気まずい出来事
少し短めです。
常識が覆ろうが、友人たちから冷ややかな目で見られようが、明日はやってくる。
気まずい。滅茶苦茶気まずい。
っていうか、やってられない。
お前たちは、あれっきりだから、どうでも良いだろうが、俺は、毎日、こいつ等と付き合わあなきゃならないんだ。
ちょっとは、気を遣えってんだ。
工藤は、配達しながら、今朝のことを考えていた。
今朝は、他のメンバーに会いたくなかった。
だが、住人は朝食のために集合するのがルールだ。
朝食の席で、当日のスケジュールの連絡なんかがあったりするのだ。
痛む胃をなだめながら、食堂に出かけ、予想どおり、一同の非難にさらされた。
「工藤くん、あなた、もっとお友だちを選ぶべきだわ。
あんな馬鹿と付き合ってるなんて、最っ低っ」
森の言葉には毒があった。
遠山命の森にしてみれば、小早川の無礼な態度は、万死に値するのだ。
遠山はAZの指針ともいえる人だ。
一同にとって、一番大切な人なのだ。
居並ぶ女子たちは一様に冷たかった。
内気で穏和な渡瀬さえ、目をそらせた。
男たちは、女たちの逆鱗に触れたくないのだろう。
工藤に同情しつつも、声もかけてくれない。
これからの日々を考えると憂鬱になった。
ようやく長い一日が終わった。
夕食の席も、あの針の筵なんだろうか。
うんざりした気分で配達から帰ると、AZビルから長田と小早川が出て来るのに出くわした。
文句を言おうと声を掛けると、小早川が申し訳なさそうに頭を下げた。
無条件降伏も良いところだ。
長田は付き添いなのだろう。
そもそも、月見会へ参加したいと申し込んだ幹事役だ。
珍しいことに、その長田も工藤に頭を下げた。工藤の知る限り、長田に謝ってもらうは初めてだ。
長田は、内緒話でもするように小声で言った。
「すまん。お前には迷惑かけた。
俺たちがAZとトラブルと、お前が居辛くなるなんて気付かなかった。
実は、今朝、小林さんから電話があったんだ。
このままじゃ、小早川のせいで、お前がここに居辛くなるって。
だから、誠意を見せる意味でも、菓子折の一つも持って、詫びに来るべきだって。
良い子だな。お前のこと、本気で心配してた」
いつもなら、あの子、お前に気があるんじゃないか、と軽いノリで茶化すのに、今日ばかりは、真顔で言う。
「遠山に、会えたのか?」
「ああ、今日は一日事務所にいるからって、それも小林さんが教えてくれた」
「あいつは忙しいからな。普通ならアポが要る」
「らしいな。
遠山が苦笑してたぜ。誰かが、裏で手を引いたんだろうって。
バレバレだ。
でも、裏で手を回したヤツのことを褒めてた。よく気が付いてくれたって。
あいつも、お前のことを心配してたみたいだ」
「どういう意味だ?」
「遠山も、お前のことを気にしてたんだ。
確かに、小早川がやったことは褒められたことじゃない。
だが、お前には何の関係もない。
そのせいで、お前が居辛くなるのは、気の毒だってな。
大したタマだよ。AZが大きくなる道理だ」
それから先の言葉は、工藤の耳を素通りしていった。
あの遠山が工藤のことを気に掛けてくれている。
森に嫌われた今、遠山の心遣いが身に浸みた。
月見会の不祥事の記憶が薄れた頃、工藤にとって衝撃的な事件が起こった。
小林に告白されたのだ。
「ゴメン。私、工藤くんのこと、好きみたい」
その日のレクチャーが終わると、そう言って逃げるように去っていった。
小林は、良い子だ。
だが、気まずくて、翌日は、できるだけ目を合わさないようにして過ごした。
月見会の事件は、苦い経験だった。
工藤は新参者だ。
場合によっては、追放を命じられることもあり得ることを、気付かされたのだ。
卒業するまで、AZのお世話にならなければならないのだ。とんでもない事態だった。
小林への対応を間違えると、またまたとんでもないことになる。
一難去ってまた一難。
次の日、決死の思いで断ると、小林は、いっそサバサバしたように、頭を振った。
「良いの。工藤くん、ナツが好きなんでしょ?
分かってるから。
でも、言ってみたかったの。
せっかくの気持ちだから、大事にしたかったの。
だから、工藤くんには迷惑かもしれないけど、知ってもらいたかったの」
小林は、本当に良い子だ。
工藤は、思わず、抱きしめたくなった。
でも、ここで情けをかけると、かえって小林を辛くする。
心を鬼にして、踏みとどまった。
「知ってる?ナツには、意中の人がいるの。
工藤くん、きっと失恋するわ。
そのとき、私のこと、思い出してくれたら嬉しい」
「遠山のことか?」
「ううん。ハルは特別だけど、恋愛ってわけじゃないの。別の人」
「誰なんだ?」
「内緒」
「意地が悪いんだな」
「そのぐらい意地悪しなきゃ、私だって面白くないから」
さっぱりした良い子だと思った。
長田も言っていたが、小林は本当に良い子だ。
誰か良い男と恋が実れば良いのに。
年頃の男女が一緒に暮らすと、いろんなことが起きます。
でも、いろんな事件を乗り越えて愛を育むのです。
工藤は、AZから逃げ出したいので、恋愛に巻き込まれないよう必死に踏みとどまります。
頑張れ、工藤。負けるな、工藤。




