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ヤツ等はみんな恋をする  作者: 椿 雅香
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浮遊薬の製造方法指導

浮遊薬を菱田ケミカルで製造するため、森が指導に当たります。

 菱田商事と浮遊薬の製造販売に係る契約が成立した。


 AZは製造方法のノウハウを教え、菱田商事が菱田グループの菱田ケミカルを使って浮遊薬を製造販売するのだ。

 

 工藤たちの大学から車で二十分ほどの工場団地に菱田ケミカルの工場を建てて製造することになり、森が技術指導にあたることになった。

 



 まず、工場の建設と平行して、浮遊薬を製造する機械の設計図(山本と神崎の労作だ)を提供し、AZの指示のもとに、浮遊薬を製造する機械を作る。

 第一段階、第二段階、最終段階と、三段階に渡って、できた製品の質をチェックすることによって、機械の性能を確かめるのだ。


 機械ができて、性能の確認に呼ばれた森は、三日目には、ストレスが最高潮に達した。

 

 工場長にしてみれば、まだ大学も卒業していない小娘が、自分を差し置いて仕事を牛耳るのだ。


 しかも、この娘は、発明者でも何でもない。

 単に、浮遊薬製造責任者だというだけだ。


 発明者の指示どおり動くなら、基礎知識を身につけた専門の科学者で十分だ。

 いいや、絶対、その方が良い。


 AZには人材がいないから、こんな半端な学生を責任者にしたのだ。


 だが、ウチの工場で製造する以上、こんな小娘より、ウチのスタッフの方が良いに決まってる。

 


 試しに理論の説明するよう命じると、言下に拒否した。


 発明者じゃないから、理解し切れていないのだろう。

 理論の説明ができないのだ。


 森の外見も災いした。


 百歩譲って、なりふり構わず勉強だけしている女だったら、まだ許せたのだ。


 森は、衆目一致して認める美貌の女性なのだ。


 こんな頼りない、理論も説明できない小娘に何ができるというのだろう?

 

 浮遊薬の製造は、会社にとって、今後の大きな柱となる。

 こんな小娘に製造過程の指示を受けなければならないことに、腹が立った。

 

 その結果、工場側の対応は慇懃無礼なものになった。

 



 森だって、いかに、山本の発明した薬だからといって、理論を説明できないワケじゃない。


 この場合、工場長に説明するのは意味がないと判断したから、しないだけだ。というか、例え説明したとしても信じられないだろうと思ったのだ。


 しかも、工場長が理論を知りたがるのは単なる趣味だ。

 知ったとしても、何の役にも立たない。


 今、求められているのは、第一段階から第三段階までの機械の性能の確認であって、理論の検討じゃないのだ。



 工場長の個人的な興味は、百害あって一利なしだ。

 

 何しろ、浮遊薬は、山本が高校一年のとき偶然発明したもので、偶然できた後、もう一度作るのに二年以上かかったのだ。


 それほど、一般的な理論からかけ離れている。



 それにしても、製造工程に無駄な作業が多すぎるとか、時間がかかりすぎるとか、文句を言われるばかりで、指示を出しても何一つ受け入れられないのは、どうしたものだろう。


 先へ進まないばかりじゃなく、これだけの設備を用意したのだから、と理論の説明を受けるまで、一歩も引く気がないようだ。


 勝手にしろ、と言いたい気分だ。


 こんな頭の固いおじさんたちに説明しても理解できないと言っているのに、時間だけが過ぎていく。



 ストレスマックス状態の森は、工場側が用意した弁当を食べ終わると、アイポッドを取り出してイヤホンを耳にセットした。

 スイッチを入れて、目をつぶると、耳慣れた音楽が体中を満たす。


 音に浄化されて大きな息を吐くと、緊張でこわばっていた体から力が抜けて行く。


 指が曲に反応する。

 手が無意識に動き出す。

 腕がくるりと反され、足が地を蹴る。



 いつしか、仕事の重圧から解放され、音楽の世界にトリップした。

 彼女は浮遊薬のことは忘れ、自分の世界に埋没することを選んだのだ。


 目は半眼。

 だが、そこに在るものを見ていない。

 ダンスをするとき、森の目は別の世界を見ているのだ。


 小林たちが笑う、いつもの『あやしげな視線』だ。


 時々、瞳がきらめいて、こちらの世界へ戻るが、すぐに自分だけの世界に入って踊り続ける。






 音のない世界。


 森以外、音楽は聞こえない。

 周りの人から見ると、無音の世界で、ただ音のない踊りを踊っているように見える。


 あやし過ぎる。すこぶるあやし過ぎる。

 新興宗教のようだ。




 夢中になって踊っていると、肩をたたかれた。


 目を開けると、遠山が立っている。



 遠山は、イヤホンを引き抜くと、森を優しく抱き寄せて彼女の髪に口づけした。



「ナツ、疲れてるのは分かる。

 でも、無茶苦茶あやしいから、アイポッドで踊るのは止めた方が良いと思う」

 




 無音で踊る森は、美しいだけに、そら恐ろしい。


 ターンすると、長い髪が別の生き物のように踊る。艶やかな髪には、妖気さえ感じられる。



「そりゃ、分かってるわ。

 でも、こうでもしなきゃ、馬鹿の相手なんか、やってられないの!

 本当ほんと、真面目過ぎるって馬鹿と紙一重だわ。

 無茶苦茶、面倒なんだから」

「知ってる。

 さっき工場長さんから聞いた。

 理論の説明して欲しいって言われたんだって?」

「ええ。でも、説明しても、信じてくれないでしょうよ。

 馬鹿って、自分の頭で理解できることしか信じないものなのよ」


「ああ、きっとそうだろう。ワタシもそう思う。


 だから、今さっき、機械はできてるんだから、自分たちで作ってみろって言って来た。

 

 いくら頑張っても、おじさんたちには作れない。

 それが分かれば、向こうから頭を下げて頼みに来るだろう」


「でも、それじゃ時間がかかりすぎるわ」

「急がば回れだ。ナツはよくやってくれた」

 

 

 そういうと、今度は、森の耳にキスして、愛しげに抱きしめた。


 AZの誇る美貌の二人だ。

 

 側にいた社員たちから悲鳴が漏れる。

 

 


 AZと付き合っていると、こんな場面はしょっちゅうある。


 遠山は、ところ構わず、時間構わず、しかも男女構わず、スキンシップ過剰なのだ。


 場所も時間も相手も選ばず、抱きしめたり、キスしたりする。


 新参者の工藤だって、遠山が小林や渡瀬たち女組だけじゃなく、神崎や山本たち男組とハグしたりキスしたりするのを知って、腰砕けになったくらいだ。


 ただ、彼の場合、一度で良いから、自分もお相手したいという野心もあるのだが……。


 そんな遠山に一々反応していたら、身が持たない。


 

 二人の抱擁に耐性のある岩崎が、呆れたように言った。


「君も意外と腹黒いんだね。

 よくもまあ、あの温厚篤実な工場長を挑発してくれたもんだ。

 あの人、標準以上に真面目なんだ。

 きっと必死になって、あの薬を作ろうとするだろう。

 

 でも、絶対に作れない。君はそう思っているんだろ?」


「そう。できるはずないんだ。

 あれは、常識を越えたところでできた冗談みたいな薬なんだから」


 悪戯っぽく笑うと、花が咲いたようだ。


 

 この頃の遠山は、岩崎相手に対等に口をきくようになっていて、岩崎もそれを歓迎している。

 いつまでも敬語を使われると、遠山との距離を思い知らされるようで面白くないからだ。



 森も遠山に同調した。


「そう、あんなこと考えつくのって、G、つまり、山本くんだけよ。

 生真面目な工場長さんが逆立ちしたって思いつかないわ」


「だったら、教えてくれれば良いのに」


「教えてあげても信じないだろ?

 それに、自覚のないおじさんに教えてしまうと、秘密が漏れるおそれもあるし。

 

 向こうが、それ相当の覚悟を持って、教えを請いに来るまで教えない。

 

 AZうちとしては、移住するまで秘密にするつもりだ。


 AZうちは、工場を支配下に置くつもりはない。単に浮遊薬の製造方法を教えるだけだって、分かってもらえば良いんだ。

 つまり、四の五の言わずに、こっちの指示どおり製造してくれれば良いってこと。

 

 例え、理論を知ったとしても、薬を作れるわけじゃない。

 この場合、理論には意味がないんだ」





 一ヶ月。


 工場側が、AZの意図を理解するのに、一ヶ月かかった。


 遠山が言うように、AZが工場を支配下に置こうとしているのじゃなく、浮遊薬の製造方法を教えるだけだということを納得すると、その後は、それまでの苦労が嘘のように、円滑に進んだ。


 結局、製造過程のチェックを終え、工場で浮遊薬を製造して販売できるようになったのは、遠山たちが四回生の秋だった。


 


 工場での製造も軌道に乗って、計画は少しずつ前進した。


 菱田ケミカルの工場での製造が本格化すると、AZビルで浮遊薬を製造しなくてもよくなった。


 製造担当の森と小林、それに配達担当の工藤の仕事がなくなって、三人は移住計画に専念できるのだ。



真面目過ぎるということに、意味がない場合もあるってことです。

そんな大人と付き合う森は、消耗します。

頑張れ、森。

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