思ってたんだけど……」

「とりあえず、力が暴走しそう。なんて言っていたってことは、人が少ない所に向かったと思うんですよね」

「んー、なるほど。じゃあ片っ端から人通りの少ない場所に行ってみる?」

「それも良いですけど、大体の目星はつけましょうよ」

「うーん、人通りの少ない場所?」

「意外とすぐに出ないもんですね……」


 二人は口を尖らせ、腕を組み、少し考え込んだ。そして瑠璃がはっとして、場所を提示する。


「廃工場!」

「あぁー、確かに。あそこなら人通りが少ないですね。行ってみましょうか」


 瑠璃は大きく頷き、二人は廃工場を目指して病院を後にした。


 道路は平日のためか混んでおらず、二人はスイスイと道路を進んで行き、十数分で廃工場に前に到着した。

 音で気付かれ逃げられてしまうのも嫌なので、二人はエンジンを切って原付を押し、廃工場手前に駐車して、二人は曲がり角を曲がって廃工場を視界に入れた。


「影司いるかな」

「どうだろう。とりあえず行ってみましょ」


 二人は廃工場敷地内に踏み込み、閉ざされた鉄扉の前に立った。


「あれ、閉まってますね」


 明人は取っ手を掴んで扉をグラグラと左右に揺らしながらそう言った。


「いつも開いてたはずなんだけどな~」


 瑠璃は廃工場の大きな扉を見つめながらそう言った。


「となるとますます怪しいですね」

「だね」

「他にどこか入れる場所は無いんですか?」

「んーと、裏に一つだけ、鍵が壊れてる窓があったかな?」

「行ってみましょうか」

「そだね」


 瑠璃は先導して廃工場の裏に回る。明人はそれに続いて、二人は廃工場の裏側に回った。廃工場の側面にある窓は、人が通れないほど小さな窓であり、それに加えて位置が高く、例え窓が大きくてもどちらかが踏み台になってようやく一人がたどり着く位置に窓があった。

 二人は側面の窓を無視して、廃工場の丁度真裏にある事務所の窓を見つめる。


「どれですか?」

「右端のかな」


 瑠璃はそう言いながら右端の窓に近づいて行き、指先でガラスに触れるとそっと右に動かす。

 窓はガラリと音を立てて開いた。それを見た明人も窓に近寄り、中を覗き込もうとする。


「んぐぐぐ~。はぁ、これ以上開かないみたい」


 窓は半分開いたところで止まってしまった。


「これだけ開けば十分ですよ」


 明人はそう言うと、窓枠に足をかけてよじ登り、体を縦にして隙間を抜けて行く。


「あ、ちょっと、一人で行くと危ないでしょ!」


 瑠璃も明人に続いて窓枠によじ登り、半分開いた窓の隙間を抜けて廃工場の中に入る。

 工場内は相変わらず薄暗く、埃っぽい。二人は着地と同時に舞った砂埃で咳き込みながら辺りを見回す。


「入口が開いてないとこんなに暗くなるんですね」

「そうよ。明かりもないし、ここに一人でいるのは結構孤独よ」


 瑠璃はそう言いながら、足元しか見えないにもかかわらずスタスタと歩き出す。さすがに数日住んでいただけはあるな。と明人はそう思いながら、瑠璃の後に続いて歩き出す。

 入口から覗く光の筋が徐々に近づいて行き、二人は工場内を半分ほど歩いたところで立ち止まった。


「どうしたんですか?」


 薄暗闇で迷わないよう、瑠璃の後ろに付いてきていた明人がそう言った。


「明人も何回かここに来たことあるよね?」

「はい、ありますけど」

「なんかおかしくない? なんて言うか、物が少なすぎる」

「物?」


 明人はそう言って辺りを見回すが、特に何も見えない。


「うーん、特に何も見えませんけど」

「もっとドラム缶とか、よく分からない器械とか置いてなかった?」

「いえ、そもそも俺には見えて無いですし」


 明人がそう言った瞬間、暗闇の中でドラム缶が倒れる大きな音がした。


「誰っ!」


 瑠璃は鞄から帽子を取り出し、そして構える。明人もどこから鳴ったのか分からない音に対して身構える。

 二人は背中合わせに辺りを警戒するが、音を鳴らした主は現れない。二人が徐々に警戒を解き始めたころ、再び空き缶を蹴ったような音が工場内に響く。やはり誰かいる。二人はそう思って変異する体勢に入る。


「……誰だ」


 靴音がこだまする。敵がどこから出てくるのかは全く分からない。二人はキョロキョロと辺りを見回す。


「誰だ……。早くここから出ていけ」


 靴音は止まり、あくまでも暗闇の中から出てこようとはしない。


「影司なのか?」


 明人は声を潜めてそう言った。


「……なんだ、お前たちか」


 その言葉を聞いて、明人と瑠璃は手を下げて多少はリラックスする。


「そうだ、俺だ。明人と、それに瑠璃さんが一緒にいる」


 返事は無く、再び靴音が鳴り始め、暗闇から影司の顔が浮かぶ。その顔は黒と対比するほど白く、瞳も虚ろであった。


「早くここを離れろ」


 影司はそれだけ言うと、再び暗闇に戻って行こうとする。


「待てよ影司! 俺たちに出来ることは無いのか?」

「……ない」


 影司は一瞬立ち止まって考えた。しかし低くそう言うと、暗闇に消えていく。


「ちょっと! 毎回毎回、一人で抱え込むんじゃないわよ!」


 瑠璃は消えて行こうとする影司の背中に向かってそう叫んだ。影司は立ち止まり、そして振り返った。


「……じゃあこの力がお前たちに止められるのか?」


 今までに見たことの無い鋭い視線は、明人と瑠璃の背筋を凍らせた。


「お、おう。やってやるよ」

「本気でぶっ倒しに行っていいわけ?」

「……あぁ、もちろんだ」


 影司はそう言うと、左胸に右手を添える。


「……ビートチェンジ」


 明人と瑠璃も急いで構えて変異をする。


「バイタルチェンジ!」

「ウェ~ブチェンジ!」


 明人と瑠璃は変異を終え、暗闇の中を見つめる。


「ぐあぁぁぁぁ! がぁぁぁぁ!」


 暗闇の中からは影司の悶える声が聞こえてくる。それとともに動き回っているようで、ザッザッ。と靴で荒々しく地面を踏みにじる音も聞こえてくる。


「あいつ、大丈夫なのか……」

「さぁ? でも尋常じゃないのは分かるね」


 叫び声が収まり、二人は身構えた。


「ふぅー、ふぅー。はぁぁぁぁ」


 夏間近だと言うにもかかわらず、ビュースは真っ白い息を吐きながら暗闇から姿を現す。


「こりゃヤバそうですね」

「同感」


 明人は剣を構え、瑠璃はクロスボウを構えた。


「よっしゃ! 臨むところだ!」


 明人は剣を構えてビュースに斬りかかる。

 ビュースは斬撃をもろともせず、明人の攻撃をノーガードで受け続ける。


「おい影司! こんなんで良いのかよ!」


 影司は答えない。明人は剣を振るい続ける。


「ちょっと明人、下がって!」

「瑠璃さんも出番が欲しいんですか?」

「違うわよ!」


 瑠璃が力強くそう言うので、明人は剣を振るうのを止め、瑠璃の手前に戻る。


「見て」


 瑠璃に言われて明人はビュースのことをよく見てみる。暗闇でよく見えないのだが、明らかにビュースの装甲が動いている。


「まだ変異が終ってないのか?」


 しかしどこからどう見ても影司の身体は青い装甲に包まれており、明人は変異が終了したことを確認してから攻撃を仕掛けたはずであった。


「見て、掌から……」


 瑠璃は指差ししながらそう言った。明人は目を凝らしてビュースの手を見ると、青い装甲の上にさらに紫色の装甲が覆い始めていた。


「飲み込まれるんじゃないか!?」


 明人は影司がロージョンになってしまうと思い、直ぐに斬りかかった。

 ――赤い剣がビュースに振り下ろされた瞬間、明人の左半身に強い衝撃が走った。


「明人!」


 ビュースが右腕で薙ぎ払ったらしく、明人はそれを真っ向に受け、工場の入り口まで吹っ飛んだ。


「明人! 扉を開けて!」


 ここでは狭い。そう思った瑠璃は明人のもとに駆け寄りながらそう叫んだ。

 明人は扉に体を預けながら立ち上がり、絡まっていた鎖を断ち切って扉が開くようにした。

 瑠璃は倒れそうになる明人を支え、入り口の扉を開ける。差し込んでいた光の筋はどんどん太くなっていき、工場内の真ん中に立つビュースが照らし出される。明人と瑠璃は工場前に這い出て、その姿を目にした。


「あ、あれは……。ロージョンになっちまったのか?」


 ビュースの装甲は鮮明な青さを失い、どす黒い紫色と交じり、青紫色の装甲に包まれていた。

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