浮遊薬の全国的販売
短いですが、アップします。
これまでの遅れを取り戻すかのように、浮遊薬の製造は順調だった。
浮遊薬を売り出す前に、菱田商事はテレビCMを大々的に流した。
先行するCMで人々の興味を惹いたせいだろうか、先に様々な大学生協や協同組合なんかで販売していたせいだろうか、発売日には行列ができる人気だった。
今度は、高校生徒会や学生生協や組合に限らず、通常のスーパーやコンビニにも卸したので、浮遊薬は、それまでのように、知る人ぞ知る商品ではなくなった。
誰でも、どこでも買える商品になったのだ。
そうして、全国的に販売されるようになると、爆発的に売れた。
荷物が軽くなるだけじゃない。
大量に出回ったため、それまででは考えられないような使い方もできるようになった。
建築現場や土木工事現場では、重いものを運ぶ際、浮遊薬をスプレーしてから作業を行うと、作業効率が上がるばかりでなく、事故も起きにくくなる。
いうなら、事故防止のための使用だ。
そういう意味では、革命的な薬だった。
しかも、安価で、扱いやすいのだ。
全国から、大量の注文が舞い込んで、工場側は嬉しい悲鳴を上げた。
二十四時間体制で製造しても追いつかない。
菱田商事も菱田ケミカルも大儲けした。
全ては、AZのおかげだった。
営利を目的とする企業にとって、売上げが全てだ。
菱田ケミカルの工場長にとって、もう、理論なんかどうでも良くなった。
浮遊薬さまさまだった。
だが、ときおり理論派の工場長の頭をよぎる疑問があった。
あの触媒は、一体何なんだろう?
そう、浮遊薬の製造工程の一番の問題点は、第三段階で投入する触媒に何を使うかだ。
遠山の挑発に乗って、自力で浮遊薬を作ろうとしたとき、この触媒に何を使っても上手く行かなかったのだ。
それが、AZ側が用意した謎の物質を投入すると、信じられないほど、あっけなく反応が進んだ。
一種の酵素なんだろうか?
それも考えたが、遠山に、真面目に考えると馬鹿馬鹿しくなるから考えない方が良い、と言われ、やむなく引き下がったのだ。
そのうち教えるから、と言われて、諦めるしかなかった。
工場長は知らないことだが、遠山たちは、移住するとき、その謎の物質を置き土産として教えていくつもりだった。
「でも、あれが、ポテトチップスだって知ったら、あの人、卒倒するんじゃないかしら。
しかも、某社の塩味限定だって言ったら、馬鹿馬鹿しさに悶絶しそうね」
森は、今から、そのときが待ち遠しい。
「仕方がないだろう。俺が実験してるとき、たまたまCが食べてたポテトチップスが実験中のビーカーに落ちたからできた薬なんだから」
「あの人に言ったら、実験中におやつなんか食べるなんて不謹慎だって、怒られそう」
山本が恥ずかしそうに言い訳すると、工場長の性癖をよく知る森が、肩をすくめた。
「何にしろ、工場長がその事実を知るのは、ワタシたちが消えるときだ。
気にしなくて良い。
そんなことより、AZがいなくなった後でも、あの薬を作れるようにしなくちゃいけないんだ。
諸事情や性格から考えて、後を託すのはあの工場長しかいない。
あの人に、浮遊薬の全てを任すことにする」
遠山が、当たり前のように言い切った。
遠山は、案外あの工場長を気に入ったようです。




