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ヤツ等はみんな恋をする  作者: 椿 雅香
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プロローグ――困窮する工藤

久しぶりに投稿します。この作品も以前に書いたものを手直ししたものです。

この間、いろんな人の小説を読ませていただいて、以前に書いたものじゃ満足できなくて、ジタバタしてみまた。

楽しんでいただければ幸いです。


この作品は、似たような設定なので、「AZ研究会は行く」の続編かとの問い合わせがありましたが、『浮遊薬』は重要な小道具として出て来ますが、登場人物の名前も全く違います。別の作品として読んでいただけるようお願い申し上げます。2019.1.31

 山のあなたの空遠く

 「さいはひ」住むと人のいふ。

 ああ、われひとゝめゆきて、

 涙さしぐみ、かへりきぬ。

 山のあなたになお遠く

さいはひ」住むと人のいふ。



   カール・ブッセ 

                  訳 上田 敏





 彼は覚えていた。

 この詩を好んだ人々がいたことを。

 この詩を指針にした人々がいたことを。

 そして、連中(ヤツ等)が、みんな恋をしていたことを。





第一章  プロローグ――困窮する工藤




 困った。困った。困った。

 

 何度ため息をついても状況は変わらない。

 工藤大輔くどうだいすけは、頭を振って雑念を振り払った。

 

 いや、この場合は、『雑念』なんかじゃない。緊急に解決しなければならない最重要事項なのだ。

 

 学食の固い椅子に座って、目の前のうどんを見る。


 最もシンプルなうどん、つまり素うどんだ。


 いたってシンプル。言い訳程度にネギが浮かんでいるだけだ。

 別にシンプルなものが好きだから、これにしたわけじゃない。

 特大のエビの天ぷらじゃなくても良い。三角のあげでも、生卵でも良い。もっと、何と言うか、華やかさが欲しかった。


 だが、今の工藤にはこれしかないのだ。


 早く食べないと伸びてしまう。


 そう思いながらも、喉を通るとは思えなかった。

 




 昨日実家から帰って来てから、ズッとこの調子だ。

 昨夜も、今朝も、まともに食べ物を口にしていない。


 というか、喉を通らないのだ。





 春休みに帰省したとき、実家は平穏だった。


 裏ではいろいろあったのだろうが、少なくとも表面上は平穏を保ってた。

 いつもどおり、平穏で何事もないように見えた。

 父も母も去年から大学の近くに下宿している息子を気遣って、絵に描いたような幸せな家庭を演出してくれていた。



 


 それが、どうだ?



 

 このゴールデンウイークに呼び戻されて、このざまだ。





 事態は急転直下したのだ。

 

 人間、手に余る難題に直面すると、周りの連中が幸せそうに見えるということをを知った。

 別にそんなこと知りたくもなかったが……。


 あっちで笑いさざめきながらサークルの話をしているヤツらも、向こうでレポートの提出期限を忘れていたことに焦りまくって頭を抱えてるヤツも、そっちの隅で愛を語らう二人も、みんなみんな幸せで良かったな、と言ってやりたくなる。



 ここまで来たら、もう、やけくそなだ。




 あいつ等とは、世界が違う。



 向こうが天然色カラーなのに、こっちは無彩色モノクロだ。

 



 比べたくないが無意識に比べてしまい、比べる自分を嫌悪する。

 


 知りたくなかった。

 いっそ知らないまま、にっちもさっちも行かなくなるその瞬間ときまで、平穏な生活を送りたかった。

 




 しかし、彼の両親は、息子に対して、ある意味で誠意ある行動をとったのだ。


 それは、一見極めてフェアな行動に見える。

 だが、言わせてもらえば、親の都合で子供にたかるようなものだった。

 自分たちで、にっちもさっちも行かなくなったので、息子の工藤を頼ったのだ。


 まるで、おぼれる人が近くにいる人にしがみつくように。



 自分たちの尻ぬぐいを息子に回すんじゃない!


 百歩譲って、そんなことは息子が一人前になってからしてくれ。

 俺は、まだ学生で、奨学金もらって、つまり借金しながら学業に励んでる身だ。親の面倒まで見れるか!



 


 昨日、彼の両親は衝撃的な事実を告げた。




 工藤家の財政状態が逼迫し、今後の学費及び生活費を捻出できないという、信じられない想定外の事実を。

 しかも、家のローンの返済のためと称して、学生の工藤の方からの仕送りまで求めたのだ。




 あり得ない。






 始めは、冗談だと思った。

 

 父さん、母さん、そんな縁起でもない冗談止めてよ。

 

 そう笑ったのだ。


 昨今の経済状況からすれば、あまりにもあり得そうで、空恐ろしいブラックジョークだとさえ思った。

 

 だが、それが嘘でも冗談でもないことが分かると、体が硬直した。

 息ができなくなり、冷や汗が流れた。

 



 父親が勤める会社が倒産して、退職金も出なかった……という。

 家のローンが残っているにも関わらず、だ。


 あのタヌキ親父(社長)は、何をしていたんだ?


 幼い頃、社員旅行に同行したとき見た社長の顔を思い出した。

 偉そうに上から目線でウンチクを垂れていたが、おっさんの態度も、おっさんをヨイショする連中も、うざかった。



 偉そうにするだけしといて、まともに仕事してなかったんじゃないだろうか。

 もっと一生懸命仕事すりゃ良かったのに……。


 今となっては、もう遅い。

 会社は潰れて、従業員一同は収入の道が閉ざされてしまったのだ。





 衝撃的な事実に呆然としてると、非常識な提案が投下された。爆弾発言も良いところだ。



「医学部だから、家庭教師の口も多いだろう?

 できれば掛け持ちして、家にお金を入れてくれないか?ローンの足しにしたい」




 なぬ?今、何て言った?




 絶句した。


 仕送りがなくなるだけでも大変なのに、そんなこと、できるわけないじゃないか!


 恐る恐る尋ねた。


「普通、こういう場合は、仕送りがなくなるってだけの話なんじゃないか?」


「いや、月々のローンが馬鹿にならないんだ。

 今まで、父さんの給料で生活して、母さんのパート収入で返済してたんだ。

 でも、父さんの再就職が決まるまで、母さんの収入は生活費に回る。ローンに回すお金がなくなるんだ。

 父さんが再就職できたとしても、給料は相当下がるだろう。

 このままじゃ、せっかく建てたこの家を手放さなきゃならない」



 だったら、そんな馬鹿みたいなローンを組むんじゃない!



 そう叫びたいのを必死で我慢した。

 それを言ったら、お終いだ。





 工藤家は、五年前、悲願ともいえる新居をゲットしたばかりだ。


 土地付き一戸建、建坪で百坪はある注文住宅で、工藤が知っている中でも群を抜いていた。

 が、かかった費用も群を抜いていたのだ。

 当然、月々のローンは家計を圧迫していて、工藤が大学へ進学するときも、奨学金のお世話にならなければならなかったほどだ。




「そんなに会社が大変だったのなら、去年、受験する前に言ってくれれば良かったのに。

 ひも付きの奨学金も検討できたし、大学諦めて就職とかしたのに」



 やけくそになって言うと、「社長がギリギリになるまで黙ってたんだ。それに、目に見える形になったのは今年になってからのことだ」と、投げやりに言われた。


 


 悪いのは、あのタヌキ親父で、父親も被害者なのだ。





 以前、工藤の母は、彼の学費を貯金してあると言っていた。

 だが、それも、ローンの返済や今後の生活費として消えていく運命にあった。


 何しろ、父親の再就職先が決まらないのだ。母のパート収入だけでは生活費にも足りない。


 

 当面、失業手当が入って来るが、それが終わるまでに、再就職できる保証は全くない。

 いや、最近の雇用状況から言って、中年の元中小企業の管理職なんか、正規職員として再就職できるとは思えない。無事採用されたとしても、パートかアルバイトだろう。

 今まで学費に回して来たボーナスが期待できない。



 とりあえず、今年度前期の授業料は支払い済みだ。

 だが、下宿代を始め、生活費をどうするか、これから先の授業料をどうやって支払っていくのか、全く見通しが立たない。


 どうすれば学生生活を続けて行けるのだろう。




 アルバイトだけで、学費と生活費を賄うことができるのだろうか。

 

 その上、世情に疎い両親から、ローンの手助けまで期待されているのだ。





 両親は、自分たちが働くより、工藤が家庭教師した方が儲かると確信していた。

 家庭教師の時給が、パートの時給より数倍高いからだ。


 確かに、時給だけを見れば、そのとおりかもしれない。

 だが、準備に必要な時間が半端じゃないのだ。準備時間も自給に勘案すると、両親が思っているほど美味しいバイトじゃない。



 大学は辞めたくなかった。だったら、学費や生活費を自分で稼ぐしかない。

 割の良いバイト、両親が言うように、家庭教師の掛け持ちでもするしかないのだろうか。


 九月になれば、後期の学費の支払いまである。

 生活費以外に大金を捻出しなければならないのだ。




 家庭教師以外に割の良いアルバイトには、肉体労働や夜の仕事――例えば、ホストやバーテン――があるが、学業に支障が出そうで躊躇した。

 バイトのせいで、単位を落とすという馬鹿げた事態は避けたかったからだ。

 学費や生活費を考えると、留年なんかとんでもない。さっさと卒業して就職しなければならないのだ。



 後は、教育ローンか……。

 

 いくら国立でも、学費は馬鹿にならない。

 しかも、まだ二回生だ。医学部は六年もかかるのだ。これから四年半の学費は最大の悩みだが、それ以外に、下宿している身としては住居費や食費だって必要なのだ。



 すでに奨学金をもらっているのだ。これ以上借金が増えるのはいただけない。

 奨学金に加えて教育ローンを利用すると、卒業後、借金が1000万を超えてしまう。社会に出るスタートからそんな状況になるのはゴメンだった。

 

 この期に及んでそんなことを考える俺は、贅沢なんだろうか。

 




 目の前のうどんを見る。

 値段で選んだのだ。これが一番安かったからだ。


 だが、考えてみれば、コンビニのおにぎりで済ませば、もっと安くあげられるはずだ。

 今度、スーパーの特売でカップ麺でも買い置きしよう。




 どっかにお金持ちの未亡人がいて、ツバメにでもしてくれないだろうか。と、本気で期待する自分に呆れて、ため息をついた。

 



 アニメや漫画や小説なんかじゃ、お金の心配をしない。


 特段の収入がない主人公でも、豪華な戸建てやマンションに住み、ブランドものに囲まれた優雅な生活をしている。

 

 ロボットに乗って戦うアニメだって、あのロボットがいくらして、その費用がどこから出ているかなんて説明はない。

 


 仄聞すると、爆撃機というものは百億以上はざらで、中には三千億以上するものもあるらしい。

 爆撃機でその価格だ。アニメに出てくるロボットは空も飛べば、海にも潜れる。しかも、宇宙でも戦えるのだ。その価格は、少なくとも爆撃機の数十倍、いや数百倍はするだろう。想像もつかない。

 それが、何体も、何十体もチームを組んで戦うのだ。

 メンテにかかる費用や人件費を考えれば、あのロボットを所有する団体は、日本の国家予算を優に超える金額を戦いにつぎ込んでいることになる。

 

 完全に、金の話が吹っ飛んでいる。

 




 昔話の桃太郎だって、おじいさんとおばあさんは、芝刈りと洗濯だけで生活していたわけじゃない。生活のための仕事だってしてたはずだ。じゃなきゃ、誰かから仕送りがあったか、金利生活者か年金生活者だったことになる。

 シンデレラや白雪姫の王子さまだって、王子という身分で安定した収入があるから、シンデレラや白雪姫と結婚できたのだ。あれが、その日暮らしのプーだったら、いくらハンサムでも、シンデレラや白雪姫は、結婚の求めに応じなかっただろう。

 



 世の中、金がないと始まらないことに、今更ながら気が付いた。

 




 サークル活動にうつつを抜かすのも、レポートの提出期限に焦りまくるのも、恋人と愛をささやくのも、生活するのに十分な金があってこそできることなのだ。

 




 窓の外には、五月晴れの爽やかな青空が広がっている。

 だが、工藤の気分は一向に晴れない。

 




 これから、どうすれば良いのだろう?

 



 また、ため息が出た。




日本のように、貸与型の奨学金は、社会に出てから借金として受給者の負担になります。下手すると、人によっては、大学や大学院卒業後1000万のの借金がある場合もあるそうで、社会問題になっています。筆者としては、「あしながおじさん」にあるような給付型奨学金が望ましいと思います。というか、大学に入学して奨学金を申請するとき、それが貸与型のものだと知ってショックを受けました。

 

とにかく、気の毒な工藤くん、頑張れ!

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