AZの拡大(2)
看護科の小林可奈の登場です。肝っ玉母さんみたいにたくましい優等生という設定です。
看護科の小林可奈は、講義が終わると、アルバイトを探しに学生課を覗きました。備え付けのパソコンでアルバイト募集をチェックします。
なかなか条件に合うものがないので、諦めようと思ったとき、肩をたたかれました。
振り返ると、見たことのない少年が立っています。
見たことがないだけじゃありません。信じられないほど美しいのです。
まるで、天界から下りて来た天使です。
「小林可奈さん、だね?」
こっちは相手を知らないのに、向こうはこっちを知っているのです。
何となく気味が悪くて、思わず後ずさりしました。
でも、天使だったら、知ってて当たり前かも。
そう思うと、少し元気が出ました。
「悪い。あやしい者じゃないんだ。ちょっと話できないかな?」
小林は唖然としました。ナンパなんて、生まれて初めてです。しかも、相手は天使です。
天使にナンパされるって、凄いことです。
遠山たちは、以前から看護科の学生をメンバーに加えたいと考えていました。だから、辰巳が合コンで会った看護科の学生から情報を探り出していたのです。
「成績が優秀で、好奇心が旺盛。でもって、肝っ玉お嬢さんってくらいたくましくて、周りを和ませるような子を知らない?
友達が、そんな子と付き合いたいって言ってるんだ」
「わあ、辰巳さんの友達ってどんな人?かっこいい人なの?」
「イケメンだったら、私が付き合うわ。私じゃ、どう?」
「無理無理、あんたの成績、可ばっかりじゃない。成績優秀って第一審査で蹴られるわ」
「そんなあ~」
ひとしきり、盛り上がった後で、幹事の娘が簡単に言いました。
「それだったら、小林さんが良いと思う。だって、あの子、入試でトップだったし、入学してからの成績だって『優とる生』やってるから。
ナースじゃなくてドクターにだってなれるんじゃないかって噂があるくらい優秀なの。
しかも、性格も良いわ。初めて会った子ともすぐに友達なれるし」
条件に合うのは、この人しかいなかったのです。
周りの面々も、そうそうあの子しかない、と頷きました。
「今日は、来てないのかな?」
「今日は、用事があるって」
「今度、紹介してくれない?」
「難しいわねえ。今、バイト探さなきゃって必死だから、デートする余裕もないと思うわよ」
こうして、遠山は小林に会いに来たのです。
喫茶店で向き合ったとき、小林は顔が赤くなるのを感じました。相手は、それほど美形なのです。
でも、相手の行動は予想外のものでした。簡単に自己紹介すると、AZへの参加要請をしたのです。
「廃村へ移住……するんですか?」
呆れてものが言えません。
でも、冗談を言ってるようにも見えません。
「本気ですか?そりゃまた、大胆な」
軽くいなそうとしますが、動じません。
やっぱり、本気なのです。
「でも、そうすると、親とか兄弟との付き合いはどうなるんですか?お墓参りとか、法事とかも」
物怖じしないで機関銃のように連発するので、さすがの遠山も驚きました。
でも、この好奇心の旺盛さとたくましさこそ、遠山が望んだものでした。
「一度、AZを覗いてみてよ。それからだよ。
もし、一緒にやって行けそうなら、仲間になって欲しい。
君だったら、きっと、向いてる。絶対楽しいと思うよ」
このお誘いが、幸運なのか、不運なのか、結果が分かるのは、随分先のことです。
もしかすると、おばあさんになっているかもしれません。
小林が落ちたのは、AZへ見学に訪れた三日後のことでした。
この頃の浮遊薬の製造は、山本の指示に基づいて、森が第一段階まで作り、できた薬をポリタンクに詰めて神崎に渡し、神崎が第二段階の処理をして同じようにポリタンクに入れて山本に渡し、最後に山本が最終処理して残りのメンバーが容器詰めをするという手順で行われていました。
でも、三人ともそれぞれが借りている下宿で作業するため、作業の途中で運ぶのも大変でしたし、寝る場所にも苦労するありさまでした。
これが、遠山が、三人のために、まともな作業所と研究スペースを確保したいと思った理由です。
いろいろ考えたあげく、中古のビルを買ってみんなで使うことにしました。使い勝手が良いようにリフォームするのです。
AZビルのリフォームが終わる去年の冬の始め、浮遊薬の販売と農作業の研修のために、メンバーを増やす必要が生じました。
文学部の中村未来や農学部の藤本 務、中原義之、吉本佐織が加入したのは、この頃です。
四人は、環境問題研究会というサークルのメンバーで、自給自足生活に興味があり、将来の就職先がAZになっても構わないと考える極めて奇特な人々でした。そもそも環境問題研究会は、AZと考え方が似ていたので、大滝の説得にかかると一発でOKでした。
こうして、現在のAZの体制が整いました。
森、神崎、山本、大野の四人は、AZビル一階の研究スペースでそれぞれ担当する研究をしています。
神崎は、気象制御装置の開発です。遠山の気象予測に基づいて、気温や湿度、風力を調整する機械を研究するのです。
山本は、もっぱら、浮遊薬の担当で、現在販売している十キロ程度のものを八時間浮かべる標準タイプの他に、百キロのものを一時間持ち上げるもの、五十キロのものを二時間持ち上げるものなど、様々な種類を開発しています。
森は、以前神崎が作った『記憶を消す薬』の精度を上げる研究をしながら、隣接する工場スペースで浮遊薬の製造責任者としての役割を果たします。
看護科の小林が、森の助手として浮遊薬の製造を手伝います。
大野は、結界バリアの研究をしています。
結界バリアとは、ゲームやなんかに出てくる結界のように、周りの人々がAZの里へ入って来れないようにするためのもので、上空を飛ぶ飛行機やヘリコプター、果ては人工衛星からも里の存在を隠す機能を持つものです。
里について検討を重ねた結果、周りからの襲撃から護る必要性があることに気が付いた遠山が、絶対手を抜くことができない重要な研究だと、再生可能エネルギーの研究と併せて大野に頼んだのです。
かくして、AZは本格的に活動を開始しました。
辰巳と渡瀬は、食料の担当です。渡瀬の料理計画をもとに、辰巳が野菜の栽培計画を立てます。
元環境問題研究会のメンバーは、辰巳と共に食材の調達に奔走しました。
これが、後に起きた食料難で力を発揮したのです。
遠山と大滝は、株式会社AZの代表取締役として、浮遊薬の販路の拡大と売上げの増大を目指します。
みんなで移住するには、多額の資金が必要です。必要な資金を稼ぐには、チマチマやっていては始まりません。
そこで、AZビルへの引っ越した翌年、つまり、彼らが二回生になったとき、大手企業と提携して全国規模で大々的に浮遊薬を売ることにしました。
これで、主要メンバーが出そろいました。次回は、AZの交渉相手が登場します。