AZの発足(2)
森の次は大滝が釣られます。
森が味方になったことで、グッと仲間を募りやすくなりました。
何といっても、森は全校生徒のアイドルだったからです。
次に、遠山は生徒会長の大滝を取り込みました。
それまでの生徒会は、いわゆる御用生徒会とでもいうもので、学校当局の言いなりで、独自性というものがありませんでした。
今でこそ、腹黒さに磨きがかかって、多少の腹芸もできるようになった大滝ですが、当時は、良く言えば裏表のない、悪く言えば教師の言いなりの生徒でした。
あるとき、生徒総会で、制服の自由化が議題に上りました。すると、当然のように教師が介入し、議題そのものを取り下げるよう指示されました。
生徒に諦めムードが漂ったとき、さすがの大滝も疑問を感じました。
最終的に制服の自由化がどうなか分かりません。でも、議題として上がったものを、教師の指示で取り下げるのは如何なものだろう、と。
まさにそのとき、同じようなことを言い切ったのが、遠山でした。
突然、その場に立ち上がって、それはおかしい、と叫んだのです。
「議論した上で、最終的にどう決まろうが構わない。
だが、先生の指示で無理矢理議題から取り下げるのは横暴だ」
あちこちから賛同の声があがって、居並ぶ女子が遠山に見とれました。
大滝が焦がれる森でさえ見とれているのです。
男らしい容貌とリーダーシップで全校女子にモテまくる大滝は、以前から遠山をライバル視していました。大滝より遠山の方が、人気があったからです。
でも、目の前で、これほどの人気を見せつけられて、歯ぎしりしました。
生徒総会の司会も忘れるほどです。
結局、そのまま、賛成派と反対派の議論の応酬があって、制服の着用は生徒の自由ということになりました。ただし、着るときは、着くずすことは許されず、きちんと規定通りに着るということも了解されました。
大滝にとっては、今までにない経験でした。
遠山の一言はそれほど大きな影響力があったのです。
それからしばらくして、大滝へAZへの勧誘がありました。
大滝を誘ったのは、森でした。
後から知ったことですが、遠山は人の弱みにつけ込むのが上手いのです。
顔は天使なのに腹は黒いのです。
大滝にしたって遠山のやり方を面白くないと思いながらも、森とお話できるので悪い気はしません。
難しいところでした。
さて、大滝は廃村へ移住する計画を聞いて絶句しました。あまりにも荒唐無稽だと思ったからです。
そうして、常識人らしく、やんわりとお断りしようとしました。
すると、森が詰め寄りました。
「もし、移住しないなら、大滝くんは、どうやって生きて行くつもり?
どこかで、食料確保に苦労しながら生きていくの?
移住しかなったら、餓死するかもしれないのよ」
移住した方が餓死する可能性は大きいんじゃないか?
そう思っても、口に出して言うほど、馬鹿じゃありません。
ただただ、森の剣幕に恐れをなして逃げようとしました。
大滝にすれば、森にこんな激情的な面があるとは思わなかったのです。
しかし、森は大滝の腕をつかんで、まくし立てました。
「あなたは、人生で何がしたいの?
何をもって、あなたの人生だと言いたいの?
与えられた寿命を、大過なく過ごすことが、あなたの人生なの?
ハルも言ってたけど、人の一生って、時間だと思うの。
八十年ほどの時間を与えられて、生まれて育って成長するの。
そうして、だんだん年をとって、最後には死ぬわ。
何もしなくても、時間が経てば死ぬ。
死ぬとき、自分の人生が何だったか、胸を張って言えるの?
大企業に就職して大過なく過ごしても一生だし、どこかの廃村で独立国を作って、好き勝手しても一生なの。
私たちが、あなたに声をかけたのは、あなたが、それだけの人物と見込んだからなの。
あなたが、仲間になる値打ちがないと思ったら、始めから声なんかかけないわ」
大滝にとって、森や遠山に評価されたのは、ありがた迷惑な話でした。
でも、森につかまれた腕から彼女の体温が感じられます。
必死で大滝を見上げるきらめく瞳。
興奮して、いつもより体温が上がっているのでしょう。森の体からは、甘酸っぱい香りがしました。
この美しい人を手に入れることができるなら、将来を棒に振っても良い。
大滝が人生を間違えた瞬間でした。
親と離れて、しかも、エリートコースを外れて、廃村へ移住するのです。
大滝は、そこでリーダーシップを発揮することを求められているのでした。
遠山、森、大滝という校内屈指のメンバーが揃ったのです。
ここから先は、大滝と森が中心となってメンバーを集めることになりました。
まず、三人の意向を受けて身軽に動ける信頼できる人間ということで、辰巳に声をかけました。
もちろん、森の担当です。辰巳は森の熱心なファンだったからです。
どう考えてもあやしく危なっかしい計画です。
辰巳にとっては、迷惑なだけの話でした。
でも、この計画には、森だけじゃなく遠山まで賛同しているのです。むしろ、言い出しっぺは、遠山です。
辰巳は、森や遠山と仲良くできるなら、しかも、今後の人生を共に歩けるのなら、遠山たちの荒唐無稽な計画に参加するのも悪くないと思いました。
どちらかといえば地味な辰巳の、一世一代の決断でした。
まあ、彼の場合、生まれて初めてのナンパという意味で、免疫もなかったのでしょう。
でも、一見軟弱に見える辰巳は、一旦こうと決めると、動じない一面を有していました。
大学卒業後、親と離れることになる。下手すると今生の別れになるかもしれない。
そう言われても、動ずることがないのです。
あんまりあっけなかったので、遠山が申し訳なく思ったほどでした。
神崎も気象制御装置の研究をしながら友人を誘いました。
彼が根城にしている理科実験室で主と呼ばれていた山本賢治です。
山本は、大滝や辰巳よりズッと簡単でした。
彼は、研究が好きで、それだけが生き甲斐の男でした。
だから、高校へ入学してから、理科実験室で研究に明け暮れていたのです。
廃村に移住してAZのために研究を続けて欲しいと言われたのは、彼にとって魅力的な誘いでした。
しかも、密かに憧れる森が中心となっているのです。
好きな研究をしているだけで食料が保証されるという提案も、大きなことでした。
まさに、お腰につけた吉備団子、一つ私にくださいな。というノリです。
六人は、グループを作り、移住に向けて泡銭を儲ける作戦を立てました。
AからZまで、森羅万象ありとあらゆる手だてを講じて、泡銭(AZ)を儲けるのです。
そして、儲かった泡銭を使って、移住に必要な機械、設備、その他の物品(農作物の種苗の他、牛や豚や鶏も必要です)を購入することにしました。
どうして泡銭を資金にするかと言いますと、あまりにも荒唐無稽な計画ですので、まともに働いて儲けたお金をつぎ込むことを良しとしなかったからです。
馬鹿馬鹿しい計画には、馬鹿馬鹿しいお金を使うべきだと言うのが、メンバーたちの共通認識でした。
グループはAZと呼ばれるようになりました。
手始めに、泡銭を儲けるため、山本が高校二年のときに発明した『浮遊薬』を売ることにしました。
六人は、まず、母校の北斗高校で売りました。そして、大学へ進んだら、いろんな大学へ進んだ友人たちを利用して、大々的に売りまくろうと計画したのです。
そのために、彼らは、AZを株式会社とすることにしました。
活動を円滑にするため、遠山が法学部へ、大滝が経済学部へ、辰巳は農学部へ進む。
それが、AZの計画でした。
神崎と山本は理学部に進み、それぞれ気象制御装置と浮遊薬の研究を続けます。
浮遊薬は、泡銭を儲ける手段であるだけじゃなく、山村での労働を軽減するために必要な薬です。 山本は、様々な作業に利用できるよう、いろいろな性能のものを開発することが求められました。
森は、神崎や山本を手伝うため薬学部へ進むことになりました。
家族と別れて生涯共に生きよう誓った仲です。
AZは、家族以上の絆で結ばれることになりました。
そのうち、予想外のことが起きました。
辰巳の生家の鮮魚店が経営不振になって、辰巳が大学進学を断念しなければならないところまで追いつめられたのです。
遠山の発案で、大滝が全校生徒を動員して辰巳の実家前の通行量を増大する作戦を実施しますが、失敗します。
このままでは、辰巳が大学へ行けなくなります。辰巳がいなければ、移住計画が失敗するかもしれません。
学生支援機構の奨学金じゃ足りません。
窮地に追い込まれたAZは、自分たちで辰巳に奨学金を出す決断をしました。
これが、AZが辰巳に奨学金を出すようになった経緯です。
森、大滝、辰巳、山本と巻き込まれて行きます。
AZは、雪だるま式にメンバーを増やして行きます。
頑張れAZ。次は、誰を巻き込む?