第二十七話 五色の雨
平刃が事情を詳しく話すと言うので、明人たち三人は、女性が、山城瑠璃が身を隠していた廃工場に入った。
「彼女は山城瑠璃。私の……」
「あたしはね、この人の恋人の妹。今お姉ちゃんは出張で海外に行ってるんだけど、その間面倒を任されちゃってさ~。壱夜さんって無口だし、大事なこと隠したがるでしょ? 今だってそうだったし」
「瑠璃……。まぁいい、そう言うことだ」
平刃は明らかにやりづらそうであった。
「そんでさ、あたし変な雨浴びちゃって、つい最近まで眠ってたんだよね。それで変な研究所を脱出して、壱夜さんに再会したわけ」
「な、なるほど……」
明人も瑠璃の勢いに圧倒され、少し顔を歪める。
瑠璃は説明を終えると、廃工場内をウロウロし始める。その間に平刃は話し始める。
「確かに彼女のお姉さんと私は旧友だ。だが恋人ではない。実は彼女の面倒を頼まれてしまってな。彼女は――」
平刃が何か続きを話そうとした時、廃工場にロージョンが現れる。
「ロージョン!」
明人は勢いよく立ち上がり、両手を構える。
「バイタルチェンジ!」
「瑠璃、こっちに来い」
平刃は迅速に瑠璃を保護し、物陰に隠れる。
「っしゃ! 臨むところだ!」
スーツ形態に変異した明人は、現れた変異体に攻撃を仕掛ける。
「回収しに来たのか……?」
「回収って何?」
「……知らなくて良いこともある」
現れたロージョンは一体で、明人はあっさりとロージョンを撃破する。
「よし、いっちょ上がり」
変異が解けるのを待ち、明人は平刃のもとに戻って来た。
「助かった」
「ちょっと何、今のは何なの?」
瑠璃は怯えたようにそう言った。
「あ、えーっと、はは」
明人は誤魔化すようにそう言うと、苦笑いを浮かべながら平刃の方を見た。
「単刀直入に言うならば、君は狙われている。君が眠っている間に、いろんなことがあったんだ……」
平刃はゆっくりと、瑠璃が眠っている間に起こったことを説明した。変異体のこと、ロージョンのこと、明人のこと、その他にも朝美や影司のことも簡単に説明した。
「そ、そんなことが……」
「俺は悪い変異体を倒すために戦ってるんだ。だから、あなたに危害は加えません」
「それは何となく分かる。何となくだけど」
「まぁいい。この話は終わりだ。俺は帰るからな」
「ちょちょ、教授、このままここに置いて行くんですか?」
「私の家では匿えない。変な噂を流されても困るからな」
「確かにここは誰も来ないですけど、でも危ないですよ。ちょっと待っててください」
明人はそう言うと、携帯電話を取り出して三番を押した。そして朝美に事情を説明し、朝美の家で匿ってもらうことにした。
「よし、オッケー出ました。待ち合わせ先は大学にしておきました」
「ふっ、そうか。すまないな」
「え、あたしもうここにいなくていいの?」
「あぁ、乗れ」
平刃はそう言うと車に向かって行った。瑠璃もそれに続き、助手席に座った。明人は自分の原付のエンジンをかけ、三人は大学を目指して移動を開始した。
大学の駐輪場に着くと、朝美のスクーターが停まっていた。それを見た三人は研究室に急いだ。
「待たせてすまない」
研究室の前で待っている朝美に向かってそう言った。
「いえ、私も今来たばかりなんで」
「入ってくれ」
研究室の鍵を開け、平刃が先に部屋へ入って行く。それに続いて明人たち三人も研究室に入る。
「へぇ~、ここが研究室なんだ」
瑠璃は少し興奮しながら研究室内を歩き回った。
「彼女が瑠璃さんか。私たちよりも下なの?」
「あ、そう言えば俺も聞いてなかったな。教授、彼女は――」
「瑠璃は二十四だぞ」
「え、俺たちの二個上?」
明人は研究室をウロウロする、小柄で緑色のメッシュが入った肩位のミディアムヘアの瑠璃を見た。朝美と違って少しつり目がちな瞳で研究室内の器具を見回し、一回りすると飽きたのか、ソファに腰かけた。
「ふぅ、楽しかった。にしても狭いね」
「これくらいが丁度良いんだ。神馬、悪いな。君はそっちの椅子に座ってくれ」
「はい、全然大丈夫です」
明人はそう言うと、実験台の下に入っている椅子を引き出し、そこに座った。朝美と瑠璃は長ソファに座り、平刃は自分のソファに座った。
「戸木田君、改めて礼を言う」
「いえいえ、良いんですよ。役に立てて良かったです」
「よろしくね。朝美さん。だっけ?」
「はい、朝美でも大丈夫ですよ」
「りょーかい、あさみん」
「あ、それ良いですね」
女子同士が仲良くなるのは早かった。明人と平刃は黙ってその会話を眺めていた。
「どうやら仲良くやってくれそうだな」
「ですね。ひとまず安心です」
スクーターで来てしまった朝美は、今日一日スクーターを置かせてもらう様に頼み、今日はバスで帰ると言った。二人が帰る前に、平刃は念のため緑色の携帯電話を瑠璃に手渡し、番号の説明をした。それを終えると二人は帰宅した。
「ふぅ、何とか帰ってくれましたね」
「そうだな、後半はただの世間話だったからな」
「さてと、俺も帰ろうかな」
「待て、一つ話がある」
「はい?」
平刃は明人を引き留め、瑠璃の話を始める。
「彼女も染色雨を浴びた一人だ。それと、染色雨についてだ。実はな、ほとんどの染色雨が黒だったんだ。その中で、色付きの雨。と呼ばれる雨が五色降ったんだ。赤、青、黄色、緑、そして紫。関係性は分かっていないが、これだけは伝えておく」
「色付きの雨……。俺はその一人ってことですね」
「そう言うことになる」
「そ、それで瑠璃さんは?」
「彼女は緑色のカプセルに浸されていたらしい」
「ってことは、色付き」
「あぁ、だが彼女にはまだ何も伝えていない。何も知らない方がいい。私はそう思う」
「俺もそう思います。彼女は戦うべきじゃない」
「良かった。出来れば気にかけてやってくれ。私では守れない時もあるからな」
「はい、変異体なら任せてください」
その後お茶を一杯ご馳走になり、明人は帰宅した。
翌日、朝美宅で目覚めた瑠璃は、洗顔をし、歯を磨き、軽く化粧をすると席に座った。
「おはようございます、瑠璃さん」
朝美は既に起きており、朝食の準備をしていた。
「おっはー、……あのさ、あさみん。今日ちょっと行きたいところがあるんだけど」
「はい、私で良ければ付いて行きますよ?」
「ふっふーん、そう言ってくれると思った。ありがとう」
「いえ、これ食べたら行きましょうか」
朝美はそう言うと、テーブルに朝食を並べた。
食事を終えた二人は、手分けして片づけを済ませ、そして外出した。
瑠璃が行きたいと言った場所は、昨日まで瑠璃がいた廃工場であった。二人はその工場に一番近い場所までバスで行き、残りは徒歩で行くことになった。
「あの廃工場にずっと一人でいたんですか?」
「そうよ。噂なんて知らなかったから、あたしにとってはただの廃工場だったけどね」
瑠璃は過去を引きずるタイプではないようで、ニコニコと笑い話にした。
「でもなんで廃工場に?」
「ちょっと忘れ物しちゃってさ」
二人はその後も、朝美の職業の話や今の原笠市の話など、世間話をしてだんだんと人通りが少なくなる道を歩いた。
廃工場が近づくと、とうとう人通りは皆無であった。二人は臆せず廃工場に向かい、そして中に入った。
「昼間なのに薄気味悪いなぁ~」
「あさみんが勝手にそう思ってるだけだよ」
瑠璃は笑い半分にそう言いながら、廃工場の奥へドンドン進んでいく。
「たっしかここら辺だったんだけどな~」
――瑠璃が工場の奥へ進んだ瞬間、最奥に位置する窓ガラスが割れ、そこからロージョンが侵入してきた。
「へ、変異体! 連絡しないと」
朝美は鞄から携帯電話を取り出し、明人に連絡を入れようとする。
【ガアァァ!】
朝美が二番を押そうとした瞬間、変異体が黒い球を飛ばし、それが朝美の右手に命中する。
「きゃっ! いった」
「ちょ、大丈夫!?」
攻撃を受けた朝美を心配し、瑠璃は朝美のもとへ駆け寄った。
「へ、平気です。ただ、右手が痺れて……」
「あたしどうすれば……」
「あ、昨日平刃教授から携帯電話貰ったよね?」
「アレね!」
瑠璃はポケットに入れていた携帯電話を取り出し、明人に連絡を入れる。
「左手は使えるよね?」
「は、はい」
「じゃあ連絡よろしく。私が時間稼ぐから」
瑠璃はそう言うと、携帯電話を朝美に押し付けて変異体に向かって行く。
「ちょっと瑠璃さん!」
朝美は瑠璃を止めようとするが、その前に呼び出し音が切れ、明人の声が携帯電話から漏れ始める。
「もしもし? おーい、誰だ?」
「もしもし、私、朝美よ」
「おう、どうした?」
「変異体よ。瑠璃さんがいた廃工場。今、瑠璃さんが戦ってる」
「なんだと? 分かった、すぐ行く!」
明人はそう言うと電話を切った。そして準備をしながら平刃に状況を説明し、最低限の準備を終えた明人は家を飛び出した。
「瑠璃が戦っているだと? まずいな」
研究室で電話を取った平刃も、急いで準備を済ませ、廃工場に向かって車を走らせる。
「きゃあっ!」
「る、瑠璃さん!」
軽い身のこなしで変異体を翻弄していた瑠璃だったが、ついに攻撃を喰らってしまう。
「大丈夫ですか、瑠璃さん?」
瑠璃は朝美のもとまで吹っ飛ばされ、朝美は左手一本で瑠璃を抱き寄せる。
「うっ、うぅ……」
朝美は瑠璃の服を掴み、どうにか自分の身体と瑠璃の体を引きずるようにして、なるべく変異体から逃れようとする。すると、工場の外からエンジンの音が聞こえ、それが止んだ。
「大丈夫か!?」
その声に朝美は振り返った。するとそこには、両手を構える明人がいた。
「バイタルチェンジ! ……臨むところだ!」
スーツ形態に変異し、朝美と瑠璃に近寄る変異体に殴りかかる。
「無事か?」
明人に続いて平刃も現場にやって来た。そして朝美を助け起こし、瑠璃を担いで工場の入り口に向かった。
「すみません、助かりました。でも瑠璃さんが」
「いや、良いんだ。とりあえず起きるまで様子を見よう」
平刃は朝美と瑠璃を車の中に残し、廃工場で戦う明人の様子を見に行った。
「おら! っしゃ、決めてやる!」
明人は構えていた剣で突きを入れる。すると突きが入った部分が赤く光る。明人は剣をしまい、柄を腰に戻す。右足が赤く燃え始め、明人は光っている部分を目掛けて蹴りを浴びせる。
ロージョンは炎上し、跡形も無く燃え尽きた。そして明人の変異も解け、明人は工場の入り口に向かった。
「朝美と瑠璃さんは大丈夫そうでしたか?」
「あぁ、瑠璃のほうはまだ目覚めていないが、大丈夫だろう」
平刃と明人は車に戻った。後部座席では瑠璃が眠っており、助手席の朝美は右手を抑えて俯いていた。
「教授、病院に行った方が」
「いや、一度私の研究室に行かせてもらう。戸木田君の応急処置もそこで済ませる」
「わ、分かりました」
若干不服ではあったものの、明人は教授の指示通り行動することにした。平刃は運転席に、明人は原付に跨って大学に向かった。
大学に着くと、平刃が瑠璃を抱き上げ、明人が朝美に肩を貸し、四人は研究室に向かった。
ついて早々、平刃は瑠璃をソファに寝かせ、明人に指示して実験台の下にある木椅子を引き出させ、朝美をそこに座らせた。
「大丈夫か。今手当てする」
「はい、お願いします」
朝美の右手はまだ痺れており、平刃は戸棚から何個かの瓶を取り出して実験台に並べる。そして手際よく応急処置をしていく。
「す、すごい。痺れが取れました」
「良かった、実は神馬の血液から、いや、正確には神馬に寄生した生物の液体から薬を作ったんだ」
「教授いつの間に。まぁいっか。それで俺に寄生した生物のお陰でなんで痺れが消えたんですか?」
「簡単に言えば、君に寄生した生物が、ロージョンを食べたんだ」
「なるほど、食物連鎖的なことですか?」
「そうだな。まだ解明は出来ていないがそれに近いものだろう」
三人がそんな会話をしていると、ソファで眠っていた瑠璃が呻き声を上げ始める。
「大丈夫か、瑠璃?」
「う、うぅん、ここは、どこですか?」
瑠璃が目覚めたようなので、朝美はソファに近付いて瑠璃の顔を覗き込む。
「瑠璃さん?」
「あ、えっと、どちら様ですか?」
目覚めた瑠璃の口からは、予想だにしていなかった言葉が飛んできた。




