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ヤツ等はみんな恋をする  作者: 椿 雅香
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工藤の恋人

工藤の恋のお相手手――田所真由子が登場します。

第四章 工藤の恋人




 霙混じりの雨が、段々白くなって牡丹雪に変わる。

 雪は、後から後から降って来て、地上を白く染めていく。そうして、地面や建物を凍えさせるのだ。


 世界が冷たい白に覆われて、まるで、真由子の心のようだ。


 AZには、美しい女が何人もいる。

 しかも、真由子は会ったこともないが、信じられない美貌の女性ひとまでいるらしい。



 工藤は、真由子なんか相手にしてくれないかもしれない。




 生まれて初めての挫折だった。


 今まで、恋愛で、真由子の想いがかなわないことはなかったのに。



 雪を見ながら、何度目かのため息をついた。


 手にしたワイングラスの赤い液体が、血の涙のように思えた。


 こんなに好きになったことはないのに。

 こんなに焦がれた経験ことはないのに。


 でも、工藤はAZの意向で動くのだ。

 

 真由子とのデートだって、AZが優先される。

 せいぜい、三回に一回しか付き合ってもらえない。

 AZのせいで、ドタキャンされたことさえある。



 今までの男たちには、なかったことだった。



 工藤は言った。


「僕は、AZのおかげで大学をやめずに済んだんだ。

 だから、AZの意向が最優先なんだ」



 私とAZのどっちが大事なの?



 そう言って詰め寄る勇気がなかった。


 万一、AZの方が大切だと言われたら、立ち直れないような気がしたから。


 


 窓の外では、大きな牡丹雪が降っている。

 雪片は段々小さくなって、明日には積もるだろう。



 今頃、工藤はAZの女たちとお喋りでもしているのだろうか?

 

 私がこんなに会いたいのに。



 夜遅くに電話をするのは気が引けた。

 

 でも、工藤の声が聞きたかった。


 手の中でスマホを弄びながら逡巡する。

 さっきから何度も電話しようとして、寸前で止めている。

 電話して、女の声が聞こえたらどうしよう。


 それでも、工藤の声が聞きたい。



 一大決心をして画面にタッチした。







 田所真由子は、地域の名士である田所家の一人娘として生まれた。


 父の田所宗一郎は、医療法人恵仁会の理事長をしていて、個人病院としては、この地域で最大規模の田所病院の院長を務める他、老人介護施設や身体障害者支援施設も経営している。

 

 医療関係者や介護関係者で、田所と言えば、この地域では知らない者はいない。


 おかげで、真由子は、生まれながらのお姫さまだ。


 母はお嬢さま育ちで、母の口からは、趣味や社交の話以外聞いたことがない。

 

 そして、真由子も同じように躾られた。

 

 つまり、茶華道をたしなみ、ピアノを弾く。英会話にも堪能で、外国人が出席するパーティーでも、物怖じしないで上品に振る舞える。流行のドラマや小説の話にも、政治も話にもついていける教養がある。

 

 そういうお嬢さまとして、蝶よ花よと育てられたのだ。

 

 将来、田所病院の跡継ぎとなる青年と結婚する。


 それが、真由子に求められた役割だった。



 そのためには、美しさと可愛らしさ、そして、教養と社交性を身につける必要があった。



 真由子が小学生の頃、両親は、真由子に病院を継ぐ資質を見極めるため、塾に通わせた。


 だが、真由子の性格や能力は、病院長より病院長夫人に向いていた。


 それが分かってから、両親は、真由子の伴侶となって病院長の職を継いでくれる優秀な人材を捜すようになった。

 


 工藤大輔を知ったのは、真由子が二十三のときだ。


 工藤が研修医を終わって田所病院に勤め始めたので、その年の五月の真由子の誕生会に招待されたのだ。


 父の田所院長は、毎年、真由子の誕生日に、田所病院の独身医師を招待するのが常だった。


 その見え見えの思惑に、面白くないと思いながらも、真由子は自分に求められる役割を誇らしく思っていた。

 招待された医師たちがちやほやするのも悪い気がしない。


 真由子は、いわば、王位継承権を持つお姫さまなのだ。

 

 簡単な紹介の後で、プレゼントをもらって、お約束のケーキの蝋燭を消した。



 いやあねえ、年がバレバレじゃない。



 笑いながら蝋燭の火を吹き消すと、暖かい拍手があった。



 座が和んだ頃、誰かが工藤のことをAZのメンバーだと小声で言うのが聞こえた。


「AZですって?」

「AZって、あのAZなの?」

「すっごい!」


 真由子の女友達たちは、互いにつつきあって、大騒ぎだ。


 世間知らずの真由子だって、AZがどういうグループか知っていた。

 あの浮遊薬を仕切っている謎のグループだ。

 実際に浮遊薬を製造販売しているのは、菱田ケミカルと菱田商事だ。

 だが、もともと製造販売していたのは、株式会社AZだ。

 現在は、浮遊薬の売上げに応じて、かなりの金額がAZへ入るようになっているという噂を聞いたことがある。

 

 浮遊薬は、真由子の高校入学当初、高校の生徒会や商店街の小さな店で細々と売っていた。

 だが、彼女の高校在学中に菱田商事が大々的に売り出して、ブレイクしたのだ。

 荷物や鞄にスプレーすると、薬液を浴びた荷物や鞄が軽くなったり、下手をすると浮き上がったりするのだ。

 

 週刊誌によれば、AZのメンバーの一人が発明した薬で、Gに反発する性質があるという。


 真由子には、その理論は理解できない。でも、浮くのは確かなのだ。

 それで、十分だった。


 真由子だって、荷物の多い日や重い物を持つとき愛用している。

 

 真由子の周りの友人たちもみんな、小さな携帯用の小瓶をバッグに入れておくのが常識になっている。

 

 工藤が、そのAZのメンバーだというのだ。


 注意深く工藤を観察した。


 礼儀正しい新人だった。

 

 噂では、AZはメンバーを容姿で選んでいるという。

 そういう意味でも、工藤は、まさしくAZのメンバーだった。

 つまり、ハンサムで、スタイルもばっちりだったのだ。

 

 工藤がAZのメンバーじゃなくても、真由子は恋に落ちただろう。

 

 工藤は、それほど真由子の好みだった。


 田所院長は、それまで、真由子を何人もの医者と引き合わせた。

 その中でも、工藤は群を抜いていた。


 これまでの男たちは一体何だったのだろう、と思えるほどだ。


 しかもルックスだけじゃなく、実力も相当のものらしい。

 外科医長が惚れ込んだという噂まであった。

 患者のあしらいも上手で、田所病院期待の新星だった。



 その日、真由子は工藤と儀礼的な会話を交わしただけだった。


 他の男たちが携帯番号やメールアドレス、ラインの連絡先の交換したりしたのに、工藤はそんなこともしない。



 真由子の魅力に気付かないのだろうか?


 そんなことはないはずだ。

 

 女友達も、男たちも、みな、真由子を美人だと言ってくれる。

 自分でも美しいという自信がある。


 初めてだから、遠慮しているのだろう。


 真由子は、そう判断した。


 そして、終始、紳士的な態度を崩さない工藤に闘志が燃えた。


 工藤が我を忘れて、遠慮も何もかなぐり捨てて真由子に夢中になれば良いのに。



 待ってなさい。そのうちに、私のこと好きだと言わせてみせるから。


 いつしか、ハンサムな工藤に言い寄られる妄想に酔った。




 相性だってあるわ。まずは、お友だちから始めましょう。


 いくら、優秀なイケメンでも相性が悪かったら、夫婦生活は最悪だ。

 例え打算ずくの結婚だとしても、仮面夫婦は真っ平だ。



 真由子は、さりげなく、工藤の情報を集めた。


 こんなとき、病院は便利だ。

 お喋り好きな看護師たちに水を向けると、面白いように情報が集まった。



 その結果、工藤が大学二年の年に父親が失業して、以来、AZの世話になっていることが分かった。


 住むのもAZビルで居候のような形をとっているし、食べるのもAZの世話になっていること。

 学費やなんかもAZに出してもらったこと。

 AZが自分たちで浮遊薬を売っていた頃は、工藤も販売を手伝っていたこと。

 今は、菱田商事が浮遊薬の販売をしてるので、工藤は医者として研鑽を積むため、田所病院に就職したこと。

 AZとの繋がりは強固で、工藤が夜勤のときには、夕食まで届けてくれること。

 AZに食事の提供をしてもらえるので、工藤は食料不足の年も困らなかったこと。



 AZって、どんな集団なのかしら?


 工藤とともに興味が湧いた。






工藤と真由子の駆け引きが始まります。


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