AZの真意
いよいよ、AZの社長が出てきます。イケメンです。
第2章 AZの真意
目の前に株式会社AZの社長が座っている。
辰巳がアポイントメントをとってくれたのだ。
会ってみると、身長が工藤と同じぐらいで、くっきりした二重まぶたと高い鼻梁が印象的な野性味溢れるハンサムな青年だった。
工藤の身長は一九五センチある。
そのせいか、向かい合って立つと、いつも、見下ろす形になる。
立ったとき、目線が同じというのは新鮮な感覚だった。
株式会社AZ代表取締役社長 大滝大悟
青年は、そう名乗った。
株式会社AZは学生の集団だから当然のことだが、見るからに学生らしい男だ。
この男が、AZを仕切っているのだ。
工藤の運命は、この男にかかっているのだ。
応接室に通されて待っていると、コーヒーをのせた盆を持って入って来たのが、この男だ。
社長自ら、客にコーヒーを出す。
つくづく、変わった会社だった。
会社というより、サークルかなんかの学生グループのようだ。
何から話すべきだろう?
こっちの窮状を説明して、助力を請うべきだろうか?
いや、辰巳や母校の生徒会から聞いているはずだ。そんな説明は要らないだろう。
協力できることをアピールすれば良いのだろうか?
例えば、就職試験の面接のように、御社の役に立つことなら何でもする、とでも言うべきだろうか?
でも、それじゃ、足下を見られてしまう。
違法行為を強要されることはないだろうが、話が話だけに、最初から弱みをさらすのは面白くない。
面白いもので、AZに胡散臭さを感じるくせに、自分の価値を認めて欲しいと思うのだ。
辰巳の研究が必要とされるのと同じくらい、自分のことも必要として欲しいのだ。
来る途中、散々悩んで来た。
責任者を目の前にしても、気持ちが定まらない。
こんな胡散臭い集団に頼るより、アルバイトを掛け持ちした方が良いんじゃないだろうか?
例えば、家庭教師を何件も持つのだ。同じ学年を持てば、事前準備が一度で済む。一から事前準備を始めるよりよっぽど効率的だ。
頭の中で思考が空回りする。
沈黙にいたたまれなくなった頃、大滝が口を開いた。
「今度のことは、大変だっただろう?
援助の件は、A太郎――辰巳のことだ――から聞いた。
だが、AZが援助するのは、仲間に対してだけなんだ。
君が我々の仲間になるなら、援助を考えても良い。
生半可な覚悟じゃ、仲間になることはできないだろう。
その覚悟がないなら、常識的にアルバイトで頑張った方が良い」
「仲間になるって?」
意味が分からない。
社員になるのが仲間になるってことじゃないのか?
「AZは、形こそ株式会社の形態をとっているが、本当は、将来を誓い合った仲間の集団なんだ」
「将来を誓い合うって、結婚相手をこのグループで選ぶとか、そういうことですか?」
それじゃ、どっかの新興宗教みたいじゃないか。
「いや、結婚に関しての制約はない。ただ……」
「ただ、どうだと言うんです?」
結婚相手を制限されるんじゃないなら、どうとでもできる。
俺は逆玉狙いだ。ここの連中と結婚するつもりはない。
だが、それ以外のことなら、何でもしてやる。
大滝の態度に、苛ついた。
出し惜しみしやがって。さっさと条件を言えっていうんだ。
完全に大滝のペースにはまっていた。
ここまで来たら、意地でも仲間になってやろうという気になっていた。
「俺たちAZは、将来、集団で廃村に移住する計画を立てている。
今すぐじゃない。ズッと先の話だ。
早くて俺達が三十ぐらいになってる、と思う」
話の壮大さより、脈絡のなさに、唖然とする。
こいつ等、何考えてるんだろう?
こいつ等の趣味道楽の話なんか興味ない。
「で、そのときのメンバーに医者が必要だと考えている。
だから、君にも付き合ってもらえたら、と……」
唖然とした。
しかも、言い方は丁寧だが、脅迫以外何ものでもない。
ここで断れば、それは残念だ、医者が欲しかったのに、他で探そう、ってことになるのだ。
そうして、工藤は、アルバイトに奔走して学生生活を送るのだ。
だが、それじゃ、あまりにも普通で面白くない。
だから、頼んでるのに。
それにしたって、酔狂な話だ。
グループ全員で廃村に移住するって?
そこに医者が要るって?
俺に付き合えって?
冗談じゃない!
「俺に、お前等と一緒に廃村に移住しろって言うのか?」
感情が激して敬語が吹っ飛んでしまった。
声が上擦る。
もしかして、辰巳に対しても移住を条件にしたのものかもしれない。
あの人の良さだ。
大学で勉強させてくれるなら、田舎に移住しても良いよ。
あいつなら、そう言っただろう。
「もともと、AZは、廃村へ移住することを目的とした集団なんだ。
で、移住に必要な金を稼ぐために浮遊薬を売ってるってのが、真の姿だ。
だが、これは最重要機密だから、誰にも言わないでくれ。
君がウチと行動を共にしないとしても、守秘義務として心得ておいて欲しい」
就職試験の面接で、御社しか相手にしてくれる会社がなかったので、と正直に言う馬鹿はいない。
同じように、奨学金の面接で、援助してくれる団体の思想信条もしくは行動に賛同できない、と正直に言う馬鹿はいない。
今、まさに、工藤は、絶体絶命のピンチに立っていた。
医者として前途洋々たる未来は、三十歳で絶たれ、廃村の医師なる――つまり、内科も外科も眼科も耳鼻科も何でもござれの僻地医療に生涯を捧げる――ことを強要されるのだ。
僻地医療にかかるひも付きの奨学金だって一生じゃない。お礼奉公が済んだら、都会に帰って来れるのだ。
戸田が断ったのも、この移住計画に同意できなかったからだ。
大学病院の医局の長のポストも、大病院の院長のポストも、医療法人の理事長のポストも、工藤の頭脳と力量からすれば、手が届かないことはない。
それなのに、足下の地盤が崩れて、夢を諦めなければならない切羽詰まった状況に陥っている。
地盤を固めるためにAZに頼ると、AZのせいで夢を諦めなければならないのだ。
ジレンマだった。
クソッ。何とか、夢と地盤を両立させる手だてを考えなければ。
やっぱり、アルバイトの掛け持ちの方が無難なんだろうか?
即答を避けて、話題をそらせた。
「もし、口を滑らせたら?」
「心配しなくても、こっちで手を打つ」
意図的に話題をそらせたことに気付かないはずもないのに、大滝は顔色も変えずに答えた。
こいつ、やっぱり、社長ってだけのことはある。
脂汗が流れた。
「殺すのか?」
「まさか。
君は、サスペンスの見過ぎだ。それか、推理小説の読み過ぎ」
喉の奥で小さく笑った。
「大丈夫。AZには『記憶を消す薬』がある。
あれを飲んでもらう。
ただ、臨床試験ができてないので、大丈夫だとは思うが、変な副作用が出る可能性は否定できないんだ」
「そんな薬、あるのか?」
「あるんだ、それが。
浮遊薬を発明するほどの人材がいるんだ。『記憶を消す薬』ぐらい作れるさ」
常識を越える集団は、後始末まで常識を越えていた。
開いた口が塞がらない。
あまりにも蒼白な顔をしていたからだろう。
今日のところは帰って、ゆっくり考えてから返事をしてくれ、と言われた。
AZにしてみれば、いい加減な約束をして、援助するだけした後で逃げられるのは不本意なんだろう。
AZビル二階の会議室では、メンバー全員が集まって、工藤の申し入れを検討していた。
液晶の大画面に工藤の顔がアップになると、女子メンバーから歓声が上がり、辰巳からプロフィールが紹介されると、あちこちでため息が漏れた。
工藤のように、実家の稼ぎ手の失業によって、せっかく入学した大学を中退せざるを得なくなる学生が増えている。
ここで工藤を救済すれば、次から次へと助けを求める者が出てくるだろう。
AZは、福祉事業じゃない。恵まれない全ての学生を救済することを目的としているわけじゃないのだ。
それは、日本学生支援機構が頑張ってくれている。
AZが関わる必要はないのだ。
確かに、医者は欲しい。
だから、戸田に声を掛けた。
だが、工藤の方から申し込んで来られると、二の足を踏んだ。
この男は、信頼に値する男だろうか?
将来、移住を拒否する可能性がある男を受け入れるのは、リスクが大き過ぎるのだ。
ここで、時間を遡り、AZがどういうグループか、創設期まで遡ってお話ししよう。
工藤くんは、大滝社長を相手にタジタジです。
頑張れ、工藤!負けるな、工藤!
ここで負けたら、君の未来はない!