第十六話 青い変異体
謎の青年を探すために家を出た明人だが、当てずっぽうに走り回る訳にもいかなかったので、とりあえずバス通りを原付で走り、昨日謎の青年を見た場所まで移動していた。
「確かここだったよな~」
明人は原付を近くのコンビニに停めると、ヘルメットをハンドルにかけて事件の現場に向かった。
事件現場の道路はそれほど被害が出ておらず、多少なりとも交通整備はしているものの、大袈裟な工事をするほどの甚大さでは無かったようである。それもあの謎の青年のおかげなのだろうか。と思いながら明人は事件現場を歩いた。
明人宅から大学まで続いているこの道は、大体の店が揃っていた。コンビニもあればスーパーもあり、飲食店もファミレスがあったりラーメン屋があったりと、明人からすればすべてが揃っているように感じていた。なので明人は密かにここをメインストリートとしており、空腹を感じたり簡単な買い物を済ませるときは原付でここに訪れていた。
遅めの昼食を摂っているサラリーマンがちらほらいる中、明人はメインストリートを歩き、コンビニやスーパーで昨日あった変異体事件について聞き込み調査をすることにした。
まずは大型スーパーに立ち寄り、買うものも特に無いのだが、噂話をしている人がいないか辺りをキョロキョロしながら店内をぶらついた。すると。
「ママ! 今日はへんいたい出ないの?」
「いい? 変異体は出ない方が良いのよ?」
「えぇ~! でも昨日ここに出たへんいたいは皆を守ってくれたんでしょ?」
「そうね。だけど、変異体は危険なの。近づいちゃダメよ」
「えぇ~僕へんいたい見たい! 見たい見たい! 今日学校で見たって子がいたんだもん!」
「ダメよ。その子も助かったのが奇跡かもしれないんだから。早くお買い物を済ませて帰るわよ」
「はーい……」
丁度明人の前を歩いていた親子がそんな話をしながら精肉コーナーを歩いて行ってしまった。
「変異体が見たい。か……」
昨日ここで戦闘があったことを確かめることには成功したのだが、親子の会話を聞いて少し複雑な気持ちになった。
親子から得た情報ではまだ少し物足りない気がしたので、明人はペットボトルソーダを一本買ってスーパーを出た。
スーパーを出ると、これから遊びに行くと思われる小学生数人が歩道を駆けて行った。
「公園まで競争な!」
「よーし負けないぞ!」
「僕が一番だ!」
六人ほどいる小学生はサッカーボールを持って近くの小さな公園に向かって競争を始めた。競争となると小学生たちは歩道一杯に広がって公園に向かって走り出した。すると向かい側から歩いて来た一人の男性と小学生の一人がぶつかってしまう。
「うわ! ご、ごめんなさい!」
「……気を付けろよ」
青年は不愛想にそう言うと、小学生の横を抜けて歩き去っていく。
「あいつ、バスに乗ってたやつか?」
左目に掛かるか掛からないかくらい長い前髪をしている青年に明人は見覚えがあった。明人は開けかけていたペットボトルの口を閉め、去り行く青年を追った。
青年はメインストリートを真っすぐ下って行った。どこにも寄らず、立ち止まるわけでもなく、淡々と歩くだけであった。
「おーい! ちょっといいか!」
明人は青年を止めようと声をかけた。しかし青年は気付いていないフリをして歩き続ける。
「ちっ、なんだよ。走って止めるしか無いか」
明人は走って青年の前に飛び出して、無理矢理に青年の歩行を止めた。
「……なんだ?」
「ちょっと話を聞きたいんだけど?」
「……嫌だと言ったら?」
「困る。答えられる範囲で良いからさ」
「……」
青年は黙って明人の顔を見た。そして目を少し逸らすとため息をわざとらしく漏らした。
「あ、じゃあなんか奢るからさ! 話を聞かせてくれよ!」
「……そういうのは求めてない。そうだな、今求めてるとしたら、今すぐ俺の前から消えてくれ」
青年はそう言うと、明人の横を抜けて再びメインストリートを歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくれよ!」
明人は青年が去る前に肩を掴み、再び青年の前に立ち塞がった。
「俺は神馬明人。これで怪しい人物じゃ無くなっただろ? 名前だけでも教えてくれよ」
「はぁ、なんで言わなきゃならん」
「えーっと、昨日バスで会っただろ? それで、お前確かバスに残ってただろ? だから気になってさ」
「……そう言うお前は確か、バスを降りてすぐにぶっ倒れてたな? それも何もない所で」
「え、あ、いや、あれはなんと言うか。ははは」
「あの説明が出来ないなら、俺が名乗る必要もない」
青年はそう言うと明人の横を抜け、左手を軽く上げて立ち去れと言わんばかりに手を動かした。
「へ、へんいたいだぁ~!」
青年が去ろうとした時だった。公園から昨日目撃した変異体が現れたのだ。小学生たちは叫び声を上げ、逃げ出そうとするのだが驚きの余り上手く逃げ出すことが出来ず、小学生たちは少し逃げたところで転んでしまう。
「クソ、こんな時に!」
その場の衆目が変異体に集められていたので、明人はそれを確認すると両手を面前に構えた。青年が真後ろにいるので一瞬変異を戸惑ったが、明人は小学生たちを救うためにその両手を引いた。
「バイタルチェンジ!」
明人はスーツ形態に変異すると、走って変異体に向かって行く。
「臨むところだー!」
変異体は転んでしまった小学生の一人を掴もうと手を伸ばす。明人はそれを阻止しするために変異体に飛び掛かる。
明人が変異体と揉み合っているうちに小学生たちは立ち上がり、それぞれ散り散りになって逃げていく。しかし一人の小学生だけがまだ立ち上がることが出来ない。それは先ほどスーパーで見た小学生であった。
「へ、へんいたいだ……。に、逃げなきゃ……」
小学生は腰を抜かせたまま腕の力だけで後退していく。
「おりゃ!」
明人は揉み合いの最中変異体の腹部を蹴り、怯んだ所にパンチを入れた。
「はぁはぁ、よし。ひとまずこれで」
明人は変異体を突き放すと、腰を抜かせている小学生を抱き上げた。
「よし、逃げるぞ!」
「え、う、うん!」
小学生は喋る変異体に驚いていたようだが、今はそれどころではなく、明人は小学生を担いでどこか隠れられそうな物陰を探した。
明人がひとまず後退しようと青年の方を振り向いた時、青年は昨日同様左胸に右手を当てていた。そして、
「……ビートチェンジ」
と言うと、胸に装着された何かを左手方向に向かって回した。カチッ。という音が鳴ると、青年は左ポケットからバタフライナイフを取り出し、そして両掌を軽く切った。すると掌から流れ出る青い血が、忽ち全身を包んで青年は変異を終えた。
「今日は逃がさない」
青年はそう言うと、首を傾げて骨を鳴らし、変異に利用したバタフライナイフも鋭いダガーに変異させ、青年は走り出した。
逃げる明人は青年とすれ違い、抱いていた小学生を車の陰に隠れさせると、明人も再び変異体に向かって行く。
明人が変異体に向かって走っている途中、両手首から血が漏れ始めた。すると血は徐々に明人の体を包んでいき、変異体がいる場所に辿り着く時には鎧形態に変異していた。
「俺も手伝うぞ!」
明人は辿り着くと同時に変異体を一発殴った。
「……邪魔はするなよ」
青年はそれだけ言うと、ダガーを構えて変異体に向かって行く。
変異体は目の前に現れた青年にターゲットを切り替えた。しかし青年は軽い身のこなしで変異体の攻撃を全て躱し、ダガーでじわじわと相手の装甲を切り裂いていく。
【グギャァァ!】
変異体は威嚇をするように声を上げた。しかしダメージが蓄積してきているようで、その足元は覚束ない。
青年はダガーを右手で持つと、よろつく変異体に向かってダガーを投げた。ダガーは見事変異体の腹部に命中し、次に瞬間、変異体の腹部が凍り付いた。それを確認した青年は変異体に向かって走り出した。
「はぁぁぁぁ!」
青年は走行の勢い利用し、腹部に刺さっているダガーにダメ押しの一発である掌底を加えた。すると変異体はアイスピックで砕かれた氷のようにバラバラに砕け散った。
掌底をした手でそのままダガーを掴み、変異体とともに地面に落ちるのを防ぐと、青年は振り返って明人を見るとダガーを構えた。
「おいおいちょっと待て! お前とやり合うつもりは無い!」
明人は両手を軽く上げて青年の進行を阻止しようとする。
「その確証は無い。目の前にいる変異体は全て敵だ」
「分かった! 変異を解くよ!」
とは言ったものの時間経過で変異が解ける明人は、青年と程よい距離を保ちながら後退する。
「なんだ、解かないのか?」
「いや、解きたいんだけど時間経過なんだよ」
「……本当か?」
「あぁ、大マジだよ」
「……そうか。お前にも時間制限はあるみたいだな。少し俺と違うようだが」
青年はそう言うと、構えていたダガーを左手に持ち替え、右手を左の胸に添えると右手方向に何かを回した。すると再び、カチッ。という音が鳴り、青年の変異は解けた。
「え、自分で変異を解けるのか?」
「お前も変異するなら分かるだろ。この行為が危険なことを」
「た、確かにそうだけど……」
青年は戦闘に使っていたバタフライナイフをポケットにしまい。明人に向かって歩いてくる。すると丁度明人の変異も解け、二人は生身で対面した。
「お前は何のために戦っている?」
「え、何のためにって……。みんなを守るため。かな?」
「ふん。そんなことだろうと思った。だから変異に失敗するんだ」
「あ、お、お前! 見てたのか!」
「しっかりとな」
青年はそう言うと明人の横を抜け、明人が物陰に隠した小学生のもとへ向かい、しゃがんで小学生に目線を合わせた。
「大丈夫だったか?」
「う、うん」
小学生は体育座りをして丸くなっており、瞳には一杯の涙を含んでいた。青年はそんな小学生の頭を撫で、話を続けた。
「あまり変異体が出没するところで遊ぼうとするなよ? それと、今度は自分の足で逃げるんだぞ」
「うん、分かった」
半べそをかきながらも小学生はそう答えた。青年はそれに笑って答えると、再び明人のもとに戻って来た。
「お前、案外優しいんだな。一層名前を聞きたくなったよ」
明人はダメ元でそんなジョークを言ってみた。すると。
「……阿久戸影司だ」
「阿久戸影司か……。よろしくな、影司!」
「気安く呼ぶな。お前が俺に危害を加えないと思ったから名乗ったまでだ。危険を感じたら敵視させてもらう」
影司はそう言うと、洋服に付いた汚れをはたいてコンビニに向かって行った。明人も原付がそこにあるので、影司から少し遅れて歩き出した。
……二人がコンビニ近くまで来ると、影司は立ち止まって振り向いた。
「何だ? 早速戦いたいのか?」
影司は威嚇交じりにそう言って、厳しい視線を明人に投げた。
「ちげーよ! 俺の原付がここに停まってるだけだ」
「……ならとっとと原付に乗って去れ」
影司はそう言うと、コンビニに停まっていた黒いリムジンに乗り込んだ。
「え、お前のところだったの?」
明人の問いに影司が答えることは無く、影司が乗り込んだことを確認するとリムジンは走り去って行った。
「えぇ~、あいつ金持ちなの?」
明人は思わぬ収穫も得て、その日は帰宅することになった。