表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤツ等はみんな恋をする  作者: 椿 雅香
35/44

何もできない真由子

 一同、チャーターしたマイクロバスに乗って、まるで商店街の慰安旅行だ。

 

 工藤によれば、大滝はAZの会社の社長で、遠山はAZ全般のリーダーだという。



 さっき話題に上った岩崎とは何者だろう?


 一番後ろの席で大滝や遠山と並んで座っている。



 工藤に訊くと、面白くなさそうに教えてくれた。



「ええっ、菱田商事の会長の孫ですって?」

「ああ、俺達より十歳上の三十六。三十のときから、菱田商事で浮遊薬の担当をしている。 

 AZと菱田商事のパイプなんだ」

「AZって、その岩崎さんと親しいの?」

 

 思わず、振り返って岩崎をガン見した。



 何と素敵な玉の輿。

 岩崎の背中に七色に輝く後光が見えた。



 これに乗れるなら、田所病院なんか目じゃない。


「AZと親しいっていうより、ハル、つまり遠山と親しいんだ」

「遠山さんって、確かに鑑賞に値する人だわ。背が低めなのが惜しいけど、あの美しさなら、女も男も夢中になるでしょうね」

「AZは、あいつのカリスマ性で保ってるんだ」



 工藤の言い方に引っかかるものを感じて、真由子は尋ねた。



「遠山さんって、男、女、どっちなの?」

「さあ、どっちかな」

「工藤先生、知らないの?」

「聞いたことないから」

「みんな知らないの?」

「いや、知ってるヤツもいるらしい。

 でも、あいつは、そのミステリアスな存在感が売りなんだ」

 

 遠山が女なら、工藤が恋をしてもおかしくない。

 いや、遠山の前に森がいた。



 あのAプラスの美女が目の前にいるのだ。


 真由子は、危機感を感じた。





「遠山さんだけじゃなく、森さんも綺麗な人ね。

 どっちか、工藤さんの良い人だったりして」

「でも、男の方もイケメン揃いだろ?

 だから、そんなに都合良くいかないんだ」

「でも、他の人たちもみんな美女揃いだわ」

「でも、真由子ちゃんだって、ウチのメンバーと並んでも遜色ないよ」


『でも』の応酬に、『でも』で応えられて、上目遣いで媚びた。


「それって、褒めてくれてるの」

「もちろん、褒めてるんだ。君は本当に綺麗で可愛いよ」


 真由子の心臓がトクリと鳴った。


 岩崎は、真由子より十三も年上だからだろう。

 大人の魅力に溢れていた。


 だが、真由子の見るところ、岩崎の心は遠山に向かっていて、他のメンバーは目に入らないようだ。


 

 岩崎は、森でさえ眼中にないのだ。

 

 ましてや、真由子に至っては、いてもいなくてもどうでも良いのだろう。



 通り一遍の挨拶をすると、すぐに遠山に向き直ってしまった。



 無視されたに等しい。


 今までこんな扱いを受けたことはない真由子は面白くなかった。



 バスは八時に出発して、目的地に到着したのは午後二時を回っていた。


 直線距離では近いのだが、隣の山を迂回して、あるかないか分からないような山道を進まなければならないのだ。


 昼食は、バスの中で弁当が出た。

 仕出しでも見たことのないような豪華な弁当だ。

 工藤によれば、AZの調理担当の渡瀬が、女性陣を指揮して作ったという。



 AZは、見てくれだけじゃなく、仕事面でも優秀だから。



 以前聞いた婦長の台詞を思い出した。


 


 ようやく着いたのは、三方を山に囲まれ、断崖から海を見渡せる小さな廃村だった。


 驚いたことに、誰も住んでいないのに、田畑が耕されていて作物が育っている。

 工藤に訊いたら、AZが借りてるんだ、と説明してくれた。



 ひなびてはいるが、ゆったりしたきれいな場所だ。

 空気も澄んでいる。


 だが、本当に何もないのだ。


 何年も前に、積雪で切れてしまったのだろう。

 電線も電話線も切断されたままになっている。


 着くとすぐ、遠山たち主要メンバーは、近くの山へ散策に出かけた。

 岩崎まで同行するようなので、真由子も行きたかったが誘ってもらえない。


 仕方がないので、残ったメンバーと行動を共にすることにした。


 残ったメンバーは、ほとんどが畑仕事だ。

 田畑を借りると、農作業が付いて来るのだ。


 工藤は長田と一緒にテントを張ったり、食事の準備を手伝ったりしている。

 

 真由子も手伝うことにした。


 だが、ここで問題が起きた。


 真由子の爪は美しくネイルアートされている。

 下手な仕事をすると爪が割れかねないのだ。


 テントの設営はもとより、食事の支度には向かない。


 工藤や渡瀬がフォローしてくれなかったら、大恥をかくところだった。



 用事が終わっても、山へ出かけたメンバーは帰って来ない。

 真由子は食事の支度も手伝えないので、工藤や長田とともに釣りをした。


 真由子にも釣り竿を渡されたが、釣るのはもっぱら工藤と長田で、真由子は一匹も釣れない。工藤や長田が釣り上げるのを見て楽しんだだけだった。


 でも、もし釣れたとしても、魚(天然物の鮎だ)を針から外す作業なんか、真由子の手に負えなかっただろう。


 結局、全部で七匹しか釣れなかった。



 釣った鮎は、調理担当の渡瀬の判断で、真由子や岩崎たちゲストへのご馳走になった。


 私たちはしょっちゅう食べてるから、と笑いながら下ごしらえする小林を、真由子は眩しく感じた。



 真由子は、今時の娘だ。


 大学へ進学したのは、楽しい学生生活を送るためだ。

 今を盛りと美しく装い、優秀で優しい男と結ばれたいと願っていた。

 それが工藤のような男前なら、願ったりかなったりだ。


 だが、今回のキャンプで岩崎や遠山を知ると、目移りして動揺した。


 岩崎なら年齢が多少離れていても構わない。

 何といっても、あの旧財閥系の菱田家の跡継ぎだ。


 遠山の美しさなら、医者でなくても構わない。

 父の思惑を無視して、そう思ってしまう。



 だが、散策から帰った後も、岩崎は、遠山たちと話し込んでいた。


 誰も気にも留めない。


 遠山にしても、他の女性と話をするわけでもない。ひたすら岩崎始め他のメンバーと打ち合わせしているのだ。


 ここに来て、真由子はようやく理解した。


 遠山も岩崎も、このキャンプへ仕事をしに来ているのだと。



 岩崎や遠山が相手にしてくれない以上、さっさと諦めて、他の男を射止めなければならない。


 大滝の精かんな顔を盗み見た。

 だが、大滝は、明らかに森狙いだ。遠山の非常識な美貌も目に入っていない。 


 やっぱり、工藤しかいない。

 もともと、田所病院の跡継ぎという意味でも、真由子の相手は医者でなければならないのだ。





 だが、AZには敵も多い。


 イケメンも多いが、美女も多いのだ。

 工藤が言うように、そうそう都合良くいかないのだ。

 


 AZの女性陣がどんなに美人揃いでも、真由子の方が若い。


 若いということは、それだけで魅力的なのだ。

 肌の艶だって、張りだって、若い方が数段良いはずだ。

 



 負けない。




 当初の予定どおり工藤を落とそう。と心に誓った。

 



 夕食が終わると、遠山たち散策組が、後片づけを担当した。


 驚いたことに、岩崎まで手伝わさせられている。

 AZでは、仕事も平等に振り分けられるらしい。

 


 

 空が段々暗くなって、薄墨を刷いたような色になる。夕焼けの茜色から少しずつ藍色に変わっていく色合いの変化は、ため息が出るほど美しい。


 その美しい過程を見ていると、やがて、月明かりと星明かりだけになった。


 真由子は、工藤に誘われて、畑の脇の空き地へ出た。


 あっちこっちの物陰に、AZのカップルが並んで座っている。

 明らかに愛を語っていた。


 暗くてよく見えないことを良いことに、キスしたり、抱き合ったりする気配がする。



 キャンプファイアーでもするのかと思っていたが、ここでは、そんなことはしないらしい。

 恋人同士が愛を語ったり、風流な人が星を見たりするだけだ。


 拍子抜けしたが、工藤と二人だけのロマンチックな時間を持てるのだ。下手なキャンプファイアーより良いかもしれない、と思った。




 真由子も工藤と並んで座って、星空を見上げた。


 空気が澄んでいるせいだろうか。星が降るようだ。

 夜空に白く見えるのは、天の川だ。


 とりとめのない話の途中で、不意に工藤が黙り込む。


 目が合う。


 ここで目を閉じるとキスされる。そう思って目をつぶる。


 工藤の唇が真由子の瞼に触れる。それから、少しずつ下がって行って、唇にたどり着く。


 最初は触れるだけのキス。

 段々深くなって、工藤の舌が真由子の口腔へ入り込んだ。


 初めて工藤が真由子に侵入したのだ。

 真由子は歓喜に震えた。


 どのぐらいキスしていたのか覚えていない。


 長いキスの後で、工藤の唇が真由子の首筋に落ちた。


 陶然とする真由子に工藤のささやきが聞こえた。



「八月二十九日、開けといて」

「何があるの?」

「俺の誕生日」

「お祝いしなくっちゃ」

「欲しいものがある」

「何?」

「君」



 あまりの幸福感に胸が震えた。

 ここが野外でなく、ホテルかどこかだったら良かったのに、とさえ思った。







 



計算高い真由子ですが、目移りした挙句、工藤一択だと気付き、思いが強くなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ