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第三十五話 緑色の変異体

 足止めをしようと思っていた明人だが、瑠璃の言葉によってそれが遮られる。


「どうしたんですか。何か起きましたか?」


 明人はロージョンから目を離さないようにしてそう言った。


「あたしも戦う」

「何言ってるんですか。そんな暇があるなら逃げてください」

「馬鹿にしないでよね。あたしだって色付きの雨を浴びた一人なんでしょ」

「なんでそれを……」

「壱夜さんから聞いたの」


 瑠璃はそう言いながら、傷口を抑えるのを止めてスタスタと明人の横に着く。


「それに、戦う力も貰った」


 瑠璃はそう言うと、鞄から緑色のつば付きキャップを取り出した。


「何ですかそれ」

「あたしの戦う力よ」


 瑠璃はそう言うとそのキャップを被り、ファイティングポーズをとる。しかし変異は始まらない。


「ダメじゃ無いですか! ここは俺に任せてください」


 明人はそう言うと、再び両手を構える。


「バイタルチェンジ!」


 明人はスーツ形態に変異し、目の前の強化されたロージョンに殴りかかる。


「なんで……。これがあればあたしも……」


 瑠璃はキャップを脱ぎ、じっとそれを眺めながらそう呟いた。

 その間明人は、連戦で動きが鈍くなっているものの全力でロージョンに立ち向かう。


「あ、あたしも戦わなくちゃ……。あたしも……」


 瑠璃はキャップを両手で握りながら、自分に言い聞かせるように何度もそう呟く。


「はぁはぁ、ここは、前回に引き続き緑島の商店街……。今回は暴走するロージョンをアーデスが食い止めています……」


 瑠璃は背後からする声に振り向いた。するとそこには、土産屋の壁に寄り掛かり、右手でカメラを構える朝美がいた。左腕はぶらりと脱力しており、その指先からは血が滴っていた。


「あら、目を覚ましたのね?」


 強化されたロージョンの背後で牧田がそう言った。


「商店街に現れたロージョンは二体。背後にいる鞭を持ったロージョンにより、私も怪我を負いました」


 朝美はそう言いながら、カメラを自分の左腕に向ける。


「……あさみんも戦ってるのに」

「うっ……」

「あさみん!」


 朝美の傷も相当深く、壁に体を預けながらズルズルと座り込んでしまう。瑠璃はそんな朝美を見てすぐに駆け寄った。


「瑠璃さん……。ごめんなさい……」


 朝美はカメラの電源を落としてからそう言った。


「こんなボロボロになって……。これじゃああたしが引っ叩けないじゃない」

「それは完治してからがいいかな、なんて」

「冗談言ってる場合じゃないでしょ。これが終ったら覚悟しといてよね」


 瑠璃はそう言うと、朝美をゆっくりと壁に預けて、再び緑色のキャップを手にして立ち上がる。


「あたしだけ逃げるなんて出来ない」


 瑠璃はそう言うと、緑色のキャップを再び被る。するとチクリと針の様なもので刺された様な痛み後頭部に走る。そして激しい頭痛が瑠璃を襲う。


「うっ、くっ……」


 瑠璃はその鋭い痛みを感じるとともに、後頭部から冷ややかな液体が伝うのを感じる。瑠璃は後頭部に手をやり、その正体を確認する。


「なにこれ……、緑色……。うっ!」


 液体を確認すると、再び鋭い頭痛が瑠璃を襲う。

 瑠璃の背中を伝う緑色の液体は、背中まで達すると急に体全身を包み込む様に広がり、そしてあっという間に瑠璃の全身を緑色の装甲で包み込んでしまう。


「これって……。あたしも変異したってこと?」

「ふふ、面白ものが見れたわ」


 ロージョンの背後に隠れていた牧田は、不敵な笑みを浮かべ、変異を解いて商店街から姿を消した。

 瑠璃は変異を終えると、とりあえず明人の援護に入ることにする。


「瑠璃さん! 変異したんですね」

「あたしも戦えるってところを見せたげる!」


 そうは言ったものの、瑠璃は相手の視線を多少集める程度で、全くロージョンを殴ることが出来ない。それでも明人は幾分か動き易くなり、少しずつダメージを蓄積させていく。


「はぁはぁ、全然ダメージが通ってる気がしない」

「ほんとね。どうしたら攻撃が通るわけ?」

「俺に聞かれても分からないっすよ」


 明人と瑠璃は短く言葉を交わし、再び攻撃が飛んできたことによって解散する。


「もう、何か無いの」


 瑠璃は手探りで自分の武装を確認するが、平刃から強化アイテムを貰っていない瑠璃には当然武器など無かった。


「瑠璃さん! そっち行きました!」

「へ?」


 武器を探していた瑠璃はロージョンから目を離しており、その一瞬の隙をロージョンに突かれてしまう。

 ――瑠璃は咄嗟にしゃがみ、ロージョンのフックを間一髪躱す。そして両手でロージョンを押し返す。


「えい!」


 それはとても貧弱な両手押しであったが、ロージョンは数歩後方によろけて片膝を着いた。


「大丈夫ですか!」


 明人は急いで瑠璃のもとに駆け寄る。


「う、うん。あたしは大丈夫」


 瑠璃はそう言いながら、目の前で苦しんでいるロージョンを眺める。


「どうしたんだ? 俺があんなに殴っても怯まなかったのに」


 ロージョンをよく見ると、右胸から微かに煙が上がっているのが分かった。


「なんか煙出てません?」

「え? うーん、確かに」


 そしてさらによく見ると、ロージョンの右胸には瑠璃の左手の型がくっきりと刻まれていた。ちょうど焼き印の如く。


「あたしの左手?」

「さっきの張り手でついたみたいですね」

「張り手って。あたしは距離を取ろうと思って押しただけだし」

「まぁまぁ、結果良ければなんとやらですよ」


 明人はそう言うと、ロージョンに警戒しながら徐々に近づいて行く。


【アァァァァ……アァ……】


 ロージョンは片膝を着いたまま、全く動かない。明人は赤い剣を構え、その剣先でロージョンをつつく。それでもロージョンは反応しない。


「こりゃ倒して良いんだよな」

「さっさと倒しちゃってよ」


 瑠璃は全くロージョンに近付かないようにしてそう言った。


「よし、じゃあ」


 なんだか歯切れ悪く感じたが、明人は剣を持ち上げて装甲が薄くなっている右胸に突き刺した。すると先ほどまで通らなかった刃が通り、明人が剣を引き抜くとロージョンが燃え始める。

 明人はそれを見ると瑠璃がいる場所まで下がり、二人はロージョンが燃え尽きるのを眺めた。


「何したんですか? いきなり動きが止まるなんて」

「し、知らないわよ! とにかく、今はさっさと引き上げましょ。野次馬が来そうだし」


 瑠璃はそう言うと、緑色のキャップを脱いだ。すると瑠璃の変異は解け、朝美のもとへ駆け寄る。


「はぁ、一件落着ってことにしとくか」


 明人はそう呟くと影司のもとへ向かい、変異が解けてから影司に肩を貸す。


「すまない」

「良いんだよ。俺の方こそありがとな」


 今回の戦闘で全員が手負いになったものの、仲間との距離が縮まったような気がした明人はどこか上気分で八百屋を出た。


「あさみん、大丈夫?」

「はい、すみません」

「良いのよ。立てそ?」

「はい、なんとか」

「それじゃ、ゆっくり帰ろっか」


 朝美と瑠璃の間に生じていたわだかまりも、先ほどの戦闘で緩和したようで二人は和やかなムードで立ち上がった。そして瑠璃は朝美に肩を貸し、明人たちと合流して野次馬に見つからないようにして駅に向かった。

 ……その後四人は電車に乗る前に応急処置をしたものの、影司は外傷内傷ともに傷が深く、十分な応急処置が出来ないまま電車に乗ることとなった。


「大丈夫か?」


 吊革を掴んでいる明人は、目の前の座席に座っている影司に向かってそう言った。


「あぁ、数日休めばすぐ治る」

「そんな傷じゃないでしょ」


 隣に座る朝美がそう言った。


「お前もだろ」

「あんたら仲良いわね~」


 朝美の前で立っている瑠璃が皮肉交じりにそう突っ込む。


「そんなんじゃない。協力しているだけだ」


 影司が不愛想にそう言うので、明人と朝美はバカにするように肩をすくめて微笑した。

 その後四人は周りの目を気にしながら何とか傷や血を隠して電車を乗り継ぎ、火澄町に戻って来た。既に日は暮れており、仕事終わりのサラリーマンが道に溢れていた。


「人多いな」

「そーね。さっさと病院に戻りたいわね」


 比較的元気な明人と瑠璃が何とか場を保ち、四人はバスに乗って病院に向かった。

 影司と朝美は疲労と負傷によって口数が少なくなり、アドレナリンの減退も重なり傷による痛みも増してきていた。


「だいじょぶ? あさみん」

「はぁはぁ、大丈夫です」

「あと少しだから頑張ってね」

「はい……」


 朝美は今にも意識を失ってしまいそうになりながらそう言った。一方影司は意識はあるものの、それは痛みがひどいからのようで時々顔を歪めながら痛みを堪えていた。

 病院行きのバスは、終点である原笠病院にたどり着いた。四人はバスを降り、ゆっくりと病院に向かって歩き出す。


「どっちの病棟に行くつもり?」


 瑠璃は朝美に肩を貸しながらそう言った。


「そりゃあもちろん奥の病棟に行きますよ。教授にも報告しないといけませんからね」

「まぁそうよね」


 明人と瑠璃も負傷はしているものの、傷が深い影司と朝美に肩を貸してようやく奥の病棟にたどり着く。


「はぁはぁ、流石に疲れたな~」


 明人はそう言って待合室の椅子に座り込んだ。


「あたしも~」


 瑠璃もそう言いながら椅子に座り込む。


「悪かったな」

「私もたびたび迷惑をかけてごめんなさい」


 影司と朝美は椅子に座らず、ここまで肩を貸してくれた明人と瑠璃に頭を下げながらそういった。


「いいんだよ、水臭いな」

「そうよそうよ。さっさと座りなさいって」

「君たち、戻っていたのか」


 明人と瑠璃が二人をそう急かしていると、丁度そこにトイレから出てきた平刃が声をかける。


「教授!」

「激しい戦闘だったみたいだな」

「はい、みんな結構やられちゃいました」

「無事でよかった。これしか言えないのは辛いがな」

「良いんですよ。そんなことより、萌さんは知りませんか?」

「そのことで話がある。しかし今は治療を優先してくれ」

「分かりました」


 明人たちが会話をしていると、数名の医師がストレッチャーを押して現れた。


「遅れて申し訳ありません。院長の命で平刃様と同じ病室にご案内させていただきます」


 平刃と院長が手配してくれていたようで、明人たちはストレッチャーに乗せられて処置を終え、一人ずつ順に五十二号室に搬送された。全員の処置が終るまでには、と言っても、明人と瑠璃は軽傷だったのですぐ終わり、処置が長かったのは朝美と影司であった。朝美はしばらく安静を言い渡され、影司に関しては病室を出ることも禁ぜられるほどの重傷であった。


「遅くなってしまったな。話は明日にしよう。二人は眠ってしまったようだしな」


 平刃の言う通りで、時刻は既に深夜の十二時を回ろうとしていた。それに朝美と影司は既に深い眠りに落ちており、全員に十分な情報が伝わる状態では無かった。


「そうですね。今日は寝ましょうか」

「そーね。あたしも疲れたし」


 二人は平刃の意見に同意すると、それぞれ自分のベッドに戻った。

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