キャンプへの招待
冬の中頃から、工藤の態度が軟化した。
真由子には嬉しいことだった。
何しろ、AZを知れば知るほど、美女が現れるのだ。
あの美女たちと対抗して工藤のものにするのは至難の業だった。
ここは、アタックしかない。
今まで、自分から行動したことはなかった。
でも、AZには、真由子程度の女がゴロゴロしていると思えば、四の五の言っていられない。
努力の甲斐あって、デートを重ね、初めてキスした晩は、眠れないほど興奮した。
そっと触れただけのキス。
でも、真由子にとっては大きな一歩だった。
桜の花びらが風に舞うほっこりとした日だった。
それからも、ときどきデートする。
キスの先は、どうなるんだろう?
工藤をものにするには、実績を作っておいた方が良い。
だが、自分から誘うのは、いくらなんでも安っぽすぎる。
痩せても枯れても田所宗一郎の娘なのだ。
工藤の方から誘ってもらわなければ……。
そうこうしているうちに、工藤はAZのキャンプで忙しくなった。
工藤にはAZの任務がある。
キャンプに専属医として同行しなければならない。
それが、AZの援助を受けた際の約束だ。
真由子とのデートは、当然後回しになる。
勤務医は忙しい。
それなのに、やっとできた空き時間さえAZに奪われるのだ。
真由子は泣きたい気分だ。
だが、工藤は優しい。
AZのせいで真由子に会えないことを申し訳なく思っているのだろう。
真由子を慰める小物や花をプレゼントしてくれた。
AZなんかと縁を切って、私だけのものになって。
田所病院の院長になれば、あんな学生グループへの借金なんかすぐに返せるのに。
そう言いたいのを必死で我慢した。それを口にするのは、まだ早すぎた。
工藤が真由子をAZのキャンプに誘ってくれたのは、七月の終わりだった。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
プロポーズされても、ここまで驚かなかっただろう。
「今度の土日に一緒にキャンプへ行かないか?
AZからのお誘いなんだ。みんなも君に会いたがってる」
「大輔さん、私をAZに紹介してくれるの?」
「ああ、今度の土日はAZ感謝祭だ。
日頃お世話になってる関係者を招待するんだ。
君も知ってる長田だって来る」
「長田さんって、前に大輔さんが紹介してくれたあの人でしょ?
同級生だった人で、近くの病院に勤めてるって」
「そうなんだ。
あいつ、次男だからって、埼玉の親の病院へ帰ったんじゃなくて、この近所で修行中なんだ」
AZたちが、AZ村と呼んでいる廃村でキャンプをする。
真由子をAZたちに紹介してもらえるのだ。
恋人として?それとも院長の娘として?
どっちにしても、今まで話に聞くだけのキャンプに参加できるのだ。
胸が躍った。
どんな格好して行こう?
その日から、真由子の最大の悩みは、当日の服装になった。
いろんな作業をするから動きやすい服装が良いね。
Tシャツにパンツ、履き物はスニーカーって感じかな。
工藤は簡単に言ったが、一口にTシャツといっても、いろいろなものがある。
真由子は悩みに悩んだ。何しろ、姿を見かけたのは小林と大滝だけだ。
森は小林より数段美しいらしいし、遠山は大滝や森でもかなわない美しさだという。
当日、集合時間の三十分前に、工藤が迎えに来てくれた。
いつもの白衣姿でも、スーツ姿でもなく、若者らしいラフな格好で、真由子の心が騒いだ。
工藤に案内され、まず、男性陣に紹介された。
予想どおり、豪華な顔ぶれだった。
以前会ったことのある大滝は、相変わらずハンサムだった。工藤と並んでいると、どちらも素敵で目移りしそうになる。
辰巳英太郎は優しげな容貌で、神崎 秀や山本賢治は知的な鋭さがある。藤本 務や中原義之も人なつっこい美青年だ。
AZは容姿でメンバーを選んでいる、という噂は本当だった。
じゃあ、女性メンバーはどうなっているのだろう。
向こうから来る一団に目を向けると、先頭は小林可奈だった。
丸顔の優しげな容貌で、この人は知っている。
だが、小林と一緒にやって来た面々に唖然とした。
膝の力が抜けて、紹介してくれる工藤の声がフェードアウトして行った。
噂の森 奈津子は、Aプラスの実力そのもので、まるで大輪の白薔薇だ。
二十六歳の女盛り、二十三歳の真由子なんか足下にも及ばない円熟した美しさを誇っている。
続く大野ルミは携帯用のノート型パソコンの入った鞄を手に銀縁眼鏡のツルをさりげなく触る。知的な美貌だ。
渡瀬真子の繊細な美しさと中村未来や吉本佐織の生気にあふれる愛嬌のある顔立ちにも圧倒された。
一同より少し若い三田由利子の初々しい可愛らしさも目を惹いた。
とどめは、最後に現れた遠山ハルだった。
話には聞いていたが、これほどのものだとは……。
声が出なくなった。
この人は、工藤と同学年。今年、誕生日が来れば二十七歳になるはずだった。
でも、見たところ、年齢不詳で、男なのか女なのかさえ分からない。
まるで少年のようだ。
思わず、そう言うと、
「精神年齢が低いんだ」と、綺麗なアルトで笑った。
「ハル、あなた、岩崎さんも誘ったの?」
横から森が尋ねると、当然のように答えた。
「ああ、あの人も行きたがったから」
「でも、キャンプなのよ」
「大丈夫。いつもいつもリムジンで移動するわけじゃない。
今回は、ワタシたちと一緒にバスに乗ることになってる。
あの人だって、ボーイスカウトの経験もあるんだ。楽しめるさ」
森と遠山の掛け合いは、そこだけスポットライトが当たっているように美しい。
遠山は、真由子に気が付くと、優しく笑った。
「はじめまして。遠山ハルです。
真由子ちゃん、いつも工藤がお世話になって、ありがとう。
今日は、楽しんでってね」
真由子は淑女の卵だ。
内心の動揺を隠して頭を下げると、この華麗なメンバーに負けられない、と背筋を伸した。
初めてAZたちに会った真由子は、その見てくれのすばらしさに圧倒されたようです。
 




