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ヤツ等はみんな恋をする  作者: 椿 雅香
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覚えている

 移住計画は最終段階に入った。


 発電設備が本格的に稼働し、できた電気を使って気象制御装置が試験運転を始めていた。

 住むための共同住宅も竣工していた。

 

 

 AZへ金の返済に行ったとき、支払いの後で、大輔は異常に苦いコーヒーを飲まされた。


 耳元で、遠山の綺麗な声が聞こえた。



「ワタシの判断ミスだ。

 お前は、もっと計算高いと思ってた。移住することで得られる利益より、恋や夢を選ぶと思わなかった。

 ……だが、もう良い。終わったことだ」

 


 遠山の独り言だった。




 移住することで得られる利益だって?


 

 大輔には、それが田所病院の院長の座を投げ出すほどのものなのかどうか分からなかった。分からなかったから、こちらに残る道を選んだのだ。



 遠山の眼が異様にきらめいた。

 力強い瞳で大輔を見据える。



「良いか、ここでの生活のことは、どうでも良い。

 AZ村のことだけ忘れろ。全部、忘れるんだ。

 場所、行き方、あの村から見える風景、一切合切全部忘れろ」


「忘れられるはずがない。今さらだけど、ここでの生活は楽しかった。

 森さんのことも、お前のことも、他のみんなのことも、お前たちが作ろうとしていた独立国のことも、死ぬまで忘れない」



 今さらだが、叫ばずにはいられなかった。

 あまりにも上手く行きすぎて、計算どおり裏切ってしまった後味の悪さに罪悪感を感じた。



「他のことはどうでも良いんだ。

 AZ村のことだけ、忘れるんだ。

 

 大丈夫、今コーヒーに入っていた薬が忘れさせてくれる。


 今後、いくら思い出そうとしても、AZ村に関する記憶だけは欠落している。

 

 だから、できれば忘れろ。全部忘れろ。

 忘れたことさえ忘れろ。


 その方が楽だ」




 遠山は優しい。


 

 意識が遠くなるのを感じた。



 まるで徹夜の後のようだ。

 起きていたいと思うのに、気持ちとは裏腹に意識が遠ざかる。


 目の前に遠山の美しい顔があった。



 遠山は、いつも森と行動をともにしていた。


 大輔は森に恋するあまり、遠山に嫉妬した。

 だが、大輔が森に嫌われても、遠山は大輔を見捨てなかった。

 最後まで、手を差し伸べてくれた。



 目の前の遠山が静かに笑う。


 いつもの、自信に満ちた態度からは想像もつかない泣き笑いのような顔だ。

 そんな顔をすると、思いの外、頼りなげに見えた。


 遠山が頼りないって?

 

 あり得ないことだった。


 お前が好きだ。


 以前、遠山に言われた台詞を思い出す。記憶の底から不意に浮かび上がったその台詞に、突然、気が付いた。



 お前が好きだ。 

 お前の、逆境に負けないしたたかなところとか、人を人とも思わない不遜なところとか、ワタシたちAZを手玉に取る計算高いところとか、そんなところが好きだ。



 あれは、いつ頃だったろう?

 そうだ。大輔が真由子と付き合い始めた頃のことだ。


 デートで遅くなった大輔は、偶然見たのだ。


 いつものように、岩崎が遠山を送って来た。

 

 いつもと様子が違うので、何気なく目をやると、偶然見てしまったのだ。


 岩崎が遠山を抱きしめるのを。

 

 遠山は、あらがわなかった。

 小早川を投げ飛ばした遠山が、岩崎に対しては、されるまま抱かれていた。


 驚いたように目を見開いて、岩崎を見る。

 それでも抵抗しないのだ。


 慌てて物陰に隠れて様子を窺っていると、岩崎が言ったのだ。


「こんなこと、誰が考えたの?一体、誰の陰謀なの?」

「もともと、こうだったんだ。

 でも、周りが混乱するのに、そのまま乗ろうと思ったのは、大学へ入ってからだ。

 岩崎さんも現れたしね。


 ワタシはAZのラスボスだから。

 

 AZを牛耳ろうと思ったら、ワタシを落とせば良いって考えるヤツが出てくるだろ?岩崎さんみたいに。


 だから、男か女かどっちか分からない方が良いんじゃないかって。


 でも、今頃、どうしてそんなこと訊くの?」


「僕は、経験値が高いからね。

 これまで付き合った女性の数は、君たちには想像できないだろう」

「自慢することじゃないと思うけど」

「自慢じゃない。事実なんだ。

 だから、見れば分かる。君が女性の可能性は九十パーセントというところだ」

「じゃあ、残りの十パーセントだったら?」

「もし君が男だったとしても、それでも、君が好きだ。

 結局、今の僕にとっては、君が女でも男でも関係ないってことだ」

「じゃあ、せっかく作戦たてたのに、役に立たなかったってこと?」

「いや、無駄でもない。

 君が男か女か散々悩んだ。

 それで、どっちでも構わないという今の結論に達するのに、こんなに時間がかかった。

 その上、君が男だった場合に備えて、ゲイの友人に男の愛し方を教えてもらわなければならなかった。

 

 君の心をつかむ前に、散々寄り道しなけれりゃならなかったんだ。

 十分、時間稼ぎになってるよ」

 


 遠山が体をよじって笑い出した。

 涙まで流して笑っている。


「岩崎さんって、真面目なのか不真面目なのか、全然分かんない。

 ワタシの知ってる中では、一番のタヌキだ」


「褒め言葉と受け取っておこう」


「性別なんか、簡単に調べられるのに」

「それをすると、君は僕を信頼してくれなくなるだろう?

 それは、困る。


 僕が欲しいのは、君の心なんだから」

 

 そう言って、岩崎が遠山の髪を指ですいた。愛おしげに髪を弄び、唇に優しいキスを落とす。


 遠山が、岩崎の胸に寄りかかって甘えるのが見えた。

 



 あのときは気付かなかった。


 あのとき、大輔は岩崎に嫉妬したのだ。


 今頃分かった。

 大輔だって、他のAZたちと同じように遠山に憧れていたのだ。


 遠山が寄りかかって甘える男。

 スケールが大きい大人の男。

 遠山が体をすり寄せて喉を鳴らす相手。



 岩崎にとって代わりたかったのだ。



 今、目の前で遠山が哀しみに沈んでいる。


 遠山を悲しませたくなかった。

 

 遠山は、大輔に好意を持ってくれていたのに。



 

 その方が、楽だ。


 AZビルから家に帰っても、遠山の台詞が頭の中をグルグル回っていた。




 大丈夫。忘れていない。


 遠山の顔も、森の顔も、小林の顔も、渡瀬の顔も、大滝の顔も、辰巳の顔も、神崎の顔も、山本の顔も、みんなみんな覚えている。


 あそこであった様々な恋も。

 あそこであった様々なトラブルも。


 何もかも覚えている。


 ヤツ等が山のあなたの空遠くの詩を愛唱していたことも。

 ヤツ等がみんな恋をしていたことも。

 みんなみんな覚えている。




 彼は覚えていた。

 AZの連中のことを。

 彼は覚えていた。

 自分がしでかしてしまったことを。




工藤の作戦は成功します。でも、心は晴れません。

これで、良かったのでしょうか。

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