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ヤツ等はみんな恋をする  作者: 椿 雅香
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出会い

工藤くんの周りには、いろんな人がいます。

 昨日から散々悩んで到達した結論は、逆玉狙いだった。


 容姿には自信がある。切れ長な目、涼しげな顔立ちで、高校時代から女子に人気があった。しかも、腰の位置が高く、長身ですらりとしたモデル体型だ。ミーハーな女友達から、モデルになれば、と言われたことだってある。

 運動神経だって人並み以上だ。

 その上、医学部ときてる。

 さっさと医者になって、どこかの医者の娘でもつかまえれば良いのだ。もれなく次期院長のポストが付いてくる。

 

 だが、問題は、それまでの間だ。

 実家から全く仕送りがないだけじゃない。あの分不相応な家を維持するため、仕送りまで期待されているのだ。


 学生支援機構の奨学金でしのぎながら、将来を約束してくれる医者の娘と仲良くなって、貢いでもらわなければならないのだ。

 


 医者の娘の家庭教師をして、親しくなるという手もある。だが、年頃の医者の娘がそこらに転がってるはずもない。

 確率的には、ツバメを欲しがっている金持ちの未亡人とお知り合いになるのと、大して変わらないだろう。




 どこかに、もっと条件の良い話はないだろうか。






 何度目かのため息をついたとき、肩をたたかれた。




「しけた顔してるなあ」




 聞き慣れた声に振り返ると、去年の秋頃から、何となく行動をともにすることが多い長田の顔が度アップになった。

 


 美女の顔ならともかく、むさ苦しい野郎の顔なんか、アップで見ても面白くも何ともない。


 長田は、選択した第二外国語が同じで、たまたま近くに座った縁で、話をするようになった男だ。


 金銭的にだらしないところがあって、入学直後の一週間で一ヶ月分の生活費を使い切ってしまった、と吹聴していた猛者だ。




 羨ましいかぎりだ。


 生活費がなくなったら、親に無心をする。すると、自動的に必要額が銀行口座に振り込まれるのだ。



 医者の息子だそうで、親の跡を継ぐために医学部に入ったらしい。


 私学へ行けば二千万から三千万以上かかるところを、国立に入ったため、月々二十万の仕送りでもズッと安上がりで親孝行だ、とほざいている。


 

 二十万。

 今の工藤にとっては、夢の又夢、世界が違う。

 長田には、工藤の苦労は、永久に分からないだろう。




 長田は、ATMが無尽蔵にお金をはき出してくれると信じて疑わない。いや、それ以前に、大口の買い物は親のクレジットカード払いだ。



 悩みのない男だ。




 こんな最悪な気分のとき、このお気楽極楽能天気な男と口をききたくなかった。




 工藤は婉曲にお断りを入れた。




 だが、こいつには、デリカシーというものがなかった。


 やたら顔を近づけて、耳元で合コンの誘いを口にした。




 

 合コン。

 女……か。




 またまた気が付いてしまった。


 女を口説くにも、生活が保証されるという安心感が必要なのだ。


 きっと明日も安定した日が続くと信じているから、女を口説けるのだ。

 明日には収入の道が絶たれてしまうかもしれないと考える人間には、女を口説く余裕なんかない。恋にうつつを抜かすゆとりなんかないのだ。

 そうじゃなきゃ、女にたかることになりかねない。それじゃ、ヒモになってしまう。



 いや、工藤が目指す逆玉狙いだって、女の家(相手にたかるのと相手の家にたかるのは大きく違う、と工藤本人は固く信じているが、些細な違いだろう)の世話になることを目的としているから、似たようなものだ。





 今や絶体絶命。人並み以上にあるプライドは横に置いておいて、大至急対応策を講じる必要があった。



 行った合コンに、生活費まで出してくれるような医者の娘が参加しているのだろうか。

 その娘と仲良くなったら、貢いでくれるだろうか。


 食費でさえ苦労しているのに、合コンなんかに行けるか!


 そう叫びたいのを、グッとこらえて話を聞いた。もし、利害関係が一致する女が参加するなら、これは千載一遇のチャンス――金の使いどころ――なのだ。




 長田の話題は、あちこち飛び回り――まるで、花から花へミツバチが飛び回るようだ――合コンの後で女を誘うテクニックから、来週締め切りのレポートの資料をどうやって手に入れるかという話にまで及んだ。



 無駄な話は止めて、必要なことだけ教えてくれ、と、叫びたいのを全力で押さえ込む。




 馬鹿の相手に疲れ果てた頃、長田が口笛を吹いた。

 学食の入り口付近に、面白い集団が現れたのだ。





 知り合いでも来たのか?だったら、さっさと、そっちへ行ってくれ。



 これ以上付き合っても満足な情報が得られないことを悟って、そう言おうとしたとき、長田が放った言葉は、偶然なんかじゃなかった。




 工藤には、それこそ、天啓のように思えた。






 彼は工藤の肩を嬉しそうにたたいて、内緒話でもするような調子で言ったのだ。

 

 いや、この場合、長田にとっては、確かに内緒話だった。




「見ろ、AZのヤツ等だ。あそこって、すっげえ儲かってるらしいぜ。

 この前、合コンで会った女に聞いたんだ。彼女、メンバーの誰かと親しいらしくって、いろいろ教えてくれたんだけどな。

 あいつら、例の浮遊薬で稼いだ金で中古のビル買って、一階は工場、二階が事務所や会議室、三階から上は寮みたいにして、みんなして住んでるらしいぜ。

 奮ってるのは、メンバーの一人に奨学金まで出してるんだと。

 学生が仲間に奨学金出すって、無茶苦茶面白くないか。あいつら、何考えてるんだろうな。


 でもって、そっから先の最新情報があるんだ。

 

 これは、別口から聞いたチョー極秘事項だがな。

 戸田の話、聞いたか?」



 長田の問いかけは、単に話を続ける上での流れで、工藤の返事を待っていたわけじゃなかった。


 工藤が返事をする前に平然と話を続けたのだ。




「AZからあいつにオファーがあったらしいぜ。将来、医者になってAZのために働いてくれるなら、学費や生活費の面倒をみても良いってな」




 

 あまりにもタイミングの良い話だったので、息ができなくなった。


 思わず、長田の顔をマジマジと見つめ、不自然じゃない程度に声を落として訊いた。



「あいつらのために働くって、一体、あいつら、何して欲しいんだ?」


「詳しいことは知らんが、何か僻地医療に関わって欲しいって話だったらしいぜ」

「そういや、そんな奨学金もあったな」


 確か、そんじょそこらの奨学金よりズッと有利だったはずだ。

 親父の会社の倒産が、入試の前だったら、あの奨学金を頼んでも良かったのに。

 でも、実際の倒産はこの3月だ。間に合わない。



「ああ、学費や生活費なんかの面倒を見てくれる代わり、離島とか、山村なんかの僻地の診療所でお礼奉公しろってヤツだな。

 戸田によりゃ、そんなもんだったらしい」

「で、戸田は、どうしたんだ?」

「ヤツの実家は医者だ。母子家庭で、生活も大変なんだけど、親の跡を継ぐために医学部に入ったんだからって、悩んだあげく断ったらしい」 




 長田にとっては、他人事だ。戸田なんかどうでも良いが、興味のある話なのだろう。


 面白そうに、学食の入り口付近を目で追った。

 




 長田の指さす方向に、荷物を風船のように浮かべた数人の学生がいた。




 AZの連中だ。

 





お金に困窮する工藤くんは悶々としていますが、そんなことにも気づかず、長田くんはお金持ちの極楽とんぼです。

対極の二人ですが、何故か友人同士です。

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