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第十九話 早々の対面

 ……明人と平刃による検証実験が始まろうとしていた時、研究室から去った朝美は、一人原笠公園に向かっていた。


「すっかり静かになっちゃったな~」


 朝美は人気の無い公園に一人立っていた。

 原笠公園では二度も変異体が暴れており、公園に遊びに来ていた子どもや、散歩に来ていた老人など、力を持っていない者たちは変異体を恐れて公園に遊びに来るわけも無かった。そんな中公園にいるのは、度胸試しに動画を取りながら公園を歩き回っている若者くらいしか目には映らなかった。


「全く、怖いもの知らずとは彼らのことかしらね」


 朝美は顔を横に振りながら、呆れたようにそう呟いた。

 若者たちが遠くで騒いでいるのを耳にしながら、朝美は公園内をぐるりと見回した。中央にある噴水近くを歩いたり、遊具がある公園の奥部を歩いたり、犬の散歩やちょっとしたウォーキングに利用されるランニングコースを歩いて公園を大回りしてみたり、と、朝美は公園内を隈なく一周した。その途中、騒いでいる若者たちに絡まれるのも嫌だったので、朝美はどうにかして若者たちがいないタイミングを見計らってそれらを回り終えた。


「何も手掛かりは無いみたいね……」


 少しでも勘が騒いだ場所は手当たり次第に調べたのだが、有力な手掛かりが見つかるはずも無く、朝美は渋い顔をしながら公園の中央に戻ってきていた。

 ベンチに腰かけ、公園を回っている途中自動販売機で買ったオレンジジュースを片手に噴水を眺めた。


「はぁ~あ、特に情報も無かったし、帰ってアーデスの情報でも纏めようかな~」


 朝美はオレンジジュースの入ったペットボトルを大きく傾け、ごくごくと飲んだ。そして、ぷはぁ。とビールを飲み終えたサラリーマンのように大きく息を吐いた。


「それにしても、なんでこの公園封鎖されないのかしら……。それどころか、町の復旧も妙に早いのよね……。深読みしすぎかしら」


 朝美はちょびっと残っていたオレンジジュースを余すこと無く飲み終えると、ペットボトルを捨てるために立ち上がった。そして先ほどジュースを買った自動販売機の場所に戻ろうとした時、噴水の向こう側にあるベンチに誰かが座っているような影が映った。(こんな物騒な時に公園でくつろいでいるなんて、怪しいわね。)そう思った朝美は、ペットボトルを捨てに行くついでに噴水を避けてちらりと向こう側のベンチを見た。するとそこには影司が座っており、ペットボトルを捨てた朝美はそろそろと影司がいる方に向かって行った。


「こんにちは~。少し良いですか?」


 影司のことを知らない朝美は、丁寧な口調でそう切り出した。


「……」

「えっと、ほんの少しだけお話を聞きたいんですけど」


 影司が無視を続けるので、朝美はそう言いながら大袈裟にメモ帳とペンを取り出して、取材する体勢を取った。


「……はぁ、邪魔だから帰ってくれ」

「え、ちょ、ちょっとだけですから。ね?」

「忙しい。帰ってくれ」


 影司は不愛想にそう言うと、ベンチから立ち上がって公園から立ち去ろうとする。


「ちょっと! なんで変異体が出るかもしれない公園にいたの!?」


 初めは下手に出ていた朝美だが、影司の態度があまりにも悪いので怒鳴り散らすようにそう言いながら影司の後を追った。


「ここにも変異体が出たのか?」


 朝美の大声に影司は立ち止まってそう聞いた。


「え、えぇ、二回くらい」

「二回もか」

「そうよ。だからこんなに人が少ないの。いつもはもっといろんな年齢層の方で賑わってるのよ」

「まぁそこはどうでもいいが、それならもう少しここでゆっくりさせてもらおう」


 影司はそう言うと、朝美の横を抜けて先ほど座っていたベンチまで戻っていった。朝美は内心、うわー変な人に遭遇した。と思いながらも影司の後を追いかけて取材の続きをする。


「あなたアーデスって知ってる?」

「アーデス? なんだそれ」

「ここ最近民衆を守るために戦っている変異体よ」


 朝美は少し得意げにそう言った。


「へっ、民衆の為に。ね。昨日似たような奴には会ったよ」

「似たような奴?」

「アンタには関係無いだろ」

「そ、そうね。ひとまず深堀はしないでおいてあげる。それで、あなたは変異体についてどう思ってる?」

「倒すべき敵だ。俺の為に」

「あ、えっと、ごめんなさい」


 影司があまりにも深刻そうにそう言ったので、朝美は変異体によって親族を亡くしたのだと思って咄嗟に謝った。


「謝る必要は無い。まだ何も始まっていないからな」


 影司は朝美の方をちらりとも見ずに受け答えを無理矢理終える。


「えっと、それじゃあ最後に……。もし、変異体の正体が、変異体の中身が人間だったらどう思う?」

「……」


 朝美の問いに影司は答えない。そして黙ったまま立ち上がると、ようやく朝美の真正面に立って口を開いた。


「アンタ何者だ?」

「な、何者って、ただの記者よ」

「記者ってのはそんなにも早く情報を手に入れるものなのか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。何の話?」

「……はぁ、悪かった。俺の勘違いだ」


 朝美の瞳をしばらく睨み続けた影司は、ため息をつくとそう言った。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 二人が沈黙に圧されている時であった。公園の奥から悲鳴が聞こえた。それを聞いた影司と朝美は走って公園の奥に向かった。


「クソ、なんでついてくるんだ」


 影司は少し後方を走る朝美に腹が立っていた。しかしこの悲鳴は絶対に変異体が現れた証拠だと思っている影司は、朝美を無視して奥に向かう他無かった。


「た、助けてぇ!」


 予想通り変異体が現れていた。朝美が公園に来た時からいたカメラを回していた若者衆が変異体に襲われていたのだった。


「私たちじゃどうにも出来ないわ! 助けを呼びましょう!」

「そうだな。俺は少しでも時間を稼ぐ、アンタが助けを呼んで来い」


 影司はそう言うと、変異体に向かって走り出す。


「ちょっと危ないわよ! ……もう、とにかく明人を呼ばないと」


 朝美は遊具の陰に身を隠し、スマートフォンを取り出そうと鞄の中を探る。

 朝美がいなくなったと誤認した影司は右手を左胸に持っていき、右胸部に取り付けられている器械のつまみを回す。


「ビートチェンジ」


 そう言うとポケットからナイフを取り出し、それで両掌を素早く切ると、影司の体はあっという間に青い装甲に包まれた。


「う、うわぁぁ! もう一体現れたぞ!」

「逃げろぉぉ!」


 影司が戦場に躍り出たことにより、黒い変異体、ロージョンは若者たちから目を外し、影司の方を向き、そして攻撃を開始する。


「あったわ。早く明人に連絡しないと」


 朝美はようやくスマートフォンを見つけ出し、遊具の陰から影司の様子を伺う。すると視界には青い変異体が映った。


「アレって、明人が言ってたメインストリートで共闘したって言う青い変異体?」


 朝美は目の前に現れた青い変異体に釘付けとなり、右手に持っていたスマートフォンで明人に連絡をすることはなく、影司の戦況を伺うことにした。


【グラァァァァ!】


 変異体は大振りの攻撃を際限なく繰り返す。影司はその攻撃を一発一発見切り、的確に躱していく。


「さっさと終わらせるか」


 影司はナイフを構えると、変異体の攻撃を躱しては反撃をして、躱しては反撃をして。を繰り返し、じわじわと変異体の体力を奪っていく。そして蓄積した痛みによって相手の攻撃が鈍くなり、そしてついには立ち止まる。


「終わりだ」


 影司はその瞬間を見逃さず、ナイフを変異体の腹部に投げつける。ナイフの刃部は隠れるように変異体の腹部に飲み込まれ、そしてナイフの刺さった部分から変異体が凍り始める。腹部一杯が凍ったかと思うと、影司は走り出してナイフを更に押し込んだ。すると変異体はかち割られた氷のようにバラバラになり、そして浄化していった。

 戦闘を終えた影司は、手を軽く払うとナイフを拾って変異を解いた。そして素早く立ち去ろうと公園の入り口に向かって歩き出す。


「ちょっと待って」


 そう言って影司の行く手を阻んだのは朝美であった。


「なんだ、アンタが助けを呼びに行っている間に変異体は逃げ帰った。俺は帰らせてもらう」


 影司は朝美をあしらおうと雑な嘘をついてその場を去ろうとする。しかし一部始終を見ていた朝美はその場をどこうとはせず、影司を問い質す。


「あなた、変異できるのね。それに昨日もバス通りで目撃情報があるわ。青い変異体さん」

「……はぁ、何を言ってる?」

「見てたのよ、今の戦闘。変異体は跡形も無く、氷の様に砕け散ったところまでね」

「……お前も変異するのか?」

「私はしないわ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「変異する人は知ってる」

「まさか神馬とか言う奴じゃないだろうな?」

「そうよ。その神馬ってやつからあなたのことを聞いたのよ」

「はぁ、口の軽い奴だ」


 影司は呆れるようにそう言うと、無理矢理朝美の横を通り抜けようとする。


「ちょっとちょっと、話は終わってないわよ」

「次は何だ。俺は次の変異体を探す必要がある」

「それはどうやって探しているの?」

「言うわけ無いだろ。じゃあな。神馬ってやつにも伝えておけ、次は無いからな。と」

「それは分かったけど、あなたのことを記事にしたいんだけど!」

「勝手にしろ。変な情報を漏らしたらアンタも神馬も命は無いからな」

「アンタじゃなくて戸木田朝美って言う名前があるわ!」


 後半、朝美は首に血管が浮き出るほどの大声を上げながら自分の名を名乗った。影司はそれを聞くと、何の反応も示さずに公園から立ち去って行った。


「つれない奴ね」


 影司が駐車場に消えたところで、朝美も自分のスクーターで帰宅しようと駐車場に向かった。


 ……明人が帰宅しようと自分の原付に跨った時、ポケットに入れているスマートフォンが振動した。朝美からの電話である。


「もしもし?」

「もしもし明人。あのさ、今日早速昨日言ってた青い変異体に会ったわよ」

「え、青い変異体? 影司に会ったのか?」

「えーっと、そう、その影司っていうの? 感じの悪い奴に会ったわ」

「お前、変なこと言ってないだろうな?」

「あ、あぁ~、えっとね、ちょっと怒らせちゃったかな?」

「はぁ、頼むから関係が悪化するようなことはしないでくれよ?」

「分かってるわよ。そこは任せといて。それでさ、彼の変異体にも名前を付けようと思ってるの」

「おい! 今の話聞いてたか!? お前雑誌に載せる気か?」

「えぇ、許可も貰ったからね。だから来月は青い変異体の記事にするわ」

「分かった分かった。それはもう仕方ないけど、これからは気を付けてくれよ」

「は~い、それじゃあね」


 朝美が一方的に電話を切ってしまったので、明人は念押しをすることが出来ずそのままスマートフォンをポケットにしまった。


「ったく、相変わらずせっかちなやつだな」


 明人はため息交じりにそう言うと、エンジンをかけて自宅に向かった。

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