AZと工藤の決断
工藤の申し入れに対して、AZは悩みます。工藤も、AZに世話になることを悩みます。
工藤は、下宿へ帰って、悶々と考えた。
AZに奨学金を出してもらって、大学を卒業したとして、その後、どうなるのだろう。
二年間研修医を勤めて、その後しばらくは医師として働ける。
だが、AZから声がかかったら、あいつらのお抱え医師として、廃村へ移住しなければならない。 こっちで医者として働けるのは、せいぜい四年程度だ。
せっかくの医師免許も出世やランクアップに使うことができない。
それでは、意味がない。
どうしたら良いのだろう。やっぱり、アルバイトに明け暮れる方が良いのだろうか。
家のローンもある。両親は少しでも家にお金を入れて欲しいのだ。
悩んだあげくに気が付いた。
これは、就職試験と同じだ。
例え、三十で廃村に移住することになったとしても、医者になっていれば、道は開ける。
選択の余地はないのだ。
第一、三十になってまで、あいつらの廃村移住計画が続いている保証はない。
廃村移住計画は、小学生が秘密基地を作って仲間と共有するようなものだ。
麻疹のようなものなのだ。
そのうち、計画そのものに飽きて、それぞれの人生を歩き始めるに決まっている。
万一続いていたら、別口の理由で言い訳して、世話になったお金を返せば良い。
それが常識のある知識人のやることだ。
時間は十年以上ある。
現時点で選択肢がこれしかないなら、せいぜい、説得力のある言い訳を考えれば良いのだ。
賭けだった。
AZの移住計画が中止になるかどうかは、工藤にとって大きな賭けだった。
三日後、大滝に移住を承諾する旨電話した。
夏休みに前に、何とか決着をみたい。
AZがダメなら、夏休み中アルバイトに奔走しなければならないのだ。
実家へは、何とか大学へ留まって家にお金を入れるよう奔走すると連絡した。
そのまんまだ。
工藤は、引きつる頬をこわばらせて自嘲した。
工藤の取り扱いについて、AZでは、議論が噴出していた。
曰く、親からの仕送りが見込めないからといって、他人をアテにする根性が気にくわない。
曰く、移住先には医者が必要なのだから、飛び込んできた医者は大切にすべきだ。藤本の友人に断られたのだ。条件の合う医学生というのは、そうそういない。
男前なんだから、歓迎したい。(この意見は、多数の拍手をもって歓迎された)
顔で性格が分かるわけがない。いい加減な男だったら、マイナスにしかならない。
いや、家のローンを心配するくらいだから、案外良いヤツなのかもしれない。
等々、みんなして好き放題だ。
森の否定的な意見の後で、辰巳に促された遠山が発言した。
「西部劇でもあるように、開拓地には保安官と医者が必要なんだ。
前から言ってるように、保安官は、ワタシがやる。
で、医者は、どんな手段を使っても仲間に引き入れたい。
ただ、問題は方法なんだ。
あいつにその気がないなら、無理強いしても、何の役に立たない。
あいつに、自発的に移住する気になってもらわなければならないんだ。
だから、みんなして、あいつにその気にさせれば良い。
これは、賭けだ。
一番良いのは、あいつが、ここでの衣食住に満足し、我々の誰かに恋をして、移住する気になってくれることだ。
だが、衣食住はともかく、恋愛を強制することはできないし、計画的に恋愛をさせることもできない。
みんなにだって、選ぶ権利があるし。
チャンスがあれば、上手くいくよう祈るだけだ。
女性陣の奮闘を期待する。
だが、恋をしないまでも、ここでの生活に満足して、我々とともに行動することが心地良く、一緒にやっていくことが利益になると思わせることはできる。。
あいつは計算高いから、この方法がベストだと思う。
別段、特殊なことをしなくても良いから、こっちの負担も少ないし、費用対効果という意味でも良いだろう。
ただし、最悪の場合を想定して保険はかけておこう」
そうして、力強い眼で見渡して言った。
「みんな。協力を、頼む」
電話した三日後、工藤は再びAZビルへ呼び出された。
今回は、メンバー全員が集まった会議室へ通された。
ザッと見ると、男が七人、女が六人いる。
男も女も美形揃いで、以前聞いたAZがメンバーを容姿で選んでいるという噂が真実だと思えた。
一対十三だ。十三人に見つめられて、居心地が悪い。
だが、ここが正念場なのだ。姿勢を正して、前を見据えた。
あっちこっちから質問があって、それなりにそつなく答える。
うん、上手く答えられている。
やっぱり俺はレベルが違う。
と、自分で自分に満足する。
最後に、部屋の隅で声が上がった。
「一つ、確認して良いか?」
声の方を向いて驚いた。
信じられない美貌だった。
世の中に、これほど完璧な顔が存在するのを初めて知った。
パーツも配置も完璧で、その整いすぎる顔に微笑みが浮かぶと、辺りが明るくなったように思えた。
髪も特徴的だった。ゆったりと背中まである艶やかな黒髪は、ライオンのたてがみを思わせた。
着ているものは、よくある普通の綿シャツとジーンズだ。
だが、体から放射する魅力で、工藤の目は釘付けになった。
一瞬、置かれている立場を忘れかけた。
だが、すぐに我に返り、慌てて唾を飲みこむ。
「君が学生支援機構の奨学金を受けているのは知ってる。
追加でお金が必要なら、ウチの援助をもらうより、銀行の教育ローンを使ったり、学費免除の手続きをした上で、アルバイトをしまくった方が、卒業後、君は自由に職場を選べる。
ウチの援助を受けると、ローンの返済義務は発生しないけど、我々の号令とともに移住に同行してもらわなけりゃならない。
言うなら、住む場所や就職先を選択する権利を侵害されるんだ。
それは分かってるのか?」
発言者の美しさに圧倒されるとともに、援助を受けることによって起こる不利益を突きつける公正さに感動した。
ここまでフェアな態度をとるのだ。
十年後、この計画が頓挫していなくても、別の事情で同行できないことを訴えれば、そして、それがやむを得ない合理的なものと認められるなら、許してくれるような気がした。
半ば呆然と頷いてから、気が付いた。
俺は、自分から罠に落ちたんじゃないだろうか?
工藤は、どんな不利益があろうと、意地でも援助を受けようという気になっていた。
ここへ来て、最終的な説明を聞いたときから、援助を断るという選択肢はなくなっていた。
「D」
美しい少年が促した方を見ると、大滝が進み出た。
大滝は、相変わらず、嫌味なほど男前だ。
だが、美貌の少年と並んでいるせいだろう。普通に見えた。
それほど、先の少年の美貌が際だっていた。
「じゃあ、先日の話合いでみんなも了解してくれたとおり、工藤くんの申し入れを受け入れることにする」
大滝が宣言すると、工藤は頭を下げた。
「ありがとうございます」
工藤がそう言うと、大滝が続けた。
「工藤くん、AZは、君が思っているほど、金持ちじゃないんだ。
だから、奨学金を出すと言っても、A太郎、つまり辰巳と同じ扱いになる」
「辰巳くんは、どういう扱いなんでしょう?」
「簡単に言うと、学費以外は現物支給だ」
「現物支給というと?」
「君にこのビルの一室を無償で貸す。それが住の現物支給になる。
食は、朝晩、AZのメンバーの給食を食べてもらう。
これで、ウチの負担はグッと軽くなる。
昼飯や、飲み会、それに着るものに必要な金は、君に仕事をしてもらって、その報酬という形で出す。
君は家のローンの心配もしていたけど、今もらってる学生支援機構の奨学金がそのまま手つかずで残るからそれで流用できるだろう。
万一、それで足りないようなら貸し付けもできる。それは、就職後返してくれ」
ローン返済のための融資も受けられるのだ。
ホッとすると、今度は、条件とされる仕事内容が気になり出した。
人間というのは、つくづく身勝手なものだ。
「AZの仕事って。浮遊薬の販売ですか?」
「仕事は、二つあるんだ。
一つは、お前の推測どおり、浮遊薬販売の手伝いだ。
多分、配達が主な仕事になるだろう。車か自転車で、発注先へ配達する仕事になる」
やっぱり。まあ、世話になる以上は仕方がない。
「二つ目は、廃村に移住するに当たって、医学の知識があった者が多い方が良いに決まってる。
お前の助手も必要だ。
だから、看護科のメンバーにドクターの知識を教えて欲しい。
具体的には、その日に受けた専門課程の講義の内容について、毎日、レクチャーしてくれれば良い。
君にすれば、復習を兼ねることになるから、下手な家庭教師より、有意義だと思う」
なるほど、それなら、俺の負担も少ないし、補助要員のスキルアップにもなる。
しかも、AZの仕事だから、昼飯代や小遣いを渡す理屈も立つ。
さすがに知恵者だ、と思った。
「それ以外にしなければならないことは、ないんですか?」
学費と生活費を出してもらうのだ。しかも、融資まで受けることができるのだ。
それだけというのは、あり得ない、と思った。
「ない。それだけだ」
大滝に断言されて、あっけにとられた。
工藤としては、もっと大層なことを要求されるんじゃないかと、身構えていたのだ。
AZの要求が、想定したよりズッと簡単だったことに脱力した。
結婚相手を指定されないまでも、相手をこのグループ内――見渡すと、どの娘もそれぞれの魅力のある美形揃いだった――で選んで欲しいとか、恋人をここで選べとか、移住の邪魔になりそうなことは、極力排除しようとするんじゃないだろうか、と疑っていたのだ。
いや、まだまだこれからだ。油断しないに越したことはない。
気を引き締めて、全員に向かって頭を下げた。
これで、工藤はAZの援助を受けることになりました。
でも、卒業後、袂を分かちたいと考えている計算高い男です。




