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第十七話 変異と意志

 明人と影司が戦闘を終えたころ、朝美は一人電車に揺られて火澄町に向かっていた。その帰りの電車内で一度電話がかかってきたことに気が付いていたのだが、考え事をしていた朝美は火澄町に着いてから折り返そう。とスマートフォンも見ずに吊革に掴まっていた。

 駅について電車を降りた朝美は、鞄からスマートフォンを取り出して着信履歴を見た。すると電話の相手は牧田であった。朝美は急いで折り返しの電話を入れる。


「あ、もしもし――」

「やっと出たわね。あなたが海林社に来ている間にアーデスが動いたわよ」


 朝美が謝りを入れる前に、牧田はアーデスの出現情報を朝美に告げた。


「ほ、本当ですか! あ、えっと、折り返し遅れてすみません」

「そんなのいいわ。目撃情報は火澄町よ。それに昨日現れた青い変異体も出たらしいわ。とにかくもう着いているんだったら早く探しなさい」

「は、はい!」


 牧田は情報を抜かりなくに伝えると、すぐに電話を切ってしまった。朝美の返事も聞こえたのか不安になるほどであった。

 電話を切られた朝美は、通話履歴から明人の名前を見つけ出し、そして電話をかけた。明人はすぐに出た。


「もしもし明人?」

「あぁ、なんだ?」

「変異体が出たの?」

「まぁな。でも大丈夫、倒したから」

「そう、それなら良かった。これから少し会える?」

「どこで?」

「そうね……。あんたの家でいい?」

「いいよ。丁度家にいるし」

「おっけー、それじゃ」


 手短に電話を終えた朝美は、時計を確認してバス停に走った。


 駅から出ているバスに乗り、大学前を通り、そしてメインストリートを通るはずのバスは迂回して次のバス停に向かった。変異体が出没したせいであるのだが、それを知らない朝美の脳内にはクエスチョンマークが大きく表れていた。

 バスはメインストリートにある一つのバス停を飛ばしてその奥にあるバス停にたどり着いた。このもう一つ先にあるバス停が明人宅の最寄りのバス停であった。朝美はメインストリートのことも明人に聞こう。と思いながら次のバス停で降車した。

 少し駆け足に明人宅のチャイムを鳴らし、明人はすぐに朝美を迎え入れた。


「メインストリートが封鎖されてたんだけど、もしかして変異体?」


 朝美は鞄を椅子に置きながらそう言った。


「そうだよ。俺もついさっき帰ってきたところなんだ」

「まぁそうよね。あんなに大きな封鎖は変異体以外ありえないもんね」


 朝美は苦笑を浮かべながら席に着いた。


「麦茶で良いか?」

「うん」


 明人は自分のコップと紙コップを一つ取り出すと、それに茶を注いで紙コップは朝美に、コップは自分の席前に置いて明人も席に着いた。


「それで、話があるんだろ?」

「うん、実は今日海林社に行って、アーデスの記事を辞めたいって言ってきたの」

「え!? なんで!? ……いや、でもあんなの見せられたら辞めたくなるよな」


 一度は勢いよく立ち上がった明人だが、自己解決すると静かに座った。そんな明人を見て朝美は少し笑うと、話を続けた。


「でも取り下げたわ。って言ってもほとんど上司のお陰なんだけど」


 朝美は自らを嘲笑するようにそう言った。そして話を続ける。


「怖いのはみんな一緒だし、そんな中で私に出来ることがあって、もしかしたらそれは私にしか出来なくて、さらにそれがみんなの役に立つんなら、逃げていられないな。ってね」


 朝美は重い空気にならないよう、時々微かに笑みを浮かべながら言い切った。

 明人は相槌を打ちながら、朝美が話し終えたのを確認すると少し間を開けて話し出した。


「お前がそう思うなら、俺は止めないよ。ただ、無理はするなよ」

「うん、私が出来る範囲でフォローさせてもらうわ」


 そう言う朝美の顔は晴れ晴れとしていた。何か憑き物が落ちたような。そんな顔をしていた。


「あ、そうだ。聞いてくれよ! 今日メインストリートで戦ったんだけどさ、俺以外にも変異体と戦ってるやつがいてさ!」

「……! 本当!?」


 麦茶を飲んでいた朝美は、それを喉に詰まらせそうになりながら、問い返した。


「本当だよ! 他の奴と違って青い変異体でさ。軽い身のこなしであっという間に変異体をやっつけちまったんだ」

「ふむふむ、なるほどね。次の記事はそっちの変異体でもいいかもね」

「い、良いとは思うけどさ。あんまり悪く書くなよ?」

「大丈夫大丈夫、私に任せなさい! それともなに? 私が信用できないの?」

「いやいや、そんなこと無いけどさ」


 明人と朝美はそんな会話を終えると、互いに無垢な笑いを浮かべた。二人はともに数日ぶりに心の底から笑ったような気がしていた。

 落ち着いた朝美は早速その青い変異体についての質問を始めた。


「もう互いに変異できるっていうのは知ってるの?」

「あぁ、知ってるよ。今回は急を要したからさ、隠せなかったんだよ」

「そうだったのね……。他の人には見られてないわよね?」

「もちろん。見られたら俺もお前も食っていけないしな」

「ふふ、そうね。それでその新しい変異者へんいしゃはどんな方なの?」

「う~ん、とりあえず俺と同い年くらいの男で、クールな奴って感じだったかな。変異は左胸になんかつけてるみたいで、それをカチッと回して両掌を切るって感じだったよ」

「ありがと、もう一回ゆっくり聞いていい?」

「あぁ、いいよ」


 朝美はメモ帳を鞄から取り出し、それを確認した明人はゆっくりと先ほど言った情報を復唱した。


「……ありがと。もう少し彼の情報が集まったら記事にしようと思う」

「今度からはまた現場に来るのか?」

「えぇ、そのつもりよ。あんたのこともそうだけど、その新しい青い彼にも注目しないといけないからね」

「あんまりグイグイ行くなよ。なんか釣れないやつだからさ」

「まさか、初っ端から何かあったの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。なんか疑い深いやつでさ、若干敵視されてるって言うか……」

「じゃああんたの友人である私がグイグイ行ったら完全に敵視されるってこと?」

「かもしれないって話だ」


 明人は呆れたようにそう言うと、残っていた麦茶を飲み干した。


「かもしれない。ねぇ。まぁ見てから決めるわ」

「それがいいかもな。俺とお前じゃ見え方が違うかもしれないしな」

「あとは何か情報は無いの?」

「うーん、特には無いかな……。あ、そう言えば、暇な日に大学に来てくれって教授が言ってたな」

「そうなの? 私としてもネタが少ないからもう少し何か欲しいのよね」

「よし、それじゃあ」


 明人はそう言って窓から外を見た。すると先ほどまで茜色だった空はすでに暗くなり始めており、今日訪れても詰め詰めで話が進んでしまうと思った明人は言葉を変えた。


「……明日にするか」

「そうね」


 朝美も外を見てそれに同意すると、出された麦茶を飲み干し、空になった紙コップをゴミ箱に捨ててその日は別れた。


 翌朝、数回の連絡を終えた二人は大学で合流することになった。明人は準備を整えると、平刃に連絡を入れてすぐに出発した。

 メインストリートはまだ封鎖されており、明人は迂回して原付を走らせた。多少時間はかかったものの、昼前に大学に着きそうだった明人はコンビニに寄って昼食を購入してから大学に赴いた。


「おまたせ~」


 駐輪場で原付に跨っていた明人の横に可愛らしいスクーターに乗った朝美が来た。


「俺も今来たところだよ」


 明人はそう言うと原付のシートを上げ、ヘルメットの紐をシートに噛ませて原付のキーを抜いた。朝美も同様にして原付を降りると、二人は旧館に向かって歩き出した。


「おじゃましま~す」


 明人は扉を三回ノックした後に、そう言いながら扉を開けた。


「早かったな。昼食は?」

「これからです」


 明人はそう言ってビニール袋を顔の辺りまで持ち上げた。


「座ってくれ」


 平刃にそう言われた二人はいつも通りソファに腰掛けた。そして対面にある個人用ソファに平刃が腰かけ、三人はまず昼食を摂った。


「それで教授、今日は何の話ですか?」


 待ちきれなかった明人は、買ってきたおにぎりをもぐもぐしながらそう言った。


「……これだ」


 平刃はそう言うと、明人の部屋に遺されていた成田のノートパソコンをテーブルに置いた。


「パソコン? 教授のじゃないな……。でもどっかで見たな……」

「君の家に居た成田君のだ」


 平刃は包み隠さず本当のことを伝えた。


「あ、あぁ……。成田さんのか……」


 明人の咀嚼はあからさまに遅くなった。そして急に喉が締まったのか、明人は口内のおにぎりを流し込むように麦茶を飲んだ。


「このパソコンには遺書が保存されていた。君には悪いと思ったが、落ち着いてから読んでもらった方が良いと思ってな」

「はい。俺も今でよかったと思います。もしあの直後に読んでたら……」

「後悔は永遠と残るだろう。しかしそれを引きずっていてはダメだ。今の君なら読めるはずだ」

「はい」


 平刃はノートパソコンを起動し、遺書が書かれているメモの画面にするとパソコンを反転させて明人の方に画面を向けた。

 明人は食事を止め、メモの画面をゆっくりとスクロールし始めた。平刃と朝美は静かにそれを見守った。

 ……読み終えた明人は涙を堪えながら画面を平刃の方に戻した。そして残っていたおにぎりを頬張ってそれを麦茶で流し込んだ。


「大丈夫?」


 隣に座っていた朝美が、明人を心配してそう言った。


「あぁ。大丈夫。……嬉しかった半面、悔しさもこみ上げて来たけど、成田さんの遺書を読めて良かったよ」

「そう、それなら良かった……」


 もらい泣きしそうになりながら、朝美はそう言った。


「これからも辛いことが幾度となく立ち塞がるだろう。だが君なら出来る。私はそう信じている」


 平刃はノートパソコンをシャットダウンしながらそう言って、明人を励ました。


「ありがとうございます。二人のためにも、成田さんのためにも、町のみんなのためにも、俺、もっと頑張ります」

「あんまり気張るんじゃないわよ!」


 朝美はそう言って明人の肩を叩いた。


「いてっ。分かってるって。てかお前もだからな?」

「まぁね。でもあんたほど危険な立ち位置じゃないからさ。ギリギリまで攻めるつもりよ」

「記事のことか?」


 朝美の覚悟を知らない平刃はそう聞いた。


「はい、そうです。明人も平刃教授も頑張ってるのに、私だけ逃げようとしちゃって……。でももう逃げません。私も頑張ります」

「ふっ、そうか。私も足踏みしていられないな」


 三人の目標や意気込みを改めて確認し合い、三人は口元を緩めた。


「それでは早速一つ良いか?」


 平刃は徐にそう言った。


「はい。なんでしょうか?」

「遺書についてだ。成田君が意志によって寄生体をコントロール出来ると書いていただろう?」

「はい、書いてありました」

「私もそれに着目してな。もしかしたら君が強く思えば変異をコントロールできるのでは無いかと思ってな」

「変異をコントロール。ですか?」

「そうだ。君が鎧形態になりたいと思ったら鎧形態に。スーツ形態になりたかったらスーツ形態に。という風にな」

「なるほど……。でもそれだけじゃなんか弱い気がするんですよね?」

「なんだ、君の中で何か引っかかっていることがあるのか?」

「はい、誰かを守りたい。絶対に倒したい。と思ったときはスーツ形態になって、迎撃したい。と思った時は鎧になる気がするんです」

「そうか。そう言う意味での強い意志。という事なのか」


 平刃は一人納得したようにそう言うと、話を続ける。


「その意思の操作をもっと的確に、かつ繊細に出来れば思い通りに変異出来るかもしれないな……」

「て言っても難しいですよね……」

「毎回敵を倒したい! って強く思うのは?」


 話を聞いていた朝美がそう言った。


「それなら確かにスーツ形態にはなれると思うけど、鎧にはなれないんだよ」

「それじゃあその寄生した生物とやらと気持ちでも通わせる。とか?」

「いやいやいやいや。どんな奴が寄生したかも分からないのにか?」


 明人は朝美を馬鹿にするようにそう言った。


「待て。その線はもう少し深堀してみても良いかもな」


 平刃は右手を軽く上げながらそう言った。


「寄生した奴を調べるってことですか?」

「そうだ。例え単細胞生物だとしても、本能はあるはずだ。君がそれに合わせられるようになったとしたら……。いや、それは危険か。もしかすると変異が解けなくなってしまうかもしれないからな……」

「……それこそ、乗っ取られないぞ! って強く思っていれば乗っ取られないんじゃ無いですか? 成田さんだってそう書いていたし」

「やってみる。という事か?」

「はい、教授に何か案があるんなら」

「分かった。柴神山で拾ってきた岩を利用して実験をしよう。寄生体との意思疎通を」

「はい!」


 明人はやる気満々に立ち上がった。


「気を付けてね、明人。ここにいたら邪魔になりそうだし、今日の所は帰るわ」

「そうだな。岩も俺も暴れるかもしれないし、それが良いかもな」

「変異体は神出鬼没だ。君もあまり気張るなよ」


 平刃はそう言って朝美を送り出した。


「はい、ありがとうございます。実験頑張ってください。それじゃあね、明人」

「おう、気を付けろよ」

「うん。ありがと」


 朝美はそう言うと、研究室を後にした。

 そして研究室に残った明人と平刃は、変異をコントロールするための実験の準備を始めるのであった。

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